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混乱

維心は、月と別れて自分の居間へと戻って来て自分の定位置の椅子に座った。

あの、人の者達はなんだ。

維心は、複雑な想いでいた。どうした訳か、全く興味の無かった他人というものであるのに、あの月の一族が気になって仕方がない。本当なら、皆が驚いたように自分がこんなに簡単に命のやり取りなどすることはない。この世で自分しか出来ない黄泉がえりなど、気の消耗が激しく、簡単には承諾しなかった。それが、なぜかすんなりとしてやる気になった。

維心は、失った気を補充するために集中しながら息を付いた。なぜ、自分は月などに関わろうとしたのであろうか。月など、よく分からないものであるのに。あの人の女…自分が若月の、月の命を与えた女は、なんと珍しい女であるのか。月が想う者…。

維心はただ一人、そこに座って月を見上げた。もっと、知らねばならぬ。あやつらの力は侮れぬ。しかし、我はなぜにこうもあやつらが気になるのか…分からぬ。

もう、1500年もの間そうして来たように、維心は龍の宮の王の居間で、一人月を見上げ続けた。


美月の里は、紅葉して美しい。

去年の今頃は、ここで闇を向かえ討とうと待ち構えていたっけ。

蒼は思いながら、高台で車を停めてしばらく景色に見入った。

「維月さん、待ってるんじゃない?」

沙依が助手席から降りて来て蒼に並んだ。後部座席には、沙依の母と裕馬が座って待っていた。

「そうだな。行こうか。」

蒼は運転席に戻り、エンジンをかけた。

夏休みからのこの数ヵ月、いろいろなことがあった。しかし、母の死を一度経験してから、蒼は何があっても動じなくなっていた。十六夜の視点からの記憶を断片的に共有したあの時、蒼にはいろいろなものが見えたのだ。そして、自分の日常の些細な問題は、自分でなんとかできることばかりであることも知った。よく十六夜に、夜その日の事を聞いてもらって愚痴っていたが、それが恥ずかしくなった。

要は、自分のやる気と思いきりだけなのに。

ガキだと十六夜にからかわれて怒っていたが、確かにそうだった。

《お前は恵まれてるんだよ》

十六夜はよくそう言っていた。それに気付かなかった自分が、歯がゆく思えた。

母は若月の命をもらった後、家を出て美月の里の家に移った。

蒼達は、学校へ通うのに便利なので、まだ元の家に残っていた。そして週末には、時に美月の家に集まって話したりと暮らしていた。


今日は皆で美月の家に集まる約束をしていた。有達は先に着いているはずだった。蒼は、家の前に先に停まっている有の車を見て、それを確信した。

沙依達と戸を開けて入って行くと、母が出て来て笑った。

「いらっしゃい。ちょうど紅葉してきれいだったでしょう?」

母は月になったのだから、こちらが見えていて当然なのだが、蒼はまだ慣れなかった。

「今日はお招き頂きまして。」

沙依の母の沙季が、手土産を手渡しながら言う。

「まあ、ありがとう。どうぞお上がり下さいな。」

二人を見ていると、その美しさには驚く。二人とも間違いなく40を結構過ぎていて、もちろん母さんは人でないからこれ以上年はとらないが、人である時でも間違いなく若かった。蒼は子供の頃から、母というものは年をとらないのだと思っていたものだ。

居間に通されて座ると、まだ仲良く話している二人に、蒼は思わず言った。

「母さんも沙依の母さんも、なんで年とらないの?」

二人は目を丸くしてこちらを向いた。母が笑いだした。

「やあね、蒼。間違いなく年はとってるわよ。」

沙季が頷く。

「私は維月さんと同い年なのよ。」

だったら、母さんが有を生んだのが21で、有が今21だから…「42?!」

二人とも大きく頷いた。裕馬が小さく呟いた。

「うちの母さん40なのに。」

維月は微笑した。

「私は月の守りがあるし、沙季さんは白蛇様の守りがあるでしょう?うちの家系だけ見ても、一番長生きした53歳の美月ですら、今の私とさほど変わらない外見だったわ。今でも覚えているけど、49で亡くなった祖母の佐月は、母の美咲と姉妹でもおかしくなかったわ。」

蒼は若いことより、皆短命なのにショックを受けた。

「みんなそんなに早く亡くなってるんだ…。」

維月は慰めるように言った。

「そりゃこんなことしてたら、長生き出来ないわよ。皆あまり体力なくて、一人ずつしか生んでないし、常に弱った親と子供一人の状態で戦って来た訳じゃない?私は何人も生んだから分散出来たし、特に蒼が生まれたから長生き出来たほうよ。闇に間違いなく殺されてるところよね。」

沙季はコロコロと笑った。

「こんな危ないことしてるんだから、外見若いくらいの特典なきゃやってられないわよね~。」

維月も笑った。

「ほんとよね~」

それを見た裕馬が、蒼にこそっと横から言う。

「お前が山中と結婚するなら、オレはお母さんと結婚しようかな。」

蒼と、横に居た沙依が真っ赤になった。

「何いってんだよ裕馬!」

「どっちの母親を狙ってんだ裕馬。」

後ろから、聞き慣れた声がする。

「そりゃ山中の方だよ。蒼の母さんめちゃ怖い…」

振り返ると、十六夜が立っていた。

「十六夜!」

裕馬が口を押さえると、十六夜はため息をついた。

「確かにな。」

維月が気付いてプイと横を向いた。蒼は小声で十六夜に言う。「またケンカしたの?」

「いつものことだ。怒ってるのはあっちさ。」

蒼と裕馬は同情的な表情をした。十六夜はフンと鼻を鳴らした。

「ま、時間は捨てるほどあらぁな。」

十六夜は外を示した。「ちょっと出ねぇか?」

二人は頷いて、女性達を残し、外へ出た。


蒼と裕馬と十六夜は、三人で外へ出てぶらぶらと歩いた。裏手の少し離れた所には神社があって、そこはずっと、初代のツクヨミの頃から月を祀る宮であった。

「母さんのことはよく知ってるんだろ、十六夜。なんだってわざわざ怒らせるようなこと言うんだよ。」

蒼は十六夜に言った。裕馬も頷く。

「でも勇気あるよな、あの維月さんに。」

十六夜は立ち止まった。

「別にわざと言ってる訳じゃねぇんだよ。普通に話してたら、維月が怒ってた。」

「…何を話してたんだ?」

蒼は原因を突き止めるべく聞く。十六夜はやっぱり月なので、同じ月でも元「人」の母さんとは根本的に感覚が違う。何か話しても、その意味とか背景を回りくどく説明したりしないし、自分の発言のフォローだってしない。誰がどう思おうと、月には関係ないからだ。

