第三十六話『偽宝箱と黒幕』
ジャングルの如く色々と巨大な植物が生え、見たこともない動物が闊歩する森に入ってから1週間たった。今では入り口がどこにあるのか、方角はどっちが北かも分からない。
水と食料は確保出来るため、今のところ順調だった。
そう、順調だったのだ。
ここはサーセルブ南大陸にある迷宮『ユエリエの樹海迷宮』だそうだ。
特徴は、まぁ、この膨大な面積を誇る樹海だろう。
迷宮との違いを区別する線引きが、金網の柵というわけだ。
そして、この迷宮なんと【ループ】するのだ。
つまり、戻される。
その説明のためにダルフが、一人で先を歩いていき、20m離れたら俺の正面―つまり後ろ―に突然現れた。ダルフが消えた辺りに進むと、その付近に目印があった。目印は、二つで一つの組み合わせらしく、同じ紋様が対象の木に彫られている。その間を通過すると転移させられるようだ。
俺はつい、『迷い○森だな....』と言ってしまった。
目印を避けて、この森の中心に進むのがこの迷宮の作りのようだ。
確かに、階層型ではない迷宮はそういう造りになっていても不思議ではない。
むしろ当然って感じだが、この転移の仕掛けが強力すぎる。
エスパー美人のジムくらい明確な転移がよかった、と思ってしまう。
一回迷ったら出口に帰れないのではないか、と不安だ。
さらに、えげつないのが紋様が絶対に隣の木にあるわけではない、と言うところだ。
とある木に見つけた紋様は、7m先の木で見つけたりする。
しかも、視界に映る限り、全部の木に何かしらの紋様があるのだ。
これを避けて中心を目指すのは骨が折れる。
故に森の中、木に囲まれているのに、さらに転移トラップをかわさなければならない。
面倒なことばかりだ。
ここに魔獣、つまりモンスターが襲ってきたら最悪である。
モンスターは転移されずに向かってくるため、苦戦は必至だ。
さて本題に戻ろう。
なぜ、順調だったと言ったのか.....
それは、ダルフや聖にベルベットまで難しい顔をしていることも関係がある。
コメットの表情は俺からは見えないが、無表情の中に若干変化があるのだろう。
彼女らが考えていることは、俺も分かる。
ここまで不自然だったら、間違いないだろう。
少し揺れる視界に映る小動物の姿。
木の枝から、こちらをくりりとしたつぶらな瞳が覗いていた。
若干の癒しを感じる。
森を進む俺たち一行は足を止め、互いに質問をする。
「ねぇ、ここまで一回でも魔獣を見かけた?」
「ないな.......小動物は見たし食べたが」
「マスターそもそも生命力をこの森から感じませんけど」
ダルフの質問に聖とベルベットが返す。
つまり、そういうことだ。
ここは迷宮である。
迷宮ならばモンスター、つまり迷宮の住人がいて冒険者に襲いかかるのが普通だ。
しかし、この一週間一回も戦闘を行っていないのだ。
「コメットが上手く避けているんじゃないのか?そう思っていたが.....」
「......(ふるふる)」
聖の言ったことに俺も賛同だが、コメットは別に避けてはいないらしい。
最初に【ループ】されて以来今日までで、20回は引っ掛かっているが、それだけで、驚異の少なさだ。そもそも、引っ掛かる奴は聖が15回、ベルベットが4回、ダルフが1回だ。
余談だが、ダルフが引っ掛かった時、モロクソバカにした聖とベルベットは一日再起不能にさせられていた。
「でもぉ~そうなるとですよ?、これって異常事態が起こっているってことなんですけどぉ.....」
「考えたくはないけど、それしかないでしょうね......迷宮を一新したにしては配下も、何も居なすぎる」
「しかし、そんなことはありえるのか?、相手は魔精なのだろう?、学院で習った限りじゃ、魔精を倒せるのは一握りだという話だったぞ」
周りを警戒しながら、中心部を目指す俺たち。
結論として、俺たちは順調すぎるのだ。
誰にも遭遇しないこと。罠もない。深部までの道のりを知るコメットがいるため、迷うことはないが、それでも異様なほどの静けさ。
順調すぎて不気味なのだ。
さらには、ダルフの昔馴染みは森人族の元精霊だ。
森の管理者をしていた者でもある。
こんな死んでいるような森は、あの子がいるのにあり得ない、とのこと。
結果......
