1-9
ハローみんな。俺は今最下層の第一区画にいるようだ。
「マジかよ・・・」
まずは情報収集からだ。
足元を見てみると皇帝が手配してくれたのかボディーアーマーと、なぜかシールが置かれていた。
シールだけ明らかに異質だったので手に取ってみると、裏面に説明が書かれていた。
説明によると、このシールは王城の代行者担当の人員と連絡が取れるデバイスらしく、耳たぶの裏に貼ることで通信可能になるらしい。
シールは俺の肌と同じ色にコーティングされており、貼っても肌との区別が付きにくくなっている。
早速シールを右の耳たぶの裏に貼ってみた。
シールがついていた説明付きの紙は俺がシールを張った瞬間に銀白色の欠片に分解された。証拠は残したくないようだ。
シールを張った瞬間、脳内で声が聞こえた。
「もしもし~」
これが説明に書いてあった通信ってやつか?
とりあえず返事をしてみることにする。
「もしもし?」
「あ、よかった通じましたね」
「あなたが代行者担当の方ですか?」
「え?ああ、声だけだとわかりませんか?私です、ディシェルネですよ」
どうやら俺はあの女から離れることができないらしい。もちろん恋愛的な意味ではない。
なんでも代行者と連絡を取る部門は存在していないらしく、俺が何か情報を得たらまずディシェルネに報告してディシェルネが皇帝に直接報告するらしい。こいつ、俺の手柄を横取りしないだろうな。
「そうか、それで・・」
「あの~」
「ん?なんだ?」
「いま、割と声を出してお話していませんか?」
何を当たり前のことを言ってるんだ。
耳たぶに自分の声を届けないといけないんだから、小声じゃ駄目だろう。
「当たり前だろ」
「小声でも届くので周りに留意しつつ慎重に話してください」
ちっ。
注文が一々多い。
そっちが聞きやすいように大きな声で話していたというのに。だが、周りから変な奴だと思われるのも本意ではないのでここは従っておこう。
「わかったよ。それでなんの用だ?」
「そちらに配布した道具の説明をしようかと思いまして」
その後、耳たぶの通信機の説明も含めて十分ほどの講義を聞かされた。
要約するとこうだ。
銃と呼ばれる道具の中でも機関銃と呼ばれる連射式のものが開発されており、このボディーアーマーは機関銃の掃射に最大で一分間耐えられるという。
また、ナイフなどの直接的な攻撃やパンチなどの打撃の衝撃も和らげてくれるらしい。
そして耳たぶに着けてる通信機についての講義を聞かされたが、とにかく高性能だということだけ分かった。
動力は生体電気から得られ、通信は帝都内ならどこからでも可能。
ほとんど声を出していなくても、声帯から耳たぶへと伝わる振動を直接感じ取って音声を送ることができるらしい。
問答無用で連れてこられたのは痛いが、装備は割と充実しているためこれなら何とかなるかもしれない。
だが、最後に女から聞かされた衝撃の事実で俺の目が覚めた。
「最後になりますがアージェンタム君、一度腕につけているデキシアを見てみてください」
急いでデキシアに書いてある俺の権利を見てみると目を疑うようなことが書かれていた。
「はい、お分かりだと思いますが現在のアージェンタム君は第十区画までの居住権と人権しか認められていません。が、今までの成長権なども一応有効です」
これでは最低階層の住人と同じようなステータスじゃないか。
「どうなってるんだ?」
「デキシアをよーく見ていただくとわかると思うんですが、限りなく背景と同じ色で隠匿権と書かれていませんか?」
言われたとおりによく見てみると確かにかなり見えにくい形で隠匿権と書いてある。
「その隠匿権はデキシアを操作することで権利が無いように隠匿できるという権利でして、その効果で今のアージェンタム君が下層の人と同じ権利のように見えるというわけです」
「これ、隠匿してる権利は俺にも見えないの?」
「正確には我々があなたのデキシアを操作しているという状態ですので我々には見えています。あ、我々というのは王城の代行者をサポートする部門ですね。なのであなたが自分でどうこうすることはできません」
酷い扱われようだ。というかこんなに簡単にデキシアって操作できたんだな。
「もちろん簡単にこんなことはできませんよ。皇帝陛下の許可が必要ですから」
相変わらず人の心を読んでいるような女だ。
だが、その会話が終わるころには俺の気分はだいぶマシになっていた。
自分の権利を勝手に操作されているとはいえ、サポートが充実していることに変わりは無い。安心は出来る。
「それでは、このあたりでお別れです」
「そうか。いろいろ教えてくれてありがとう。しばらくは会わないのかな?」
「いえ、私も潜入調査を既に開始しているので案外すぐに再開すると思いますよ」
「・・・」
若干の望みを込めてした発言だったがそんなわずかな希望さえもこの女は粉々に打ち砕くらしい。
第一区画のすさんだ土地を歩くこと約三十分。
すぐに再開できると言った女の姿は依然として見えず、俺は既にこの仕事に飽き始めていた。
それも当然である。
皇帝が言っていた反政府組織に会えるわけでもなく、そもそも人自体まったく見かけないからだ。もっとも、簡単にそんな組織に出会えるならとっくに代行者たちによって壊滅させられているんだろうが。
だが、頭の中であの女のことを考えたからなのか通りの向こうの方からあの女の声が聞こえて来た。
とうとう幻聴が聞こえるようになったか・・などと思わず思ってしまったがやがて見えて来たその光景に俺は自分が聞いたものを信じるしかなくなった。
あの女が周りに屈強そうな男どもを侍らせてこちらに向かってくるのである。
といっても絡まれているようには見えず、むしろ男たちがあの女を尊敬して敬っているようにも見える。
すると、あの女がこちらを指さして何かを男たちに言った。言った瞬間、男たちが一斉にこっちを見てきて何かうなずき合っている。
何だろうと俺が考えているとそのままのペースで一行はこちらにやって来た。