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鉄壁のギルガⅡ ~リンゴール戦記Ⅱ~  作者: 金剛マエストロ
11/12

10 とりあえず、一つの決着

眠れないシャーナが、礼拝堂で見たものは・・・

「はぅッ!」

 叫びとも、悲鳴ともつかぬ声をあげて、シャーナは寝台の上で起き上がった。

 心臓がバクバクと音をたて、全身が嫌な感じのする汗にまみれている。

 肌に染みてくるような寒気を感じて、思わず、自分の身体を抱きしめる。

 落ち着いて廻りを見渡せば、教会に間借りした自分の部屋にいることは自明だった。

 リンゴールの街をすっぽり覆う結界に加え、教会の建物ごとリーリアの防御結界に守られているのだ。

 この街の中で、教会のこの一室ほど、安全な場所はないはずだ。

 そう、理屈では分かってはいるものの、恐怖は、怯える魂に忍び寄る。

 眠気が霧散してしまったので、シャーナは寝巻き姿で、裸足のまま廊下を歩く。

 月明かりに浮かぶ窓に、時おり揺れる木々の影が映し出される。

 静かだ。

 それでいて、健やかな人の気配もいくつか感じている。

 魔法使いの鋭敏な感覚が、他者の魔力の流れを感知しているのだ。

 元々、探知系の魔法を得意としていたシャーナだったが、リザの鍛錬を経た後、一段と感覚が研ぎ澄まされていることに気がついていた。

 シャーナ自身の能力が底上げされたのか、フィノが感覚を増幅してくれているのか、あるいは他の理由なのかは分からない。

 フィノについて考えたことに反応したのか、足元から、ニャアと鳴き声が聞こえてくる。

 ふくらはぎ辺りに巻きついていた温もりが、スルリと上がって肩の上に乗る。

 リザは運命共同体と言ったが、実際のところ、フィノは常にシャーナの近くにいるわけではなく、気が向いた時だけシャーナの廻りをしばらくうろつき、いつの間にかいなくなってしまうという按配(あんばい)だ。

「ほんと、気まぐれなんだから。」

 そう言いつつ、フィノの顎の下を撫でてやる。

 思い返せばあの老猫も、シャーナに撫でてもらいたくて、ちょくちょくまとわり付いてきたものだった。

(もっと、遊んであげれば良かった・・・)

