09 それぞれの想い
圧倒的強者同士の戦いは、ギルガたちに何をもたらしたのか・・・
衝撃だった。
魔力、体力ともに人族とは比べるべくもないドラゴン一族の一角を占める、火龍リグザール。
圧倒的強者としか言いようのないドラゴンを翻弄し、大地に膝を付けさせたヨンネは、ただの変り種エルフにしか見えなかった。
痩身、端麗、孤高を旨とするエルフ族の一員としては、ヨンネは少しぽっちゃり気味で、美麗と言うよりは親しみやすい容貌、そして言動は、人族の女性となんら変わりない。
そんな彼女が、ドラゴンの化身を手玉に取ってみせた。
もっとも、ギルガの優れた視力をもってしても、リザの両腕が光を帯びたかと思うと、次の瞬間にはリザの背中にヨンネが座っていたことしか分からなかった。
ヨンネは、体力や魔力に勝る相手と戦う方法があると言ったが、正直、あまりに隔絶した世界の戦いを見せられても、参考にはならない。
とはいえ、何も得られなかったわけでもない。
圧倒的強者と思われたリザにさえ、それを上回る存在があることを知った。
もしもヨンネが、あるいはリザが、本気でギルガたちと戦えば、生き残る術はないだろう。
だが、現実問題として、ヨンネやリザのような強い者と戦う可能性は、ほとんどない。
冒険者ギルドに持ち込まれる依頼は、ほとんどが中級以下の魔物討伐で、稀に上級の魔物が出現し、特級ともなると年に一度、あるかどうかというところだ。
もっとも、まだ初級冒険者のギルガたちでは、中級の魔物討伐の支援という形でしか依頼を受ける事はできないのだが。
実現する可能性のある状況としては、中級の魔物討伐を遂行しようとしたが、実際には上級の魔物を中級と誤認していたような場合。
あるいは、上級の魔物との偶発的遭遇。
上級以上の魔物が街を襲うことも考えられるが、その場合は誰か、街にいる上級以上の冒険者が対処してくれるだろう。
体力、あるいは魔力に勝る上級の魔物-たとえば、スケルトンや上位オークと戦うのなら、とにかく、相手の攻撃をまともに受けてはいけない。
そういう意味では、ギルガの盾技やリーリアの防御魔法は有効だ。
文字通り、ギルガがシャーナの盾となり、リーリアの魔法で防御を固めつつ、シャーナの火炎魔法の連撃で仕留める。
上級の魔物は魔力を有している者が多いが、上級の中でも魔法特化の魔物でなければ、シャーナの火炎撃を耐え切るのは難しいだろう。
(人には知識があり、戦略があり、そして仲間同士で連携することもできる。
個体の持つ体力や魔力に頼りがちな魔物に対抗するには、人は持てるものすべてを利用して、戦えばいい。
ヨンネさんは、きっと、それを言いたかったんだろう。)
驚愕だった。
見た目はゆるふわのエルフなのに、容姿も体形も圧倒的強者と思えたリザを屈服させたのだ。
決してリザを嫌ってはいなかったリーリアではあったが、女性として勝てる要素が皆無ということを思い知らされるのは、嬉しいことではない。
神官として、他人に奉仕することを命として生きてきたリーリアであっても、やっかみや嫉妬といった感情に無縁というわけではなかった。
(でも、どうしてヨンネさんは、リザさんに勝てたんでしょう?)
初級冒険者ながら、防御担当として、幾多の戦闘を俯瞰視点で眺めるという経験を重ねてきたリーリアだが、ギルガ程に動体視力が良いわけではなく、二人の戦いは、ほとんどが知覚外の出来事だった。
分かったことと言えば、強さは見た目通りではないということ。
人の姿をしたリザは、ドラゴンの強さを内在している。
エルフの姿をしたヨンネは、ドラゴンの強さを超え得るということを証明してくれた。
体力、魔力ともに劣っている人族が、圧倒的な膂力、魔法力を有する魔物どもと対峙した時、どうやって戦えばいいのか?
正直言って、魔物は怖い。
最初の依頼の時は、樽の中に入っていたから、直接戦いは見ていなかった。
それでも、周囲にいくつもできた血溜まりと、そこに沈む仲間たちの姿は、今も脳裏に焼きついている。
教会には、瀕死の冒険者が運び込まれることもあったから、怪我や血を見ることが恐ろしいわけではない。
生ある者が、必死に生き続けようとし、しかし、想いは遂げられることなく、無残に命を散華する。
もしも、無限の体力と魔力があるのなら、あるいは目前に消えかかる命のすべてを救えたかもしれない。
しかし、現実はそんなに都合の良いものではなく、還って来なかった者も多い。
いや、むしろ助けられなかった者の方が多かっただろう。
そのたびに悔し涙を流しつつ、それでも懸命に、目の前の命を繋ぐ魔法を、リーリアは行使する。
つまるところ、人は悪あがきをし、必死に生にしがみつき、わずかな可能性を見つけるために、もがき続けるしかないのだろう。
それは、戦神官への道を選んだ時に、すでに覚悟していたことだ。
(自分で選んだ道なのですから。
戦い続けることこそが、生きてゆくということなのでしょう。)
美麗だった。
翻り、紅く燃える、長い髪。
それは、地に落ちた時でさえ、ゾクリとするほどに、美しかった。
同じ炎使いとして、いや、もちろん、内在する魔力の大きさも、技量も、何一つ比べられる程のものを持たない自分だけども、いつかは認められるような存在になりたいと、切に願った。
初めて自分の魔力を意識したのは、三歳の時だった。
五歳の時には、天才と呼ばれた。
何もかもが、自分の思う通りになると思っていた。
でも、すぐに現実を思い知らされた。
年齢を重ねるごとに、夢想と現実の乖離は大きくなってゆく。
だから、その乖離を埋めるために、冒険者となった。
冒険者の世界は、あくまで実力主義だ。
後ろ盾がなくても、実力さえあれば、一人前と認められる。
最初の依頼は、ゴブリン討伐だった。
初級の魔物の群れなど、圧倒的な魔力で容易に蹴散らせる・・・その筈だった。
確かに、ゴブリンは矮小で、脆弱で、愚かだった。
しかし一方で、奴らは容易く増殖し、酷く狡猾で、そして恐ろしく執念深い。
最初は、まったく手ごたえのない相手だと思っていた。
だが、気がついた時には完全に囲まれていた。
最初に倒れたのは、前衛の剣士だったろうか。
弓士が討たれ、神官が倒れ、シャーナは一人、袋小路に追い詰められた。
今にも飛び掛らんとするゴブリンどもを止めたのは、神官ゴブリンだった。
ゴブリンの呪いによるものか、シャーナの意識は、そこで途切れた。
意識を取り戻した時、シャーナはすべての衣服を剥ぎ取られ、檻の中に閉じ込められていた。
神官ゴブリンのものらしい、ゴブリンにしては低い呪言が紡がれる中、狭い檻の中にいくつもの腕が差し伸べられ、シャーナの身体を拘束した。
抵抗できぬまま口元に注がれたのは、一種の麻薬のようなものだったらしい。
程なく意識は混濁の海に沈み、揺蕩うままに流れ行く。
そんな状態が、一体、どれくらい続いたろうか?
闇を打ち払った松明の光。
シャーナは、ふたたび光のある世界に呼び戻された。
そして、ドラゴンの化身との出会い。
黒から白に転じた世界に、鮮やかな色彩が蘇るとともに、すべてのものが意味を取り戻していた。
リーリア、ぶっちゃけるの巻。