第二十七話『偽宝箱は考えた』
宝物庫に鎮座する宝箱の俺は、今日も今日とて迷宮で冒険者を相手にする予定だったのだが......
うん、今日はむりそうだな。
俺はある一角を見てそう考え、ため息を吐く。
ダークエルフの一団が現れ、なんやかんやあって『招待状』を預かったんだけど、その受取人足る魔精のダルフはあの出来事の後、まったく取りに来なかったのだ。
俺の視界に新規アイテム追加のログが流れ、それが新しいアイテム取得報告でログから消えた頃にダルフは現れた。
それが4時間前の明け方のことだった。
大体1週間たってるな。
俺が手紙を受け取ったこと事態は、188層に住まう迷宮幹部であるヴェルイットによって、もたらされていた筈だが、それを抜きにしても、そもそもこの一年いったい何をしていたのやら.....
俺の視線は、ツルツルの大理石の段差に、膝を抱えてうずくまる人物に向けられている。
艶やかな長い銀髪は大理石の上に無造作に広げ、淡い光で照らされることで一層神秘的に映っているが、雰囲気はどんよりしている。
「はぁぁ、私っていじめられてるの?そうなの?」
顔を上げて遠くを見るダルフ。
俺の位置からじゃ、後ろ姿しか見えないが.......あれだな、めんどくさい空気を感じるぞ。
「だいたい、私がここ何年....いや何千年ダークエルフ断ちをしたと思っているのよ!」
再びわめき始めたダルフ。
少しの間静かになったと思ったらこれである。
内容は大体がダークエルフに『一番最初』に会えなかったことに起因しているらしい。
箱である俺の盛大なため息は認知されることがないのが、ある意味救いだが、箱ゆえに不幸なこともある。
「それをヴェルイット、「まぁ、日頃の自分を思い出すことね....」とか言って!清く正しく生きてる私の何がきにくわなかったの!?それで―――」
そう、動けないのだ。
つまり、拷問に等しい長い愚痴を永遠に聞いていなければならない。
この上司の愚痴を聞くことはよくあるが、それは大抵長くても6時間で終わるんだ。
今回も話はじめてもう4時間は経ってる。
「そもそも、188層を与えたというか、迷宮管理者は私なんだから、ちょっとくらい融通聞かせても良いじゃないの!」
ダルフは再び膝に顔を埋めて嘆いている。
終わりは、こないのか....
俺の精神がガリガリと削られていく音が聞こえるぞ。
俺が眠くなればいいんだが、生憎この体は眠りを必要としない。
自分の意思で眠ることは可能だが、リズミカルで飽きさせない音量のせいで、眠りにつくこともままならない。
「せっかく、せっかくよ?私の新しい配下を手にいれたのに.....そのせいでどんだけテンションが下がったと思っているの―――」
ダルフは先程は泣いていたのに、今度は怒り心頭の様子。
情緒不安定か?いや、そもそも手紙取り来ただけじゃないのか?
内部のフレームの一つにNewって文字が点灯した『招待状』を視界内に写した。
(聖....うまく逃げやがって....)
嘆くダルフをBGMにして、ここに来るダルフと入れ違いで出ていった【ブラック・パラディン】の黒木聖に悔しく思う。
もしこの場にいたならダルフを押し付けてやるのに、と考えてしまうほどだ。
ダルフのことは無視をしよう。
この状態は収まるまで時間がかかるだろうからな。
自らの意識を内側に傾け、宝箱である俺は内部の整理を行うことにした。
最近は不可思議な攻略本のせいで、イライラが溜まっていたが、ダークエルフから手に入れた『魔呪符』の解析にワクテカだった。
現在、俺の【時間は無限にして有限】スキルによる内部時間加速を行っているフレームは4つだ。
『魔呪符』解析中ー残り3万5千566秒
『ダルフの呪符』解析中ー残り534万4千984秒
『アイオロスの魔導書』解析中ー残り7千435秒
『黒木聖のインナー』再構築中ー872秒
これだけだ。
聖のインナーについては、昨日俺の中に入る際に損傷が激しすぎて預かったのだ。
あいつ、また無茶な戦い方しているんじゃないだろうか?迷宮に潜る際はコメットも一緒だから無茶はしないと思っていたんだけどな。
まぁ、挑んでいる階層がいままで違って強いということだろう。
『魔呪符』はダークエルフからの頂いたものだ。
しかし、一週間経つのに解析はまだまだのようだ。
先にコメットから貸してもらった魔導書の方がはやく終わりそうだ。
これを預かったのって2ヶ月くらい前だ。
そう考えると魔法関連のコードは複雑怪奇なんだろう。
剣とか長くても3日だから、すさまじいな。
いくつの魔法が魔導書から手に入るのだろう?
ひとつだったら泣くぞ。
ちなみにダルフの呪符は解析にかれこれ4年は費やしているがいっこうに終わりを見せない。
気にしないことにする。
だってダルフだし。
それにしても招待状か.....
中を見てみるか?
本来なら常識的に見たら最低なんだが、ダルフうるさいし。
上司にお帰りいただくには内容を教えた方が早いだろう。
『招待状』のフレームをクリックするイメージ。
隣に新たな窓が開き内容を写し出す。
ん?枚数は3枚か.....
一枚目は差出人と参加の返答。
二枚目はダルフへの最近のこととか世間話。
三枚目は魔方陣が書かれただけのもの。
なんだろうか?
三枚目を拡大して細部まで観察する。
異常はないな....
まだ、魔方陣に精通していないからわけがわからん。
そうして眺めていると無機質な変声器を使ったような声が頭に流れてきた。
ー見ているんだろう?迷宮の擬態者よー




