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「フィアン、外の人たちは?」
フィアン、というのはコンフィアンザの愛称なのか?
「全員排除しました」
皇妃のローブの隙間から、銃を握った手がチラリとのぞいている。怖っ!!
「あとはそこの女だけです」
「まあ、待て」
「ますた!?この期に及んでまだこの女を信じるのですか!?」
何故だろう、正妻が夫の浮気相手を殺そうとしているような場面に見えてしまう。
「いいか、これも全部演技なんだよ」
・・は?何を言い出すんだ。
「彼女には、実際に城に攻め入るまでやってほしいと指令を出しておいたんだ。いわゆる訓練だよ」
「そんな話、私は知りません」
「ああ、内密な話だったからな」
嘘だ。
皇帝は嘘をついている。
明らかにさっきのディシェルネの声のトーンは本気だった。
それほどまでにディシェルネを利用したいのか?
あるいは本当にディシェルネにだまされているのか。
皇帝の言葉を聞いた皇妃は、何故か俺の方を向くと尋ねた。
「アージェンタムさん、あなたはどう思いますか」
おいおい、なんでそんなことを聞くんだ。
そんな浮気現場を一緒に取り押さえた探偵みたいなポジションに俺を仕立て上げないでくれ。
とはいえ、答えないとマズい。
どうしたものかと数瞬考えていると、ディシェルネの体がブレた。
「あ、しまった」
ブレたと思ったら、今度はディシェルネの体がボロボロと崩れていく。
「イシルディンで自分の体そっくりのダミーをつくって、そちらに意識が移っている間に認識を阻害する魔術を行使したってところかな」
なんだ、異世界の次は魔術かよ。
「私たちが使っている磁動車の技術にも魔術が使われているんですよ。音声を遠くに伝達する技術なんて九割近く魔術から来てますから」
だから、毎度の如く俺の考えを読んで発言するの止めてほしい。
「あなたの考えは読みやすいんですよ。それよりますた、あれはどういうことですか」
「あれは都合が良いんだよ、いろいろと」
皇帝の顔は、皇妃の表情とは対照的ににこやかである。
「反乱分子の行動の起こし方を予測する参考にもなるし、これからディシェルネ君は逃亡しようとしているわけだけど、その逃亡ルートも気になるからね」
「ますたならば考え至ることが出来ると思いますが」
「まあ、退屈しのぎっていう理由もある」
それにしては命張りすぎだろう。
「まったくもう。それじゃあ、とりあえずあの女を追いましょう。処遇は捕らえた後で決めます」
「はいはい。あ、アージェンタム君も来るといい。フィアン、彼の足かせを外してあげて」
「了解です」
そう言うと、皇妃は俺のところへ近づき、両足をつなげているチェーンのようなものを引きちぎった。
怖っ、と思いつつもどうしても気になることを聞いてみる。
「なぜ皇帝のことをますた、と呼ぶんですか?」
俺の質問に皇妃は少し考えてから答えた。
「私はますたによって造られました」
「っ!?」
人間を造り出せるのか、あの皇帝は。
いや、まてよ。そうなると、俺と今しゃべってるコイツは一体何だ?
「まだ造られて間もなく、発音器官の発達が不十分だった私はマスターと言う言葉をますたと発音しました。それ以降はその呼び方が定着してしまって今に至る、というわけです」
コイツはどう見ても人間にしか見えない。
確かに、人間離れした美しさではあるが、それでも動きにぎこちなさはないし、会話も成立している。
「まあ、ますたを造ったのは私なんですけどね」
「は?」
まあ、皇帝が人間ではないというのはさっきの光景を見て思い知らされた。
造られた存在というのもうなずける。
「さあ、お話はこれでお終いです。ますたも来られましたし、出発しましょう」
気がつくと、皇帝は既に玉座からこっちに歩いてきて、扉の前でこちらを見ていた。
「これでも元人間なんだ。よろしく」
「は、はあ」
あの人間味が極端に欠如した銀白色の人型を見せられると、どうしても怪物感が拭えないのだが、こうして接しているとただの子どもにしか思えないのが不思議だ。
「表に磁動車を停めてあります」
「うん、じゃあそれに乗ろうか」
玉座の間を出て、まっすぐ歩くと前は壁だった場所が大きく開かれ、外の景色が見えるようになっていた。
そしてそこに停まっていたのはさっきの磁動車。
ていうか、ディシェルネはこっから逃げたんじゃあなかろうか。
「・・あれ?」
気がつくと、俺は車内に立っていた。
何故車内にいることがわかるのかというと、周りの景色がさっきまで俺がいた場所から前に移動しており、そこがちょうど車があった場所だからだ。
周りを見渡すと、上半分はサンバイザー付きのガラスで覆われ、下へ行けば行くほど透明ではなくなっていくという感じだ。
車内は外から見た目以上に広く、十人くらいなら横になれそうなスペースと、普通に立っていても頭がぶつからない程度の高さが設けられていた。
ちなみに前には、さっきと同じ距離に皇帝と皇妃が立っている。
「ディシェルネ君がどこに行ったか追跡できる?」
『はい、可能です』
これは、磁転車の声と同じ奴だ。
『ご無事でしたか、アージェンタムさん』
「ああ、おかげさまでな」
『それは良かったです』
こちらが車との会話を楽しんでいる間に、向こうも車と会話しているようだった。
スピーカーがいくつもあるのだろう。同じ声で、別の言葉をしゃべっている。
「それじゃあ、自動運転で追跡してくれ。速度は速めで」
『イエス、マスター』
機械音声が答えると、周りの景色がすっと動き始めた。
こっちは何の慣性も感じない。ディシェルネの車とは大違いだ。
「どうだい、この車の乗り心地は」
「素晴らしいです。こんなに素早い発進なのに、慣性力を全く感じないなんて」
「そうでしょ。この技術ももう少ししたら民間におろすから、そうすれば市販車もこんな感じになると思うよ」
やはり皇帝の特注品だったか。
明らかにディシェルネが持っていた車よりも速いスピードで移動していると、一分立つか立たないかといううちに前方にディシェルネが乗っていた車が見えてきた。