あなたを愛していました
私の名前はラヴィニア・フォン・リラザイト。
ランドリール王国リラザイト公爵家の娘。
…でも、私には前世の記憶がありました。
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木原青衣。それが私の前世の名前です。
私は日本という国の普通の公務員家庭の長女に生まれ育ち、何不自由なく平凡な家庭で愛されておりました。
父親は時に厳しく時に甘く、母親はのんびりした専業主婦で。
そんな普通な中で、私に唯一他の人と違いがあったとすれば、とても仲のいい幼馴染みがいた事くらいです。
彼の名前は山内泰浩。
私は小さい頃から近所に育ちいつも遊んでいた彼を、幼い女子特有の我が儘と威圧感で彼を従えていました。
彼はどちらかと言えば気の弱い男の子で、私の我が儘をほぼ聞いてくれ、私はお姫様気分を味わっていました。
ですが成長と共に、低かった彼の身長は私を遥かに越え、女子からとてももてる容姿になりました。
頭もよかった彼は生徒会長をこなし、進学校に進むほどでした。
私は彼の事を、他の女子に盗られたくなくて、私を一番に見てほしくて…
幼馴染みという枷を彼に嵌めてしまったのかもしれません。
彼に告白し、付き合いだしてからも何度も何度も彼を試すように別れを切り出しました。
答えはいつも
「青衣の好きにすればいいよ」でした。
引き止めてくれない彼に苛立ちと寂しさをずっと感じていました。
私はこんなにあなたが好きで傍にいたいのに…
あなたは私に会いたいとも言ってくれないと。
何度目の別れの後だったでしょうか?
私は20才で結婚し、子供を二人もうけました。
そして彼も結婚していた30才前。
夫との価値観の違いや金遣いの荒らさで、喧嘩をする度に殴られ
娘達にも暴力が向き、私が全治1週間という診断を受けた時に、私は離婚を決意しました。
何故かその時、無性に泰浩の声が聞きたくなりました。
他意はなかったのです。
ただ、彼の声が聞きたかった。
共通の友達に電話番号を聞き、私は電話しました。
彼は明るく「久しぶり」と言ってくれました。
私達は確かに、幼馴染みであり、兄と妹のようであり、お互いをとても大切な存在として意識しているのだと…
この時に初めて、もうこの関係でいい、どんな形であれあなたの特別でいられればいいと…私は幸せな気持ちで受け入れられました。
だから
泰浩から連絡があるなど、また付き合おうと彼から言われるなど、私には想定外でした。
今までは全て私から付き合おうと言ってきたし、別れ話も青衣がいいならとすんなり受け入れた彼が。
まさか、ライヴに誘われ遊びに行くくらいなら許されると思った私に
「まだ好きだ」
と言い、戸惑い拒む私に強引にも抱きしめてくる等とは私は思いもしなかったのです。
だけどそれは私にはこの上ない幸せでした。
彼も離婚して、私も離婚して、誰にも責められる事なく一緒にいられるなど
もう捨てていた望みだったのですから。
……でも、私は彼に子供を合わせる事だけは出来ませんでした。
本来なら、私が強がったり試したりしなければ
彼とは普通の人生を送れたはずです。
私の我が儘で彼に子供達を背負わす事も嫌で
逆に子供達に父親の事を否定するような彼の存在を押し付ける事も出来ず
私には泰浩と幸せな未来を描く事は出来なかったのです。
彼に愛されて幸せでした。子供との暮らしも幸せでした。
それ以上私は何も望まなかったのに―――
―――彼は私に別れを告げました。
私は
もう二度と彼に会えない覚悟をしたのです。
今まで何度も何度も繰り返した
その関係にピリオドを打つ事に、多大な不安と――――――
―――少しの安堵を覚えながら。