だが、それがしょっちゅう母さんとの軋轢を生むのだ。それは昔から変わらないと、十六夜は言っていた。でも、今は地上でしょっちゅう一緒に居るのに、いつまでもお互いこのままでは、そのうち母さんが家を出るとか言い出しそうで、心配でならないのだ。

まあどこへ行っても、月からは丸見えだし、逃げられないが。

「ツクヨミの話だ」十六夜は境内から本殿の裏側に回り、そこの縁側に腰掛けながら言った。「オレが最後にツクヨミに降りた話をしていたんだ。」

「?」

蒼はわからなかった。何が怒ることにつながるんだろう。

「なんか言い方変だったとか?」と裕馬。

十六夜は首を振った。

「いつもと同じだ。話し方が関係あるのか?」

蒼はうーんと唸った。

「内容は以前オレに話してくれたのと一緒だよな。」

「同じだよ。同じ事実を話しただけだ。あと、維月がその時のことを今どう思っているか聞いたから、答えたがな。」

裕馬と蒼は顔を見合わせた。

「なんて言ったんだよ?」

十六夜は答えた。

「どうしても助けてやりたかった、今でも、会いたいと思っている。」十六夜は宙を見てそらんじた。そして蒼達を見て、「何か悪かったか?」

裕馬が立ち上がった。

「それだ!」

「なんだ?」

十六夜は辺りを見回した。

「違うよ、なんでそんなこと言ったんだよ。」

裕馬が呆れたように腰に手を当てて言った。

「母さんはそれに怒ったんだよ十六夜。」蒼が困ったような表情で言った。「なんで会いたいなんて言ったんだよ。」

十六夜は困惑している。

「なんでってなぁ、謝りたいと前にお前にも言ったじゃねえか。あいつには悪いと思ってるんだ。」

裕馬は肩を落とした。

「だったらなんでそう言わなかったんだよ。今でも会いたいなんて、今でも会えるなら会いたいぐらい好きなんだと思われたかもしれないよ。」

十六夜は眉を寄せた。

「好きだって?オレはお前達みんなに好意を持ってるがな。ツクヨミにだってそうだろうが。」

蒼は首を振った。

「違うんだよ、人の好きには段階があって・・・」

裕馬が引き継いた。

「例えば蒼は最初全然気にしてなかった山中と、結局自分から言って付き合い出したじゃないか?」そして蒼に、「そういやお前、ほんとに結婚しないのか?」

蒼はそれを無視した。

「じゃあさ、十六夜。ツクヨミに会いたいのと、母さんが死んだ時会いたかったのと、同じ感情か?」

十六夜はすぐにかぶりを振った。

「いや。ツクヨミにはそこまでじゃない。謝りたかっただけだからな。」

蒼はさらに言った。

「母さんが死んだ時、十六夜はオレ達より悲しんでたけど、他の歴代当主が亡くなった時はどうだったのさ。」

「そりゃあ寂しかったさ。でも、仕方がないことだったからな。皆先に逝くんだ。」

「その違いはなんなんだよ。」

蒼に言われて、十六夜は考え込んだ。裕馬は少しむくれていたが、黙っている。

「…想いの強さの度合いだ。」十六夜は言った。「維月は他とは違うんだよ。他の当主と結婚なんて考えたこともねぇ。でも、あいつが高校生の時、オレに結婚しようと言った時、もしそうなら、してもいいと思った。だから約束したんだしな。」

「お前の母さん月にプロポーズしたんだ」裕馬が茫然としている。「しかも高校生の時に。」

蒼は裕馬に頷いて、十六夜に言った。

「それってさ、母さんに言った?」

十六夜は首を振る。

「言ってねぇ。聞かねぇからな。」

蒼はため息を付いた。

「…あのさあ十六夜。月はどうか知らないけど、人って言わなきゃわからないんだよ。自分と同じ当主で、女で、自分より先に出逢ってて、どんな関係かなんて知らない人に、何百年も経った今でも会いたいなんて言ったら、今でも愛してる人って思われても、人の間ではおかしくないんだよ。」

十六夜はためらった。

「なんだよ愛してるって。」

「だから好きの最上級だと思ってくれたらいいよ」蒼は言った。「だから滅多に人も口にしないけどさ。」

裕馬がクンクンと空気の匂いを嗅いだ。「あ、炭に火が入った。そろそろ始まるんじゃないか?」

蒼は焦った。何としても夕飯までに十六夜に納得させて、母さんの誤解といて、楽しく夕飯にしなければ。

「裕馬ごめん、先に手伝いに行ってくれよ。オレなんとか話ししてそっち行くから。」

裕馬は頷いて立ち上がった。

「任せといて。蒼、急げよ。」

裕馬は察して家の方へ走って行く。蒼はゆっくり立ち上がって、家の方へ足を向けた。夕日が美しい。

どう話して分かってもらおうかと考えていると、十六夜もならって立ち上がり、蒼に並んだ。そのままゆっくりと鳥居を抜けると、家の裏庭で皆がバーベキュー用の炭を起こして騒いでいるのが、遠くに見えた。今日は役場の村野も手伝いに来ているのがわかる。維月は村野と笑いながら話していた。

十六夜がそれを見ているのを見てとった蒼は、言った。

「そうだ十六夜、もしも今夜にでも夕飯の話しててさ、母さんが、村野さんに会いたいって言ったらどう思う?」

十六夜は明らかに驚いた顔をした。

「なんで維月がそんなこと言うんだ?」

「もしもだよ。だけど言わないって保証はないだろう?」

蒼は意地悪く言った。多分、有り得ないけど。

それでも十六夜は真剣に答えた。

「なぜか聞くだろうな。」

「それ、聞けなくてさ、理由わからないままだったらどうする?」

十六夜の眉間に皺が寄った。

「維月は人だったヤツだ。心変わりしてもおかしくねぇと考えるだろうな。」

「え、神って心変わりしないの?」

蒼は関係ないのに思わず言ってしまった。

「する奴もいるがオレはしない。だから忘れねぇって言っただろうが。人と一緒にすんな。」

なんだか機嫌が悪くなっている。蒼は今だ!と思って慌ててまくし立てた。

「それだよ十六夜!母さんは、十六夜がツクヨミに会いたい理由がわからない。それに誰を一番好き…つまり愛してるのかわからない。だから十六夜を信用出来ないし、怒ってるんだ。」それから付け足した。「ちなみに母さんの性格わかってると思うけど、ツクヨミがいいならそっちにしたらいいじゃん、私は別の人探すわよとか思ってるかもしれないよ。いや、人じゃなくて神様かな、龍神様とか。」

