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こいつの言うことが正しいという保証はどこにもないが、とりあえず話を聞く価値はありそうだ。
そう思わずにはいられないほどの容姿をしている。
きちんとした身なりの人だと、ちゃんとした人だなと感じるのと同じだろう。
「これを見れば信じていただけると思いますよ」
そう言いながら前に出したのはデキシア。
デキシアには名前などの基本的な個人情報とその人の職業なども記載されており、身元の証明には一番である。
彼女のデキシアには、コンフィアンザと言う名前と皇妃という肩書きが記載されているのが見えた。
他の事項も記載されていたが、マナー違反だと思って詳しくは見ていない。
「皇妃様が、何故こんなところに来ているんでしょう?」
「ディシェルネからの報告が全く上がってこないんですよ。ますた・・いえ、皇帝陛下は彼女のことを信頼しておいでのようなので、こっそりと調査に来たというわけです」
なんだと。
俺も一応、鍛錬の合間に優秀な成績をおさめる人を報告していたんだが。
あの女が報告を怠っていたのか・・?だが、そんなずぼらな性格ではないはずだ。
「一応、俺が調べてまとめたデータがあるので、回収しますか?」
「データ?何の話でしょう」
「いや、反政府組織に潜入して優秀な人材を見つけて報告するっていう任務ですから」
俺のその言葉に、目の前の皇妃が可愛らしく首をかしげた。
「そんな任務は与えていません」
「え、そんなはずは。皇妃様がお聞きになっていないだけでは・・?」
「それはあり得ません。・・アージェンタム」
皇妃は一息つくと、真剣な表情で俺の名前を呼んだ。
俺の名前知ってるのかよ。
「はい」
「今一度、ディシェルネからの指令を全て話してください」
返事の代わりに俺は頷き、洗いざらい全て話した。
ーー
「・・それは、おかしいですね」
「おかしい、とは?」
「私は、ディシェルネが今日必ずここにいるという確認を取ってきました」
その確認が間違っているんじゃ・・。というかおかしいの理由になってないぞ。
「その確認というのは・・」
そう言いながら皇妃が取り出したのは何かの表。
「これはディシェルネのスケジュール表です」
あいつ、そんなものを提出していたのか。
「ここには、今日、この時間にディシェルネが本部で他の反政府組織に関する聞き込み調査を行うことになっています」
「しかし、本部はもぬけの殻、というわけですね」
俺の言葉に皇妃はコクリと頷いた。
「そのスケジュール表、少し見せていただいても?」
「ええ、いいですよ」
スケジュール表にはディシェルネの行動スケジュールが分単位で書かれている。
トイレの時間なんて、これ本当に忠実に守ってるのか?
・・・確かに、かなり正確だ。
昨日、俺が知らんぷりしてしばらくディシェルネのところへ行かなかったことも、その前に下っ端Aに襲われることも全て書かれている。
ディシルディンを使用、と書いてあるのは恐らくあいつの特殊能力を使用したという意味だろう。
ディシルディンなんて名前がつけられていたのか。
「あの、このスケジュールっていつ提出されたものなんですか」
「毎月の始めです。驚きましたか?」
「ええ、まあ」
「あの子は少し異常なんですよ。先見の明がありすぎるというか。何故ますた・・いえ皇帝陛下があそこまで信頼していらっしゃるのか」
ますた・・マスターのことだろうか?
いや、今はそんなことを考えている暇はない。
「ただ、これを見て、今日以外のほとんどはスケジュール通りに行動している気がします。今日だけ違う行動を取るのには何か理由があるはず」
よく見ていくと、俺はあることに気がついた。
「やけに皇帝への報告時間が頻繁にありますね」
月の初めから見て言っているが、全ての日に報告時間が設けられている。
日によっては、一日に複数回のときもある。
「ああ、それは念のための時間が多いですよ。さすがのあの子でも完全ではないので、そういう報告時間を作ることによって想定外のことが起こった際のクッションにしているんです」
「つまり、報告時間でも報告してこないことがある・・と?」
「その通りです。その報告が長い間こないために私が来たのですから」
下っ端Aが襲ってくることまで予測できる女が、大量の報告時間を作らないといけないほど不測の事態が発生するだろうか?
報告してこなかったということは、不測の事態が発生したということなんだが・・・?
・・報告時間?
「報告時間ということは、皇帝ももちろん報告用の部屋に移動しているわけですよね」
「ええ」
「つまり城にいると」
「そうです」
月の終わりまでスケジュール表をくまなく見たが、報告時間がない日は今日しかなかった。
「もし、城で仕事をする必要がなくなったら皇帝はどうすると思いますか?」
「恐らく、市民の生活を観察しにいろいろな区画へ行くでしょう。・・もしかして」
多分、皇妃も気付いたのだろう。はっとしたような表情をしている。
そう、王城はさすがにセキュリティーがしっかりしているだろうが、普通の町中は皇帝を守るための設備などない。
俺が知らなかったくらいだから、周りの人も近くに皇帝がいるなんて思わないし、暗殺しようと思えば市民に紛れて行動できる。
そして、何よりディシェルネは皇帝の顔を知っている。
一方で、皇帝がいなくなれば指揮系統の欠落が起こり城も無防備となる。通信設備はあるだろうが、混乱は避けられないだろう。
その隙を狙えば城の制圧も可能かもしれない。
何よりディシェルネはディシルディンと呼ばれる特殊能力を持っている。
「多分、今、考えてらっしゃることが起こるかもしれません」