3.小説で遊ぼう②
" それは絶対に笑ってはいけない夜の遊びだった。"
"「……へ?」"
" 須藤啓二は部屋で一人お笑い番組を観ていた。別に好きな芸人が出ているからではない。ただ何となく、静寂を紛らわすためにテレビをつけていただけだ。
しかしふとした瞬間、何気なく放たれたギャグに啓二は思わず吹き出してしまった。
すると突如
――デデーン!
――啓二、アウト!
年末番組でお馴染みの効果音が、部屋全体に響き渡った。
直後、背後の扉がおもむろに開かれ、見知らぬ人間が部屋に乱入してくる。
それは、おっぱい顔の美少女であった。
これは決して比喩ではない。言葉の通り、道行く美少女の顔をおっぱいにすり替えたような出で立ちをしているのだ。のっぺらぼうの顔面に乳首をつけた、と表現してもいいかもしれない。
そのおっぱい少女は啓二の背後に詰め寄ると、啓二のズボンを尻ごと力任せに引っ張り上げた。そして啓二の背中に片足を乗せて固定すると、持っていたゴムバットで尻をばかばかと殴り始めた。
――スパコーン! スパコーン! スパコーン!"
"「ぅぐあぁあ! ぃいでぇえ! んぎゃぁあ! ち、ちょっと彩香さん!?」"
" 悲鳴を上げる啓二を無視しておっぱい少女は殴り続ける。そしてケツバットの回数が10回に達したところで、今度はムエタイのようなゆったりした動きでミドルキックの構えを"
"「ストーーーーップ! やめろぉ! それ以上いけない!」"
"「え~、またぁ?」"
画面上に響く狂乱な叫びに、あたしは執筆を中断した。
ほんの少しの静寂。続けてお兄ちゃんからの糾弾が連なる。
"「へいへいへーい! 今度はどぉいうことかなぁ~、彩香さぁ~ん?」"
"「どういう事って……今回もちゃんとお題に沿ったつもりだけど」"
"「コレジャナーイ! コレジャナイんだよ彩香さ~ん、俺が求めてるのはさぁ! もっとエロ要素をプリーズ、ギブミー!」"
"「…………えーと、お兄ちゃん大丈夫? 頭打った?」"
とっさに"啓二は深呼吸を二回、壊れた頭を落ち着かせた。"という一文を加筆。その直後"「すぅ、ハァ……、すぅ、ハァ……」"という呼吸の擬音が表れる。
"「どう? 落ち着いた?」"
"「……ああ、すまん。ちょっとあまりのショックに我を失ってた」"
キャラが崩れる程のショックって、あたしそこまで変な物語書いたつもりなかったんだけど……。もちろんお兄ちゃんが求める筋書きを書いたつもりもないけどさ。
でも当人にとっては余程不満だったのだろう。正気を取り戻してもなお、あたしに文句を垂れてきた。
"「つーかおまえいい加減にしろよ……。お題に沿ったとか言うけど、ジャンルはどこ行ったんだよ。エロとか官能の要素欠片もなかったぞ」"
"「そう? あたしとしてはSMプレイのつもりで書いてたんだけど」"
"「マニアックすぎるだろ! おっぱい顔の妖怪女にケツ叩かせてよく兄貴が興奮すると思ったなぁおい!」"
"「……え?」"
"「おいなんだその意外そうな反応は!? いままで妹にどんな目で見られてたんだよ俺!」"
"「ま、まあ結局はお題が悪かったってことだね、うん。あの三つじゃあこうなって必然、みたいな?」"
自分の陰謀を悟られないよう、つい責任転嫁をしてしまった。
でもお題のせいというのも、あながち間違いではないと思う。
今回提示された三つのお題は普通にとらえればどうあがいてもエロ一直線だった。それをあたしが無理やり拒んだのだから、ストーリーが歪になるのも当然だ。
まあ、結局は苦しい言い訳だし、これじゃお兄ちゃんの不満は収まらないだろうけど。
――と思いきや。
"「…………ほう?」"
"「……え」"
一瞬、画面の向こうでお兄ちゃんの瞳が光った気がした。
そして、
"「……言ったな。言ったな! つまりお題さえよけりゃエロ小説でも書けるってことだな!?」"
"「へ!? い、いや、ちょ」"
ま、まずい! この流れは……今度こそエロ小説を書かされる!
