第二十五話=『レファンシアはタイミングを逃す』
200層から成るレファンシアの呪海迷宮の深層域、それこそ最下層付近に居を構える者達が四名存在する。
最下層付近故に、彼らの出番は全く訪れず、知るものも少ないだろう。
ここ300年近くは自主練と部屋での自堕落な生活、時たまに雑用を主に頼まれ、呼び出されるくらいしか出番がなかった連中である。
そんな彼らの出生は、
あるものは、この迷宮で長い年月をかけて眷属の魔獣から進化して強くなったもの。
あるものは、世界の醜さに触れ存在を魔に落としてしまったもの。
またあるものは、遥か昔に主に挑み掛かり負かされたもの。
そして、もう一人―――。
自らの守護する土地を仕方なく放棄し、魔精の元に身を寄せているもの。
その名を【泉の妖精ヴェルイット】。
魔精ダルフのもっとも古くからのメンバーである。
そのためダルフの面倒事に付き合わされることが一番多い人物だ。
そして、ここ一年ばかりは主人であるダルフが毎日のように押し掛けていたため、ちょっとうんざりしていた。
始まりは突然だ。
突然やって来たダルフは、いきなり優秀な配下を作ると言って、ヴェルイットが守護する188階層の迷宮の壁を壊し更地にして、8割がた湖に変えてしまったのだ。ヴェルイットは唖然として、ダルフの奇行を止めることが出来ずにいた。
ヴェルイットは自らの守護する土地を、人族の自分勝手な理由で埋め立てられた過去があるため、ダルフが、何も説明もせずに棲みかを変貌させる様に、絶望して魂が抜け出そうになっていた。
「ヴェルイット手伝いなさい!今の私なら出来る気がするの!」
自信満々にいう昔馴染みのダルフの笑顔は晴れ晴れとしており、私の棲みかを変貌させたことに何も思わないのか.....とヴェルイットはイラっとしたが、しかし考え直す.....いや、諦めた。と言った方が近いかもしれない。
「レファン.....せめて、説明をしてほしいのだけど.....」
ヴェルイットはため息を吐きつつ、昔から人の話を聞かないところがあったなぁ.....と遠い目をしていた。
ダルフは、そういえば言ってなかったかしら?、と首を捻った。
ヴェルイットにとってはダルフのこういう行動はいつものことだが、もしここに偽宝箱の水無月がいたら、「あれ性格似てね?似てるよね?」と言っているだろう。
まぁ、こんなはしゃぐダルフを見るのは300年ぶりくらいでもあるため、ヴェルイットもちょっと何をするのか気になったのだ。
「最近私の眷属が進化したのは知ってるわよね?」
「ええ、ひじりちゃんでしょう?」
ヴェルイットや幹部達は年に数回主人の元に集まり近況報告や意見交換をしているのだ。
しかし、大抵がダルフの愚痴か、幹部の愚痴である。
その日もストレス発散が行われていた部屋はダルフの部屋の隣だ。
お決まりの場所である。
幹部会の帰り、偶々言い争いの声を聞いたヴェルイットはダルフの部屋を覗いたら、コメットに怒られるまっ裸のミニサイズダルフを見かけたことがある......胸はさらにミニだったが。
「そ、そう、知ってたのね?そうよね.......」
ヴェルイットが名前まで知っていることに驚きながら、知らなかったら壮大に語ろうとしていたダルフは目に見えて肩をしょんぼりさせた。
「まぁ、いいわ、そこまで知ってるなら話は早いわね」
ダルフはヴェルイットに言う。
「今からここで眷属を進化させて、新たな優秀な配下を手にいれるわ」
「......はぁ、進化?そんな実現しないことの為に私の領域をつぶしたの?」
ヴェルイットはドスを聞かせた声で睨み付ける。
赤と青のオッドアイに睨まれたダルフはビクッとしていた。
「い、いやいや、可能なの!絶対できるわ!」
「まぁ、ここまで作り替えたんだから成功させてほしいわね......」
「ジトッと見なくてもしてやるわよ!!」
見てなさい!といって側を離れていくダルフをヴェルイットが止める。
「なによ?」
「はぁ、手伝えって言ったじゃないの....説明をちゃんとして」
止められたことに鬱陶しそうに後ろを向いたダルフは、最初に自分が言ったことを感情的になって忘れてしまったらしい。おお、そういえば、と思い出したダルフは、無様な所を見せたわ、とヴェルイットに言った。
「そう、ね.....100年振りにカッとなったわ」
「え?1ヶ月でしょ?」
「......」
ちょっと気まずい空気が流れたのは言うまでもない。
――――――――――――――――