十六夜は目に見えて不機嫌だった。

「龍神は維月は好みじゃないと言っていた。」

「あくまで例えだってば。」

蒼はまずいこと言ったかなと思ったが、母さんの心境を知ってもらうにはこれしかない。あと、説明の重要性も知ってもらっておかないと。何しろこれから何百年一緒にいるかわからないのに…オレも先に死んじゃうし…。

「ちょっと話してくらぁ。」

機嫌が悪いのは心配だったが、とにかく何を説明すべきかはわかってもらえただろうと、蒼は十六夜を送り出した。

遠くで十六夜が母に話し掛けている。裕馬以下のあのビビりようは、薬が過ぎたようで十六夜の全身から不機嫌オーラが立ち上っているからだろう。さすがの母も炭起こし用に持っていた団扇で口元を隠して、しばし呆然としていたが、回りに迷惑掛けまいと思ったようで、二人で部屋へ入って行った。

蒼が裕馬の所に合流すると、裕馬が慌てて言った。

「おい!お前何言ったんだよ。十六夜、半端なく機嫌悪かったけど。」

蒼はちょっと摘み食いした。

「荒療治かもだけど、母さんなら大丈夫だろうよ。」

裕馬は言った。

「お前の母さんのことは全然心配してないけどさ。月同士のケンカって回りに変な影響ないだろうな。」

確かに。


結局、その後二人は普通に戻って来て和やかにバーベキューを楽しみ、今、蒼は男性達皆で風呂に入っていた。

ここのお風呂はとても広く、檜で出来ていて気持ちいい。

「えー?!まだ結婚してないの?!」

蒼は風呂に浸かりながら叫んだ。

「なんでそんなに驚くんだよ。あれから維月も何も言わねぇし、別に急ぐこともねぇよ、時間はあるんだから。それにな、お前らの結婚の定義ってなんなんだよ。一緒に毎日暮らしてりゃあ結婚してるんじゃねぇのか。オレ達は紙切れ役所に出す必要もないしよ。」

十六夜は横で湯に浸かって言う。

「それにしたって三ヶ月も二人で居るのにさあ…。」

蒼は言葉を無くした。

「毎日二人で何してるの?」

裕馬が聞く。

「飯食って、お前らの様子見て、村人の話聞いて、またお前らの様子見て、飯食って、風呂入って、向こうの家に居た時と同じように夜、月を見ながらその日の事を話して、アイツは寝る。オレはアイツが寝たら上へ帰る。また明け方戻って来て、起きるの待ってる。」

十六夜はすらすらと答えた。おそらくほんとに毎日そんな感じなのだろう。

「…なんていうかその…やり方知らないとかじゃないよね?」

裕馬は控えめにゴニョゴニョ言った。十六夜はキッと裕馬を睨んだ。

「何の話だ。」

蒼と裕馬は顔を見合わせる。なんて言ったらいいんだろう。恒がさらっと体を洗いながら言う。

「つまり二人が言いたいのはさ、人って心をつなぐと体もつなぐってことなんじゃないの?」

蒼と裕馬はびっくりして赤面した。お子様はこれだから…。

しかし、十六夜はカラッと言った。

「なんだそれか。知ってるよ、千年も上から人のやってること見て来たのに、知らねぇはずねぇだろうが。」

「ええ?!見てたの?!」

十六夜は眉を寄せた。

「見たくなくても見えらぁな。別に好んで見てた訳じゃねぇ。なんだよ人外なんて見えてないだけで回りにうようよ居るってのに、人ってのはおかしなもんだな。」

裕馬が、いいなぁ…と呟くのをほっておいて、蒼は言った。

「その体じゃ無理とか?」

十六夜は目を丸くした。

「いや、出来るだろうな。だがな、オレは月なんだよ。人と違ってその必要を感じねぇんだよ。」

そういえば十六夜は、性別はないと言ってたっけ。

「じゃあ母さんと結婚とか無理じゃん!性別ないんだったし!」

蒼は叫んだ。だって母さんは女なんだし。月にはなったけど。

十六夜は難しい顔をした。

「それがオレ達は陰と陽だろう?維月が女、若月も女だった。だからオレは男なんだろうなと、最近思っている。」

裕馬は茫然として言った。

「それもわからなかったんだ。」

十六夜は頷いた。

「誰も教えてくれねぇしな。だいたい今まで、別にどっちでもよかったんでな。」

恒が石鹸を洗い流して風呂に入って来た。

「でもさ、母さん人だったんだから、十六夜は良くても母さんはどうなんだろ。」

ーしばらく皆、沈黙した。蒼は思った。なんでこいつはこう何でもストレートなんだよ。

「…誰かあの母さんに、そういうこと無しでもいい?って聞けるヤツいるか?」

蒼の言葉に、恒が手を上げた。

「オレ、聞けるよ~」

「お前は黙っとけ!」と裕馬。

「なあ十六夜」蒼は十六夜に迫った。「じゃあさ、母さんが別の人とそういうことだけをしに行くのは、別に何とも思わない?」

十六夜は目を見開いてから、ちょっと宙を見た。その眉が見る見る不機嫌そうに寄った。いちいち想像してみなきゃわからんのかいっ!と裕馬が小さく突っ込みを入れる。まぁまぁ人じゃないんだから、と蒼は裕馬をなだめた。十六夜はそんなことも気付かず、答えた。

「…腹が立つな。」

やっぱり、と一同は顔を見合わせた。

「でもさ、十六夜母さんとキスしてたじゃん。」恒が爆弾発言をした。「ほら、滝から帰る時。もっと見ようと思ったら、有と涼に前だけ見なさいって顔を押さえられたんだもん。」

