01 目覚める少女
保護された少女が目をさます。
少女を見守るのは、二人の冒険者だった。
最初に目に映ったのは、見知らぬ天井だった。
淡い乳白色の、優しい色合い。
対角の天井近くに、小さなクモの巣があった。
緩やかな空気の流れを感じて視線を移動すると、カーテンが少し開いていた。
子供のものらしい歓声が、遠くから聞こえている。
視線を周囲に巡らせると、机や椅子、小さな衣装箪笥が見えた。
決して広くはないけれども、居心地は悪くない。
寝台の上で、上体を起こしてみる。
寝巻きに包まれた体のあちこちから、抗議の声が上がる。
いったい、どれだけ眠っていたのだろう・・・と、寝ぼけ頭で考える。
部屋の中に落ちる影の角度から察するに、昼食には少し早いくらいの時間のようだ。
食事のことを考えたら、腹が鳴った。
身体の裡から湧き上がる欲求に従い、扉を開けて部屋の外に出る。
良く磨かれた床と、落ち着いた色合いの壁板。
欲求の趣くまま、微かに漂う匂いを追って、廊下を進んでゆく。
匂いの元は、壁の向こうのようだ。
扉を見つけ、外に出る。
遥か高みから、陽光が肌を焼く。
賑やかな談笑の声が、耳を打つ。
「まだまだ、いっぱいありますから、慌てないで並んでくださいね~」
神官服の少女のその声は、落ち着いた声音ながら、良く通った。
恐らく、意識して魔力を上乗せしているのだろう。
クルリと頭を巡らせた神官少女と、目が合った。
「ベベナ、ここはお願いね。」
傍らの少女に、持っていたお玉を手渡すと、神官少女が小走りに近づいてくる。
「意識が戻ったんですね!
まだ、痛いところとか、あります?」
そんな質問をするということは、治療してくれたのは、目前の少女だったらしい。
「・・・わたしの言っていること、聞こえてます?」
返事がないので、心配げに顔を覗き込む。
ふわりとした金の髪を首の後ろで緩く束ね、澄んだ青い瞳に、白磁の肌には、わずかにそばかすの痕跡が浮かんでいる。
端正と言うよりは、愛嬌のある顔立ちだ。
無言のまま頷くと、神官少女は破顔一笑した。
邪気のない心根が、そのまま現れているような笑顔だ。
苦労なんて、欠片も味わったことはないのだろう。
責めさいなまれ、誰も頼る者もなく、たった一人で魔物の群れに囲まれた経験など・・・
様々な光景が脳裏に弾け、不意に、喉の奥から苦いものがこみ上げてくる。
空っぽの胃から押し上げてくるのは、臭くて苦い、黄色い液体だけだ。
「大丈夫ですよ。
ここには、あなたを苛むものなどいませんから。」
優しい声とともに、背中を擦る温かい手。
抵抗する余力もなく、為すがままの境遇に、知らず涙が溢れてくる。
もはや、その涙を止めることなどできなかった。
「意識が、戻ったようですね?」
戦いの余韻をまとったまま、彼は言った。
「起き上がる意思を見せてくれたのは、嬉しいです。
でも、だいぶへこたれているみたいで・・・」
カップにお茶を注ぎながら、彼女は応えた。
「状況を考えれば、最悪の可能性もあり得ました。
へこたれているというのは、感情が残っている証です。
生ける屍となって、無為に残りの一生を過ごすよりも、ずっといい。」
そう言って彼は、カップのお茶を口に含む。
「彼女、立ち直れると思います?」
「諦めるつもりは、ないんですよね?」
「いったん、乗りかかった船ですから。
行き先を見極めるまでは、見捨てるなんて、できません。」
「僕に何かできることがあるなら、遠慮なく言ってください。」
そう言いながら、彼は懐から皮袋を取り出して、テーブルの上に置く。
その中身が決して軽くないことは、くぐもった音から明らかだ。
「まだ、困ってるわけじゃないけど、ありがたく受け取っておきます。
明日も、来てくれますよね?」
「もちろん、リーリアさんが、そう望むなら。」
「ありがとうございます、ギルガさん。」
そう言って、リーリアは微笑んだ。
ギルガたちの出番は、別エピソードのはずだったのだがなぁ。
少女に何が起こったのか?
少女に対するギルガの想いとは?