第四十四話ー偽装宝箱ー『大きな失敗』
いままで、夢に見て、想いを馳せた宝物庫へ到達したイクス達は、お互いを抱き合い『よかった!』『やったよぉ....』と口にし、涙を流していた。
思えば、ここ148層までとても長い旅だった。
道中、襲い来るモンスター。
攻略方法が分からない階層主。
近道はなく、永久に迷いそうな迷路。
食料問題に、衛生面などある程度切り捨てての行軍もした。
四日食わずにいたため、出てきたオークが美味しそうに見えるくらいだった。
それほど過酷な道を踏破した彼らは、念願が叶ったのだ。
その結果がこれだ。
宝物庫に入り、周りを見回して惚けていた。
「やっと、147回目にしてようやく......」
イクスの隣では、腕の裾で涙を拭くトリエンス。
いつも綺麗を信条にしている彼女も、ここまでの冒険で纏っているものはボロボロだった。
他のメンバーはもっとボロボロだ。
「とりあえず持てるだけ持っていきたいなぁ!!」
身体の中心に、大穴があるTシャツを着る軽装のシャネル。
背中も同様の穴が空いていたりする。
モンスターとの戦闘で胴体を一度貫かれた名残の服だろう。
「まぁまぁ、シャネちゃん、ここまで来たら最後まで油断するもんじゃぁないのよ」
うずうずして、宝の山に駆け出そうとする彼女を、ルーバスが止めていた。
彼は、ついさっきの戦闘で上半身の服がなくなり、裸のままだ。
40をこえてるとは思えないスマートでガッチリした体型のルーバスが、全体を冷静に見渡していた。
「落とし穴、吊り天井、ブービートラップ、この場所は何が起こっても不思議じゃないからねぇ」
ルーバスは多芸で、罠感知スキルも相当高位だ。
ここ深層域まで来るのに、メンバーを欠けさせず来れたのは、彼のお陰もあるのかもしれない。
「では任せますよ、ルーバ。ここまで来て下手を踏んだら、同族に顔向け出来ませんわ」
「へいへい、お嬢様」
トリエンスの声に、軽く返事を返すルーバスの視線は一回も仲間に向いていない。
集中しているようだ。
トリエンスは、ルーバスに探知を任せ、その場に腰を下ろし休むことにした。
そわそわ、うろうろしているシャネルは、会話に参加せず、何かをじっと見つめているイクスに話しかけた。
「イクス!なに見てんだ?いい武器でもあったのか?」
「......」
ちぇっ、
と無視されたことにムッとするが、シャネルは気にせず、イクスが無言で見つめる先を探した。
イクスは、何か考え込むと、反応が帰ってこないことが時々ある事を知っているシャネルは、何を気にしているのか気になったのだが.......
「おい、イクス!まさか.....」
「.......うん」
みんなが触れないようにしていたどう見ても罠ぽいモノに、イクスの視線が釘付けである、と気づいてしまった。
「お前らヤバイぞ、イクスが持病......」
シャネルは即座に後ろを向き、トラップを探知しているルーバスと、水属性魔法を使いシャンプーで頭を洗うトリエンスに合図を送る。
「なんですって!?」
「まじでか!?ちょっ、止めといてよぉシャネちゃん」
ささっと頭を洗い、火と風の属性魔法でしっかりと乾かしてから、こっちに来たトリエンスと、さっと酒ビンを隠すルーバスも近付いて来る。
「......言いたいことはあたしもあるが、今はそれどころじゃねぇ」
彼らになにか言おうとしたが、それどころではない状況のようだ。
集まった三人は視線をリーダーである青年イクスに送る。
「またなの!?」
激昂するトリエンス。
「ホント、なんでああいうのがあるのかねぇ.....」
呆れるルーバス。
「しかも、ああなったら、止まらねーし」
諦めを漂わすシャネル。
三人は動かず一点を凝視してなにか考え込んでいるイクスから視線を外し、大きなため息をはいた。
きっと、どうやって助けるのか、とか考えているのだろう。
イクスは、自分がこのパーティーの中で一番まともだと思っているが、あることに突っ走ってしまう性格があるのだ。
パーティーを組む三人はそれを熟知しており、度々説得するが、いずれも失敗させたり、厄介事を抱え込んだりと巻き込まれているのだ。
クエストなら簡単な誘導罠で失敗。
盗賊討伐では、討伐よりも捕まった女性を助けに行き、指揮を乱し。
助けてと言われれば、例え敵でも情けをかけ、家に匿ったり。
とりあえず、そんなことに巻き込まれているのがこの三人だ。
チームとしては相性も良く、お互いの正確に目を瞑れば、北大陸でも上位に位置する冒険者であろう。
振り回されるくらいなら、普段はそこそこマトモなイクスを、リーダーにして決定権を持たせることで、突然変に行動されるよりも、最初からそういう行動を取ることを決定させた方が、フォローが楽だという考えの元、リーダーに推薦したのだ。
しかし、しかしだ!!
