幼馴染みも転校生も憧れだよね。
「…………。…………の……忘れない………と…。」
ふと、思い出したいような思い出したくないような、遠い日の情景が、頭の中を駆け巡った。
夏休みが終わり数日が経ち、不規則過ぎた生活サイクルも、ようやく、夏休み前に近づいてきた。それでも、まだ眠気でくらくらする体を持ち上げて、学校の準備をする。
あいにく、今日は起きるのがいつもより三十分も遅く、朝ごはんは食べれそうにない。急いで教科書と体育着をリュックに詰めて、身支度を整えに制服の置いてある洗面所へと向かった。この時間なら、急がないと電車に間に合わないと心に命じ、体育着のせいで膨らんだリュックを背負って、家を飛びたした。
駅まで小走りで来たせいか、汗が身体中から溢れ出して、Yシャツの中に着ていたシャツを身体にくっつける。
人々が改札を流れるように抜けてホームへと向かう。紙の切符を使う者なんて皆無に等しかった。時代は変わっていく。紙のものは電子化される。今乗ってる電車だって、昔は燃料で走っていた。人も昔とは違う。無邪気に遊んでた自分は今の自分じゃない。そんなことを僕、枯木怜悧は考えながら高校生活を送っている。
「うぃ~っ!どうした怜ちゃん!!そんな、朝ごはん食べてないからお腹すいてるし、そんな話しかけないで。鬱陶しいから。みたいな顔して。なに?私に作って欲しかったの??あーんとかして欲しかったの??変態っ。」
と、妄想全開で怒り出した、背は大きいが、胸は………な少女が僕に話しかけた。彼女の名前は風声淋漓。見た目の通り、背は高く、態度はでかく、力も強いが、胸がない(笑)。
そんな彼女は僕の幼馴染みであり、『超』がつくほどのツンデレであり、ツンが千に対してデレが一の割合でデレるという、ツンデレ界の詐欺師である。まぁ、胸がない(笑)からしょうがないか。
それに、彼女はかなり勘が鋭い。ほら、手加減を知らない彼女の右手の握り拳が、風を引き裂いて飛んでくる。刹那、僕の内臓をえぐりとる如く腹に入った右握り拳が、内臓捉えたっ!って喜ぶ彼女の声と共にひねりが加えられ、僕は胃の中にある出してはいけないものが出ると確信した。(あぁ~、よかった。朝ごはん食べてない☆)と声にならない、心の中でのつぶやきを最後に僕の意識は消えた。
「だ、誰が貧乳じゃっっ…///」
言葉を交えない会話に、周囲のクラスメイトは
「これが幼馴染か~」
「朝から飛ばすねぇ~~」
と、軽く冷やかしていた。
そんな、ありふれた日常が、いつまでも続くと思ってた。言葉じゃなくても伝わる。そんな幼馴染と、普通の生活を普通に送るはずだった。今のままでよかった。彼女彼氏の関係になるよりも、お互い、今の距離を好んでいた。
これから十分後。朝のショートホームルームまでは。何も変わらない。変わりたくないと思っていた。あの子が来るまでは………
「はいっ!みなさんおはようございますっ!」
ハキハキとしたよく通る声で、体育の教師、僕の担任の女の先生は朝のショートを始める。
「今日は、現社が物理に変更なので、物理は二時間ですっ!」
「ふざけんな~」
「うわぁ~内職しよう」
たくさんの悲鳴も嘆きも、次の先生の一言で静まり返る。
「そしてっ!今日からこのクラスにっ!」
みんなの気を引き付けるように先生は間を空ける。
「かっっっっわいい~~~転校生ちゃんが来ましたっ!!」
思春期真っ只中の男子高校生らは下心丸見えで叫び出す。
女子たちは、ざわざわと、その子がくるのを待っている。
僕は、あまり感情を表に出すタイプじゃなかった。それを知っている淋漓も
「かわいい子だからって、下心丸見えの気持ち悪い目で見てたら殺…許さないからねっ」
と、彼女なりに気を聞かせて話しかけてきてくれた。
「あいよ。」
そんな短い言葉しか言わないが、僕はこれでも十分彼女には気持ちが伝わってると思った。彼女も、顔はあまり笑ってはいないが、楽しそうな雰囲気を見せている。
そんな、長い付き合いの二人の間には、他の者の干渉は受けない、二人だけの世界が広がっていた。
その時、僕は、この世界を簡単に崩してしまう存在が在るなんて思ってなかった。
「それじゃっ!どうぞっ!!鶴唳さん!!」
僕は、その名前を聞いたとき、僕の中の、僕じゃないと切り捨てたはずの過去に触れた気がした。
僕は、何かを忘れている?
