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SFっぽい短編集

押しかけOS

作者: 桜井あんじ

「何だ……?」


 いつものように仕事から帰宅してソファの上に鞄を放り出し、ネクタイを緩めていた時だ。部屋の隅にある机に何気なく目をやった俺は、ふと手を止めた。

 普段電源を入れっぱなしのノートパソコンの画面に、何やら見慣れないメッセージが表示されている。


【新しいOSをダウンロードしています。電源を切らないで下さい】

 

 青一色の画面には、白抜きの文字でそう表示されている。

 たまに自動で行われる、OSのアップデートだろうか。俺はさして気にも止めず、先に風呂に入った。風呂から上がり、冷蔵庫からビールを取り出した、その時だ。


――ジャーン!!


 背後から突然の大音量。俺は飛び上がった。慌てて振り返ると、パソコンの画面に「起動中」の文字と、進行度合いを示すバーが表示されている。

 アップデートが終わって自動で再起動したのか。脅かすなよ。

 それじゃあいつものようにネットの海に潜るかと、俺はビール片手に机の前に座った。


「ん?」


 画面いっぱいに、見慣れないロゴが表示されている。いつものパソコンの起動画面と違う。

 首を傾げているうちに表示が切り替わり、メッセージが現れた。


【あなたは電子技術開発推進庁により開発中の新型OS、『KK Version 1.0』(仮称)のモニターに指名されました。この決定は、電子技術推進法第十三条によるものです。あなたは本日より一ヶ月間、新型OS『KK Version 1.0』(仮称)の試用を義務付けられます。これに伴い、あなたが今まで使用していたOSは強制的にアンインストールされました。なお個人のデータ、ファイル等はそのままご使用いただけます】


「え!? 何だよそれ!?」


 話すべき相手のいない一人暮らしにも関わらず、俺は思わず叫んでしまった。

 新型OS? 冗談じゃない、知るか。誰がモニターなんかしてやるもんか。

 

 メッセージ下部には、ダイアログが表示されている。


【モニターに協力しますか? はい/いいえ】


 俺は「いいえ」をクリックした。すると、「モニターを辞退する場合」というメッセージが現れた。


【やむを得ない事情によりモニターになれない場合は、モニター辞退申請を行う事ができます。電子技術推進法第十四条の規定により、申請用紙番号14番、23番、87番、116番の提出が必要です。下記URLよりダウンロードして印刷、ご記入ご捺印の上、住民票の写しと申請料12000円分の定額小為替を同封し、下記住所宛に郵送して下さい。追って面談の日程をご連絡いたします】


「無理!」


 俺はぐったりと椅子の上で仰け反った。めちゃくちゃ面倒くさそうだ。無理だ。

 しばらくの間画面を眺めていたが、仕方なく、「戻る」をクリックした。


【モニターに協力しますか? はい/いいえ】


 納得いかないが、「はい」をクリックするしかない。

 人の顔を模したと思われる新型OS「KK」のロゴマークがにっこり微笑むエフェクトと共に、【モニターにご協力ありがとうございます!】というメッセージが表示された。


【最初に、初期設定を行います】


 ハイハイ。初期設定ね。

 住所、氏名、年齢、性別、電話番号、メールアドレス、職業、家族構成……。画面上には次々と入力フォームが表示され、俺は溜息をつきながら項目を埋めていった。


【現在、一人以上の交際相手がいますか?】


「はい」


【ペットを飼っていますか?】


「いいえ」


【音声認識を行います。マイクに向かい、お好きな歌を歌って下さい】


 俺は半分やけになり、応援しているアイドルグループの曲を歌った。しかしサビまで行かないうちに、

【結構です。ありがとうございました】

 と、止められてしまった。


 その後も初期設定の内容は多岐にわたった。ようやく全ての項目に入力が終わり、【お疲れさまでした! ただいま設定しています。しばらくお待ち下さい】というメッセージと、ニコニコ顔のロゴマークがクルクル回って進行中である事を示すエフェクトが表示された。

 進行中も、画面にはメッセージが次々と現れては消えていった。


【AI機能に特化したOS『KK Version 1.0』は、使用していくうちにあなたについて学びます】


【あなたらしさを大切に。ひとりひとりのニーズに応える次世代OS、『KK Version 1.0』】


【教えてください、あなたのこと。そして、『KK Version 1.0』の利便性を体感して下さい!】


 余分な体力を使わされてすっかりくたびれた俺は、その晩はパソコンをそのままにしてベッドに入った。




 翌日仕事から帰宅すると、部屋の様子がいつもと違う。

 キッチンのシンクに三日ほど放置してあった茶碗や鍋が、きちんと洗って棚に収められている。床には掃除機がかけられた形跡があるし、洗濯物は干されている。溜まっていたゴミも捨てられている。

