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絶対に シリーズ

騎士の妹は子爵子息を絶対に落としたい

作者: イズル

 私には前世の記憶がある。

 生まれ変わる前は好きな人と恋愛結婚をして、幸せに暮らしていた。死因だって老衰だ。夫の方が先に旅立ってしまったけど、愛する家族に看取られた私の前世は幸せな一生だったと自信を持って言える。

 そういえば、いつだったか生まれ変わっても家族になりたいね、なんて二人で言ってたこともあったっけ。


 ……だからって、本当の兄妹として生まれ変わることは無くない?


 前世のことを思い出したのも、第一王子の護衛騎士である兄が前世の夫だと気づいたのも突然だった。思い出した切欠がなんだったのか、今でもわからない。

 思い出した直後は死にたくなった。せっかくまた会えたのに、兄妹? 家族になるってそういう意味じゃなーい! と落ち込んだ。でもそんなことを口に出すわけにもいかず、一人塞ぎこんでいた私に兄は静かに寄り添ってくれた。

 お前は大事な妹だから、と。


 ああ、彼にとって私は妹でしかないのね。そりゃそうよね、兄には前世の記憶なんて無いんだから。

 このとき、ようやく私は兄の妹になれたんだと思う。前世はもう終わったことだと初めて実感できた。前世なんて思い出すもんじゃないわよ、ホント。






 学園内の食堂で紅茶を飲みながら一人、ため息をついた。

 出入り口にチラリと目をやっても未だその姿は確認できない。


 私が一人で食堂にいる理由を語る前に、知らせておかなければならない話がある。

 今、兄に関して見過ごせない由々しき問題が発生していた。エミリー・オズボーン様という男爵令嬢が、兄に纏わり付くようになったのだ。

 それだけなら私が口出しするようなことでもなかったんだけど、彼女が他の男性にも擦り寄っていることが問題だった。


 今の兄は女性と付き合った事がない堅物だ。前世なら私が近くで見張っていることも出来たけど、妹でしかない今はそればっかりもしていられない。

 それなのに複数の男と噂のある男爵令嬢? ダメダメ、兄なんていいカモよ!



 話を戻すと私は今、その男爵令嬢が来るのを待っていた。彼女はいつも食堂でランチを食べてたから、ここで見張っていれば会えるはずだ。


 ――来た!


 食堂に入ってくる彼女の姿を見つけ、私はすぐさま席を立った。




「すまないね。事前に説明するわけにもいかなくてさ」


 第一王子はにこにこした顔でそう言った。その隣には彼の婚約者であるすまし顔の公爵令嬢、私の隣には何故か死にそうな顔になっている男爵令嬢。

 こんな面子に囲まれた私はただ、普段口にしているものより高級な味がする紅茶をすすっていた。


 何故こんなことになっているか説明しましょう。

 食堂で男爵令嬢を捕まえ抗議したところ、心底嫌そうな顔をした彼女に無理やり拉致された。向かった先は上流貴族しか立ち入れないはずの高級サロン。流石に入るわけにはいかないと入り口で攻防戦を繰り広げていたら、後からやってきた第一王子に「是非、入って?」と言われてしまう。

 王族の誘いを断れる人物はこの学園に存在しない。こうしてワケが分からないまま高級サロンに踏み込むことになった私は、男爵令嬢の行動の理由を第一王子の口から聞かされた。


 王子の側近に必要なのは生涯変わることのない忠誠心。ハニトラに引っかかるような者など言語道断。


 そこで男爵令嬢にはわざと甘い言葉と態度で近づいてもらい、彼の秘密やプライベートなことをポロっと言ってしまうかどうか試していたらしい。

 つまり王子なりの採用試験だった、というのが事の真相。事情が事情なだけに誰にも何も言えずにいた結果、彼女は男を誑かす悪女と思われるようになってしまったようだ。


「ごめんなさい、貴方のこと誤解してたみたい」

「いえ、誤解されても仕方の無いことしてる自覚はあるんで……」


 男爵令嬢はますます死にそうな顔で何度目か分からないため息をついた。

 おそらく私が今日してしまった抗議のようなことを、彼女は主に他の令嬢達からも受けてきたはずだ。そう思うと可哀想になってくる。


「えっと、他の人にも頼むとか出来ませんか? 彼女だけだと凄く目立つと思うのですが」

「そういうわけにも……いや、待てよ?」


 私の口から堪らずに出た救済申請に、王子は少し考え込む。


「最近、生徒会の仕事を手伝ってもらっている子爵の彼がいるんだけどね?」


 側近にするかどうかは爵位が、その、まぁ、大人の事情が絡みそうだから分からないらしいんだけど、中々優秀な人らしい。その彼が何故か今まで接点の無かった男爵令嬢に度々苦情をいれてくるようになったという。


