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起きうるのは二つ。
一つは皇帝を狙った暗殺。ただし、護衛の存在も否定できないため難易度は高めと言えるだろう。
暗殺者が市民に紛れることが出来るように、護衛もまた市民に紛れることが出来るのだから。
もう一つは城の制圧。ただし、これも内部の防衛機能の性能がどれほどのものかわからない。
ディシェルネならば知っているだろうから、彼女がどう判断するかによるだろう。
「普段は皇帝に護衛をつけているのですか?」
「いえ。それに今日も護衛はついていないはずです」
もしそのことを知っていれば、ディシェルネは皇帝の暗殺に乗り出す可能性が高くなる。
あるいは、拘束して人質にする可能性もあるが。
いずれにせよ、皇帝の身に危険が迫っているのは確かだ。
「・・考えるのは結構ですが」
俺が更に深い思考の沼にはまろうとしていたそのとき、皇妃が平坦な口調で俺に話しかけた。
「まずはディシェルネの私室へ案内してください。そこに何かしらの証拠があるかもしれません」
「あ、はい。こちらです」
ただ、一つだけ、俺の頭の隅に引っかかっていることがある。
報告時間はディシェルネの想定外の事態が起こった際にスケジュールが乱れないようにするための吸収剤の役割を持つ、と皇妃は言っていた。
では、報告時間が一切無い今日は全てが、つまり皇妃がここを訪れ、俺が皇妃の暗殺に失敗して仲間になることも含めて全てが予想の範囲内なのではないかという嫌な予想が立てられてしまうのだ。
ーー
昨日案内されたディシェルネの部屋にたどり着いた俺たち。
「何故、俺があいつの部屋の場所を知っていると?」
「スケジュール表ですよ。私の部屋で配属先を伝えるとなっていますから」
「あ~、なるほど」
扉の取っ手に力を込めるが開かない。どうやら鍵がかけられているようだ。当たり前か。
体当たりして突破を試みるが、普通の扉よりも頑丈に出来ているようでびくともしない。
「少し下がっていなさい」
どうしたものかと悩んでいると、後ろから皇妃の声が聞こえた。
言われるがままに下がると、入れ替わるようにして皇妃が前に出てくる。
すると、皇妃はノーモーションで扉に猛烈なパンチを繰り出した。
「・・へ?」
パンチがあたった扉からは破片が飛び散り、穴が開いている。
「頑丈に作られていたのが幸いしました。普通なら扉がゆがんで開かなくなるんですけど」
そう言いながら、皇妃は開いた穴から手を突っ込み、扉の鍵を開けている。
よく見ると、鍵を差し込む部分のちょうど真横に穴が開いているのがわかった。
いやいや、頑丈に作られている扉をパンチで破壊するなんて普通は無理だから。
中に入ると、やはり昨日と同じようなインテリアが配置されている。
「まずはどこから探しますか?」
「手当たり次第に探す・・必要はありません。いくつか目星はつけました」
は?どうやって?なんて聞くのは野暮なんだろうな。
「とりあえず、紙にだけターゲットを絞って検索したところ、そこの机の引き出しの中、タンスの中、ベッドの下、机脇の棚の中にあるので、それらを調べます」
~5分後~
「どれもハズレでしたね」
どの紙もぱっと見た感じでは計画書ではなかった。
細かく見ていけばもしかしたら計画書だったのかもしれないが、そうしようとすると皇妃が機密情報だと言って取っていってしまったので細かく見ることが出来なかった。
その代わりに皇妃がきちんとチェックしていたようなので、やはり全部ハズレだったのだろう。
「仕方ありません、ディシェルネの目的が絞り込めない以上、あなたと私で手分けするしかないです」
「はい」
「では、あなたは城に向かってください」
「皇妃様でなくていいのですか?」
なんとなく、皇妃が城に戻って伝令を出した方が早いような気がする。
「時間がもったいないですから。私は各区画を先に見回ります。あなたは城に戻ったら代行者に皇帝陛下が狙われているという旨を話してください。それで捜索隊を手配してくれるでしょう」
「直接皇帝陛下と連絡を取ることは出来ないんですか?」
「・・・」
「皇妃様?」
「現在、完全に音信不通です」
どうやら、皇帝は非常にマズい状態になっているようだ。
ーー
「あなたには磁転車を貸し与えます」
今、俺たちは皇妃が乗ってきた磁動車に向かって歩いている最中である。
本来は、第一区画を含め、第二区画にも磁動車が走る路線は存在しないのだが、強引に空中をすり抜けることでここまで磁動車できたらしい。
「磁転車、ですか」
「磁転車は、磁動車の技術を利用した新しい乗り物です。小型の磁動車のようなものですよ。城へ自動運転してくれますから、それで戻ってください」
「わかりました」
数分歩いて着いたところは、少し開けた公園のような場所。
中央には皇帝や皇妃の髪の色と同じ銀白色の磁動車が鎮座していた。いや、事前に磁動車のある場所へ向かうと言われなければ、磁動車だとはわからないだろう。
その磁動車は市販のどのモデルとも違う形状をしており、円錐の底面に半円をくっつけたような形をしていた。
皇妃が近づくと、その磁動車はゆっくりとしたきりもみ回転のような運動を始めた。よく見ると場所によって回る向きが違う。
「磁転車を出してください」
皇妃が磁動車に向かってそう言うと、返事のようにポーンという音がなり、直後、磁動車がふわりと浮かび上がった。
浮かぶと、ドンッという音が鳴りそうなほど急な勢いで何かが落ちてきた。
それは、落ちてくると同時に皇妃へと向かう。
皇妃はそれを拾うと、俺の方へ渡してきた。
「それが磁転車です。ここに座り、ここに手をかけて、こっちに足をかけてください」
皇妃の言われるがままに磁転車にまたがると、再びポーンという音がして、手をかけているハンドルの中央に配置されていたディスプレイが光った。
「城へ自動運転してください」
皇妃の言葉にポーンという音で返事をした磁転車は、ふわりと浮かび上がり、加速を始めた。
「え、もう出発ですか?」
「はい、幸運を祈っています。ますた・・・いえ、皇帝陛下がいらっしゃったら、その磁転車に話しかけて報告していただければ、私の方にも通知されますので、よろしくお願いします」
「話しかける・・はい、わかりました!」
こちらに向かって手を振る皇妃を背に、俺は城へと旅立つ。
~道中~
「磁転車に話しかけるって、どうするんだ?」
『普通に話しかけていただければ私も答えます』
「・・え」
・・・ポーン以外に返事できんのかよ。