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皇帝に武器を向けるディシェルネ。
「おい、こんなところでアナキアのメンバーであるふりをする必要は無いだろ。なにやってんだよ」
「だから、私のことはディシェルネと呼べと・・」
どう見ても雰囲気が違う。
訝しげな目で見ていると、皇帝から助け船が入った。
「ディシェルネ君は二重スパイだったってことだよ」
つまり、今のディシェルネは完全にアナキアのメンバーとして動いていると言うことか。
「正確には、二重ですらないわ。私はあなたたちに何を教えるか事前に組織のメンバーと話し合っていたし、そもそもここ最近は報告自体していなかったのよ」
「ふむ、ボクにはそれが不思議だけどね」
ああ、俺もだ。
「細かい話はもういいわ。さようなら支配者よ」
ディシェルネが引き金を引く。
銀白色の光がディシェルネの武器から放たれ、まっすぐ皇帝の胸元に命中した。
あいつ、マジでやりやがった!
あの武器の光に当たったものはどんなものであれ銀白色の塵に分解される。つまりは皇帝もそうなるということ。
俺は二人の成り行きを固唾をのんで見守った。
だが、皇帝はやはり伊達に皇帝の座に座ってはいなかった。
「・・ボクが自分に危害を加えうるものを渡すと思うかい?」
「そんなバカな!?」
パッと見、皇帝の体のどこにも異常はない。
命中したはずの服ですら銀白色に分解されてはいないようだ。
「そういうわけだ。諦めたまえ」
そう言うと、皇帝はさっと腕を振る。
その動きに合わせて俺の左側、皇帝にとっては右側の壁から銀白色の手が生えて皇帝の腕と同じように動いた。
その腕が攻撃だと考えて離れるように飛びずさるディシェルネ。
しかし、腕は攻撃に使われることなく、俺の手枷を壊しただけで消滅した。どうせなら足かせも壊してくれよ。
「もうすぐフィアン、つまりコンフィアンザも来る。早いところ降伏すると良いよ」
どうやら皇妃がこちらに向かっているらしい。
皇帝が救援を求めたのか磁転車から何か発信されたのか、はたまたブラフなのかはわからない。
だが、少なくともディシェルネは、皇帝の言葉を信じたようだ。
「チッ、彼女はやっかいね」
おいおい、ディシェルネさんよ、舌打ちなんてお行儀が悪いっすよ。
「おや、ボクはいいのかい?」
「あんなに簡単に私のことを信用したじゃない。今の状況はあなたが作ったと言っても過言ではないのよ」
確かに状況は皇妃が心配するとおりになった。
「物事を短絡的に考えすぎだよ。まあいいや。それで、どうするの?」
「もちろん、この場であなたを消滅させる」
その言葉とともに皇帝の方へ向き直り、仁王立ちをした。
「いいよ、その甘い考えも粉みじんにしてあげよう。アージェンタム君、危険だから下がっていなさい」
「ええ、私からも忠告するわ。あなたは消すには惜しい人材だから」
何だそろいもそろって。
というか、足かせのせいで自由に動けないっつーの。
それに、このまま二人の前に躍り出ても何も出来ないのは目に見えている。
皇帝は皇帝で何か隠し球がありそうだし、ディシェルネの攻撃は強そうだから、俺は後ろに下がることにしよう。
俺の腕と全身を使った必死の後退を横目に、ディシェルネが能力を発動したようだった。
「全力で行くわ」
その言葉の後、皇帝が座る玉座を包み込むように、銀白色で半透明の球体が出現した。
その球体の外側からどんどん銀白色の塵が出現していく。ディシルディンを発動したのだ。
「空気を構成する物質や水蒸気を構成する水分すらもイシルディンに変換しているのよ」
その言葉は恐らく俺に向けられたものなのだろう。
そして、イシルディンというのはあの銀白色の塵のことなのだろうか。
そして十秒もしないうちに、半透明の球体は銀白色の塵、つまりはイシルディンの球体へと変化していた。
「私が変換したイシルディンは、自分で動かすこともできるの。だから、こんなことも・・」
そう言うと、ディシェルネは両手を前に出し、手でものを圧縮するような仕草をした。
すると、イシルディンの球体が少しずつ小さくなっていく。
「さすがの皇帝もイシルディンに変換されてると思うけど、念のため・・ね」
一分ほど経つと、ほとんど人一人分程度の大きさにまで圧縮されていた。
「さあ、どうなるか」
そういうと、次にディシェルネは親指で球体を割るような仕草をした。
恐らく、球体の中心までイシルディンが詰まっているのを見ることで、皇帝を下したことを確認したかったのだろう。
「・・・あれ?」
しかし、イシルディンの球体は何の変化も起こさなかった。
何度も何度も同じ仕草をするものの、やはり結果は変わらず。イシルディンの形も変わらず。
数秒後、イシルディンの球体は急にその形状を変化させ始めた。
だが、真っ二つに割れるという変化ではない。まるで液体のように動き、中から人型のシルエットが浮かび上がる。
「・・もしかして」
「その通り、ボクは帝都エーリュシオンの皇帝、シルイト・エーリュシオン・ウィスタームだ」
発せられた声の音色は明らかに皇帝のもの。
だが、その体は人間のそれとはほど遠く、銀白色の金属のようななめらかな表面をした人型をしていた。
「・・マジか」
「そのセリフ、こっちが言いたいわよ。人・・ではないわね。何、あれ?」
「それはこっちが聞きたい」
この女との間に会話が成立してしまったが、それだけ仰天するくらいには目の前の光景は異質なものだった。
俺たちが見ている前でみるみる皇帝の姿が人間に近づいていき、最終的には元の通り色まで付いた。ちなみに服もその過程でつくられている。妙に体がでこぼこしだしたなあと思っていると、それに肌の色ではない色がつき始め、やがて服であると判明した。
「キミではボクを倒せない」
玉座をたった皇帝が一歩踏み出す。
その一歩に気圧されるようにディシェルネが一歩後ずさった。
「いい加減に諦めて、その力をボクのために使いたまえ」
「まさか、あなたはそのために!?」
「もちろんだよ。キミが反乱を起こすことなんて想定の範囲内さ。君の父親には少しひどいことをしてしまったからね。殺さずに利用しようとしているのはその罪滅ぼしとも言える」
何をしたんだ?とは聞けなかった。
だが、能力を道具で再現することが並大抵の努力では出来ないだろうなということは想像がついた。
皇帝の発言と、ディシェルネの親が早死にしているという事実を鑑みるに、恐らくディシェルネの父親は皇帝の研究のために死んでしまった。といったところか。
ディシェルネは知っていたのか知らなかったのかうつむいたままだ。
もし知らなかったとしても、俺の考えと同じ考えにはたどり着いているはずだ。
「なんて、話し合っている内にコンフィアンザの登場だよ」
後ろを振り向くと、そこには鬼のような形相をした皇妃が両腕を組んでたたずんでいた。