変な事件
刑事のおれが現場に向かうと、そこには謎があった。
「保険金目当ての殺人の疑いがある。おまえ、事情聴取に行ってこい」
と係長に言われ、コートをつかんで署をでた。
また係長の第六感ってやつか。不可解な事件は、いつも新人のおれにお鉢がまわってくる。限りなく事故に近い事件。係長だけがクサイとおもっている。ま、ほかの署員はべつの重大事件で出払っているから、仕方ないか。
クルマを走らせてしばらくすると雪が落ちてきた。風もでてきた。ワイパーを作動させる。こんな日は休みをとって、うちで寝っころがりながらマンガでも読んでいたい。まったく年末だっていうのに休む暇もありゃしない。因果な商売だ。
被疑者は新堂真紀子、二十八歳、専業主婦。
ちょうど一週間前の午後二時十分ごろ、真紀子の夫である幸雄(三十一歳)が大型トラックに轢かれて死亡した。前輪と後輪につま先から頭のてっぺんまで、もののみごとに轢かれ、ペシャンコになっての即死だった。
状況としてはただの事故にみえた。が、よく調べてみると、死体の背中やかかとに土やコンクリートの粒が付着していた。まるで気絶した状態で何者かによって引きずられ、路上に放置されたかのようだった。
しかし現場は昼夜交通が激しく、しかも交差点のど真ん中だ。とても人を引きずっていけるような場所ではない。また、トラックの運転手は、
「青信号の交差点を法定内の時速六十キロほどで走行中、とつぜん右前輪がゴリっとなにかを轢き、つづいて右後輪が轢いた。急ブレーキをかけ、バックミラーをみると、あおむけに寝そべった人間がいた」
と証言している。
謎だらけだ。
三十分ほど走り、国道を下りてすぐのところに、真紀子の住居があった。
板塀にかこまれた五百坪ほどの敷地に建つ、二階建て日本家屋だ。どっしりとしていて、どことなく時代を感じさせる。事前調査によると、死んだ夫は養子で、ここは真紀子が生まれ育った家である、とのことだ。
角の駐車スペースにクルマを停め、かぶき門のまえに立つ。斜めうえに防犯カメラがついている。インターフォンのようなものをさがしていると、開き戸がしずかにむこう側に開いていった。
なかをみると、飛び石のむこう、玄関ドアまえのポーチに女性が立っていた。ほっそりとした体形。ぽっちゃり顔にショートヘア。真紀子だ。喪服とおもいきや、活動的なほどのラフなオレンジのジャージ姿だ。
「お待ちしておりました。どうぞお入りください」
あらかじめ連絡しておいて正解だったようだ。すくなくとも、非協力的ではないようだ。
「おじゃまします」
「足もとに気をつけてください」
ならぶと平均的な身長のおれとおなじくらい。均整がとれていて、ミス日本にしてもいいくらいのプロポーションだ。
目が合ったときニコリとされたので、おれは戸惑った。彼女に落ち込んでいるようすはない。
居間で仏さんに線香をあげ、となりの洋間でテーブルをはさんで、さっそく事情聴取にかかる。コーヒーを出されたがくちにしない。まさか毒が入っているとはおもえないが、いちおう用心のためだ。
「トイレですの」
いきなり彼女が言った。
「は? あ、どうぞ行ってきてください」
「いいえ、そうじゃなくて。殺害方法がトイレなんです」
「えっ、なんだって……」
おれをおちょくっているのか。それとも、旦那を亡くしたショックであたまがいかれたのか。
「順をおってご説明しますわ。
夫はこのわたしが殺しました。保険金目当てです。それと、性格があわず、喧嘩ばかりしていました。殺害方法はトイレです」
あいたくちがふさがらない。
「わかっていらっしゃるでしょうが、ここはわたしの祖先が代々暮らしてきた家です」
それは事前調査で確認済みだ。
それで、トイレがちょっと変わってるんですのよ」ほほほと、くちに手をそえ、上品に笑った。いや、不気味に、というべきか。
「トイレに入ると時間が止まりますの」
いたずらっぽい目でこちらをみた。やはりちょっとふつうじゃない。なんて言い返したらいいかわからない。
「では、実物をお目にかけましょう」
どうぞとおれを促し、立ちあがって部屋を出ていく。彼女のあとを追う。
「二階のトイレです。めったに使わないのですけれど……」足を止めず、ふりむきもせず、彼女は続ける。「……ここぞ! というときに使うのです」
一階のトイレらしきドアのまえを通り過ぎ、玄関に寄ってドアを開放した。雪が風とともにいっきに入ってきた。なぜかそのまま引き返し、玄関正面の二階への階段をのぼって、突き当りを右に折れた。廊下の途中で止まり、窓を開放した。雪が勢いよく入ってくる。そして廊下の端まで行き、古ぼけたドアのまえに立った。
「ここです。このトイレに入ると、時間が止まるのです。と言いましても、トイレのなかの時間は動いていますわ。トイレの外の時間が止まるのです」
「そ、そんなバカな……」
「トイレに入り、窓をあけ、雨どいをつたって裏庭に下りるのです。そこは静かですわ。世界が止まっているのですもの。あっ、さっき玄関のドアをあけたのはですね、時間が止まった状態だと、固まってしまって動かないからです」
「な、なにを言ってるんですか」
「疑ってらっしゃる」
そう言うと彼女は、すばやくトイレのドアをあけ、入って、しめた。とおもったら、つぎの瞬間ドアがあき、顔をだした。
「ふんがぁ!」く、くるしい……。
な、なぜだあ? 鼻に長ネギがささっている。
「でね、そこの廊下の窓をあけたのは、あなたを落とすためよ。引きずった跡は雪が消してくれますし。ふふふ」
顔を引っ込め、ドアをしめた。
う~、寒ぅ。ぎゃあ、素っ裸!
うわあ! トラック──