第三話 宰相『補佐』
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「さて、突然すまないな。見逃してもよかったんだが、女王の目が来ていてね」
そういって豪快に笑うのは、宰相補佐をしているというジン・ギルナードさんだ。ギルナードという名前からもわかる通り、女王の親戚なのだ。
中央集権どころか親族経営だった。
そして僕を素早く引き込んだのはアムリー・ブラウニーさん。人ではなく精霊だ。家事精霊、という種族で貴族や王族の身の回りの世話をするのが代々の勤めなんだとか。でも、さっきの会話から察っするに、アムリーさんは諜報もこなすのだろうか?
二人して僕を責めるでもなく、お茶を淹れてくれた。
僕はそんな二人の態度を良いことに質問をしている。
「いえ……聞き耳を立てた僕が悪いので。あと、女王の目とはなんでしょう?」
「女王の目ってのはね、監視装置さ。女王は『傀儡人形』というスキルを持っている。それを徘徊させて警備としてるわけ。警備以外に内乱も防止してるけど」
「見分けとか、つくんですか?」
「見分け?ああ、簡単だよ。彼らは皆カードの服を着ているからね……えっと、アムリー、あれはなんと言ったかな?」
「はい。とらんぷ、と呼ばれるカードゲームを擬人化したものです。32人目の勇者様がゲームを所持しており、その時に話されたおとぎ話が材料です」
この世界にもゲームという概念があるようだ。単に勇者が定着させたという感じも否めないが。
そしてトランプ兵か!なるほどな……ファンタジーはファンタジーでしか再現できないということだな……(錯乱)
って、ちょっと待て。
「32人目!?」
僕の叫びにジンさんが「あ、やっべ」みたいな顔になった。アムリーさんは対して驚くこともなく平然と僕の叫びに答えた。
「はい。あなたはよんじゅ………なにひゅるんでふか」
恐ろしい数字を言いかけたアムリーさんはジンさんに後ろから口を塞がれていた。
ジンさんはアムリーさんの耳元で一言二言囁く。
すると、アムリーさんがジト目でジンさんを睨み始めた。よく見ると口を塞いでいない方の手がつねられている。
二人の掛け合いは面白いんだけど、僕にとっては不安でしかない。
「あのう、ジンさん?」
「なにかな?」
「正直に言ってください。僕は……何人目ですか?あと、全員、元の世界に帰ってますか?」
意図的に狼狽はしない。無理にでも落ち着いた雰囲気を出し、相手を威圧する。ジンさんは宰相補佐と言っていたから、そんな演技は見抜かれる。だけど、ここでは。
僕の企みに気付いたかのように、ジンさんは笑った。そして、さっきまでの態度を止めて、真剣な表情を作る。
「その顔が意図的にできるなら……うん、アムリー、止める必要は無かったみたいだ。アオバくんに教えてあげようと俺は思うんだけど」
アムリーさんもまた、ジト目を止めてジンさんを見返した。
……ていうか僕、名乗ってないんだけどな。何で知ってるんだろ。
アムリーさんは躊躇ったあと、淡々と語りだした。
「わかりました。アオバさん、あなたは45人目の勇者です」
淡々と告げられたその言葉。狼狽しないと決めた今、僕は黙って続きを促す。
本当は泣きそうだ。泣きそうというより、叫びながら全て夢だったと思いたい。
「その内、送還したのは26人です。いずれも心に大きな傷を負うか、手がつけられなくなったためです。残りはあなたを含む5人を除いて死亡しました。死因は、寝返るか反抗心から女王に楯突いたのが15人、残りは戦争で死亡しました」
勇者という拉致の末に起こったこと。
僕を取り巻く予想以上に辛い環境に僕は歯噛みした。
「………残りの、僕と同郷の人たちは?」
アムリーさんが僕の心を慮らないことがこの時僕にとっての救いだった。
淡々と紡がれる言葉が遠く聞こえるから。
「二人が女王の愛玩奴隷に。一人は暴れたので地下牢に。一人は地下に封印されました」
愛玩奴隷。かなり直球の表現だ。聞き耳立ててた時に聞いたのが、今の話だろう。
しかしこの人、そんなことを知れる立場のようだ。その情報は明らかに国家機密レベルだろう。
ここは、一つ僕の印象を変えるためにカマを掛けてみよう。乗ってくれたら拾い物だ。
「ジンさん」
「なんだい?今だったら大抵の質問に答えようと思ってるよ」
「ジンさんは宰相ですよね?」
その質問に、ジンさんは数秒固まり、そのあと大笑いし始めた。
楽しそうに、それはそれは嬉しそうに。
「……ジンさん?」
「いやいや、バレるとは思ってなくてね。あははっ、君は存外、頭がいい。あれだろ、アムリーだろ?」
