精霊使い
3話目です
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「そこの恐ろしい嬢ちゃんや」
安心するのはまだ早い。
少女はゆっくりと振り向いた。
そこには一人の老人がいた。老人は優しそうに笑っていたが、少女はその笑みに違和感を感じざるを得なかった。
無理矢理知らない場所に転移させられた状況で、好好爺のように笑う老人。おかしいところなら大有りである。
「えっと……私のことでしょうか」
「それ以外に誰がおるかね?」
「……そうです、ね」
少女は咄嗟に完璧な作り笑いを浮かべた。怪訝そうな顔一つ出来ないこの辺はいつになっても抜けない癖なのだろうと自嘲しながら。
「それで、なんでしょうか?」
「いやな、お嬢ちゃんからとんでもない力の流れを感じるんでな。あと集落の人間でないことくらいはわかるしの」
「私は、突然ここに人が来たので驚いて街を見ていました。隠れているように見えたかもしれませんが、死ぬよりましです」
「ほう、なかなかじゃの」
「………?」
作り笑いを見抜かれていることに少女は気づいた。老人はにこにこと笑っているようだが、その瞳には底知れない何かを感じる。
「時に、嬢ちゃんや」
「なんでしょうか?」
「嬢ちゃんはこの世界が突然死に絶えかけたことについてどう思っとる?」
「………何が言いたいのですか?」
老人はにこにこと笑っている。その笑みは菩薩のようでもあり、なぜか悪鬼のようでもあった。
「いやいや。嬢ちゃんほどの力があれば世界の滅亡から生き延びられたのは納得するのだがね、こんな街まで作ったとは思わなんだ」
「………!」
少女の作り笑いが崩れる。その反応に老人は「ほっほ」と笑った。
その笑みはさっきとは違い、悪ガキが悪戯に成功したかのような笑みだった。
「やはりそうかの。この街から嬢ちゃんの魔力の匂いがする。この街から、と言うよりも、この街全体に、じゃな」
「あなたは一体?」
「しがない精霊使いだった男じゃよ。今じゃあこいつしか残っとらんがの」
老人がそういって指を振ると、その先に小さな炎が灯った。
その炎はゆらゆらゆれると、人形をとる。
「もう力も弱り、こんな話せない低級火精しか呼び出せない。でも、低級だからこそ力の奔流には敏感じゃ。なんせ、本能じゃからの」
「……すごいですね」
「嬢ちゃんに言われたくはないがの。嬢ちゃんや、どうせいつか聞くことになるから質問してもよいかの?」
「……答えられることならば」
「嬢ちゃんはこの大陸を凍結させ、焼き払った魔神かね?」
「………………」
少女は信じられなかった。老人が少し話しただけで様々なことを見抜いていく。年の功だろうかとも思われたが少女はその考えを打ち消す。
少女は老人の評価を改めた。弱まった精霊使いではなく、現役の精霊使いだと。
実際、それは当たっている。
先程、老人は「この街全体に嬢ちゃんの魔力を感じる」と言った。それは街だけでなくその土台、つまりは焦土にも魔力を感じたということだ。
その魔力の持ち主が悠々と街を歩いていたため、老人は声をかけたのだ。
そして老人は驚いてもいた。
少女から自信が感じられなかったからである。老人の若き頃や若者の多くがそうであるように、強大な力は慢心と自信を招くからだ。
こんな少女が焦土を作り上げたということが老人には信じられなかった。
「どうかね?」
「……お答えしかねます」
「…………そうか。ならいいんじゃよ」
「魔神なんて知りませんし、ね」
「ほっほ、同じ人であると知れて安心じゃ」
「そうですか」
少女は一刻も早く逃げたかった。
さっき嘘をついた辺りから老人の様子が変わっているからだ。
なんだかふわふわとしたなにかが老人を取り巻き始めている。
「では、さようなら」
「そうさな」
少女は老人から最速で距離を取った。
つまり手頃な路地に入ってから一気に飛んで屋根の上に降り立ったのだ。
「はー……なにあのお爺ちゃん……」
最後のふわふわした何か、あれはきっと精霊だ。しかもかなり強力な。
あれを使ってどうするつもりだったのか。考えるだけ恐ろしい。
「なにをするつもりだったんだろう」
少女は気づけば震えていた。今まで命を狙われたことがなかったからだろうか?それは違う。
少女にとって、日本での生活も命がけだった。一言のミスも許されない生活。
少女が震えていたのは、老人が少女を殺そうと考えていなかったことであった。殺そうとしたら硬直する魔術がかかっていたことがわかっていた上で、何かをしようとしていた。
『友情を越えた約束』の穴を掻い潜る老人の適応力が恐かった。
☆
一方、老人は少女が逃げた方向を凝視していた。
「一歩遅かったのう。封じるには」
『そうだね』
老人の肩から声が響く。何人もの声が重なったかのような掠れた音だった。
老人の使役する精霊だった。
『封印するには力が足りないよ。あと、魔神じゃないみたい』
「魔神でないなら魔族か?それとも獣の類か?」
『いやいや、人間だよ。意外と言うよりはありえないけどね』
「それは真か……あのような者が人間とはな。世界は広いわい」
老人は諦観に目を細めた。
少女は自覚していないだろうがかなり強大な力を有している。たとえ勇者であっても三ヶ月やそこらで大陸二つを壊滅させることなど出来はしない。
「しかし……まだあの大陸は残っとるのだろ?」
『うん。さすがに見つけられなかったみたい』
「第三の大陸が残っとれば人類その他は死に絶えん。救援も要請しよう」
『ボクも妖精女王に打診するよ』
「うむ、頼んだぞ。それで、封印の件だが………」
『うん。直に空間とか時間には封じられない。出来るのは触媒に封じることくらい』
老人と精霊は封印魔法を行使しようとしていた。少女のあの精神状態を見る限り、また気まぐれで世界を滅亡させられてしまってはたまったものではないからである。
封印魔法は大きく分けて二つあり、一つ目は空間や時間の隙間に押し込めることである。出てこれない代わりに、一定以上の力を持つものには効かない。空間そのものが破壊されるからである。
二つ目が触媒に封じることである。触媒とは多くが魔力の篭ったなにかである。本だったり、ペンだったり、杖だったりする。これの欠点は、封じられる者の性質が触媒に表れてしまうこと……つまり、性格によっては触媒に呪いや祝福が宿ることと、激しい衝撃や干渉により、封印が解けることがあるのだ。
しかしながら、今回の場合は触媒封印を選ばざるを得なかった。老人は精霊に『例の本』を出すように指示する。
「触媒は……お前の本を使おう。あれならば破損しないから封印が解けることも最大限、防げようぞ」
『ああ……元ここの勇者にあげる予定だったあれか。いいよ、じゃあ明日の朝決行だ』
そう言って二人は裏路地に消えた。
お爺ちゃんズの計画始動!
この世界では妖精と精霊は別物としてあります。