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私は彗星を埋める

作者: 流星時空

 彗星を私は埋めている。

 燃えるように真っ赤なそれに土をかぶせるとビクン、と動いた。

 夜空には、太陽よりもずっとずっと大きな木星が、私達を吸い込むかのように広がっていた。ここは土星のタイタン。私達は生きながらえる為に彗星を埋め続けている。

『助けてくれ……。ヴィヴィ、私だ。……分からないのか……』

 彗星が私にそう語りかけてくる。私の目から涙が零れ落ちた。

「ごめんね」

 私はそう言って彗星にシャベルを突き立てた。彗星は悲鳴を上げて大人しくなった。

 土を被せて完了――私はその場に崩れ落ちた。


 死んだ人間の魂がどこへ行くのだろうか? それは永らく人間達の間で疑問として語られていた。

 ある人は天国の存在を唱え、ある人は、あの空に輝く星になるのよと告げた。

 でも私は、死んだ人がどこへ行くのか知っている。

 一仕事を終えた私は、疲れからその場に倒れ伏した。

 変な夢を見た。

 トントンと言う包丁の音と、スープの美味しそうな匂いが私の体内に飛び込んできた。パチッと目を開けると、木造の天井がそこにはあった。

「おはよう。今日はキノコのクリームシチューとくるみパンよ」

 そんな声が響く。そちらへ視線を向けると、そこには笑顔のママが居た。私が上半身を起こすと同時にママが心配そうな声をあげた。

「どうしたの!?」

 そう言って私の頬から止め処無く流れる涙を指先で掬い上げる。

「……夢を」

 私は、言った。

「とても悲しい夢を、見たの」

「……どんな夢?」

 ママがそう問い掛けてくる。私は今見た光景を、拙い言葉ながらに伝えた。

「私、土星に居たの。土星の……タイタンって所。そこで、彗星を集めていた」

「……彗星を?」

「うん……」

 私はそう頷いた。

「彗星を、埋めていた」

「どうして?」

「そうしないと、死んじゃうから……」

 私は視線を伏せた。

「……とても、寒い所なの。でもね、彗星を埋めるとなぜか地面が温まる……。だから、彗星を埋めていたの」

 私のしどろもどろな要領を得ない話を、ママは真剣な表情で聞いてくれていた。私は贖罪の気持ちで、今見た夢を吐露していた。

「そしてね、私が埋めていたのは、パパだったの。死んでから、彗星として夜空を流れるパパだったの。私はそれを埋めたの」

「……」

 私の心が酷く傷んだ。

「私は、……自分が助ける為に、パパの魂を埋めたの……」

 ママがそっと、私を抱きしめた。

「夢よ、ヴィヴィ。気にしちゃダメよ……?」

「でも……。でも……」

 私は涙を止めることができなかった。


 ママにも、誰にも言っていないことなの。

 私はパパを殺したんだ。

 そして、その魂も殺したんだ。

 少し前の話。

 管に繋がれていたパパが居た。頭髪はなくなって、生きているのか死んでいるのかさえ分からないような状態で。

 病気だってママは言っていた。治る見込みも無いんだって。

 でも、死んでいないし、何年かして目覚めることが無いって訳でもないんだって。だから希望は捨てちゃダメよ――ママはそう言っていた。

 でもね、ママ。

 パパの入院費を、うちは出すことできないよね? だってうちには貯金なんて全くないはずだもの。毎日の生活費で精一杯だったはずだもの。

 私だってパパに死んで欲しくない。

 パパのことが好きだった。

 でも、ママのことも同じくらい好きなの。

 パパの入院費を出す為に、ママが一晩中どこかに行ってるの。化粧をして綺麗になって――。

私、状況を理解できないほど、もう子供じゃないよ……? 