「はい。アムリーさんは有能すぎます」
宰相補佐なんてのに付ける精霊じゃないし、ほぼ諜報じゃないか。
それにしても、分の悪い賭けが成功するとは思っていなかった。しかし好都合だ。こうなったら僕の要求は通りやすくなったと見ていいだろう。
「あー、面白い。勇者は大抵気づかないんだよ。宰相補佐って言った方が緊張しないし、諜報もしやすい。間諜ではないけどね」
「ならジンさん、それに免じてできれば……」
「みなまで言うな、分かっている。勇者についてまとめた資料だろ?あと、女王の意図も。別に構わんけどな?」
ジンさんは笑って机の引き出しから冊子を出した。
何もかも見抜かれているようだ。ここまでやられるといっそ清々しく感じるから面白い。
僕はそれに手を伸ばし──手に取るところでジンさんが冊子を回収した。
「待て待て。そんなに不満そうな顔するな、安心してよ、これはあげる。でも、俺の頼みを聞いてくれ」
「聞きます。なんですか」
迷わず即答した僕にジンさんは苦笑した。
「迷いがないのはいいことだけど、ちょっと落ち着きなよ……頼みって言うのは、隙を見てある裏路地にいって欲しいんだ」
「……裏路地ですか?僕に犯罪現場を突き止めろとでも?」
「違う違う。この街はそもそも犯罪を犯そうとした瞬間に罰が下るからそういうのないから」
そういえばそうだった。
僕は自分がかなり必死になっていたことに気づき、頭を軽く振った。
「落ち着いたみたいだね」
「………はい」
「うん、で、その裏路地には一冊の本がある。その本にいる子を味方につけて欲しいんだ」
「本に、いる子?」
「ちょっと事情があってね。見ればわかるよ。あと、注意しておくけど、その本の裏表紙は見ちゃいけないよ」
「………はい。わかりました」
「アムリー、アオバ君に地図をあげてくれ。さて、望んだ物だよ。くれぐれも見つからないようにね」
「ありがとうございます」
「その言葉も久しぶりに聞いたな。こちらではお礼の言葉が違うから。……さあ、帰りなさい」
僕はその言葉に従い、お辞儀をしてから部屋を後にした。
☆
アオバさんを見送った後、私の主人、今のところはジン・ギルナードな彼は黙って肩を竦めました。
そうしたくなる気持ちもわからなくもありませんが、それより私は聞きたいことがありました。
「よかったのですか?」
「偽名の事かい?別に構わないだろう。聡明なアオバ君なら他国に行けば自ずと分かるはずさ。」
「違います。主が偽名を名乗るのはいつもの事ですから」
「ん?ああ、ならば女王の『レポート』を渡したことかい?後悔はしてないさ」
疲れた笑みを浮かべる主人。
勇者というのはどいつもこいつも厄介事しか呼び込まない……と言ったのは主人の前任者であり叔父様でしたか。
「彼は、女王の意図を知ったらどうすると思いますか」
「そうだね……俺は修行に励む、に賭けるよ」
「賭けの話はしておりません。ですが、賭けるのなら国外逃亡、でしょうか……あのレポートを読んで冷静でいられるとは考えられません」
「アムリー、君は優秀な諜報なのに他人の感情を推し量るのは苦手だね」
「では、冷静でいられると?」
「冷静に振る舞うことはできるだろうね」
果たしてそうでしょうか。
私は先程アオバさんに、召喚された人数をお答えしましたが、あれは『人数』であって『総数』ではありません。初代女王から数えればその数は600を越えるでしょう。
それに、アオバさんがエルフになったのだって………。考えすぎて頭が痛くなります。
「それに、『あの本』を味方につけろだなんて無茶ですよ」
「仕方ないだろう。地獄を生きる力を求めるこの国の者じゃあの本に嫌われ、即座に殺されてしまう。やっと宰相『補佐』の俺の言葉を聞いてくれる勇者がまたいたんだ、試す価値はあるだろ?」
「アオバさん以外の方々はどうなりますかね。特に『鬼』と『ナイトメア』は。女王は男性がお嫌いですし」
「ああ……順当に行って隷属、使い潰し、じゃないかな?」
「………また、繰り返されるのですね。忌々しい実験が」
「犯罪のない理想郷のこの街は地獄だね?アムリー」
主人はいつもこの言葉を使う。
主人の前任者も、そのまた前任者も言っていた。
女王の享楽主義で動く地獄、と。
そしてその言葉に対する返答も代々同じだ。
「ええ、きっと死んだらここに来るんでしょうね」
アムリーさんとジンさんの痛烈な皮肉。
犯罪を犯せない平和なはずの街も、暴君が上に立てば最悪の地獄と化します。
星河さんは見込みが甘かったですね。封印されたのもありますが。
ここから少しずつ矛盾が出てきますが、次話以降で説明が入りますのでご容赦ください。