「いい、この『壷毒』ってのは最終的に生き残ったのが進化するシステムなのよ」
「でも、そんな方法で進化できるなら、階層事に区切られて閉じ込められている迷宮は進化個体で溢れそうなものだけど....」
「確かにそうね、迷宮は階層事に区切られているから壷毒に似てるわね、でも.....無理ね」
「無理?なぜなの?」
「徘徊する階層モンスターはモンスター同士で食い争わないからよ!」
「ああ、そうね。それは根本的に無理ね」
配下を進化する方法を聞いたヴェルイットは、ダルフが188層を改造していく様を隣で見ながら質問を重ねていく。
「本当に進化した個体は知能を持つのかしら?」
「?さっきも言ったけど優秀個体が産まれるから持つわよ、何が気になるのよ?」
「戦闘だけで勝ち残ったって聞くと脳筋しか生まれなさそうな気がしてね」
「......」
「なにその、それは考えてなかった顔は....」
ダルフは魔精になったときから見える【ダンジョン生成ツール】スキルの操作を止めて考え込む。
ヴェルイットは唯一188層に残った魔力の泉に腰掛けて呆れた顔を作った。
因みに189層に行くための階段はこの泉の中にある。
ダルフは聖の二の舞だけは御免だった。確かに聖は我が子(種)のように可愛いが、性格が可愛くない。
最近は、あのなついている箱のお陰か丸くなってきて扱いやすくなったが、しかし、あれはダルフの配下ではないのだ。故に今度は可愛く、頭がよく『従順』な配下がほしいと思っていた。
前の二つはともかく後者が大事だ。
考え込んでいたダルフは真剣な顔つきでヴェルイットを向く
「頭がいい個体ってどうす「知らないわ!!」」
ヴェルイットの被せられた声が壁が取っ払われた188層に木霊した。
―――――――――――――――
あれから丁度一年の今日。
ダルフに無理矢理手伝わされて来た日も今日で終わりだと思うと感慨深いとヴェルイットは思う。
『あなたの名前はベルベット・アネストよ!』
そんなダルフの声が改築された188層の遥か下、先が見えないほど暗闇の中から聞こえてきた。
魔力の泉縁に温泉に浸かるかのごとく、だらーんとしているとダルフ宛の通信音がヴェルイットの頭を揺らす。
ここ数日は仕上げだからと、ダンジョンマスターの仕事をヴェルイットに押し付けていったため、迷宮関連の連絡はすべてヴェルイットに届くのだ。
ヴェルイットはいつも通り、視界に映る迷宮配下限定のメッセージ機能を展開する。
そこには目を疑うことが書かれていた。
―――ダークエルフ5名が用があるらしいぞ?
というメッセージがミミックから送られてきた。
ダークエルフはここに迷宮を立ててから一度も現れていないのだ。ダルフがダークエルフの元精霊と言うことは知っていたが、ダークエルフが現れないのが不思議ではあったのだ。ダルフも首を傾げるくらいだ。種族内でなにか決まり事でも出来たのかもしれない。
そしてメッセージには『来た』と書いてある。
バッと起き上がり、ダルフに声を掛けようと思ったが、ヴェルイットはしなかった。
ヴェルイットの顔には今まで巻き込まれた恨みでも晴らすように、暗い暗い笑みがあった。
「レファンは忙しいらしいので私が伺いましょうか?ええそうしましょう」
赤と青の目を怪しく光らせ、泉の底の扉に手を掛けて譲渡されているマスターキーを使い、指定の場所へと接続する。
重低音のあと、鍵が開く音。
扉を水の中で開くが水は中に入らない不思議な光景。
ちょっとした浮遊感の後、足に感じる地面の固い感触。
気配を感じ、とりあえず挨拶をするヴェルイット。
視界が光に慣れてきて、周りを見回したヴェルイットは、ニヤリとする。
(ダルフより先に迷宮でダークエルフに会ってしまったわ)
「うふふうふふ」
そう、ヴェルイットはダルフに対するいやがらせをしたいだけだった。
ちょっと満足ぎみのヴェルイットの雰囲気は怪しすぎて、宝物庫にいるダークエルフたちに距離を取られ始めていたが気にした様子はない。
満足したヴェルイットが話を聞こうと今までの怪しい雰囲気を払拭して爽やかに5人に向き直る。
「ごめんなさい、ちょっと嬉しくって.....私は代理のヴェルイットです」
5人は雰囲気が変わったことにさらなる警戒を見せるが、敵意がないためリーダーのアルトネが返事を返す。
「私はアルトネ、このパーティーのリーダーだ」
続けて懐からなにかを取り出すアルトネ。
「ある人物から招待状を渡すように頼まれた!」
アルトネはそう言った。