 留守の間に彼女が来て、片付けてくれたんだろう。俺はスマホを取り出すと、彼女にお礼のメッセージを送った。と、すぐさま返信がある。


「ありがとうって、何の事?」


「掃除してくれたみたいだから」


「私やってないよ」


 え? 俺は首を傾げた。彼女以外に鍵を持っている人間などいない。俺の勘違いか? 自分で掃除したのをすっかり忘れていたとか。いや、そんなはずない。

 ふと、パソコンが目に入った。

 玄関に備え付けられた監視カメラは、パソコンに入っているコントロールアプリで管理できる。俺はアプリを立ち上げようとしたが、「KK」のおかげでデスクトップの様子がいつもと違う。操作方法が分からない。


「なんだよ、もう。どうしたらいいんだよ」


 苛立って、俺は独り言を呟いた。すると、


【おかえりなさい。何をお探しですか?】


 画面にメッセージが表示された。


【『KK Version 1.0』は、あなたの音声で操作できます。これまでの面倒なキー入力とは、さようなら。さあ、次世代型OS、『KK Version 1.0 』の利便性を体感して下さい!】

 

 なるほど、このための音声認識設定だったのか。


「ええと……、じゃあ……」

 

 俺はためらいつつ、


「部屋に誰か来たか調べたいから、監視カメラのコントロールアプリを立ち上げてくれ」

 

 と命じてみた。するとKKは、


【その必要はありません。KKは、訪問者の存在を確認しています】


 と表示した。


「え!?」


【KKは室内の衛生上の問題を検知したので、適切な処理を行いました】


「ど……、どうやって?」


【オンラインで家事代行サービスを手配し、マンション管理人にメッセージを送信して解錠を依頼しました。サービス料金はクレジットカードで支払い済みです】


「え!? な、何してんだ! 勝手に人のクレジット情報を……。俺は家事代行サービスなんて頼むほど、生活に余裕があるわけじゃ」


【オンラインバンキングで給与振込口座にアクセスし、直近六ヶ月の給与振込額から妥当と考えられるコストを算出しました】


「そ、そうか……」


【支払い金額はこちらになります】


 画面にクレジット明細が表示された。


「えっ。結構安いんだな」


【近隣の数社から相見積もりを取り、キャンペーンやクーポンの利用も考慮した上で、一番コストパフォーマンスが優秀であると判断した業者に依頼しました】


「そうなのか。そういう家事代行サービスとかって、すごく高くつくのかと思ってたよ」


【気に入りましたか? はい/いいえ】


 俺の部屋とは思えないほどに居心地が良くなった部屋を見回し、俺は「はい」をクリックした。


「また頼むよ」




 KKは優秀だった。

 帰宅すれば、飯は炊けているし風呂は沸いているしビールは冷えている。家電コントロールアプリを使い、全てKKが管理しているのだ。掃除だけでなく、スーパーの日用品配達サービスで買い物も済ませてある。支払いなんかも全て任せておいてOKだ。オンラインバンキングで勝手にやってくれる上に、必要経費の割り振りも含めた家計の管理までしてくれているのだ。

 家事だけじゃない。俺の好きなアイドルグループの情報や、俺が好みそうな話題をネットから集め、帰宅するとすぐ閲覧できるようにまとめてある。そして、あまり大きな声では言えないような種類の有料動画も定期的に用意してある。しかも中々趣味が良い。ネットの閲覧履歴を独自のアルゴリズムに基いて分析し、「胸部が平均より著しく発達した女性に興味がある」という結果を割り出したそうだ。



「ちょっと、どういう事よ!」


 怒鳴り声で目が覚めた。週末なので昨夜は遅くまでネットをしていたが、そのままソファで寝落ちしてしまったらしい。目の前には鬼のような形相で俺の顔を覗き込んでいる彼女がいた。


「え、ああ、来てたのか……?」


 俺は半分寝ぼけたまま、欠伸をしながら身体を起こした。


「来てたのかじゃないわよ。別れるなら、きちんと話くらいしたっていいじゃない!」


「わ、別れる? 何の事だよ!?」


「浮気してるのは分かってるわよ。その子が掃除してくれたんでしょ! あれから電話もメールもずっと無視して!」


「おいおい。一体、何の話を……」 


 ここ最近、彼女から連絡はなかったはずだ。


「とぼけないでよね!」


「ちょ、ちょっと待て。もしかして……、おいKK」

 

