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維心

十六夜が慌てて見ると、先に維月と背の高い男が立っているのが見えた。エネルギー体の十六夜は、スッと浮き上がると飛んで維月の傍まで行った。

「月!」

維月がホッとしたように言う。相手の男は目を細めて十六夜を見た。

「…ほう。月と。結界を通ったのを気取れなんだわ。」

十六夜は、その男を睨み付けた。

「別にお前の結界の中を荒そうなんて思っちゃいねぇよ。返してもらうぞ。オレの守ってる家系の女なんでな。それでここを出て行くから、もう放って置いてくれ。」

相手の男は首を振った。

「月であるならちょうど良い。主に聞きたいことがある。我の宮へ参れ。」

十六夜は眉を寄せた。

「宮ってなんだ。お前の家か?すまねぇが、そんな所へ寄ってる暇はねぇよ。オレは神とは関わらないと決めてるんだ。」と維月の手を取った。「行くぞ維月。」

維月はためらいがちにちらと維心を振り返った。維心の目は薄っすらと青く光っている。もしかしてヤバいんじゃないの、と思っていると、前から蒼が来た。

「十六夜!どうしたの?」と、背後の男を見た。「誰?」

相手の男は黙っている。蒼はその男から言い知れぬ恐怖を感じた。なんだろう…ものすごい力を感じる。それが闇のような性質ではないのは分かるが、逆らうのは良くない。

咄嗟に、蒼はその男に話し掛けた。

「もしかして、この辺りの神様ですか?すみません、オレ達何も知らなくて。ここに入って来ていいのかも分からなかったから、結界も通してもらえたし、来てしまったんです。旅の途中なので、この後旅館へ参ります。こちらはすぐに出ますので。」

相手は、まだしばらく黙っていたが、言った。

「…そうか。主が現当主であるの。主、名は?」

蒼は頭を下げた。

「蒼と申します。」

相手は頷いた。

「蒼。」幾分落ち着いたような感じを受ける…やっぱりさっきは怒ってたんだ。蒼がホッとしていると、相手は続けた。「我は維心。龍族でこの辺りを統治しておる。月では話にならぬ。我は主に頼みがあるのだ。」

蒼は不安になりながら維心を見上げた。

「あの…オレで力になれるなら良いのですけれど。大したことは出来ませんが。」

維心はフッと笑った。

「良い。出来ぬならそれで我も仕方がないと思うことにする。」

十六夜が蒼の前に出た。

「聞くことはねぇ!こいつらは自分達以外のことなんかどうでもいいんだぞ!それでお前が命落とそうと構わねぇんだ!」

蒼がそれを聞いてためらった。維心が眉を寄せてキツい口調で言った。

「月に言うておるのではない。」そして蒼を見た。「命に関わるようなことを頼むほど、我は考え無しではないわ。」

蒼は、こじれない内にと慌てて維心に言った。

「あの、龍神様、それで、どう言ったことでしょうか?」

「なに、我の結界の内に、長く居座っているもののことについてだ。」そして十六夜を見た。「闇ではない。あのようなモノ、我の結界の内には入れぬ。」

十六夜はチッと舌打ちした。維心は続けた。

「あれは神の一種のようだが、人に一部を封じられ、ここから自力で動くこともままならぬ。哀れに思えて、結界の内に留まることを許して来た。しかし、長い間、月に会いたがっておる。月は毎日のように姿を現すが、こちらからの呼び掛けに応えることはない。こうして当主が我に気付いたのも何かの縁ではないかと思うのだ。」

