第三十二話『偽宝箱は二度見する②』
「ん~ん?なんか言ったらどうですかぁ」
ころころとした可愛らしい声。
しかし姿は何処にも見えなかった。
光源がないこの夜空の下、近くの輪郭さえ、空から落ちてくるぽわぽわした物が邪魔をして、判りづらくしている。
クスクスと笑う声。
けして嘲笑っているわけでも、バカにしているわけでもないのは、不思議と理解できた。
感じるのは嬉しそうだなってくらいだ。
いままで眠っていた影響か、方向感覚が曖昧だ。
声が聞こえるのは前からかなのか後ろからなのか、あやふやだった。
そもそも、おれ自身の身体がいままでと全然違うのも、関係しているのかもしれない。
「あ、そうです自己紹介しーましょ」
パチっと手を合わせる音。
この少女の声はやはり嬉しそうだ。
(というか、だれだよ....)
真っ暗な闇の中、姿すら見えない相手との自己紹介。
それに意味はあるのか?どうなのか.....
「私は、ダルフ様の迷宮で御姉様に続き進化した個体......」
どどどどっどーーーという音が聞こえてきそうな溜めを作った。
「その名も【デスサイザス】の『ベルベット・アネスト』というのですよ」
【デスサイザス】?イメージが全然つかないけど、強そうではあるな。
いつもなら【サポート・アシスタント】のお陰で色々教えて貰ったりするんだが、残念ながら『今』の俺の側には居ない。
さすがに一人で喋らしたまま放置する程、俺は鬼畜じゃない。
それにダルフの劵属のようだから、問題はないだろう。
声が聞こえるか分からんが、聖に話す感じでやってみるとする。
「......御姉様っていうのはコメットのことか?」
「いいえ?違いますよぉ~御姉様は、不器用ながらも真っ直ぐで、すぐに罠に掛かって、相手の挑発にすぐ乗り、懲りずに同じこと繰り返し、それでも折れない心を持った高貴な黒い聖騎士様の......」
「おし、わかった、言わなくていいから!!それでわかっちゃうのが悲しいぞ」
「そうですかぁ?ベル消化不良です、がっくしです」
(てか、声通じてるんですけど!?)
しかし、驚いてばかりでもいられない、きっと聖が進化して、俺の声を聞こえるようになったように、ベルベットも同じなんだろう......不思議なこともあるものだな
「俺の声が聞こえるとはな.....」
「そういえば、御姉様しか聞けないんでしたね.....あっ」
ハッとする声。
「どうした?」
「私にも聞こえるなんて、これがあ「みんなは何処にいるんだ?」......」
何を言おうとしたのか分からんが、ろくなことではないだろう。
「むぅ、せっかちですね.....今は―――」
先ほどの言葉を渋々引っ込めるベルベット。
ベルベットは夜の方が調子が良いらしく.....ていうか、ここに来ているメンバーで夜が駄目なのコメットだけだと思われるが、そんな変わったパーティーメンバーの一人であるベルベットは、今の時間見張りを担当していたらしい。
退屈だな、と感じたベルベットが、微弱な魔力振動に気づき、そこに俺がいて気づいたんだそうだ。
「それにしても【水錬の雪原】は、昼間でも夜でも雪が激しくて、ベルはヤル気なくなりますよー」
ため息をつくベルベット。
雪と言われ夜空を見上げる。
色濃いシルエットは木で、微かな星明かりにぽわぽわと舞っていた黒いシルエットは雪のようだ。
真っ暗闇の中に舞う雪とは.....
現実世界で、雪の季節は色々とめんどくさいのだが、こちらの世界はどうなのだろうか?
魔獣はびこるこの異世界でも雪掻きとか雪崩とか、そういうのは同じなのかもしれない。
(でも、魔法で片付けそうなんだよなぁ......)
