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タイムリミット

 スレイマンや首相たちは室外に連行されていった。

 経済懇親会に使っていた会議用の大ホールには、取材記者、大使館員、迎賓館職員など30人を残すばかりになり、室内は途端にがらんとした雰囲気になった。


 軍人たちはこの30人を10人ずつの3グループに分け、分散して別の場所に連行していく。

 加藤大使夫妻は2番目のグループとして連れていかれてしまった。

 残すは俺を含めて10人。金髪の英国人記者、ヤニベクの現地記者、身なりのいい年配のヤニベク財界人、迎賓館の職員……。ついに日本語の通じる相手がいなくなってしまった。

 これで外の状況を知る手段はゼロだ。

 スレイマンの行方も気になる。


  ここでお別れデス


 彼の残した言葉が、気になる。

 軍人たちが部屋に突入してきてからのスレイマンとの会話を思い出していた。


  クーデターを起こした一味はおそらく反大統領派

  彼らの狙いはマラト大統領

  マラト大統領は前大統領ムフタルの後継者

  スレイマンはムフタルの息子


 これらの情報を元に起こりうる出来事を想像すると、最悪の結果しか思いつかない。

  ・

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 いや。

 待て待て。もう少し冷静に考えてみるべきだ。

 自分がこのクーデター劇をマンガで描くならどうする?

 どんなプロットを考え、どのようなネームを切る?

 キャラクターは、すでに出そろっている。

 仮にこのクーデターを指揮する者を主人公にした場合、ストーリーはどう組み立てる?


 まずはクーデターを起こした軍人たちの目的を、利害関係を考えながら整理しみよう。

 彼らの目的は“大統領の失脚”だ。

 だから、マラト大統領の捕縛もしくは殺害が第一目標となる。

 仮にこのクーデターに成功した後、政権を担当するのは誰か。

 軍部がそのまま軍事政権となるのか、あるいは裏で糸を引いている者が政権を握るのか。いずれにせよ、首謀者はクーデター後に、国民の理解を取り付けなければならない。

 つまり、自分たちの存在を誇示するための示威行為や、報復的な虐殺行為は、のちに国民感情を刺激することになるので、絶対に避けなければならない、ということになる。


 いまのスレイマンは政権与党の人間ではなく、大使館に勤めるいち公務員にすぎない。前大統領の息子だから、という怨恨を理由に彼を投獄したり、殺害したりすれば、クーデター側は批判にさらされることになるだろう。だから手錠で拘束された者たち――スレイマンや首相や経済相――は、少なくとも大統領捕縛の確証が得られるまでは無事なハズ……もっともこの仮説は、クーデター側に怨恨がないことが前提となる。そこは、祈るしかない。


  「安心してください。クーデターなら、みなさんは人質として扱われます。

   テロのように、無差別に人を殺すことはありえません」


 スレイマンのあのセリフは、俺たちを落ち着かせる意味もあったが、自分に言い聞かせているものでもあったに違いない。


 要するに、クーデター派の仕掛けたこの将棋は、王を取らなければ意味がないのだ。

 そもそも、このクーデターは、国民の理解を得られる性質のものではない。

 マラト政権は、民主選挙で選ばれた政権与党だったはずだ。クーデター派が勝利するには、作戦行動を長期化させず、できるだけ被害を出さず、一夜にして大勢を決する必要がある。

 国民が目を覚ましたときには、もう政府が転覆してた……そんな“事後報告”こそが、クーデター派にとっての理想的な勝利条件だ。

 夜が明けて国民がこの変事を知ったときには、クーデター派は大統領の身柄を確保済みで、勝利宣言をしなければならない。大統領が健在であれば、国民の反発は免れないだろう。そのまま長期化すれば、クーデター派が事態を収束させるのは困難になっていく。そうなればクーデターは失敗だ。


 だが現実に大統領は捕まっていない。

 大統領がこの経済懇親会をキャンセルしたのは、不幸中の幸いといえた。

 このまま大統領が拘束されず、朝を迎えて、このクーデターの不当性を国内外にアピールしたらどうなるか? 軍部は国民の理解が得られないのはもちろんのこと、国際社会でも賛意を得られないだろう。

 また、彼らにとっての誤算はほかにもある。

 この経済懇親会に、海外メディアと日本大使の加藤夫妻が参加していたことだ。

 初動段階での情報漏洩を恐れて彼らを拘束したのだろうが、早急にクーデターを成功させ、即座に取材記者と大使を開放しないと、彼らは国際世論を味方につけることはできない。

 彼らを人質にしたままでは、絶対に国際世論はクーデター派の味方にはならない。

 これは致命的なミスだ。

 タイムリミットが迫っていて、追い詰められているのは、むしろクーデター派ではないか?

 そう考えると、彼らはずいぶんと勝算の低い賭けに出たものだ。


 いや、マラト大統領の立場からも考えてみるべきだ。

 軍がクーデターに参加している以上、このクーデターを鎮圧するに際しては、マラト大統領は武力をアテにすることができない。

 マラトの武器は「民意がある」という一点で、それは民主主義においては錦の御旗となるが、民意に訴えかけるには、国民が信用するメディア――たとえば国営放送――か、国外に脱出して海外メディアに通じる必要がある。

 それもできるだけ早急に、だ。

 彼は民意を得ているとはいっても、前大統領ほど圧倒的な人気があるわけではない。功を焦っているフシさえある。軍部に捕縛されていなくとも、長い間姿を見せなかったら、彼の求心力は低下してしまうだろう。いつまでもクーデターを鎮圧できない、リーダーとしての資質を欠いた人間。そう思われてしまうのだ。

 だから大統領は、早くメディアの前に姿を現す必要がある。

 軍はそれを阻止するために、この大統領府と同時に、放送局と空港にも部隊を派遣しているに違いない。陸路で山を越えて隣国に行くには、時間がかかりすぎる。だから大統領は、クーデター発生を知るやいなや、軍より先に放送局か空港に向かわなければならない。

 つまり大統領からしても、残された刻限は少ない。


 このクーデター劇をマンガにするなら、読み切り短編ではページが足りないが、かといって年単位の長期連載も見込めない。連載作品中の、いちシリーズとしてならちょうどいいか。

 俺はいつの間にかページ数の計算までしていた。

 このクーデター劇は、早期に決着する。

 それが俺の導き出した答えだ。


 いまマラト大統領はどこにいるのだろう。

 不安に胸が押しつぶされそうだ。

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