なんだか胸が締め付けられた。
「どした?」
ふと、考え事をしていることに気づいた淋漓が、僕に話しかけた。
「ん?別に………」
僕はこれ以上何を言ったらいいか分からなかった。
彼女は追求しなかった。たぶん、触られたくないことだと、気を使ってくれたのだろう。
そして、鶴唳さんと呼ばれた少女が入ってくる。
彼女は、さらさらした、いかにもいい匂いのしそうな髪をふわりふわりと風に遊ばせながら、顔を真っ赤にして、黒板の前に歩いてきた。
彼女の顔を見たとき、僕は、心の中にある、心に空いた穴の中に小さな光を見た気がした。
「私。鶴唳可憐。よ、よろし…く………。」
彼女は恥ずかしがり屋なのか、真っ赤になった顔を伏せて、一番後ろの列まで聞こえないような声で自己紹介した。
僕は、この子を知ってる?
思わずつられて赤くなっているクラスメイトたちの中、僕だけは、一人深刻な顔で、心にある穴について考えていた。
「………?」
淋漓は、新しく転校してきた少女を、可愛いなと思いつつ、一人違う表情をしていた怜悧を見て不思議に思っていた。
この一人の転校生が、二人の世界を壊すとは、彼女はまだ知らない………。
可憐は、先生に、
「可憐ちゃんの席はっ!枯木くんのとなりねっ!!」
と言われ、僕のほうに歩いてきた。
僕の席は、窓側から二列目の一番後ろ。右隣に淋漓。左隣は空いていて、そこに可憐が座る形になる。
彼女は、自分の席に座るとき、僕の方を見た。なんか、心の奥にある自分の知らない何かが動き出した気がして、僕は目を逸らし、何もなかったかのようにした。
それから、担任からの、委員会だの、ロッカーの使い方だのの、連絡が終わり、ショートが終わった。
「あの………。あっ………、その。お名前は?」
軽く震えた声で、可憐は僕に話しかけてきた。
「あっ、枯木です。枯木怜悧。よろしく。」
僕が名前を言った時、彼女は一瞬だけ、真っ赤にして、少し下を向いていた顔を上げて、微笑んだ。
もちろん、可憐の方に向けていた僕の体の後ろ側、つまり、淋漓の方から殺意が飛んできているのは言うまでもない。
そんな、男子高校生なら誰でもドキッとしてしまう、可憐の微笑みに僕は、不安がこみ上げてきた。
僕は、この微笑みを知ってる?
もう、分からなかった。何かの思い違いかなと思った。
「あの………。」
可憐が僕に問いかけるまでは。
「私。あなた、知ってる。あなた、私覚えて…る?」
真っ赤になった顔で、恥ずかしさと勇気が混じりあった複雑な心境で、彼女は勝負に出た。
二人の少女は僕を挟んで、お互いを数秒見つめたあと、目を逸らした。
僕は、何かを忘れてしまっている。
二人の少女は、お互いが恋のライバルだと、女の直感で感じ取ったことを僕はまだ、分からなかった。
こんにちは。初投稿です。部活で忙しいですが、頑張って完結させたいです。