十六夜は口を出した。

「オレはお前らのごたごたを聞くつもりはねぇぞ。」

維心はちらりとそちらを見た。

「月に話しているのではない。」そして蒼に視線を戻した。「当主よ、月をあの社へ連れて行っては頂けないだろうか。」

蒼は考え込んだ。連れていくぐらい、全然平気なんだけど。当の十六夜がなあ…。

「十六夜、行ってみるだけならいいんじゃない?せっかく龍神様が、わざわざ頼まれてるんだし。オレ、断れないよ。」

十六夜は鼻を鳴らした。

「だからお前に頼んでんだよ」とチラリと維心を見たが、「まあ、いい。お前が決めな。」

蒼は笑顔になって維心に言った。

「他は何もお約束出来ないけど、十六夜を連れてそこへ行きます。場所を教えてくれますか?」

維心は満足げに頷いた。

「山を降り、月の社と言われている所へ行けばよい。」

「月の社?」

蒼は来る時、小さな看板があったのを思い出した。月の社はこちらへ、とか書いてあったっけ。

「月が関係あるかどうかは我も知らぬ。人がそのように呼び、あれをそのように祀っているのだ。」そして微かに頭を下げた。「では当主よ、お頼み申したぞ。」

そして、スッと浮き上がると、飛び去って行った。

蒼は、十六夜を見た。

「とにかく、行こう。母さんも。龍神様のお願いなんだからいいじゃないか、会うぐらい。」

十六夜は不機嫌に横を向くと、維月を引っ張って黙って戻って行った。


車は来た道を戻り、ある程度降りた所で案内板に従って右へ折れた。

滝までの道は広く明るい感じだったが、その道に入ったとたん、細くガードレールもなく対向も一車線ずつで、あまり人は行かない場所であるらしかった。

それでもそこはまだ龍神の結界の内で、禍々しさは微塵も感じられなかった。

その道をほぼ真っ直ぐに30分ほど走ると、小さな神社が姿を現した。その鳥居を見たとたん、十六夜は眉を寄せた。険しい顔をしているが、維月は構わず車を停めた。

車を降りると、カップルが二組くらい歩いているのが見えた。

「ここ縁結びとか書いてるよ。」

裕馬が先に行って書かれてある説明を読んで言う。

「ここで昔、月の姫様とどっかの貴族が出逢ったんだってさ。」

蒼は十六夜を見た。いや、月は男なんだよ。オレも小さい頃から絵本で読んで、月には女神が居ると思ってたけど。

「でも、そんなことが起こっててもおかしくない場所だと思わない?」

有がそう言って景色を眺めた。ここからは海が見えて、見晴らしもいい。はるか対岸には人の住む家々が見えた。

「あの辺にオレ達の旅館があるよ。」

恒が指差す。確かにそれらしき大きな敷地が見えた。一向はしばらく景色を楽しんだ後、鳥居をくぐって階段を降り、本殿へと向かった。

ふと、蒼は十六夜に話し掛けた。

「十六夜って男だよね?」

十六夜は怪訝そうに答える。

「なんだって?オレに性別はねえよ。」

意外な答えに蒼はえっと詰まった。

「女だって可能性あるの?」

十六夜は溜息をついた。

「あのなー何度も言うが、これはお前のオリジナルなオレの解釈なんだよ。いや待て」蒼が口を開いたのを制止し、「ここで誰かと会ったとかいう過去はねぇ。これも何度も言うが、オレは地上へ降りたことは一度もねぇんだよ。こんなことをする奴はお前が初めてだって言っただろうが。いい加減学習しやがれ。」

そう言い放つと、さっさと階段を先に降りた。なんだか機嫌が悪い。勝手に頼まれ事を引き受けたのが悪かったのか・・・と蒼が思っていると、本殿が見えて来た。社務所はこじんまりとしていて、龍神のところと比べると狭い印象だった。

お参りを済ませ、何か起こるかと待っていたが、一向に何も起こらない。どうしたものか途方に暮れていると、恒が奥を指差した。

「蒼、奥が光ってるよ。あっちじゃない?」

蒼が奥を覗き込むと、確かに向こうの社が光っている。恒にも見えるということは、もしかして、本当に月に縁の力の持ち主なんじゃ・・・。皆はそちらに向かった。

そこは、本殿からは見えづらい場所に開けた、落ち着いた場所だった。小さな社からは、海がより近くに見える。開けた木の隙間からは、対岸がよく見えた。風がそよそよと吹く。社の光は小さな玉になって、人型として目の前に現れた。

