第二話 人外お婆様
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僕は今、割り当てられた部屋で震えていた。
いつの間にか人間辞めていた。
ご丁寧に部屋には菱形の鏡のような物があり、そこで僕は事実を再確認した。
自分がエルフになったということを。
尖った耳、少し細くなった目、すらりとした体形。夢なのかと耳を引っ張ってもちゃんと痛い。
黒目黒髪なのは変わらないが、他は大分変わってしまった。
あと、目に見えるものも変わった。
ふわふわした何かが見えるようになっていたのだ。
女王様曰く、精霊らしい。
五百年前に魔神がこの世を滅ぼしかけた際にかなり数が減った貴重種で、僕が見ているのはその一歩手前の奴らのようだ。精霊見習い、とか言っておこう。
高位の精霊は会話ができるようで、この国にもいると言っていた。
精霊の他にも妖精がいるのだというが、そちらは森の奥地に行かなければまず会えないようだ。
「精霊なあ……そんなこと言われてもな……僕は忠洋じゃないし……」
忠洋というのは、いつも遊んでいる僕の友達五人のうち一人のことである。
ネットが大好きで、技術関係や、ネット小説の話をしてくれる面白いやつだ。
そのネット小説にあったような話が、今僕の体には起きている。
絶対、忠洋だったらテンプレートやらなんやら言って喜ぶはずだ。
あ……でもネットないから生きられないな、あいつは。
聞いたところ部品があれば作れるらしいが、そんなもんあるわけない。
いかん、友達のこと思い出したら泣けてきた。僕がエルフになっても気味悪がる奴はいないと思うが、会えなければそもそも考えても無意味だ。
「あぁー…………帰りたい」
「ならば女王様にそうおっしゃいなさいな」
「!?」
一人言に返答があった。
驚いて振り替えるとそこには妙齢のお婆さんがいた。
「あらあら、驚かせちゃったかしら?女王様の言伝てで来たの」
「言伝て……ですか?」
「ええ。貴方に魔法を教えろ、とね」
にっこりとお婆さんが優しく笑う。
なぜか僕の背筋は凍った。
☆
三時間後。
僕は息も絶え絶え、城の庭に倒れ伏せていた。
あれっ、おっかしいなあ、忠洋のネット小説ではこんなに苦労してなかったはずなんだけどな。ほら、チートとかで。
最初の一時間は普通に魔法の歴史とか、簡単な魔方陣の説明とかだった。
魔法は初級、中級、上級、帝級に別れており、その他に禁呪という魔力以外の精神力などを併用する術があるようだ。使える人は全くおらず、創作魔法の一種だとお婆さん……お婆様が言っていた。
しかし、見ることは簡単であり、そもそもこの街に禁呪がかかっているのだという。詳しい名前は知られていないが、法律の代わりをしてくれる禁呪、と説明された。ここの治安がいいのもそのお陰なんだとか。
言語についても、王宮に翻訳魔法がかかっているために意思疏通が図れたのだという。街に出ても大丈夫なように、この魔法は一番始めに習った。
魔方陣は、精霊や妖精に力を貸してもらうときや、定期的または恒常的に物を動かしたりしたいときに使うのだという。
だから、この世には冷蔵庫がある。
オーブンはなかった。『熱し続ける』訳じゃないからだろうか。
問題はそのあと二時間だった。
ひたすら実践だったのだ。
否、これでは語弊が出る。
ひたすら実戦させられたのだ。
お婆様が恐ろしい速度で撃ち込んでくる初級魔法(火球とか水の礫)を撃ち落とす。
なんでも禁呪以外の魔法には核があり、そこを撃ち抜けば魔法が解除されるので、核の位置を覚えろとお婆様は笑っておっしゃった。
その笑いに騙され、僕は呆気なくボロボロになった。
核を撃ち抜くのがかなり難しいのだ。
しかも飛んでくる魔法は無数であり、その全てを迎撃とか無理である。
感覚的には弾幕ゲームに似ている。
………客観視はできないため、視界を埋め尽くす魔法に圧倒されるだけだが。
そんなこんなで僕の着ていたTシャツとジーンズはボロボロになり、僕の体にはかなりの傷がついていた。
「うふふ、毎日やりますからね」
僕と違い傷も、ホコリも服に付けず悠然と笑うお婆様。
僕は突っ伏したまま、その笑みを崩すべく残りの魔力をかき集め、最後の抵抗を行った。初級魔法ならもう詠唱はいらない。そもそも無詠唱じゃなきゃ不意を突けない。
「あらあら怖いわね」
しかし、全く通じなかった。
僕の放った土の槍は、お婆様の氷の壁に全て弾かれた。
起こったのはそれだけではない。
突っ伏した僕の首にひんやりとした氷の感触。
魔力を使い果たした僕は動けない。
「………参りました」
「ええ、そうね」
両手をあげる僕に、当然のように笑うお婆様。
ほんとこの人何者だよ。
人間……だよね?