今回は、みんなの念願の宝物庫である。
ここで台無しにされては堪ったものではない。
と、なればだ.......
三人は目で会話をして行動を起こす。
目指すは、まっすぐにあからさまなトラップに歩き出すイクス。
一番手は万能戦士ルーバス。
「お~い、イクスちゃぁん」
「あっルーバス良いところに!!」
ルーバスはイクスの肩を抱きこそこそと話し出した。
「いいか、イクスちゃん、あの子は確かに可愛いが、可愛いけど、あれは悪い女だぜい、おっさんの直感がそう言っているのだなぁ」
「可愛いとか、関係はないだろう?捕まっているなら助けないと.....」
キョトンとしたイクスはまた近づこうとした。
ルーバスは慌てて止めに入る。
「ちょっ、ちょっ、待とうよぉ!?」
「なんだよ、俺は彼女を助けないと....」
「いやいや、彼女罠だから、ね?」
諭すルーバス。
「そんなわけあるか、あんなに泣き腫らした目をしてるんだぞ?」
指差し否定するイクス。
真っ赤な檻にいる彼女は確かに目元が赤い。
「あれは、ほら....あれだよ?寝不足なだけだって、誰かが掛かるのを想像して眠れなかったパターンだとおっさん思うんだけど」
「そ、そうなのか?罠......かな?」
足を止めたイクスに三人はホッとしていると.......
「お願い、出してくれたら......何でもするから」
イクスの視線の先では、真っ赤な檻にいる黒髪黒目の少女が檻を掴み、イクス達に手を伸ばしている。
「.....罠かな?」
「パーペキにな」
「ですわ」
「......」
イクスが問い掛けると即答するトリエンスとシャネル。
イクスは、真剣な目で檻を見ているルーバスに向く。
「ルーバスも罠だと思うのか?」
「いや、まてちょっと確かめる」
怖いくらいに真剣な声だった。
イクスは近づき小声で話した。
「どうした?」
「お前にとっても大事なことだ」
ルーバスも小声で応じた。
ルーバスに言われ、余り理解できなかったがイクスは頷く。
「良くわからんが、分かった」
真剣な顔をしたルーバスは、檻にいる少女に向けて一歩前にでて手を上げた。
「「ルーバス?」」
不思議そうに見守る女性陣。
対する檻の中の少女も、何があるか分からないため、檻の奥へと下がりなるべく距離を取ろうとしていた。
ルーバスはキリッとした顔でいった。
「何でも、っていうのはどこまでの範囲の事でしょ――べぶらめ!?」
真横からスクリューナックルがルーバスの顔を捉え、壁際の財宝の山に頭から突っ込んだ。
ぐったりと動かなくなったことが、衝撃の威力を物語っている。
「ルーーーーーバーーーースぅう」
「阿呆か、ボケェ!?」
突然のことに叫ぶイクス。
シャネルが、振り抜いた拳を即座にキルサインに変更して、倒れ伏すルーバスに殺気を送った。
しかし、ルーバスが、ふざけて飛ばされるのは、何時ものとこなので気にしないメンバー。
さて、あれがふざけていたのかは、本人しか知らないが。
説得に失敗したルーバスに代わり二番手が引き継いだ。
二番手は、格闘家のシャネル。
「あぁ、うまく言えねーけど、あれはダメだろ?あからさまだろう?わかんねーかな?」
早継ぎに言うシャネルにイクスは何かしら考え込む。
もしかしたら、なにか感じ取っているのかもしれない。
「いや?もしそうだとしても、100%罠と決まっている訳じゃない筈だ!たった1%でも希望があるかぎり俺は.....」
「100%罠だろ!?じゃあ、なんで宝物庫に捕まってるんだよ?それがありえないだろ!?」
シャネルの言うとおり、宝物庫に捕まることは物理的にあり得ないと言える。
レファンシアの宝物庫では、死んだら迷宮の入り口に全裸で戻される。
『魔精の気まぐれ』という機能があるのだ。
故に、捕まって身動きが取れなくなったら、最悪脱出方法がある。
そもそも、誰が宝物庫に捕まえるというのか。
しかも、出現率が低い宝物庫でだ。
それにもし......それこそ1000分の1の確率で捕まっていたとしても、それは自業自得だし、ここなら放っておいても、なんも問題はないのだ。
そう力説するシャネル。
話を聞いたイクスは......