みんな気付いていたのか。蒼は思った。オレしか気付いてないと思ってたのに。

「いいから、恒!」

蒼は慌てて黙らせた。十六夜は茫然としている。裕馬も口をパクパクさせていた。言葉が見つからないらしい。何か言おうと思ったら、十六夜が口を開いた。

「…あれか」何か答えを見付けたように呟いた。「あの衝動か。」

「その衝動だよ!なんだかわからないけど」裕馬が叫んだ。「別に人だってしょっちゅうそればっか考えてる訳じゃないんだよ!そんな衝動に駆られるの!」

十六夜は訝しげに裕馬を見た。

「そうかあ?結構そればっかりの奴もいたけどな。」

大真面目なようだ。

「とにかく、その感覚が進化した感じだと思ってもらえたらいいと思うんだけど。」

蒼がなんとかまとめようと必死になった。もうそろそろ風呂も出ないとのぼせるし。

「それなら、わかる。そうか、あの続きがそうなのか。」

「そうだよ!わかったんじゃないか十六夜!」

裕馬がホッとして立ち上がり、風呂桶の淵に腰掛けた。のぼせて来たのだろう。

「あれからキスはするの?」

恒がまた横から言う。十六夜は律儀に答えた。

「ああ。オレもあれは嫌いじゃねぇ。」

蒼は風呂から出ようと立ち上がりながら、プッと噴き出した。

「好きなんじゃなくて?」

十六夜はムッとしたように言った。

「どっちかと言うと好きかもな。だからなんなんだよ?」

裕馬も風呂から出ながら言った。

「あーよかった。ホッとしたよほんと。なんだ、やっぱり男なんじゃないか。」

「さっきからそう言ってるじゃねぇか。」十六夜は腑に落ちないようだ。「なんでぇ、人ってのはわからねぇな、まったく。」

立ち上がった十六夜は、ふらふらとした。蒼と裕馬が慌てて戻って支えた。

「十六夜!もしかしてのぼせたんじゃない?」

十六夜は具合が悪そうに支えられて前に進みながら言った。

「のぼせるってなんだ?」



部屋の布団に寝かされた十六夜が、維月に団扇で扇がれている。

「のぼせるまで入ってるなんて、なんの話してたのよほんとに。」

蒼は申し訳なさげに言った。

「ついつい話し込んでしまって。まさか十六夜がのぼせるなんて思わなかったから。」

裕馬も頷いた。

「だって月なのに。」

維月はふーっと溜息をついた。

「ここのところ、この体でいる方が多くて、あまり月に戻らないでしょう?段々反応が人らしくなって来てるのよね。ほら、私死んだから、この体出たら、ダメになちゃうでしょう?だから月なんだけど、月に戻れないから。月のほうがこっちに来てくれてて、こんななのよね。でものぼせたのは初めてよ。」

維月は十六夜の頭に乗せたタオルを冷やして絞った。またそれを頭に乗せると、十六夜が言った。

「維月、目が回るとはこのことか。」

維月は苦笑した。

「そうね。大丈夫よ、すぐに収まるから。」

「維月…」

十六夜は手を引っ張った。

「月!」維月は慌てて言った。「今、ここに蒼と裕馬が来てくれてるの!」

十六夜はパッと手を放した。

「なんでぇ、居たのかよ。」

蒼と裕馬は慌てて立ち上がった。「とにかく、早く直してくれよな!」

「わかってらぁ。」

裕馬が部屋を出てから蒼を小突いて言った。「なにが嫌いじゃねぇ、だよ。なあ?」

蒼は笑った。「十六夜らしいよ。」


里から戻って、蒼は学校での勉強にせいを出していた。

前まで学校というと面倒なばかりで、あまり勉強しようという気持ちはわいて来なかったのだが、家族の命に関わる時に使わなければならないと思うと、一言一句逃さず聞こうとするその気迫はすごかった。

特に十六夜の記憶の中の有が、血まみれで必死に蘇生術を施す姿は蒼の心の中に鮮明に残っていて、蒼の気持ちを焦らせていた。思えばあの有は、今の蒼と同い年の有なのだ。自分にあれが出来るだろうかと、蒼は当主としての責任の重さと共に感じていた。

「あ~終わった終わった。蒼、なんか食って帰る?」

裕馬が伸びをしながら言った。

「あ、今日はダメなんだよ。沙依と約束あって…。」

蒼は言ってからちょっと後悔した。裕馬の愚痴が始まらなきゃいいが…。

「あ、そっか。今日山中の誕生日とか言ってたっけ。ごめんごめん、でもお前も大変だな。12月に誕生日なんて、クリスマスもあるしさ~。」

蒼はなんか少し拍子抜けした。あれ?

「いや、アイツんち神社だからクリスマスはしないんだって言ってたよ。」

「ふーん。じゃ、オレ電車で帰るよ。」

軽く手を振って離れて行こうとする裕馬に、蒼は慌てて言った。

「いや、どうせ家近いんだから、乗ってけよ!」

裕馬は笑った。

「いや、それならオレも友達誘って飯食ってくよ。じゃあな!」

今まで沙依絡みの話が出るといつもいつまでも愚痴愚痴言っていた裕馬なのに、笑顔で手を振って去って行く姿に、蒼はホッとすると共になんだか不安を覚えたのだった。


沙依には、この間一緒に買い物に行ったときに欲しいと見ていたワンピースをプレゼントした。沙依はとても喜んで、ありがとうを連発するのでこちらの方が恥ずかしかった。

一緒に食事をしている時に、蒼は今日の裕馬の様子を沙依に話して聞かせた。

沙依はちょっとびっくりしたような表情をしたが、すぐにウンウンと頷いた。

「何がウンウンなんだ?」

蒼が困惑して言う。

「それね、多分山下くんに彼女が出来たんじゃないかな?」

「ええ!?」

蒼は思わず大きな声で言ってしまった。沙依はシーっと口に指を立てて制した。蒼は慌てて声をひそめた。

「…だってさ、そんなことがあったら、アイツのことだから絶対オレに真っ先に自慢するかと思うんだけど。」

沙依は難しい顔をして、うーんと唸った。

「そうよね。だからわからないんだけど、でも、いきなり物わかり良くなるなんておかしくない?今まで散々私達に愚痴っていたのに…。」

確かにそうなのだ。この前の美月おばあちゃんの家に行った時も、二人で少し話していたら、後ろから愚痴愚痴言われたので、結局夜、裕馬が寝たのを見計らって、家の前に出てやっと二人で話せたのだった。涼や有が気を使って裕馬を連れ出したりしてくれたが、戻って来たら、また恨めしげに見ているのが参った…。

「まあ、でも、今日は私のお誕生日だから気を使ってくれたのかも。」

沙依はフフっと笑って食事を続けたが、蒼には気掛かりなことだった。


気掛かりなことと言えば、もう一つあった。

実は十六夜と蒼は、今は本当に微々たるものだが、エネルギー供給でつながっている。十六夜のあの体は、蒼の能力で作り出しているもので、その能力の源は十六夜で…という風に、ループ状に繋がっているのだ。日中、月が出ていない時は、十六夜は物を食べて自家発電しているが、夜は十六夜からの力の供給を蒼が受けて、蒼の能力であの体を作り、エネルギーを送っているので、十六夜の心境とかが、伝わって来る時もたまにあった。特に激しい感情は時に遮断するのも難しい時があった。