 だから。

 私は、パパのお見舞いに行った時。

 パパに繋がれている管の一つを、抜いちゃったんだ。

 パパは暴れなかった。苦しそうな声さえもあげなかった。

 私が、パパを殺したんだ。


 起きたくない。

 全てから目を背けたい。

「……もうちょっと、寝てたいな」

 私がそう言うと、ママが柔らかい笑みを零して頷いた。

「そうね……。もうちょっとだけ、寝てなさい」

 ママが優しくそう言ってくれる。

 私は布団をかぶり直して、目をつぶった。

 私はパチッと目を開けた。

 夜空には巨大な木星があった。シマシマ模様の中にとても大きな赤斑がある。それに飲まれそうな気がして私は視線を伏せた。

 大気はものすごく寒い。でも、地面は温かい。だから私は生きることができている。


 死んだ人の魂は、彗星に乗ってこの広大な宇宙を永遠に旅する。

 時々ここへ落ちる彗星を、私は埋めるの。

 人の魂を乗せた彗星は苦しさからか地中で暴れまわって、そして、熱を放つ。

 苦しさの暖かさ。

 辛さの暖かさ。

 私は、何でここで生きているの……? 生きたいから生きているの? 死ねないから生きているの? 他の人をたくさん犠牲にして、何で生きているの? 

 私は何? 私はそれほどに偉いの? 人の魂を踏みにじってまで生きていて良い存在なの? 

 そこで、私は気付いた。

 私だけじゃない。

 誰もが、多かれ少なかれ、人の魂や尊厳を踏みにじって生きているんだ。

 南へ行けば温かいけれど、行き過ぎると寒くなる。

 豊かな生活の裏側には、その数倍の貧困がある。

 綺麗な夜景とワイングラスの乾杯の下では人が死んでいるの。

「そろそろ起きなくちゃ。ご飯にしましょう」

 ママがそう言って立ち上がった。虚ろに目を開けて私もベッドから足をおろす。エプロンを羽織ったお母さんの後ろ姿を見て私は目を眇めた。

 ごめんね、ママ。

 ここに居る私は間違いなくママが大好きな私だよ。パパを殺した時に生まれた私は、置いてきたから……。私の中に確かに生まれた黒い私は、確かに私の中から消したから……。

 だから、嫌いにならないで欲しい。

 自分勝手かな? わがままかな? 

 こんな私のことを知ったら、ママは軽蔑するかな? 

 ママ……大好きだよ。

 ……。

 何十年経ったのかな? 

 空にはいつものように木星が広がっていた。

 寒い。

 寒いよ、ものすごく寒い。

 私は両肩を抱いて白い息を零した。

 地面に埋まってたお父さんの魂の彗星が、動かなくなってきたのかな。

 次の彗星が来ないと、私は凍えて死んでしまう。

 ううん。死んじゃった方が良いのかもしれない。でも……。

 そんなことを思って、今日は来るか明日は来るかと彗星を待ち望む。

 不意に、キラリと輝く彗星が私の視界に映った。そして、それが遥か遠くの方へと落下するのが見えた。と同時に巨大な振動が地を揺らす。

「来た……っ!」

 私は彗星が落下したと思われる方へと駆け出した。彗星が落ちたのは南の方。急げ、急げ、と私の足が勝手に動き出す。心なしか足取りも軽やかだった。

 私は彗星が落下した地点へとやってきた。どんな彗星かと私は確認をする為に顔を覗かせた。そしてその瞬間、私は思わず膝から崩れ落ちた。

「……私」

 そう。そう言うことなの……。

 私はその彗星を見下ろした。

「貴方も、生を終えたの……」

 そこにあったのは、私自身だった。

 彗星の表面に浮かんでいる顔――あの日分かれた、私自身。私を捨ててどんな人生を歩んできたのだろう? 

 私がおもむろにスコップを取り出す、と。

「待って……!」

 彗星が私に話しかけてきた。

「嫌……嫌よ……! こんな終わりは嫌……!」

「人は」

 私は彗星に話しかけた。

「誰かを犠牲にしなければ生きていけない」

 私は、スコップを振り上げた。

「貴方は、あの日あの病室で生まれて、パパへと手を下した私を切り捨てた。だから今度は、私が」

「待っ――」

「貴方を犠牲にしようと思う」

 そして、それを。

 躊躇いなく振り下ろした。


 数十年ぶりの暖かさに私は人心地をついていた。確かに暖かくなった。これで明日も生き延びることができるだろう。それなのに、それなのに。

 どうして、私の心はこんなにも寒いのだろう……? 


 空には巨大な木星が広がっていた。


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