「きっと奇跡的不幸が彼女を襲ったんだ!!」
「無理があるだろ!?」
どうやっても助けるというイクスに、困り果てるシャネル。
千日手になりそうなやり取りの後、助け船がきた。
「仕方ありませんわね」
それはエルフのトリエンスだった。
「罠かどうか、彼女を鑑定すれば分かることでしょう?」
「その手があったか!!さすがトリエ」
「そうだね!彼女をこれで助けられるよ!」
手を叩き表情を変えるシャネルとイクスの二人。
杖を構え詠唱をしたトリエンスは、檻の彼女に向かって、緑に光る杖を翳した。
「―のよ。【サーチ・ライズ】.....」
光が一瞬強くなり、そして即座に霧散した。
トリエンスは鼻で笑い、肩をすくめた。
「......魔力が足りなかったわ」
「おし、この野郎殴らせろ!」
「押さえろシャネル!いままでの戦闘で消耗していたんだ」
殴り掛かろうとするシャネルを、羽交い締めにするイクス。
「ばか、こいつさっき頭洗ってたんだぞ魔法で!」
「なんだって.....でも、消費魔力が少ない魔法だったんじゃないのか?」
確かに無駄遣いをして、肝心な時に使えないことに怒りたいイクスだが、鑑定とそういう魔法の魔力消費に大きな差があって、そもそもの前提が鑑定には足りなかったんじゃないのか、と考えていたが........
「あら?鑑定に消費する魔力は2よ?」
すらっと答えるトリエンス。
ある程度予想していたシャネルはため息をはきつつ聞いてみた。
「じゃあ、さっき洗ったときに使った魔力は?」
「濡れないようにする空間魔法、洗うために水魔法、乾かす風と火魔法で200ですわ!」
このとき、彼ら三人の時がとまった。
しかし、それも数秒の事だ。
沈黙を打ち破ったのは、冒険者三人ではなかった。
「お前ら、バカだろ?ここ何層だと思ってるんだよ」
その呆れを含んだ声は、先程まで弱々しい声で助けを請っていた黒髪の女性だった。
口調すら変わった女性は、身構える三人に対して、指を鳴らした。
「「「なんっ!?」」」
すると三人は檻の中に、黒髪の少女は檻の外の先程まで自分達がいた場所に立っていた。
「【キャスリング】ってスキルでな、対象の場所を入れ換えるんだぜ」
そして再び指を鳴らすと、檻の地面が消失した。
「そんな!?」
「このアホイクス」
「まだ、なんにも手に入れてませんわ!!」
彼らの声が木霊していた。
次第に音が聞こえなくなり、彼らの持っていた装備品だけが、再び出現した檻の床に現れた。
黒髪の少女は乱雑に頭を掻く。
「あんな連中がなんで148層突破できたんだ?」
首をかしげる少女の姿が段々と薄れ、ノイズ混じりの姿になった。
「試しに【擬態】スキル使ってみたけど、そうか、鑑定されるとバレるのか.....」
黒髪の少女は顔を触ったりしていた。
「完璧に真似たと思ったんだが、こいつ一人で深部潜っている刀使いだから、捕まるとかあると思ったんだが.....浅はかすぎたのか?」
腕を組み難しい顔をする少女。
「別の手を考えるか.....」
少女のノイズがひどくなり、そしてブツンっと消えた。
しかしこの時、宝物庫の一角の財宝が根こそぎ消えていたことには、誰も気付いていなかった。