 時にはうざったく感じて、邪険に扱ってみたりもした。

 老齢のため、毛並みは少し悪くなっていたけれど、確かな温もりは決して忘れない。

 涙が(にじ)んできたシャーナに感じるものがあったのか、フィノは額をシャーナの顎の辺りにこすり付けてくる。

「大丈夫、泣いてなんかいないわよ。」

 廊下を進んでいくと、礼拝堂の方がぼんやり明るくなっていることに気がついた。

 入り口から中を覗き込んでみると、女神像の前で祈りを捧げている神官服の背中が見えた。

 真摯(しんし)な、静かな祈りの念を感じ取り、シャーナは声もなくその姿に見入っていた。

 考えてみれば、朝の掃除に始まり、夜、孤児たちを寝かしつけるまで、リーリアには自分一人の時間はないはずだった。

 それ故、皆が寝静まった後にようやく、一人で神と対話する時間が持てるのだろう。

 そんな彼女の邪魔になることを気遣って、シャーナは息を殺してリーリアの小さな背中を見つめ続ける。

 ・・・と、

 シャーナの肩から床に降り立ったフィノが、にゃぁと、のんびりした鳴き声をあげた。

「フィノ!」

 小さく、鋭い声でシャーナが呼びかけるのと、リーリアが振り返るのとが、ほとんど同時だった。

「シャーナさん?」

 (ひざまず)いた姿勢のまま、リーリアはフィノの背中を撫でている。

 ゴロゴロと喉を鳴らすフィノに、観念したシャーナは礼拝堂の中に入っていき、リーリアの隣にしゃがみ込んだ。

「お祈りの邪魔をして、ご免なさい。

 何だか、眠れなくて。」

「それじゃ、食堂で、何か温かいものでも飲みましょう。」

 リーリアに誘われるまま、二人と一匹は食堂に向かった。

 程なく、テーブルについて向き合う二人。

 二つのカップからは、仄かに湯気が立ち昇っている。

「火の魔法も、使えるんですね。」

 質問とも、呟きともとれる言いようのシャーナに、

「料理とか、日常必要な程度のもの・・・ですけどね。」

 そう言って浮かべる微笑は、同性のシャーナでさえもほっこりさせるような温かみを感じさせた。

 そう、リーリアはいつも、どんな人にも優しく、思いやり深い。

 いつだって、誰かのために行動している。

 それなのに、自分は・・・

「どうして、そんなに人に優しくできるの?」

 思わず言葉を発してから、しまったという表情をするシャーナ。

 リーリアは、そんなシャーナの瞳をじっと見つめている。

 思わず目をそらし、

「ご免なさい、変なこと訊いちゃって。」

 唇を噛む、シャーナ。

 だが、リーリアは微笑を崩すことなく、穏やかな眼差しでシャーナの表情の変化を見守っている。

 少しの間を置いて、

「わたしって、そんなに優しいですか?」

「えっ?」

「実はわたし、シャーナさんをどうやってパーティに誘い込むか、最近はそればっかり考えているんです。」

 意表を突いたリーリアの言いように、びっくり(まなこ)のシャーナ。

 そんなシャーナの態度にはお構いなしに、

「わたしも、シャーナさんとおんなじなんです。」

「?」

「今も、疲れていると、死んでしまった仲間のことを、夢に見ます。」

「!」

 気がついていたのか!と、シャーナは思った。

「山賊に襲われて、わたしの仲間は、ギルガさん以外、みんな殺されてしまいました。」

 淡々と語るリーリアの表情からは、彼女の心の(うち)は分からない。

「わたしたちが生き残れたのは、運が良かった。

 みんな、そう言ってくれますけど、本当に幸運なのか、疑問に思う時も、正直あります。」

「・・・」

「わたしって、こんなだから、悩みなんてないんだろうって、みんな思ってるみたいなんです。

 でも、わたしだって一応、悩み事はあるんです。」

 そう言って、強い眼差しでシャーナを見つめるリーリア。

 シャーナも思わず、リーリアの瞳を見つめ返す。

「わたしたちのパーティに、参加してくれませんか?」

「・・・」

 返事ができない、シャーナ。

 リーリアもギルガも、人となりは、今までの付き合いから分かっている。

 穏やかなギルガと、優しいリーリア。

 友人としては申し分ない二人だ。

 盾術のギルガと、防御魔法のリーリア、そして火炎魔法の自分。

 三人の、パーティとしての相性も悪くない。

 客観的に判断すれば、リーリアの誘いを断る理由がない。

 しかし・・・

「でも、あたし・・・」

 それきり、言葉が続かない。

 せっかく誘われたのだから、できれば参加したい。

 でも、もしも、自分がパーティの足を引っ張ってしまったら・・・

 ゴブリンの悪夢は、ふたたび現実のものになってしまうかもしれない。

 ゴブリンの汚らしい手が全身をまさぐる、おぞましい感覚。

 汚物と体液と腐臭にまみれ、混沌の中で過ごした日々の記憶。

 気がつけば、ガチガチと歯が鳴る音がした。

 ミルクで温まっていた筈の身体が、我知らず震えている。

 目前のリーリアの姿が歪み、思考が(おぼろ)に溶け込みそうになる。

 シャーナの意識が制御を失う、その寸前・・・

「捕まえたッ!」

 ドンと、お腹の底から突き上げるような衝撃が、一気にシャーナの意識を覚醒させた。

 いつの間にか、リーリアの両手が、シャーナの両手を包み込むように握り締めている。

「な、何?」

「もう、逃がしません!」

 (りん)としたリーリアの瞳が、シャーナをつき抜け、その向こうを見つめている。

「我らが守護者、女神ニニアルネよ、我らが魂に、滅魔(めつま)の加護を(たまわ)りたまえ!」

 リーリアの言葉が、シャーナを穿(うが)つ。

 いや、それはシャーナの身体をすり抜け、体内に巣食う物を打ち砕いた。

「うぐう、あああああッ!」

 邪念に満ちた断末魔の叫びが、シャーナの背後に抜けてゆく。

 思わず目をつぶっていたシャーナが、リーリアの姿に刮目(かつもく)した。

 それは正しく、ニニアルネの化身。

 神々しい光を(まと)う、慈愛の女神の姿。

 だが、それも一瞬で、元の姿に戻るなりリーリアは、ふぅと大きく、ため息をついた。

「い、今のは?」

「シャーナにかけられていた(のろ)いです。」

「呪い?」

「恐ろしく、執念深い怨念でした。

 シャーナさんの魂に取り付いて、侵食する機会を窺がっていたようです。

 でも、もう大丈夫。

 今のシャーナさんなら、もう、取り付くことはできないでしょう。」

「リーリア・・・さん?」

 不徳要領(ふとくようりょう)という顔をするシャーナに、

「そう言えば、話してませんでしたね。

 本来のわたしは、祓魔師(ふつまし)なんです。

 でも、それだけじゃ、食べていけないので、冒険者もやってるんです。」

 そう言いながら、リーリアは目を閉じ、ゆっくりとした口調で詠唱を始める。

 胸の奥から湧き上がり、身体の末端に広がってゆく温もり。

(温かい・・・)

 ふたたび目を開けたリーリアが、なぜか悲しそうな表情をして、

「どういうわけか、わたしの得意な魔法って、あんまりお金にならないんです。

 火炎遣いのシャーナさんが、いっそ羨ましいです。」

 ため息をつくリーリアに、波立っていたシャーナの心の海が、()いでゆく。

(この感覚、どこかで・・・)

 シャーナの中で、過去の記憶と、現在の感覚が結びついた。

(そうか、あの時、あたしを助けてくれたのは・・・)

 悲しみのせいではない涙は、いったい、何年ぶりだったろうと、シャーナは思った。

とりあえず、次回でこのお話は完結です。

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