物理学者たちは次の元を飛び躍る。
おい、そこの君。
――ディスプレイに、文字が現れた。
聞こえるか、君。
――再び、そう文字が描かれる。
聞こえていたら、何か反応を返してくれ。こちらの『声』は、届いているだろう?
――文字が勝手に、現れる。
「何か言えって、どうしたらいいんだ。……しゃべればいいのか、文字を入力すればいのか!」
『そこ』にいるのは、分かっているのだが、『言葉』が通じないのか?
いや、理論は間違っていないはずなのじゃが……
――複数の人間がいるのだろうか。相談しているかのような文字が現れた。
『一体、君たちは誰だ! 新手のウィルスか? いたずらか?』
――言葉を口に出しても相手には、聞こえないらしい。それは、あたりまえだ。このパソコンには、声を送るマイクなど、ついていないのだから。
相手が文字で語りかけてくるのならば、こちらも文字を送り返せばいい。そう思い立ちキーボードを叩き、画面に文字を放り込む。
おお! 通じたのか?
OK! 君の『声』は、こちらに届いた。それで大丈夫だ。
ふむ、まずは、名乗るべきだったか。私たちは、物理学者の研究チームなのだ。
――歓声が沸きあがっている様な文字と共に、画面上の文字はそう言った。
『何の用だ?』
これは、世紀の実験なのだよ。『こちら』と『そちら』が会話できるかどうかと言う。
『何をいまさら、当たり前なことを。それとも、何? 今までとは違った仕組みで通信する方法でも研究していたのかい? あるいは、そちらからは、姿が見えるのかい?』
あいにくと、こちらからは、君の『姿』はうまく認識できないんだ。なんというのか、君を認識するための手段を持っていないのだよ。
ただ、存在することは理論上証明されているし、現に、こうやって『会話』しているしな。
『そりゃ、ネット上の会話は、相手の顔は見えないだろうさ』
いや、そうではなくてだな。
――文字は、なにやら難しい理論を展開しだした。
さすがは、研究者たちだ。
なるほど! 分からん。示された数式が何を表しているのか、自分には全く理解できなかった。
君には、難しい話だったかな?
そうだな、分かりやすく言うと……
――そして、文字は、決定的なことを告げた。
我々の住む次元と、君の住む次元は違うのだ。
我々は、二次元の人間だ。
高次元の世界へ『言葉』を送る実験を、何年も前からしていたのだ。そして、さっき、高次元とつながったと言う兆候が出た。だから、大声で語りかけたのだ。
高次元の者に、どのように聞こえるのか、果たして会話はできるのか、それだけが心配であったが、杞憂であったな。君と我々とは、会話の方法は、変わらないようだ。
『いやいやいや、十分違う。一応会話ではあるが、文字は聞こえはしないぞ』
ほう。聞こえないとな。
聞こえないのならば、どうやって認識しているのだ。
――期待のまなざしが、見えそうな文字の羅列が、現れる。
『何っていったらいいのかな……文字として目で見て、認識しているんだよ。言葉を耳で聞くのとは違う。2次元は、音を響かせる空間がないから、音が伝わらない、のか?』
ほほう、会話を見る……想像もつかないな。さすが、高次元だ。
次元が違うと、認識のシステムもさらに複雑と言うことなのか……
――文字たちは、独り言を言う。
『……というか、さっきから、君らが話している言葉しか見えないのだけれど、姿は映せないものなの?』
いや? 我々は、ずっとここにいるのだが……姿が見えないとは、妙だな。『こちら』から、君が認識できないのは、想定の範囲内なのだが……
高次元の者ならば、『こちら』の全てが見えてもおかしくないのだが……
――文字は、さらに話を続けた。
いや……
どうだろう。
まさか。
――文字たちは、思考をめぐらせているようだ。
『目を凝らしても、何も見えないな……もしかして、こっちに君たちを映す機能がないだけかもよ』
あまり性能のよいパソコンではないのだ。
いや。次元がつながったのならば、『高さ』のある君の次元からは、『こちら』の全てが見えるはずなのだが。
……『高さ』を認知するがゆえに、見えないのかもしれないよ。
――口調の違う文字が、割り込むように現れた。
あぁ、これは、私の娘なのだ。
こんにちは。高次元の人。
『こんにちは。娘さんがいたんですね』
――かわいらしい形を発する文字は、こう語った。
高さを認識するから、高さのないあたしたちは、見えないんだよ。薄っぺらいのに、厚さが無い生き物が、高さのある世界で認識されると思う?
『なるほど』
なるほど。
――同時に、言葉が出た。
次元の壁と言うのは、思ったよりも、『高い』ものなのだな。
――そう思った。
3次元の人間が、2次元へ行く。
もともと3次元の人間なので、2次元世界の攻撃は3次元的に避ける事ができて、あるいみ無敵。3次元的にも、攻撃できるから、敵の防御は意味が無い。2次元的な障害物も、3次元的に飛び越えられて……
3次元人間が、4次元に行ったのならば、変わっていると言う理由で、きっと愛玩動物になるだろう。
だって、もし、この3次元世界に2次元的ないきものがいたら、その珍しさに飼いたくもなる。
それは、きっと、薄っぺらいのに、厚さが無い生き物なんだよ。
あぁ、触ってみたいよ。