僕は魔力涸渇でくらくらする意識をこらえながらお婆様に問う。
「なんで気付いたんですか?」
「あなたの目に闘志があったから、かしらね?でも驚いたわ。まだこんなことができるくらい魔力があるなんてね……さすがエルフってところかしら。私もぎりぎりだしね」
お婆様、それ嫌みです。
ほんと、にこにこ笑って食えない人だ。
せっかくエルフになったのに増長のひとつもできやしない。でも、エルフだから最後の抵抗ができたと考えておこう。
……そのとき僕は、自分がエルフになったことを受け入れていたと気付いた。
これが……お婆様の、ひいては女王様の狙いだと気付くのに時間はいらなかった。
「次殺るときは動ける魔力も残しておくことね、アオバちゃん」
うふふ、と笑うお婆様を見ながら、僕は魔力涸渇で気を失った。
☆
目を覚ますと、そこは僕に割り当てられた部屋だった。
もう日は落ち、窓から溢れる月明かりがここが東京でないことを教えてくれる。
今の僕は練習中に着ていた服ではなく、ラフな服装をしていた。
ナイトテーブルにはボロボロの服と真新しいローブがおいてあった。
僕はベッドから下り、ローブを羽織った。
城内を探索するためだ。
ひたひたと裸足で足音を立てないように僕は廊下を歩いていた。
ちゃんと元の部屋に戻れるように道順は覚えておく。
ここまでに部屋はあったものの、ほとんどが人のいない部屋だった。執務室のような部屋もあったが、夜は使っていないようだ。
そして、ある部屋で鍵を見つけた。
机の下に落ちていたのだが、すっかり埃を被っており、誰も使っていないだろうと思って持ってきてしまった。
星の把手のついた鍵。
使う場所とか、あるんだろうか?
と、歩くうち、ドアの隙間から光の漏れるところを見つけた。人がいるに違いない。
褒められた行為ではないが、ここは聞き耳だ。
ドアにそっと耳を寄せる。
ほどなくして、男女の声が聞こえてきた。話し合っているようだ。
「………、…いえ」
「……ルフだったのだろう?また実験したのか」
「そのようでございます。宮廷魔術師と戦わせた辺り、期待度が伺えるかと」
「だろうな。自分で作った作品だ。ランダムとはいえエルフは上玉。使えなくなっても売れば金が入る」
「女王は何を考えているのか……他に四人いるというのに」
「内二人が女王の愛玩動物になったのだろう?」
「ええ。狐と兎は。反抗心もなく、女王の隷属となった模様」
「残りは地下か」
「ええ。鬼とナイトメアだったようです。ナイトメアの方は裏付けがありませんが」
その女性の声に、男性はすぐに返答しなかった。僕は思わず更にドアの方に擦り寄ってしまう。
「そうか………そうだな、とりあえずアムリー、お茶を淹れてあげてくれ。そこのエルフ君に、な?」
男性の、どこかおかしそうな声。
…………見つかった!逃げろ。
僕がそう思った瞬間、素早くドアが開き、僕を引き込んで閉まった。
このお婆様といい、最後の男性といいスペック高すぎですね。
言うまでもないことですが、聞き耳は褒められた行動ではありません。
相手が誰であれ、最高の笑顔で「今何話してたの?」と聞きましょう。きっと教えてくれますよ。
嫌みじゃないかって?いやだなあ、そんなやましいことを他人が話すわけないじゃないですか笑