プロローグ 着陸した紙飛行機
窓を開けると暑い風が流れこんでくる。
金魚が泳ぐかのように風鈴が音を響かせて揺れている。
暑い。
時期は夏真っ盛りの8月。
太陽の光は、起きたばかりの目に優しくしてくれない。
制服に着替えて、すぐに机に向かう。
目の前には散乱した消しカスと短くなって使えないシャー芯共。
それを手で払ってノートと問題集を広げた。
今日の朝は英語の気分だ。
イヤホンをつける。
CDプレイヤーの中にはリスニング用のCD。
英単語が並んだ物を、外国人の声優が読み上げていく。
その文に合った解答に丸を付けていっていた。…ら、ふと机に1機の紙飛行機が着陸した。
開けた窓の外を見ると駐車場に一人の女の子が笑顔でこちらを見ながら両手を空に伸ばして振っていた。
「呼んでくれればよかったのに」
「だってイヤホンしてたし」
あの後急いで彼女の元に向かうと彼女は笑って言った。
「しかも紙飛行機に使ってたのって学校のプリントだよね」
机に着陸した紙飛行機を彼女に返した。
「だって全然わかんないんだもん」
膨れっ面で答えた彼女は僕の前を歩きながら言った。
「それにしてもキョウ君よくあんなに勉強出来るよね。今朝もやってたし」
僕にとって勉強は息をすることくらい自然なことだったから特に違和感はないのだが、勉強が大の苦手な彼女にとって苦痛のなにものでもないのだろう、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「うん、今日は英語。リスニングやばいから」
僕は歩きながらも勉強をしていた。学校に行く道中は歴史の時間だ。
「…で、今は社会ですか。気持ち悪くなりそうなくらい分厚くて字が細かいね…」
「べつに平気だよ。解けると楽しいし」
「分かればでしょ、それ」
「まぁ…そうなるけど…」
嬉しそうに答えると彼女はさらにむっつりした顔になって、それをみた僕は笑ってしまった。とうぜん…
「なんで笑うの!」
…と顔を真っ赤にした彼女に怒られるわけだが。
そんなよくあるよう(?)な登校時間が幸せだった。
そう、文字通り、幸せ「だった」。
中学一年の夏、僕は引きこもりになった。