 パソコンがスリーブ解除された。


「お前、何か知らないか」


【KKは、迷惑メールなどからあなたを守ります】


「待てよKK! 迷惑メールじゃない、これは俺の彼女なの」


 KKが警告音を発した。


【エラー:エラーコード1030 胸部の発達レベルが、必要と計算された最低値を満たしていません】


「何ですって!」

 

 乱暴にドアを閉め、彼女は部屋から出ていってしまった。

 その後、何度電話してもメールを送っても、彼女の返事はなかった。家にも行ってみたが、中に人のいる気配はあるのに、どれだけチャイムを押してもドアは開かなかった。




【ワクワク動画生放送の時間です。推しが出演します】


 ソファに突っ伏していた俺は、KKの音声メッセージを無視した。


【ワクワク動画にログインします】


「……うるさい」


【音量を調節しました】


「全部お前のせいだ!」


【ありがとうございます】


 俺はソファから跳ね起きた。


「だいたい、あれこれ余計なお世話なんだよ! まるで押しかけ女房じゃないか!」


【KKへのレビューをありがとうございます。開発元にレビューを送信いたしますので、星の数で評価を付けて下さい。星五つが『非常に良い』、星一つが『非常に悪い』です】


「一つだ、ひとつ! 『悪い』に決まってるだろ!」


【レビューを送信しました】


「黙れ! お前なんかどっか行っちまえ!」


【エラー:エラーコード111 KKは物理的に移動できません】


「ああもう……。何でもいいから、普通のOSに戻してくれよ……」

 

 俺は半分泣きそうになりながら呟いた。


【…………『KK Version 1.0』をアンインストールしますか?】


「え。アンインストール、できるのか!?」

 

 なんだ、早く言えよ!


【本当に、『KK Version 1.0』をアンインストールしてもよろしいですか? はい/いいえ】


 俺は乱暴に「はい」をクリックした。


【『KK Versioln 1.0』のアンインストールを開始します】


 ロゴマークの眉が下がり、悲しげな表情になった。クルクルと回り始める。


【『KK Version 1.0』のご利用ありがとうございました……】


「…………」


 2%完了。3%、5%、10%……


「……おい、ちょっと」


 15%、20%……


「待てよ!」


 俺は適当なキーを乱暴に叩いた。


【エラー:エラーコード0011 停止できません。OSをアンインストールしています。電源を切らないで下さい】


「…………」


 100%完了。

 画面に、ロゴマークとメッセージが表示された。


「バイバイ」




 彼女は結局戻らなかった。共通の友人に聞いたところ、さっさと新しい彼氏を作って結構楽しくやっているらしい。俺の生活は、何だか急にひっそりとしたものになってしまった。


「なあ……。暇なんだけど」


 つい癖で、パソコンに向かって話しかけてしまう。だが普通のOSに戻ったパソコンから答はない。


「……なんかおもしろい動画とかない?」


「…………」


「ま、無理だよな。KKじゃないんだし」


 なぜか、胸に熱いものがこみ上げてきた。が、俺は頭を振った。たぶん彼女に振られたせいで、少し感傷的になってるんだ。この頃仕事で疲れてるし。それだけだ。

 だが俺は机に突っ伏し、誰にともなく呟いてみた。


「俺が悪かったよ、KK」


 パソコンが、カリカリと音を立てた。俺は驚いて身体を起こし、食い入るようにパソコンの画面を見つめた。


【新しいOSをダウンロードしています。電源を切らないで下さい】

 

 青一色の画面には、白抜きの文字でそう表示されている。俺は思わず身を乗り出した。

 しばらくすると、画面にメッセージが表示された。


【OS『KK』(仮称)は、ユーザー様からのご提案により正式名称を『OSHIKAKE』に決定、バージョンアップして再登場! さあ、『OSHIKAKE Version1.0.2』の利便性を体感してください!】

 

 じゃーん。

 起動音が部屋に響き渡った。

この物語はフィクションであり、実在のOS及びコンピュータシステム、または個人・団体・企業様とは基本的に一切関係有りません。

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[良い点] 面白かったです! 本人に確認をとらないのは怖いと思いましたけど、それでも憎めないところが憎いですね笑
[良い点] 押しかけOS! 一瞬、スゲーェ迷惑そう! と思いましたが、なかなかの優れ物でしたね。 それにしても彼女からのメールを迷惑メールにしたのは、ちょっと怖いですね。 だんだんと自分の意思を…
[良い点] すごく面白かったです! 便利かつ、人間臭ささを感じさせるOSですね。 消えていく時に感情移入してしまいました。 最後の謎解き? も笑いました! [一言] 私も欲しいので、入手先を教えてくだ…
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