 ……うん? この手の苦情って、令嬢達が言うものよね? というか男爵令嬢と無関係な男性なら自分も遊ぼうと近付くか、逆に面倒事に巻き込まれないよう避けるかの二択な気がする。


「こっちも対応に困っているんだ。だから彼がどんな意図で彼女に苦言を呈しているのかそれとなく聞き出してくれないか? 誘惑は必要ないから」

「はぁ。構いませんが、私と同じく彼にも事情を説明してみては?」

「一応、彼もこれからの結果次第では側近候補だからね。それなのに本人にテスト内容を言う訳にはいかないだろう?」


 そんなものなのか、と納得して王子の依頼を引き受けることにした。






「年下の幼馴染が血の繋がった姉としか思えないんですか……」

「うん。だから姉ちゃんに良い旦那さん見つけてやろうと思って」


 何を言っているんだお前は。


 それが私の率直な感想だった。

 なんてことはない、幼馴染の婚約者候補として目をつけた相手に男爵令嬢が擦り寄って来たから文句を言っただけっていう。

 それとなく近付いて仲良くなって、聞き出した謎の行動の理由がコレだよ! なるほど王子の側近候補なら婚約者として申し分ないわねーバカなの? そんな相手なら既に婚約者がいるって思わないの? もちろん既にいる人もいますよ、兄ならいないけどね!


 王子にどう報告しよう。このまま伝えても信じてもらえない気がするんですが。これって新たな頭痛のタネな気ではなかろうか。


「実際には他人同士なんですし、そこまで大切に思われているなら貴方と婚姻されても良いのでは?」

「え、無理。姉ちゃんは無理」


 いっそのこと子爵子息の行動を止めさせようと手っ取り早い方法を提案してみたけど、やっぱりというか案の定、バッサリ切り捨てられる。


「そんなに強く否定されなくても宜しいでしょう」

「簡単に言うけどさ~。君だってお兄さんとは結婚できないでしょ?」


 その言葉に一瞬、胸が詰まった。でも本当に一瞬のことで以前より心は落ち着いていた。


「そうね、無理だわ」


 声を震わせることなく言えてホッとする。良かった、私の中で彼への気持ちはちゃんと昇華されている。


「貴方はどうなさるの? 幼馴染の相手を見つけて、自分は一生独身でいるつもりなんです?」


 なんとなく話題を変えたくて話の矛先を彼に向けた。どんな答えが返ってくるのかと思ったら。


「姉ちゃんに相手が見つからなかったら強制婚約だから、俺が先に見つけても無駄になるかもしれないんだ。だから姉ちゃんが決まってから考える」


 まさかのノープラン。自分の将来より他人の将来の心配しかしてないとか何なの。


 止めて。古傷が疼くから止めて。考えがありそうで何も考えてないところとか努力の方向性が迷子とか、どうして貴方は前世の夫に通じる部分があるの。

 ダメなのホントダメなの、昔っから私が側にいないとダメなんじゃないかって思うような人ばかり好きになるのよ、なんで?


 などと供述している時点でお察しである。


「事情は分かりました。エミリー様とは知り合いですので、私からもそれとなく伝えますね」

「え、いいの?」


 そう嬉しそうに笑う顔は年相応の幼さも見え隠れして……あら、可愛い。

 ほほう? 今までちゃんと見てなかったけど、顔は悪くないわ。そりゃ兄の方が美形ですけど、これなら余裕で許容範囲です。


 よし、決めた。どうせ兄とは結婚できないんだから、私も将来を考えるべきでしょう。

 前世の夫を口説き落として死ぬまで逃がさなかった私の手腕、とくと御覧あれ!!




「ところで、私にもパルセット様のご婚約候補を探すお手伝いをさせて頂けませんでしょうか?」


 にっこりと微笑む第一王子の護衛騎士の妹を、子爵子息は不思議そうな顔で見返した。

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