破天荒な新入署員
2
『今日は新しく何人かの奴らが入ってくる、今から簡単に顔合わせするから、とりあえず全員ミーティングルームに集まってくれ』
時空警察日本署内、俺、朝丘佑弥は、自分のデスクで仕事をしていると放送で呼び出しががかったのが耳に入り、整理していた情報をデバイスに保存してデスクから立ち上がって、伸びをした。
「そうか、今日新入署員が入ってくる日だったか……どんな奴が入ってくるんだろ。自分の仕事が軽減されるといいけど」
疲れて閉じかけている目をこすりながら、ミーティングルームへと足を向けた。
「あれ、意外と早く着いたな」
ミーティングルームに着くと、まだ数人しかおらず、ガランとしていた。
ミーティングルームは二人一組の机と椅子が置かれており、どこに座ろうかと部屋を見回していると、偶然こちらを見たらしい3列目に座っていた許斐優奈先輩と目があった。
「あ、朝丘くん!私の隣に座りなよ!」
「あ、はい」
先輩に言われては断れないし、ちょうど迷っていたところだ。ちょうどいいか、と思い、許斐先輩の横の席に腰を下ろした。
「いやー、一番最初に着いちゃって焦ったよ。相変わらずクマあるし髪ぼっさぼさだし容姿に気使わないねー、整えればそこそこいい感じになるだろうしちゃんとしなよー」
「先輩は相変わらず制服勝手に改造してるし見た目が高校生ですね大人の色気ほしいらしいですが全くないですねもっとそうなれるよう努力したらどうですか?」
「ひどい!」
ひどいというが、本当の事なんでどうしようもない。童顔のせいで見た目は完全に高校生、下手すれば中学生にも見える。まあ、体は無駄に発育しているんだが……、これでなぜ色気がないのかはよくわからない。童顔でも出るものは出るはずだと思うが、内面の子供らしさが影響しているのだろうか。
そして、制服のスカートとネクタイはビラビラのレースで改造が施されており、更には派手なシュシュで髪の毛を縛っており、……正直なんでクビにされないのかというレベルで派手だ。
まあ、勤務歴長くて仕事慣れしているし、優秀だからなのだが。
それに、先輩が先に嫌味を言ったから悪いのである。
時空警察の仕事は激務だ。家に帰る暇もないほどなので、署内に各自の部屋が用意されている。
お風呂や台所の設備も完璧だ。
だが、基本勤務が終わったらご飯を食べて歯を磨いた後に速攻でベッドに飛び込むか、ご飯を食べて歯を磨いた後にお風呂を終わらせて髪も乾かさずにすぐにベッドに飛び込むかの選択肢しかないので、髪の毛がぼさぼさだったりクマがあるのはしょうがないことなのだ。
断じて面倒くさいとかではないのだ。断じて。
「童顔なんだからしょうがないじゃないいい!」
「うるさいです黙ってください子供っぽさが上がりますよ」
「うっ」
やっと静かになった。
そうこうしているうちに、皆が集まり始め、周りの席も埋まっていた。
時空警察は2130年に創設され、その勤務内容にに高度な技術と頭の良さを求められるため、日本署にはまだ20人ほどしか人がいない。
そのため集まるのに結局あまり時間がかからなかったのだろう。
もうそろそろ始まるか、と思いボーっとしていると、
「全員居るよな、じゃあ、説明始めるぞ」
日本署長の矢津伸幸先輩が後ろに5人の新入署員たちを引き連れてミーティングルームに入ってきた。
矢津先輩が最前列の机に座り、皆の前に5人の新入署員が並んだ。
女が3人と男が2人。難関中の難関と言われる試験をクリアしてここ、時空警察に就職したエリート達だ。
皆そわそわとしていて緊張していて、初々しいな、と頬が緩んだ。
「ん?」
いや、4人は確かに視線をさまよわせたり赤面したりしているが、女のうちの一人はそんな素振りは一切見せていない。むしろニコニコと笑っていて、非常にリラックスしているように思える。
「あー、じゃあ、左から自己紹介をして行ってくれ」
矢津先輩が立ち上がって自己紹介を促す。
あのニコニコした奴は一番最後か・・・。
少し残念に思っている間に自己紹介が始まった。
一人目「あ、えっと、児玉夕です。ここに入るのはずっと夢だったので、精いっぱい頑張らせていただきます」
自己紹介が模範的だし、たぶん基本的なことは大方得意な努力型だろう。言うことはすぐに聞いてくれるタイプだ。
