第二十三話=level:146
「じゃあ、行ってくる」
こちらに手を振り、ダルフの部屋に消えていく聖を見送った俺は、今の宝物庫を見回した。
始まりは殺風景極まりない宝物庫で、次に剣や鎧などの武具が溢れていたこの場所だが......今の宝物庫はもはや、原型を留めていなかった。
床には緩衝マットが敷き詰められており、聖に跳び跳ねて貰ったが、震動も音もなかった程の性能を発揮していた。『これなら後ろから襲うことも出来るな!』と騎士にあるまじきことを言っていたな。
騎士道がどう....とか言われれるかと思ったが.....特に何も感じていないのか?
それから小型薬局と言われても不思議てはないほど、宝物庫の側面に金属棚が整然と並び、数々の薬品が隙間なく埋め尽くされている現状だ。瓶ガラスは割れやすいからな、気をつけなければならないのだ。
前みたいに、薬品が床に染み出て混ざり合い、不快な臭いを出されたら堪ったもんじゃない。
そして中心にいる俺、つまり宝箱の周りは、今まで通りだったりする。
ツルツルの真っ白い大理石でそこだけは変わりない。
微妙にミスマッチの気もするが、最近の薬局は食べ物もスーパー並みの品揃えだった気がする。
薬局とスーパー.....
薬局と宝箱......
うん、なにもおかしくはない。
「初めはどうなるかと思ったが、作業範囲が広がると色々と出来るんだな.....実感したよ」
今までは、俺一人だったために、吐き出されたがらくたはそこら辺に転ばしておくだけだったが、今では動けない俺に代わり、整理してくれる人物がいるのだ。
「まぁ、助かるっちゃ助かるが.....」
きっと表情を作れるなら苦笑いでもしていることだろう。
聖のおかげで整理されてはいるのだが、なんか釈然としないな。
そう思ってしまう。
当初は溢れ返る金銀財宝で遣り繰りしてきたが、5年もすれば、さすがの俺も最新のコードが手に入り辛くなってきたために、在庫を放出するしか無くなってきている。
【コード解析】スキルによって、一度取得したコードを魔素だけで創ることも可能だが、3年前からダルフに全く同じモノを創ることを禁止されたのだ。
理由は、俺が付ける【スキル】に関係するらしい。
【滅魔】【極光】【神殺】【龍破】【対植】【対獣】
などの種族に対するスキルコードを取得してから、そう言われた。
あのときのダルフは真剣......いや、殺気?を纏っていたから、よっぽどのことだったのだろう。
俺はゲーム感覚のダメージ向上効果くらいしか考えていなかったが、あとあと考えると、これは種族にとって堪ったもんじゃない気がしてきた、種族の弱点を突くモノは確かに存在するが、修得に困難な魔法や技術とは違い、武器というのは誰でも使えてしまうのだ。
「当たらなければどうと言うことはないない」と某大佐が言っているが、しかし、全く同じ武器が沢山出回ってしまったら、結局は個の力より数の暴力に負けてしまうのではないかと思う。
しかも、これが敵対しているモノ同士のどちらかの種族に渡ってしまったら、保たれてきたパワーバランスが瓦解するのは目に見えるだろう。
俺が作った武器で世界崩壊なんてことを考えていると、作ってしまったことに少し後悔した。
そんなこともあり、最近では、がらくたと言えど世界に与える責任を考えなくてはならない、と思っているのだ。
『気にしすぎて良いものが出来なくなったらどうするんだ!私の武器とか!』
と聖に言われもしたが、そこら辺は大丈夫だと思う。
確かに、ノイローゼになって創れなくなったら最悪だし、そうなれば、何もしないまま無作為に時を過ごすことになってしまうからだ。
引きこもりは歓迎だが、無作為に時間を浪費することは大嫌いだ。
故に、世界混乱が俺の武具で.....というIfを考えて、危険な武具には俺の意識の残思を宿らせることにした。
これはリミッターも兼ねているのだ。
滅多なことでは発動しないが、念のために発動したら数年間の間付与スキルの凍結が起こるようにした。切れ味はそのままなので普通に武具としては使える。
俺の残思とは、生まれて復讐に燃えた最初の頃に俺自身つまり『俺』というコードを解析してあるため、『擬似的な俺』のことだ、簡単に言うなら『量産型水無月因子』と言う所だろうか。
出来ればしたくはなかったが、本体と量産される俺は別物であると再三【サポート・アシスタント】の話を聞き、遠隔凍結の自動プログラムに必要と言われ、最悪を防ぐために量産することにした。
試しにひとつの武具、聖に渡したブレスレットに込めてみたが、特に違和感はなく事務的な会話をすることが出来た。
会話自体は【サポート・アシスタント】と話すような機械的だった。
普通ならば、俺の声で話す相手に違和感や嫌悪感を覚えるのだが......問題ないようだ。
というか、【サポート・アシスタント】さんの声が俺じゃん、その時点で平気なんだから元から問題なんてなかったのだ。
この事を上司であるダルフに言うと、ドン引きされた。
『どんだけナルシストなの.....』
くっ認めたくないが、実際、俺の声を聞いていて落ち着く俺は......もしかしなくてもヤバイのか?
そして宿った『俺』......もうシリアル番号でいいだろ。
宿した順に番号呼びするとこにした。
聖のブレスレットが実質『1番』だ。
そしてさらに、優秀なこいつらは、なんと俺と連絡が取れるのだ。
俺が『俺』と会話をする......なんて痛いやつなんだ。
自分でも思うぞ!!