今まで困ったことなど何もなかったのだが、美月の家に行って十六夜がのぼせたあの日、困った出来事は起きた。

十六夜はのぼせが早く収まるようにと、一度月へ帰っていた。母さんには、一時間ほどで戻ると言いおいていったらしい。母さんは、みんな居るし今日は無理して戻らなくていいわよーと送り出したと言っていた。

あの日蒼は、日中ほとんど話せなかった沙依と、さすがにこれは良くないだろうとメールで約束して、夜が更けてから沙依と家の前で待ち合わせて話していた。

月がキレイで、高台なので景色も見渡せるので、家の前はとても場所が良かったのだ。

楽しく、しかし小声で話している最中、蒼は自分の力が使われるのを感じた。十六夜が人型になって降りて来たのだと思った。いつもより間近に居るせいで、十六夜の心境が途切れ途切れで伝わって来る。

蒼は沙依を見た。…ヤバい。

「沙依、ちょっとここ離れようか。」

沙依は不思議そうに蒼を見た。

「え、なんで?」

蒼は手を引っ張ってそこから神社の方へ移動しようとした。

「なんかさ、十六夜が戻って来たみたいなんだ。」

「そっか。お母さん達にこんな時間に外で話してるの知られたら叱られるかもだしね。」

沙依は素直にそう言ったが、蒼は母が、自分たちがここで話してるのなんか見えていることは分かっていた。問題はそこではないのだ。

でも、わかっていない沙依は、にっこりして照れている。

「蒼くんから手をつないでくれたの、初めてだねー。」

そうだったっけ。そう言えばオレ、自分から沙依に触ったことってなかったな。

「あ、ごめん。」

離そうとすると、沙依は悲しげな顔をして手を握った。

「なんで?いいじゃん、だって彼女でしょう?」

なんだか雲行きが怪しくなって来たが、蒼には十六夜の気持ちが、主に激しい感情だけだが、念で届いていた。

そっちが気になって、沙依の事どころでないのが今正直なところだった。くそっ、やっぱり離れてもこれぐらいの距離じゃ念は届いてしまうな。

ここは、きっと部屋へ帰った方がいい。

「…沙依、もう戻ろうか。」

沙依は傷ついた顔をした。なんで?と蒼が思っていると、沙依はしくしく泣き出した。ああ、きっとオレは何かを聞き逃したんだ。どうしよう。

「…蒼くん、ほんとに私のこと、好きで彼女になってって言ってくれたの…?」

蒼は十六夜に、今日風呂で話したことを思い出していた。どうしてオレは今日話してしまったんだろう?別の日でもよかったのに…。この激しい感情の波は、十六夜のことだから、月に帰って考えるか何かしてきて、きっと今日…。

「はあ〜…。」

蒼は頭を抱えた。沙依はドキッとして更に泣いた。

蒼の頭には、十六夜の感情の波がドッと押し寄せて来ていた。これって今きっとキスしてるよね…これ以上になったら…きっとオレは、のまれて正気でいられなくなる!

蒼はガバっと顔を上げた。沙依がびっくりして一瞬泣きやんだ。早く帰って意識を集中してこれを遮断しなければ!

「沙依!」

蒼は沙依の両肩をガバッと掴んだ。沙依は呆然としている。「は、はいっ!!」

「オレ…っ、」

蒼は一瞬意識がフッと飛んだ。十六夜が布団か畳の上で、びっくりしている母さんに、激しくキスしているのが脳裏をよぎって…。

…意識が戻ると、自分も沙依に口付けていた。といっても、触れる程度だったが。

慌てて離れたが、それはまぎれもなく自分が沙依にしたことだった。蒼は、呆然としてつぶやくように言った。

「…か、帰ろうか…。」

「うん…。」

沙依もボーッとしているが、自分のファーストキスが意識のないところでしかも意思とは関係なく終わった事に、蒼はしばらく立ち直れなかった。

だが、幸い沙依の機嫌はそれで直った。


そんなこともあって、蒼は十六夜に、一ヶ月も前から今日のことを口を酸っぱくして言っておいた。家に居る時とか、一人の時なら簡単に意識を遮断してしまえるが、沙依と会っている時とか、状況が似ているとどうしても簡単に遮断出来ず、困ってしまう。どうせなら何をするのも自分の意思で行いたい。蒼はそう考えていた。

「だからその日だけは、何もしないでいて欲しいんだよ。」

蒼は言った。

《そんなこと言ってもよ、維月がそれで機嫌悪くなったらどうするんだよ?》

十六夜はやや不機嫌そうに言った。

「母さんはそんなこと気にしないさ。心配ならその事母さんに話せばいいじゃないか。」

《ちょっと待て》

十六夜は黙った。きっと母に話してるのだろう。しばらくして、もっと不機嫌そうに言った。

《へいへい、言われた通り、その日は何もしねぇよ。》

蒼は慎重に言った。

「母さんなんて言ってたの?」

《維月は大笑いしてやがる》十六夜は面白くないようだ。《その日は実体化しなきゃいいとさ。降りて来たら、オレがガマン出来ないからだと。》

十六夜、いったいどれだけ人の男に近くなったんだよ。蒼は早く結婚しろとか言った自分を少し後悔した。十六夜は続けた。

《だが、その日の夕方からだろ?夕方までは降りて、夕方から上がるよ。》

あくまでも母さんの側に居たいらしい。なんだか母さんのあきれる顔が目に浮かんだ。

「…なあ、ほんとに母さんの側に居たいんだなぁ、十六夜って。」

十六夜は鼻を鳴らした。

《今さら何言ってやがる。お前らが早く結婚しろって言ったんだろうが。おかげで余計に離れられなくなっちまったんじゃねぇか。なのに今度は離れてろって、ほんとに勝手なヤツだぜ。》

十六夜はプリプリ怒っているようだ。が、急に声が柔らかくなった。

《維月が呼んでらぁ。じゃあな、蒼。》

十六夜の念が消え、蒼の力が微かに使われた。また実体化してあの里へ戻ったんだろう。

蒼はため息をついた。今日も念のため遮断しておこう、とその時思った。



そうまでして今日に備えたので、困ったことは全く起こっていなかった。沙依を家に送る前に、二人は近くの公園に立ち寄り、ベンチに腰掛けた。

本当は月が見えた方が情緒があるのだろうが、今日は自分から言って実体化させなかった十六夜が上に居る。

不便に思いながら、木の生い茂っているほうのベンチを選んだ。

それでも誰かに見られているような気がするのは、自分が自意識過剰なのか、それとも十六夜が言っていたように、見えないだけで人外が回りにうようよ居るのかはわからないが、蒼は気のせいだと思い込むことにした。

