05 炎の裡より産まれいずるもの
あなたは犬派?それとも猫派?あるいは・・・
学園の広い武闘場の中央に、対峙する二人。
片や、長身赤髪の女性。
もう一人は、小柄で赤味のかった金髪の少女。
前者はリザ、後者はシャーナだ。
シャーナの放った火炎が身体を舐めるが、リザは微動だにせず、腕を組んだまま仁王立ちだ。
「お主の力、こんな程度ではあるまい。
我は火の化身故、生半な炎など、毛ほども感じぬ。
遠慮なく、渾身の力を見せてみよ!」
「はいっ!」
返事に次いで、静かに詠唱が始まる。
迷いも遅滞もない、高速で正確、安定感のある良い詠唱だ。
「獄炎乱舞!」
詠唱を〆る術名呼称の段を読み上げると同時に、武闘場の中央に炎の嵐が吹き荒れる。
術者の周囲に自動展開される防御障壁の耐久限界ギリギリの威力らしく、吹き荒れる火炎とシャーナを取り囲む障壁の狭間より、チリチリと音がする。
全力での魔法行使は久しぶりだったので、シャーナは軽い魔力酔いでふらついた。
何とか体勢を立て直そうとするシャーナの瞳に、消え行く炎の中から伸びてくる腕が、映し出される。
「あっ・・・えっ?」
反応しきれず、シャーナの頭を、リザの手がむんずと掴む。
「あ、熱ッ!」
じゅッと、シャーナの髪が焦げ、嫌な匂いがした。
思わず声をあげたシャーナが、涙目でリザの端正な顔立ちを見上げている。
「ふむ。
炎の威力はまぁまぁじゃが・・・魔法行使後に、油断はいかんのう。」
ポンポンと、シャーナの頭を軽く叩く。
さすがに火の化身を自称するだけあり、全身を炎に包まれたはずのリザに、ダメージらしきものは皆無である。
「全力でなくて構わぬ。
先ほどの技を、範囲を狭めて放つことは可能かの?」
「やってみます!」
ふたたび、シャーナの詠唱が始まる。
それを背中で聞きながら、リザはさっきいた場所へと戻ってゆく。
「とりあえずの目標は、我の手の届く範囲内じゃ。」
「ご、獄炎乱舞!」
一瞬、膨らみかけた炎が、渦を巻いて吹き上がる。
カッと見開いたシャーナの瞳が、紅く燃えている。
リザを中心に、物凄い勢いで空気が吸い込まれてゆく。
「あっ!」
背中からの風に押されるように、シャーナの足が、地面から離れた。
「むっ?」
炎をまとったまま、リザが動く。
「あああああああっ!」
叫びながら、炎に向かって吸い込まれてゆくシャーナを、リザの腕の一振りが生み出した炎の塊が、優しく受け止める。
「・・・っ!」
炎に巻かれ、火達磨の自分の姿を想像したシャーナが、声にならない悲鳴を上げた。
一瞬後、肌は焼かれず、喉も無事な自身を見い出したシャーナに、
「お主の魔力より生み出した、お主の分身じゃ。
ゴーレム遣いの者が身近におるのでな、物は試しと真似してみたのじゃが、存外うまくいったようじゃのう。」
リザの胸の前、天上に向けた人差し指から立ち昇る炎と、その廻りを巡りつつ、戯れるようにまとわり付く、小さな火炎。
「不定形ゆえ、主の望むままに形を変えることができよう。
たとえば・・・お主は犬派かの?
あるいは猫派か、もしくは、ドラゴン派かの?」
返答の言葉を発する前に、炎は形を成してシャーナの心を代弁した。
しっぽをからめつつ、ほっそりした身体でシャーナの足元を廻るそれは、シャーナの古馴染みの猫の姿を模していた。
幼いシャーナと出会った頃にはすでに老齢だったから、もはやこの世に生きてはいないだろうが、そう言えばあの老猫は、いつの間にか姿を消していた。
猫と言う生き物は、人知れず死を迎えるという都市伝説は、本当のことなのかな?などと考えるシャーナの肩に、ポンと火猫は飛び乗ると、ペロリとシャーナの頬を舐めた。
「名付けにより、お主とそやつとのつながりは強固になろう。
何か、相応しい名を与えるがよい。」
シャーナと火猫の触れ合いを微笑みながら見つめるリザに、
「フィノ・・・」
ぽつりと、つぶやくように、シャーナが応える。
「フィノ?
悪くはない、響きじゃの。
シャーナとフィノよ、そなたらは友であり、運命共同体でもあろう。
火龍リグザールの見届けによりその絆は生まれ、末長らく保たれようぞ。」
リザの身体から放たれた光が、シャーナとフィノを包み込みつつ、緩やかに大気に溶けていった。
シャーナの魔法を見て、是非とも仲間にしたいと思うギルガとリーリアだが・・・