しかし、宿した『俺』に自我はあまり無いのだ、それにもしも、会話を聞こうもんなら、俺の声を認識できないと意味がない。
長い時を掛ければ、それなりの自我が生まれ、その世界に馴染み言語も覚えれば、いつかインテリジェンス・ウェポンと呼ばれるときが来るのかもしれないがな。
こいつらを経由することで、視界の共有もできる。動けない俺にぴったりだ。
まぁ、聖以外に今は誰も持っていないんだけどね。
だって最近は、バカスカ開けられるもんだから、俺が納得する戦いの相手しか渡さないことに決めたのだ。それに、もう2000本近く剣は出回ってる筈だし、鎧は頭から装飾まで揃えたのをシリーズと呼ぶと、100シリーズは輩出しているはずだ。故に、これ以上の武器のインフレを防ぐために、冒険のサポート系を押していくことにした。
と言うわけで、使い捨てで使える高品質なポーション系で、この場を凌いでいるのだ。
箱のご褒美もそれ系統だったりする。
極上のアイテムは10年若返るグミだったりする。
これで異種族同士の恋人とも同じ時を過ごせる優れものだ。
因みに、一袋20粒入ってたのだが、残りがもう4粒しかない。
ダルフに教えるんじゃなかったと思ってしまった。
効果は、ダルフが不貞腐れて寝込んだことから精霊種や魔精には効き目がないと見た。
注意書にそう書いておくことにする。
「あーぁあ.....どっかに新しいモノねーかな.....」
しかし、本当に真新しいコードが手に入り辛くなってきたのがもどかしい。
知名度アップ効果か、北大陸ではあまり見かけない種族が現れるのだが、そう言う奴に限ってベテランで、すげなく俺のトラップをかわしていくのだ。悔しい限りだ。
さっきの人族......いいや、異世界人も俺が見たこともない鎧やら杖やらを持っていたのだが、アイツらは俺を開けずに立ち去る始末。
確かに、ミミックと分かっていて素直に開けるのはよっぽどの戦闘狂かバカだけだろう。
「獣人系は勘と反応速度速すぎて、毒針すら発動してからかわすし、悪魔や天使は冷やかすだけ冷やかして立ち去る.....でも」
そういって過去の訪問者達を思いだし、ある人物を思い出してイラッとする。
「一番酷いのが何故か69層の『小悪魔』だもんな」
俺もこれでも男の魂を持つもの.....許すまじ。
小悪魔の手口は、至って簡単だ。
たらし込む、励ます、裏切る。
のこの三つだ!
たらし込んだ冒険者といちゃいちゃしながら、ボス倒して(自分はみてるだけ)、この部屋で罠を発動させないように外し(自分はみてるだけ)、外すのに成功して、勇姿を見てた?と彼女に振り返った瞬間、心臓を一突き。
そして、俺の中からお宝を持って、最後に死に逝く冒険者の頭に口付けをして優雅に去っていくのだ。
なぜ口付け?と不思議だったが【サポート・アシスタント】に聞いたところ、記憶を消しているらしい。
つまり、小悪魔に騙されて裸で放り出されたのに、誰がそれをやったか思い出せなく、再び69層に来たら掴まって.....というループというわけか.....なんという悪女!!
「一度で良いからそいつを罠に嵌めたい.....」
小悪魔の愉悦に浸る顔はぞくぞくするが、俺をそれに利用しているのが気に食わん。
「今に聖が69層に行ったときに聖の対応に困るが良い!小悪魔め、へへっ」
悪どく笑う俺の声が宝物庫に響き渡る。
しばらくして、今日3回目の空間接続振動が起こった。
ー19層に接続を確認ー
ー階層ボスは植物系【アンブラビル・トレント】ー
ーパーティー重傷者5名中0名ー
どうせ俺の声は聞こえないんだから悪のりでもしようか.....
「いらっしゃいませ、ようこそ我が宝物庫へ」
そう声を掛けた俺の正面の扉がタイミングを合わせたのか、重低音を靡かせ開く。
そこから出てきた5名の冒険者はローブを纏い......全員が蒼い目輝かせていた。
ローブから少しだけ覗く肌は褐色だ。
もし髪色が銀髪だったら、あれだな?
そんなことを考えながら冒険者を観察した。
「なんとも妖艶な....」
「うわっここの床フニャッてした!?」
「いいですから、金目のものをですね?こうですね」
「手つきがイヤらしいからやめろ」
口に手を当てて驚く者。
地面を恐る恐る押して安全を確かめる者。
そこら辺を見回し何かを取り懐に入れる、というモーションをする者と、それを阻止する者。
そして、一人だけ無言のまま『俺を見詰める』者。
雰囲気と落ち着きから彼女がリーダーだろうか.....
ローブに隠れていても大きさを主張するデカメロンを見逃す俺ではない。
「全員女の冒険者?」
声と線の細いシルエットから全員女性と検討をつけた。
異様な雰囲気を感じ取った俺は様子を見るべく、じっとしていた。
すると、リーダーぽい女性はフードを取りハッキリと『俺に向かって』言う。
「始めまして、私たちはレファンシア様に用があり、この迷宮に参りました」
彼女の髪色はきらびやかな銀色をしていたのだった。
さて、どうしたもんかね