2人目「結城奏多です、体力には自信があります、よろしくお願いします」
細い割に結構筋肉がついているのが見える。本当に体力があるのだろう。よし、体力仕事の時はあいつに押し付けよう。
3人目「木崎明、一応プログラミングとかは得意分野です、頑張ります!」
眼鏡かけててインテリ系、プログラミング苦手だし助かるな、うん。
4人目「戸松礼香、えっと・・・あうっ、噛んじゃった・・・ってあ、スイマセン!えっと料理は得意ですでも役立ちませんよね・・・で、できる限り頑張ります!」
女子力の塊か!?可愛い、コーヒー入れてもらいたい。
5人目「こんにちは叶幸香です!面倒くさいこと大嫌いです、いかにサボるかを考えまくってます!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
一瞬の静寂の後、ザワザワと周りのやつらが騒ぎ始める。
「ねえ、ちょっと!あいつ何!?なんで堂々サボる宣言だしてんの?そもそもなんでここに入れたの?」
「知りませんよそんなの!」
隣の椅子に座っていた許斐先輩が信じられないという顔でこちらを見る。が、そんなのが俺に判るはずもなく。
叶は相変わらずニコニコと満面の笑みだ。
「やっぱりやりやがった・・・」
そういえば、先輩は試験の時に叶に会っているはずだ。面接のときに同じようなことを言ったのだろうか。
矢津先輩がこめかみを押さえながら顔をしかめた。
「こいつは・・・うんまあ、天才ってやつだ。ロッドブリッジ大学を次席で卒業、まだ17歳でここに入ることになったんだが、見ての通りのやつだ、だから・・・まあ、仕事が増えるだろうけど頑張ってくれ」
どよめきが一段と大きくなり、
「ロッドブリッジ次席?」「ロッドブリッジって世界一って言われてる大学だよな?」「17歳でかよ?」「優秀なんだね」
でも・・・、
『サボり魔か・・・』
自分の仕事が増えるかもしれない恐怖と悲しみで一斉にため息が漏れ、ミーティングルーム中が重い空気に包まれた。
サボり魔ということは、叶がサボった分こちらにその仕事が回されてくることが増えるということだ。今でさえ人数が少なく、猫の手も借りたい状態なのに、これ以上増えたら確実に病気になる。余り関わらないほうが身のためだろう。
「あー、うん。じゃあ、瀬川、朝丘、こいつらの署内案内と説明頼む」
「「えっ」」
「じゃあ、解散な」
関わらないと決意した傍からそんなことを言われ、声が漏れた。
思わず立ち上がった最前列に座っていた経理の瀬川さんと俺は通り過ぎていく同僚たちに同情のまなざしを向けられながらただただ呆然と立っていた。
「瀬川晃司先輩と朝丘佑弥先輩ですか―よろしくお願いしますね!」
「いや待てそういいながらサボろうとすんな」
よろしくお願いしますと言いながらさっそく携帯端末をいじりながら部屋を出て別方向に走り去ろうとする叶の襟首を掴んで引き戻す。
「えー、めんどくさいじゃないですか、サボらせて下さいよー」
「いや、何言ってんだ、サボらせるわけないだろ」
お願いしますよー、と言いながらヘラヘラとこちらを見る叶の言葉をバッサリと切り捨てる。
「案内くらいめんどくさがらずについてきてくれよ・・・」
普段から腹を押さえている瀬川さんだが、堪らずか常備しているらしい胃薬を取り出して飲みだした。
瀬川さんの眼鏡……パリーンとか割れちゃったりしないよな。いつか割れそうで怖いな。
「とりあえず、署内案内するから、ついてきてくれ」
『はいっ!』
叶の事はあきらめて他の4人の新入署員達にそう声をかけると、緊張した様子でひよこのようにゾロゾロと後をついてくる。
やはり叶以外のやつらは普通のやつらしい、よかった。全員がこの調子だったら俺は胃潰瘍になって血を吐いた揚句に辞職したかもしれない。
「えー、まず、今いるここがミーティングルーム。任務に出る前はここで概要を説明したりだな。そのあと任務に行く途中で航時機の中で再確認をする。任務中は余裕ないからメモ取るとかじゃなくて頭に叩き込むこと」
『はいっ』
「じゃあ、次は……」
と、署員それぞれの部屋、食堂、浴場、留置所、順調に署内を案内をし、終盤に差し掛かったころの事だ。
「……あのさ、朝丘。叶さ、途中でサボりたいとか言い出すと思ったけど静かだなーってさっきから考えてたんだけど、ちょっと一つの嫌な可能性に気付いてしまったんだが」