「今日はありがとう。私ね、彼氏って出来たことないんだー。だからこんな風にお誕生日お祝いしてもらうの、初めてなの。」

沙依が照れ気味に言った。

「オレも二人で祝うのは初めてかな。うちはだいたい家に集まってみんなでって感じだから、裕馬の誕生日もうちでみんなでやってるんだぜ。沙依もって言われたけど、今日は断っておいた。」

「それもおもしろそうだけど」沙依はフフッと笑った。「今日は二人でよかったかも。」

しばらく沈黙。なんだか構えてしまって、うまく話せない。別に何かしようなんて思ってないのに。

「私、不思議だったんだ。蒼くんはすっごくモテるのに、なんで私なんだろうって。」

蒼は慌てた。

「オレ、モテないよ。なんかの間違いだと思う。」蒼はため息をついた。「だいたい、家にあれだけ女が居ると、すごく冷めた目で見てたと思うんだ。母さんはあの外見でその辺の男より男らしいし。でもさ、それってオレ達を一人で守ろうとしてたからなんだよなあ。それを知って、なんだか回りを見る目が変わったんだよ。」

沙依は頷いた。

「蒼くんの所はみんなとても心が強いもんね。白蛇様もおっしゃってた。あれは月のなせる業ぞ、って。」

蒼は眉を寄せた。

「十六夜は、最近人みたいなんだけどさ。でも、今までひとりぼっちだったんだから、母さんと幸せになって欲しいって思ってるんだ。だからオレ、これから当主として頑張らなきゃならない。母さんはもう月だから、オレが何でも決めて、やって行こうと思ってるんだ。責任を果たして行かなきゃって。」

沙依はそんな蒼を眩しそうに見た。

「やっぱりキレイね、蒼くん。」

蒼は沙依を見た。

「夜は特によく見えるだろ?見える人には迷惑かな。」

蒼は光る青白いオーラに包まれている。沙依は蒼の頬に手を触れた。

「迷惑なんかじゃないよ。」沙依は顔を近付けて笑った。「とてもキレイだわ。」

蒼も微笑して、二人は口唇を重ねた。

《あーあ、なんだよ自分ばっかり》十六夜の声がする。《オレもう維月の所に行くからな。止めるなよ。》

やっぱり見てたのか…と蒼は思ったが、ほうっておいた。十六夜が里で実体化したのを遠くに感じたが、今はもう、どうでもよかった。


沙依を送って帰る道で、ふと駅の方を見ると、裕馬が誰かと駅に向かって歩いて行くところだった。一瞬目を疑ったが、あれは女の子だ。

「沙依…」

蒼が沙依に知らせようと横を見ると、沙依もそちらを見て、目を丸くしている。蒼が気持ちはわかると苦笑してもう一度そちらを見て、そして固まった。

「蒼くん、あれは…」

沙依も言いよどんだ。

一緒に居たのは、涼だった。


《…十六夜!十六夜聞こえる?》

遠く月に向かって呼びかけている声が聞こえる。十六夜は目を開けた。

「…まったくアイツは今何時だと思ってやがるんでぇ」

《十六夜〜話があるんだよ!》

十六夜は横になったまま月と道を開いた。

「なんだよ蒼。今何時だと思ってる?」

蒼の声はためらいがちに言った。

《だって十六夜は眠らないんだろ?》

「最近はちっとは寝ねぇと朝だりぃんだ。」

維月が横で眠そうに目を閉じたままもぞもぞ動いた。

「…行ってあげたら?」

「仕方ねぇな」十六夜は起き上がった。「ちょっと待ってろ、蒼。」

そして維月に口付けた。蒼の声がまた呼ぶ。

《すぐ終わるから早く来てくれよ!》

「あ〜もう、うるせぇな」十六夜は立ち上がった。「これで沙依とのことがどうの言いやがったら怒るぞ。」

十六夜は光になって月へ戻った。


《で?なんだよ。》

明らかに機嫌が悪い。確かに夜中一時に呼び出したのはまずかったかも知れないが、自分の寝る準備をして、十六夜が月に戻っている時を考えたら、この時間だったのだ。前に会った時、母が寝たら月に戻ると言っていたからだ。

「ごめん…だって前に夜は母さんが寝たら月に戻るって言ってたから。」

蒼は申し訳なさげに言った。

《今は事情が変わってんだよ。まあいい。で、なんかあったのか?悪い気は別段感じなかったがな。》

蒼は頷いた。

「いや、闇とかそっちのことじゃないんだけど。十六夜、裕馬と涼のこと、知ってる?」

《なんだって?》

十六夜は意味がわからないようだ。蒼は言い方を変えた。

「あのさ、二人が付き合ってるとかそんな様子、見たことある?」

十六夜は考え込むような話し方になった。

《いや、たまに一緒に飯行ってるのは見てるが、特に仲がいいという訳でもないようだったがな。》

「そうなんだ…。」

蒼は考え込む表情になった。

《なんだよ、別にアイツら付き合っててもいいんじゃねぇのか?》

「そうなんだけど」蒼は困ったような表情で言った。「何しろ二人とも何も言ってくれないからさ。」

《照れくせぇのかもしれねぇな》十六夜はあくびをした。《何しろ兄弟みたいに近い訳だしよ。》

蒼は今日の様子を話した。

「今日、沙依を送って帰る途中に見掛けだんだ。だから帰って来てから涼に聞こうと思って、今日どこに行ってたんだよって軽く言ったら、あいつ…」

《自分は沙依とよろしくやってたクセによ。》

蒼は月を睨みつけた。

「違うんだよ、ちょっとからかおうと思っただけなんだって。別にそれがいけないとか言うつもりも無かったし。なのにアイツ、シラッとして、ああ、友達とお茶って。」

蒼は唸った。涼は母さんと一番、外見も性格も似ている。一度こうと言ったらこうなのだ。それ以上は言わないつもりなら、絶対に言わない。仕方ないので、それ以上聞かなかったが、どうして言ってくれないんだろうと、なんだか寂しかった。