さっきはなんとか言葉遊びで切り抜けたけど、今回もそううまくいくとは限らない。でも言質を取ったお兄ちゃんが今さら自重するわけもなく、
"「ならお題変更だ! お題は、『女子高生』、『触手』、『凌辱』! ジャンルは変わらず官能・エロコメで、さあ書いてみ――」"
" セーラー服を着た巨大軟体生物が須藤啓二に襲いかk"
"「ワザとだろうがぁーーーーっ! 絶対これワザとぎゃああああああ!? なんかセーラー服姿のでけぇイソギンチャクが粘液滴らせながら這い寄ってきたぁぁああああ! 消せぇえっ! 消してくれぇぇええっ!」"
言われた通り、おっぱい少女の話も含めて画面上の文章をすべて消す。
ふぅ、あぶなかった。まったく現役女子高生の妹相手に女子高生の凌辱モノ書かせようだなんて、このエロメガネの脳内はどこまでピンク色なのだろうか。そもそもお題に『触手』と入れた時点でこうなることは予想できただろうし。学習してないあたり脳みそが腐ってるとしか思えないよ。
"「ちくしょう、なんでだよ……なんで彩香はエロい小説書いてくれないんだよぅ……。俺はただ、実の妹が赤面しながら書いた淫乱物語を全身で感じたいだけなのに……」"
"「……とりあえず実の妹の前でそんな発言をする人間には一生分からないと思う」"
"「うぅ……。……はぁ……なら、もういいや。なんかさっきから俺、痛い目にあってばっかりだし、もう止めにするよ……」"
"「え……それって、アプリ自体を終了させちゃうってこと?」"
む、それはちょっと困る。
確かに制裁という意味ではもう十分かもしれないけど、何となく物足りない感じがする。というか正直小説書くのが楽しくなってきたから、あたしとしてもまだ遊び足りない気分だ。(決してサディスティックに目覚めたわけではないですよ?)
よし、ここはもう一度萌えキャラを演じて、延長戦に持ち込もう。
"「ご、ごめんねお兄ちゃん……今度は痛くないようにするから……」"
"「う……」"
"「だから、もっと遊ぼうよぅ……。……だめ?」"
"「うぐ……わ、わかったわかった! わかったからそんな寂しそうな声出すな。ときめいちまうだろ!」"
はい余裕。ホントちょろいですわ、この兄貴。
"「やった! それじゃあ今度はどんなお題にする? ……でもえっちぃのはもうやだよ?」"
"「わかった、もう彩香が嫌がることはやめるよ。お題は『ゲーム』、『ベランダ』、『月』。ジャンルはラブコメ。どうだ?」"
三度にわたる理不尽な仕打ちに懲りたのか、今度のお題は穏やかなものだった。とはいえジャンルをラブコメに指定している辺り、女の子とふれあう夢は捨ててないようだ。折衷案、といったところだろうか。
"「オッケー。それじゃあ」"
そんな彼の要望にはきちんと応えるべきだろう。敬愛するお兄ちゃんに向けて、最後にこんな物語を贈ろうと思う。
"「ラブコメはラブコメでも、とびっきりのラヴクラフトコメディーをお楽しみに♪」"
"「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええっ!」"
というわけであたしは往年の大ホラー作家をリスペクトしつつ、執筆を再開するのだった。
あれ? そういえばあたし、ラブクラフトの原作読んだことないんだっけ。
ま、いっか。多分テキトーに神話生物とか邪神出しとけばそれっぽくなるわよね。
H.P.ラヴクラフト(1890~1937)
アメリカ合衆国の小説家。特に「宇宙的恐怖」と呼ばれるSF的要素を持つホラー小説で有名である。
また彼が独自に築き上げた神話体系「クトゥルフ神話」はTRPGのシナリオなど、数多くの二次創作作品の母体となっている。
(参考:Wikipedia)