「奇遇ですね、俺もです」
そう、最初のほうは案内途中で何回もサボろうとして騒いでいた叶が、後半からは嫌に大人しいのだ。大人しいどころか声も聞こえてこない。
あれだけサボりたがっていたのにいきなり静かになるのはどう考えてもおかしい。
気付いてはいたのだ。いや、面倒で気付かないふりをしていたほうが正しいかもしれない。
「どうしよう、いっせーのーせで後ろ振り向くか」
「そうしましょうか」
コクリと息をのみ、後ろを向く体勢を整える。
「「いっせーのーせ!」」
瀬川さんの合図とともにぐるんと後輩たちのいる後ろを振り返ったが……、
「あああ!やっぱりいない!」
「あいつ早々にサボってやがった!どこいった!」
他の後輩たちは叶が抜け出していたのを知っていたようで、俺達が振り向いたと同時に目を背けた。大方止め無かったことを咎められるとで思っての事だろう。だが、言わなかったほうが重罪だ。言えばまだ叶がサボり出すのを防げたかもしれなかったのに。
ため息をつきながら新入署員を睨む。
「もう逃げられたものはしょうがないです。先にこいつらを案内してから探しましょう」
「だね・・・ああ、俺胃潰瘍になるかもしれないよ」
「ご愁傷様です」
「死んでないよ」
とりあえず何も言わなかったとはいえ今まで真面目についてきてくれていた後輩たちの署内案内のほうを優先することとした。
「あー、やっと案内終わりましたね」
「そうだね、結局叶は見つからなかったし、飲食室で休もうか」
「賛成です」
本来ならここまで疲れないはずの新入署員案内で一日の雑務をこなしたのと同じくらいの疲労を感じ、少しフラフラとよろめきながら二人で飲食室に向かう。
「いや、なんなんですかね。天才とはいえあそこまでのサボり魔か・・・」
「さらに仕事が増えそうで怖いよ、自分に与えられた仕事はしっかりやってくれればいいけど」
叶が自分の仕事さえもサボり、どこかへ行ってしまった場合は叶を探す手間と叶の分の仕事をしなければいけない手間と二重の手間がかかることになる。
そうならないためにも、これから先叶がサボらないためにはどうすればいいかという対策を話し合いながら歩いていると、向かいから携帯端末をもって何かを見ながら歩いてくる奴がいた。サラサラとした髪にピンをしている整った顔。アイツは一目でわかる容姿だな、本当に。
「夏木、なにやってるんだ?」
「あ、ちょっとSNS覗いてまして。次にいつアイツが来るか予告が毎回投稿されてますからこまめにチェックしてるんです」
アイツとは、例の犯罪組織の、なぜかよく夏木に絡んでくるあの女の事だろう。なぜ犯罪者がSNSをしていて、更に予告をしているのか意図はわからない。夏木がフォローしているのはわかっているはずだし、夏木に対しての挑発だろうか。
「へえ、大変だな。ところで例の新人の叶見なかったか?」
「さあ?知らないっすけど」
「そう、じゃあいい。俺達今から飲食室行くんだけど、夏木も行かないか?」
「あ、いいっすね!実は俺あそこの冷蔵庫に好物置いてあるんですよ」
夏木を誘えばついてくるらしく、瀬川さん、俺、夏木で再び飲食室へと歩き始めた。
「で、その時に俺が追いかけて行ったんですけどあの野郎すばしっこくて・・・あーぶん殴りたい」
「まあ、次にまた会ったときに捕まえればいいじゃないか」
夏木がアイツの愚痴を話しているのを聞き、危険発言をしているのをなだめているうちに飲食室に着いた。
夏木が目に見えてわかるほどに喜びながら飲食室のドアを開けるための認証装置に自分の端末を押し付け、先に部屋に入って行った。と思うと、
「あああっ、俺のモンブラン!てめえ何食ってやがんだ!」
すごい勢いで部屋の中につっこんでいき、先ほどまでとは打って変わって乱暴な口調に変わった。
慌てて夏木に続いて部屋の中に入ると、部屋の中央に置いてある机で叶がモンブランを片手にキョトンとしているところで、夏木が今にも殴り掛かりそうな勢いだったので、瀬川さんが後ろから羽交い絞めにし、それを妨害する。
「ちょ、離してください!俺はコイツを殴る!そもそも名前書いてあったじゃねーか天才なのに目は節穴か!?」
「節穴なわけないじゃないですかー」
「くっそおおおお」
「ちょ、夏木落ち着いて!」