「墜ちたのか?勇者の仕業?」
「それだったら、納得ですけどぉ......マスターあり得るんですか?」
聖のストレートな言葉に、ベルベットもそれしか考えられないと思っている。
ダルフは考え込んだ後、
「......ないわね、あの子は魔精だけど、私と違い人を襲ったり殺したりしていないはずよ?、それに迷宮全体に私の宝物庫に掛けられてあった陣が敷かれているから、命の奪い合い出来ない筈よ、陣のオリジナルを作ったのはあの子だし......」
なるほど、ダルフの迷宮で言うとことの『魔精の気まぐれ』が迷宮全体に掛けられているのか.....そうなると、討伐するのは、人族にとったらマイナスしなかないな。
だって、何度も挑戦できる迷宮ということだろ。
訓練にはもってこいだし、初心者にも優しいからな。
それに比べ、ダルフの迷宮は、宝物庫以外はデスゲームだろ。
さらには現在暴走しているとか、勇者が差し向けられるとしたらダルフの方が自然だ。
「だいたい、あの子の迷宮を作った意味は、自らの種(子)を匿う為だし、私の種も保護しているみたいよ」
「じゃあ、ここのどこかにエルフの里とかダークエルフの里とかがあるんですかぁ?迷宮の中にぃ?」
「ふっ、可笑しな事もあるまい、私も宝物庫で暮らしているのだ」
「「......」」
「おい、なんだその残念を見る視線は!!」
莫大な森の中に、エルフ達を匿うのか......やはり、迫害されたり、奴隷にされたりあるんだろうか.....
コメットを先頭にして進む一行は、ついに深部に到達した。
モンスターとの遭遇は0。
罠も0。
そんなあり得ない戦果のもとたどり着いてしまった。
「さて、最悪の事態を想定していきましょうか」
「じゃあ、私は御姉様の影に入りますね」
「水無月、緊急時だから、剣を一振り頼む」
『あいよ』
「......(おろおろ)」
ダルフの掛け声に行動を起こす俺たち。
ダルフは呪符にあらかじめ魔力を込め、ベルベットは聖の影に沈む。
聖は俺から受け取った剣を背中に背負い、盾と愛剣を構える。
しかしコメットは.......今までの落ち着きがない
「コメット落ち着け、ダルフの旧友なんだろ?つまりダルフと同じで、殺しても死なないうざいやつの筈だ」
「ねぇ、ひじりどういう意味?それどういう意味?」
コメットを落ち着かせようとする聖と聖のブレザーの服を掴み上げて揺するダルフ。
「......(......クスっ)」
コメットの身体の揺れが止まったことから若干ながら、落ち着きを取り戻したらしい。
しかし、こんな緊迫感ないやり取りで落ち着くとは......コメットも毒されているのか。
そうして、俺たちはここにきて、この森に一ヶ所しかない深部へ到達する筈の転移トラップに飛び込んだ。
俺はコメットに背負われていたため、転移ははじめてだ。
いきなり変わる景色に普通なら酔うだろう。
まばたきの瞬間切り替わる風景に戸惑わない奴がいないように、俺たちも一瞬動きを止めてしまう。
今まで森の中にいた筈なのに、ここはゼル○シリーズの神殿の中にいるようだ。
周りには白い柱。
床は大理石のような輝き。
天井は高く。
空気は重い。
その数秒の間に声が掛けられた。
男とも女ともいえない声だ。
しかし、俺はなぜだろう、はじめて聞いた気がしないし、沸き上がる感情を止められない。
「やぁ、諸君、魔精ダルフにダークエルフと骨董品に.....ん?生き残り?、まぁ、いい始めまして.....」
声の方向に視線を向けるダルフと聖とコメット。
俺は背負われているため姿が確認できないが、間違いなくヤツだろう。
手紙を紛れ込ましたアイツだ。
「......アンタ、なんでその子を奴隷のように扱っているのか聞きたいわね、返答次第では輪廻には還してあげるわよ?」
空間を揺るがす莫大な殺気を纏うダルフ。周りからぴしぴしという音が聞こえてきた。
神殿に殺気でヒビでも入れているのかもしれない。
ダルフからあふれでる黒い霧はおぞましいの一言でしか表せない。
しかし、間違った答えを返せば命がない場面で平然と答える声。
「ん?ああ、我々がこの迷宮を乗っ取った際に戦利品を貰うのは当然だろう?」
数秒の沈黙。
「そう、じゃあ、死ね」
その一言が戦闘の始まりだった。