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逃げる男、追う二人。


男は若干三十歳ほどの年齢で容姿端麗、スタイルも良い美丈夫だ。

しかし、容姿とは裏腹に男が着ている衣服は煤けたぼろぼろの布も同然の代物だ。

その風体からなんとなく男の社会的立場もうかがえる。

そんな男が今、額に汗を浮かべ必死の様相でただただ逃げまどっている。


上を見上げると空中には磁動車じどうしゃが行き交う高速路線が青白い光を放っていた。


栄華を極める都市の高層部とは、まさしく雲泥の差ともいえる最下層の路地を男は走っている。

そもそも磁動車が走るための正式な路線すらこの地区には存在しなかった。


やがてどんな道も必ず終わりとなるもの。

かれこれ一時間くらい全力で走りつくした甲斐もなく、行き止まりで止まってしまった男に二人組はあっさりと追いついてしまった。


追ってきた二人は闇夜に紛れやすいよう黒い衣装を身にまとっているせいか姿かたちははっきりとはわからない。

ただ、二人が持つ銀白色の銃と腕につけられている銀白色の腕輪のみがその男の目に映っていた。


「なんで俺を追ってくるんだ!!俺が越権行為をしたのは一回だけじゃないか!?」


そう、さっきからこの男を追っている二人組は決して悪人ではない。

むしろ政府によって組織された治安維持部隊の一員である。

この男は自らが立ち入る権利の無い場所に立ち入ってしまったために、治安維持部隊に追われることになったのだ。

越権行為を一度すれば、数日間は拘束される。権利違反なのだから当たり前なのだがこの男には重要性がわかっていないのだろう。


「貴方が犯してしまった越権行為は合計三つ」


その数字に男は目を見張る。身に覚えがないからだ。

越権行為は短時間で何回行うかで罪の重さが変わってくる。

二十四時間以内に二回行うと、最低限の人権と第一区画居住権以外のすべての権利を一年の間剥奪されてしまう。

第一区とは、男が今いる最下層のことである。最下層では教育レベルが低く、治安も良いとは言えない。

もちろん、男の目の前にいるような治安維持部隊が定期的に巡回しており、この男のような越権行為を行った者を見つければ確保しているのだが、巡回頻度は高層部と比べるとかなり少ない。

もっとも、だからこそ罰として成り立っているのだろうが。


そして、短期間での越権行為が三回に増えるともはや人権すらなくなる。端的に言うとその場で極刑に処されることとなる。

そんな重大な内容だがこの代行者は淡々と真実のみを告げていく。


「一つは貴方に権利が付与されていない第四区画に立ち入ったこと」


この都市は下部から第一、第二と階層ごとに区画分けがなされており現在は第六十四区画まで存在するのだが、最上層部は今でも増築が続いているため正確な値とはいいがたい。

一般的に上の区画になればなるほど保有資産や立場が上の者しか立ち入る権利が認められない。


「もう一つは貴方に権利が付与されていない逃走行為を行ったこと」


逃走を行うにも権利が必要である。

逃走権などもちろんあるはずもなく、逃走を開始した時点でそれは越権行為とみなされるのだ。


「そして最後は貴方が生きていること」


それを聞いて男は呆然とする。

まさか自分の命そのものが否定されるなど考えたこともないからだ。


「あなたに生存権は付与されていない」


男は孤児だった。

普通の子どもは、生まれる前から政府に届け出を出すことで生存権が認められるのだが、第一区画の住人の中でそのシステムを理解している人は、罰として送られてきた人を除いてほとんどいない。

基本的に、後から生存権を付与されることはなく、生存権を付与されていない大人は生きているだけで常に一つの越権行為をしていることになる。つまり、生存権が付与されずに大人になってしまうと永遠に第一区画で生活することになるということだ。

子どもの場合は、大人になるまでになんとかして登録することができれば良いのだが、この男にそんな知恵も知識も無かった。


そこまで言うと、二人組の代行者の内の一人が持っていた銀白色の銃を男に向けた。


「な、なんだ・・普通の拳銃か?言っとくけど俺を上層ののんびり暮らしてるやつらと一緒にすんなよ。多少威力が強化されてたとしてもそれくらい防げねえとここじゃあやってけねえんだよ」


社会の底辺近いこの男でも一、二発の銃弾程度なら生身でも無傷で凌ぐことができる。

これはこの都市の特異性であり、またここまで市民を強化してきた皇帝の成果でもある。

しかし、代行者は気にすることなく銃を向けたまま口を開いた。


「皇帝の御名において銀白の裁きを代行する」


銃は銀白色に光り輝きすっかり安心しきっている男の腹部へと攻撃が命中した。

直後、男の体は攻撃が命中した部分から銀白色の欠片へとどんどん分解されていく。

分解された銀白色の塵は更に細かくなっていき、肉眼では確認できないほど小さくなる。

男はやがて気づくが既にその時には肺をはじめとする声を出す器官は失われていた。

痛みを感じず、血液さえも銀白色に染まる中、そこにはただ一人の男が存在を消したという事実が残るのみだった。



男が完全に消滅したことを確認した二人は、きびすを返して元来た道を戻り始める。

人は、彼ら治安維持部隊のことを「代行者」と呼ぶ。

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