ブラックな日々に惜別
「もうダメかもしれない・・・」
日曜日の昼、混雑する街中を喫茶店の中から眺めていた。
谷地耕助、22歳。色々ありながらもこの歳まで生きてきた。
別に裕福ではなかったが安心して生きてこれる家庭を築いてくれた両親には感謝している。
何事もなく小中校と進み、普通レベルの国公立大学にも進学し、この春卒業した。
就職活動はあまり時間をかけずにやった。
現在働いているこの会社は一応エンジニア志望の俺には当てはまった会社で、インターンシップや面接等でもいい雰囲気に感じ、ここに早々に決めたのだ。
・・・しかし、それは間違いだったのかもしれない。
この会社はいわゆるブラック企業で、週末に休みなどなく、いつも朝6時に家を出て、帰りは大体深夜の12時ころ。日中は働き通しで、特に新人の俺は雑用だったり仕事押し付けられたり、ボロボロだった。
今日は日曜日。当たり前のように出勤だが、平日に比べると僅かに余裕はある。
なのでこうして昼休みに外の空気を吸いに近くの喫茶店まで来てみた。
しかし、働き詰めなら無駄な思考はなくなるのだが、こう中途半端に落ち着く時間があると色々考えてしまうものだ。
(いや、週休42時間はやばくないか?死ぬでしょこんなん!)
一人で静かにキレながら今後について考えこんでいた。
転職するか否か。普通だったら即転職なのかもしれないが、俺にはここに留まってしまう理由がある。
それは、人の笑顔だ。
この会社はブラックだけどあまり悪い人がいない。
自分が仕事を断れない性格なので、仕事はたまるが、本来俺は人の役に立ちたいんだ。
それに今俺がいなくなったらこの会社は潰れるだろう。
お世話になった人も多くいるのでそれは後味が悪い。
ああー!!じゃあどうすればいいんだよ!!!
そう心の中で切れながら店を出る。
もう少しこの辺を散歩していこう。
歩いていると、道路の横に公園がある。子供たちがわちゃわちゃ楽しそうにボール遊びしている。
最近はボール遊び禁止だとか制約が厳しいけど、子供を見ていると癒される。今のうちにたくさん遊んでおけよ子供たち。将来は真っ黒かもしれないからな。
俺に子供ができる日なんて来るのだろうか・・・。今はクマだらけの顔だが別に自分が不細工だとはそこまで思わない。でもこれまでの人生彼女なんていなかった。・・・つまりそういう男なのだ。
そうぼーっとしながら歩いていると、目の前をボールが通り過ぎる。続いて子供が走っていく。
・・・・・・
ハッと気づく。そこは車道じゃないか!?
案の定車道に子供が出て、その目の前には大型車がある。
考えるより先に体が動いていた。子供を突き飛ばし、車道から出すことに成功する。
ふーっ、これで安心だ。そう思った直後、体に強い衝撃が走る。
先程の大型車が体にぶつかると、思い切り撥ね飛ばされた。
ドガッ!ゴロゴロ・・・
地面に叩きつけられ、転がっているころには意識は朦朧としていた。そして思った。
(あっ・・・死ぬんだ・・・)
思考は冷静でこれからのことはもう悟った。
はあ・・・こんな人生で終わりか俺・・・。
いろいろとこれまでの出来事が走馬灯になって流れる。
そんな中で最後に思ったのは、
(もっといろんな人の役に立ちたかったな・・・)
これが俺の願いだった。もう叶わないだろうが、もう少しいろいろできたな・・・。
でも、最後に一人の命を救ったんだ。それで十分かも・・・。
そう思った時、その意識は途絶えた。
谷内耕助、22年の人生に幕を閉じた・・・。