《ああ、アイツは維月と一緒だ。自分の意志は、テコでも曲げねぇよ。話してくれる気になるまで、気長に待つんだな。》

「でも、裕馬までオレに話してくれないなんてさ。」

蒼はショックだった。オレは沙依のことは真っ先に話したのに。

《お前な〜考えてみろよ。もし涼が裕馬に話すなと言ってるんだったら、裕馬に話せると思うか?》

蒼は想像してみた。そう言えばそうだ。あの涼にあの裕馬が逆らえる訳がない。

「でもさ〜じゃあ考えてみてくれよ十六夜。あの涼が裕馬と付き合うと思う?」

十六夜はフフンと鼻で笑った。

《そんなこたあ本人でなきゃわからねぇんじゃないか。でも、まあ、確かにな。》そしてしばらく口をつぐみ、《本気でなきゃあ有り得るかもな。》

蒼は目を見開いた。

「ええ!?」

十六夜はカラッと言った。

《人の間じゃよくある話しなんだろ?特に涼は維月と良く似てやがるから、なんかメリットあるなら割り切るのもお手の物なんじゃねぇのか。高校生の時の維月には、昼飯用彼氏、晩飯用彼氏、足用彼氏と何人か居たぞ。アイツは誰にも指一本触れさせなかったがな。ちょうど涼と同じ歳くらいの時だ。》

蒼は考えた。そう言われれば、アイツはモテる。あの顔だけどあの性格で、オレにはとてもじゃないけど彼女にしようなんて気は起こらないが、頭は飛び抜けて良く、学区一位の進学校に入学したし、運動神経もいい。裕馬もいつも涼ちゃんはめっちゃかわいいと言っていたっけ…まあ有のことも美人だと言ってたけど…。

「母さんの過去は置いといて、十六夜、それはあんまりやっちゃいけないことだと思うよ」蒼は言った。「騙してるようなもんじゃないか。」

《…まあ確かにそうだ。》十六夜は同意した。《あの頃は別段考えてもいなかったからなあ。オレは維月が普通だと思ってたからな。》

蒼は心配になった。まさかとは思うけど、有り得る可能性はとても高い気がする。

「どうしよう。オレ、なんか言うべきかな。」

十六夜はなだめるように言った。

《お前が気に病むこたぁねえよ。あまりに目に余るようなら、オレが見ててそう言ってやるさ。だがな、そんなに頻繁に一緒な訳じゃねぇぞ。ここ最近になって2、3回見るぐらいだ。いつも飯だけ食って、駅まで裕馬が送って、帰ってるよ。まあ長くて2時間くらいかな。》

蒼はなんだかすがる気持ちになった。

「頼むよ、十六夜。最近月に戻ってること少ないと思うけど。」

《最近は戻らなくても結構鮮明に月からの映像が見れるんだぞ。維月がよくオレの目を使って見ていた方法を教えてもらってな。自分の目だから、便利なんだよ。》

なんだか誇らしげだ。蒼は頷いた。

「よろしく頼むよ。」

《ああ》十六夜は答えた。《もう帰ってもいいか?》

「うん、ごめん、起こして。」

《目が冴えちまったぜ。》

十六夜の念が消えた。

蒼はなんだか母にまで迷惑を掛けるような気がしながら見送った。


次の日、裕馬に、学校で会ったがやはり何も言わず、一緒に食事をした相手をさりげなく聞いてみたがはぐらかされた。やっぱり涼が口止めしてるんだろうか。昨日十六夜が言っていたことを思い出して、蒼はなんだか重い気持ちになった。

裕馬を家まで送った帰り、蒼は沙依の家に寄った。沙依は進学せず、巫女の仕事に専念しているのだ。あとを継ごうと思うと、覚えることは山ほどあるようだ。沙季は子供の頃から修行していたらしいので、きっと沙依は遅いぐらいなのだろう。

いつもの場所に車を停めると、二匹の犬が歓迎して激しく尻尾を振って待っていた。蒼は二匹を撫でてやり、そのあと本堂の白蛇様に頭を下げて挨拶をした。あちらも人型をとり、こちらに頭を下げた。と、いつもならそのまま中へ消えるのに、今日はこちらへ近付いて来た。蒼も慌ててそちらに足を向けると、沙依が家から出て来た。

「蒼くん、」そして白蛇に気付き、「あら?」

《お前は少し外しておくがよい。わたくしは当主にお話がありまするゆえに。》

沙依は頭を下げて、後ろへ退いた。白蛇は蒼を見て促した。

《こちらへ、当主。》

蒼はためらいながら沙依を見て、白蛇の後に続いて本堂へ向かった。

本堂の中へ入ると、白蛇はまた美しく座って蒼にも座るよう促した。蒼は落ち着かない気持ちで座った。沙依と付き合うなとか言われるのかなとハラハラする。

《当主、わたくしは巫女達をそれは大切に見て参りました。》白蛇は突然話し出した。《沙依はあの容姿ゆえ、人の中にあってつまらぬ男が近付いて来ることもそれは多く、いつもわたくしがそれを逐って参りました。沙依は未熟であるため、そのような見極めが今まで出来なかったからでございます。》

蒼は頷いた。どんな風に逐ったのかは聞かない方がいいなと思った。

《わたくしは、当主とのことを見て参りました。わたくしから見ても当主は申し分ないお力の持ち主、血筋から申しましても、わたくしに依存はございませぬ。》

「はぁ…。」

蒼は何の話かわからなかったが、とにかくおとなしく聞いておくことにした。

《沙依はあのようにまだ未熟でありまするが、この度は月のことも話聞かせ、わたくしも当主のお役に立つよう、心砕いております。どうか沙依のこと、共にお側へ置いていただくこと、お考えいただけませんでしょうか。》

「ええ?!」

蒼は思わず叫んだ。それって…それってもしかして嫁にもらえってことか?!