そんなことを思っていると、ザッザッザッザっと雪を踏み締める音が段々と近づいてきた。
「コメットさんの結界内とはいえ、視界は暗いままですから、私の姿が見えてないんじゃないですかかぁ~」
声の方向は正面だ。
陽気な声が聞こえてきた。
「へぇ、結界内か.....でも雪が結界の中まで入ってるけど?それって意味あるのか?」
「それはですね、結界の上に積雪すると重みが半端ないから、雪だけは素通りさせてるんですよ~」
「風はないでしょう~?」そう言って足跡も聞こえなくなった。
今度は布切れ音が近くから聞こえる。
多分、腰を下ろしたんだろう。
正面に暗い中うっすらと輪郭が見えた。
見えた輪郭はこちらに向かって体育座りをしている.....ような気がする。
ただ不釣り合いに大きい鎌のシルエットも見えた。
「雪は素通りか.....俺は寒さを感じないが、寒くないのか?」
案に火をなぜ起こさないのか聞いてみる。
「あは♪ベルたちは【魔】に連なるものですよ?光によってくる蛾のような、有象無象の相手なんてしてられないのですよ」
「......辛辣だな、てことは、普通に魔物とかが闊歩する場所で休んでんのか?」
「魔物じゃなくて、魔獣ですけどね......それに」
「それに?」
「こんな暗い中で、相手をいたぶっても楽しくありませんよぅ、白昼の元、ベルに『助けて!』と懇願するゴミを絶望に叩き落としてこそ、たのしいってもんですよぅ」
「わかった、ベルが危ないやつってことは理解したわ」
目の前でくねくね体を揺するベルベットに、こいつ痛いやつだわ~、と思う。
姿がはっきり見えない世間話。
このベルベットはなんだろうか、聖と会話してるかのような気持ちで話せる。
遠慮しなくて良いというか、気を使わなくて良いというのか......
しばらく話していると、周りも明るくなってきた。
この世界で、はじめての日の出を体験するのかもしれない。
日は、俺から見て西の方角から差し込み始めたようだ。
周りの暗さが嘘のように引いていく。
色彩を取り戻した視覚にまず写るのは、キラキラと輝く銀髪の少女だ。
褐色の肌に銀色の髪。
ダルフに少し似ている容姿。
聖とは姉妹なんじゃないか、と思われても不思議ではなさそうだ。
唯一彼女達と違うのは、両目にぐるぐると包帯が乱雑に巻かれていることだろう。
始めて視界に写るベルベットは、両目が塞がったままでも朝日の方向を感知して見せた。
包帯が視覚を遮っている筈だが、平然としている。
「あ、朝ですね.....忌々しい」
朝日を見る横顔はムッとしているようだ.....
ベルベットの進化前は知らないが、日の光が苦手なのだろう。
「忌々しいって......さっき、白昼の元どうとか言ってたじゃないか」
「む、わかりませんか?こう、夜だぜ、絶好調だぜってやってたのに、朝が来た瞬間にドッと身体能力に制限が掛かる感覚を」
「種族特性か知らんが、ハイテンションで盛り上がった次の日の朝を、寝ずに迎えると虚しくはあるな」
俺も前世で、熱中して朝まで起きていたことがあるが、朝日が眼につくと俺何してたんだろうって思うときはある。
「賢者タイムだな」
「何言ってるんですぅ?」
不思議そうな顔をするベルベッド。
それから少しして、雪を踏み締める足跡が聞こえた俺の後ろからだ。
俺は今、真後ろを振り返ることも出来ないため、何があるのか分からなかったが、どうやら俺の後方でみんな寝ていたらしい。
「あら?お目覚めのようね」
声を掛けて来たのは、見た目ダークエルフの我が上司ダルフ。
「聞きたいこともあるわよね?通訳に聖を起こしましょうか?」
後ろに戻っていこうとするダルフに、ベルベットが声を掛ける。
「マスター、私が通訳できますよ?さっきまで話してたんですよぉ~」
ベルベットが、子供みたいに勢いよく挙手してアピールすると、ダルフはポカンとした。
「何?わかるのアネスト?」
「もちろんですよ!」
「そ、そう?ならお願いするわ......」
戸惑いつつも了承したダルフ。
ダルフがボソッと「ひじり後で怒らないわよね?大丈夫でしょ」と呟いていたがなんの事だが.....
それより俺としては、変に遠慮せず話が出来るベルベッドがすごく嬉しいんだがな。
そうして、これまでの経緯を聞くことにした。