《何を驚かれますか。当主は沙依のこと、いかがお考えでいらっしゃいますのか?》

蒼はなんと答えていいやら戸惑った。それは沙依は好きだが、そんな先のことまで考える余裕は、まず今ない。それにもし嫁にもらうとしても、本人に何も話してないのに、白蛇に言うことではないのではないだろうか。

蒼はどうしたら白蛇の機嫌を損ねずにいられるか考えた。が、何も浮かばなかった。ここは当主として答えるのがいいのだろうか。

「白蛇様」蒼は背を伸ばして答えた。「私は月を継ぐ当主としてつい最近まで自覚がございませんでしたが、母はあのように月になり、考えるところもございました。沙依さんとの付き合いも、それに関係して始めさせていただきました。」

白蛇は黙って頷いた。

「沙依さんのことは、私の希望として月にも母にも話をさせていただいております。共に居ることには異存はないかと存じますが、次の当主に関わることとなると、私個人では決めることは出来ません。これは月に関わる者全てが集って決めねばならないこと」白蛇は固唾を飲んで聞き入っている。「妹や弟が結婚を決めるようには行かないのです。もうしばらくお時間をいただければと思います。」

白蛇は頭を下げた。

《当主よ、ご無礼を申し上げましたこと、お許しくださいませ。わたくしは、巫女がかわいいあまり、先走りました。何しろ、ご当主に是非に我が巫女をと言う神が、最近は増えておりまするゆえ。沙季の時にはあまりにわたくしがおっとりとしていたために、あのような平凡な「人」をここに迎え入れねばならなかった。同じ轍を踏まぬと、はしたなくも取り乱しておりました。あの輩はこの宮にあのような闇を持ち帰り、この宮を闇に沈めたなんとも愚鈍な「人」であって、わたくしも神の間で肩身が狭もうござまして…。》

白蛇は愚痴っていたが、要は他の神も婿にと狙っているらしい蒼を婿に取って、なんとか鼻を明かしたいと思っているのだろう。神もまるで人のようだと蒼は思った。それにしても自分はものかよ、という気分になって、面白くなかった。確かに育ちの良さそうなおっとりとした物言いの蛇なので、前回はボーッとしていたというのは本当なのだろう。

蒼は座り直した。

「白蛇様の意向は私の方から月や母にもお伝え致しましょう。しかし、私は人の世も生きねばならぬことを念頭にお置きください。私はまだ学んでいる身、仮に皆の賛成があったとしても、人の世でそれ相応に生きられる術を持たない限りは、このお話、お受けすることは出来ません。それはご了承頂けますか?」

白蛇は頷いた。

《もっともなことでございます。それでは当主、どうぞよろしくお願いいたします。お時間を頂きまして、ありがとうございました。》

白蛇が畳に頭が付くくらい頭を下げて、そのまま頭を上げないので、仕方なく蒼は挨拶をして、そこを出た。出るときにもう一度振り返ると、まだ白蛇は頭を下げていた。


慣れない話し方をしたので、いつになく頭を使った蒼は、すっかり疲れて本堂から出て来た。最近めっきり神様達と話すことが増えたので、いつの間にか話し方や考え方がわかってて本当によかった・・・。

沙依が慌てて駆け寄って来た。

「蒼くん!ごめんなさい、なんだか時間取らせちゃったみたいで…何の話だったの?」

蒼は沙依を見た。内容は話さない方が絶対いいだろうな。

「気にしないでくれ。挨拶みたいなものだったよ。それより今日は、裕馬達のこと話しに来たんだけど…」蒼は思った。もうなんか、その気が失せてしまった。「今度にするよ。今度時間が開いたら、土日にでもうちに来てくれる?」

沙依は納得行かないようだったが、頷いた。

「わかった。」

蒼は車に乗り込んで、家路についた。それにしても、オレって人外の中では、どういう風に言われてるんだろう?今度十六夜に聞いてみよう。


《そりゃお前、月の継承者やら当主やら呼ばれてるさ》十六夜は答えた。《若月も歴代最強の当主って聞かされてたらしいぞ。》

「なんだよそれ」

蒼はうんざりした。十六夜は続けた。

《今はな、どこも婿不足なんだとよ。巫女は多いし血統は残したいが、婿に相応しい男がいないらしい。ここの家系も代々女ばっかりだったが、オレは別に誰でもいいし、みんな好きに決めてくれりゃいいと思っていたからな。別に神社どーのこーのオレには関係ねぇしよ。蒼、お前が生まれた時にゃ、神の間じゃお祭り騒ぎだったんだぜ。》

蒼はびっくりした。

「そんな前から?!覚醒するかもわからないのに…。」

《どっちでもいいのさ》十六夜は吐き捨てるように言った。《要は対面なんだろうよ。オレには神達のことも人の世のことも、よくわからんがな。恒だってそのうち婿取り合戦に巻き込まれるぞ。》

蒼はなんだかめんどくさくなった。自分を理解してくれる子を選ぼうとしたら、神達のこんな諍いに巻き込まれ、理解してくれない子を選んだら、隠し通すために自分が疲れてしまう…。

「もうさあ、母さんが月になったんだし、オレ結婚しなくてもいいんじゃないの?なんだかめんどくさくなったよ。」

十六夜は笑った。

《お前の好きにすればいいさ。したくなったらすればいいし、そうでないなら、しなけりゃいい。誰もお前の決めることにゴチャゴチャ言わねえよ。それにまだまだ先の話じゃねぇか。今は闇も始末したんだから、ゆっくり遊んで考えな。なんかあった時に行動すればいいんだよ。》

蒼は頷いた。でもなあ、付き合う付き合わないに関しては、遊ぶとかって気持ちにはなれないんだよ…。よく考えなきゃなあ…。

「ありがとう、十六夜。母さん待ってるんだろ?長いこと引き留めてごめん。」

十六夜は黙った。蒼はなんか嫌な予感がした。

「…まさかと思うけど、また母さんが怒ってるの?」

十六夜は不機嫌そうに答えた。

《アイツは怒ってねぇ。》

「え」蒼はびっくりして聞いた。「まさか十六夜の方が怒ってるの?!」

十六夜は黙っている。十六夜が怒ってて母さんが怒ってないなんて、母さんいったい何をしたんだろう。

しばらく後に、やっと十六夜は言った。

《…まあな、アイツは自分は悪くないって言ってるんだけどよ》なんだか納得の行かない感じだ。《オレはどうしても我慢ならねぇ…。》

蒼はなんだか寒気がした。


ダメだ、もう涼や裕馬や沙依は後にして、明後日の週末は里へ行こう。

蒼はなんだか、自分の方が親になった気分だった。


蒼は週末を待ちかねて里へと車を走らせた。

正確には今日は金曜の夜だった。沙依には事情を話して週末の約束は断ったが、何やら向こうにも白蛇との話がなんやらと都合があるらしく、ブツブツ言っていた。でも、蒼は今それどころではなかったので、どうしても断らねばならなかった。

あれから十六夜に何回か話を聞いたが、そのことに関してはだんまりで、それに里に実体化している感覚もないので、未だ問題は解決していないのは明白だった。

十六夜が話さない限り、母に話を聞くよりない。

手の掛かる子供を持った親とはこんな心境だろうか。どんどん自分が老けていくような気がする蒼であった。

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