その神と呼ばれるものは、小さくて長い黒髪の、十代くらいに見える女の子だった。美しい着物を何枚も重ね、裾を引き摺っている。

蒼は小声で十六夜に訊ねた。「呼んでた子?」

「そうだ。」

十六夜は無表情だった。相手はその風貌とは似ても似つかない話し方で語りかけてきた。

《ああ光の君。お会いしとうございました。この時を、我は千年もお待ち申した。》

どう見ても十六夜に言っている。十六夜は答えた。

「オレはお前など知らねぇな。」

相手は口元を袖口で押さえた。クスっと笑ったようだ。

《知らぬは道理でございまする。我と光の君は背を合わせて、お互いの姿を見ることは叶いませぬゆえ。ゆえにこのように、地上で会いまみえぬことには、永久にお互いの姿を知ることも出来ませぬ。》

十六夜は眉を寄せた。

「何の話だ。」

その神は近付いて来た。

《我は主様の影にございまする。地上に顔を向けている光が主様、背を向けている影が我でございまする。》

維月が言った。

「つまり、月の裏側ってこと…?」

その神は維月を見た。

《そなたが前当主か?そうじゃ、我は主達からは見えぬ所の月じゃ。しかし、当主よ。》と蒼を見、《よくぞ光の君を地上へ降ろし、我の元へ連れて参ったものよ。礼を申す。》

だが、とても礼を言っているようには見えない。十六夜はイライラとしてきびすを返した。

「用は済んだ。帰るぞ。」

「十六夜!」

蒼が慌てて止めようとすると、それより先に、月の影と自称する彼女が十六夜の腕を掴んだ。

《お待ちくださいませ!》彼女は必死だった。《主様はお信じ下さらぬのですか?我は主様にお会いするため、千年前にこの体に降りたのじゃ。全ては主様のため…》

十六夜はチラリとそちらを見た。

「まず、お前の態度が気にいらねぇ。お前にとっちゃただの「人」かも知れねぇが、オレにとっちゃコイツらは大事に守って来た家系だ。使用人じゃねぇんだよ。」

相手は腕を離した。

《お気に触ったのなら詫びを申します。「人」と話すのなど、千年近くございませんでしたゆえ。》

十六夜は更に言った。

「それにオレは目覚めてこのかた、オレの他に同じようなエネルギー体を感じたことなどねぇ。お前の力は、オレの力の10分の1にも満たねぇじゃねぇか。それでどうやって、その話を信じろと言うんだよ。」

見ていて蒼は、なんだかかわいそうになった。千年も待ったって言ってるのに…。

「十六夜、話だけでも聞いてあげようよ。目覚めて千年以上なんだから、この子の言ってることは少なくても時間的には合う訳だし…ここじゃ他の人が来るかもだから、車にでも行って。」

《当主…。》

月の影は言った。

十六夜はフンッと歩き出した。皆もそれに続こうとする。蒼も歩き出そうとして、相手が全く動かないのに気付いた。

「あれ、来ないのか?」

彼女は首を振った。

《お気持ちは嬉しいことなれど、我は一部を楔にて封じられておりまするゆえ、ここより動くことが叶いませぬ。》

「楔?」

蒼はぐるっと回り込んで社の裏を見た。石がたくさん積んであり、塚のようになっている。よく見ると、何かの力がその塚を抱え込むように覆っていた。それがなんの力かは分からなかったが、蒼にはなんだか、黒く見えた。

「オレになんとか出来るかな?」と振り返り、「恒、遙!」

そこを出かかっていた二人は慌てて戻って来た。「なに?蒼。」

「ちょっと力補充してくれ。」

蒼は手を上げた。何をするんだろうと、二人は不振な顔をしたが、すぐに力を送り出した。

《無理ですわ。》月の影は言った。《人の念が封じたもの、そのように簡単には…。》

蒼から出た光は、何やら変な動きをした。力が迷っているように見える。後ろで恒と遙は顔を見合わせた。あんなの初めて見る。

そのうちに光は、何かを探りあてたかのように塚の上に平たく広がり、陰陽道でよく見るような星の形になったかと思うと、そのまま塚の上に覆い被さるように降りて包んだ。

モヤモヤと黒い煙が上がった。と、その煙はジュウ、と音を立てて消滅した。そして光は消えた。

「蒼、いつあの五芒星だか六芒星だかの使い方覚えたんだよ!」

恒がびっくりして言う。蒼は首を振った。

「封印解く~って念じてただけ。光が考えてたみたいだった。」

振り返ると、月の影は光輝いて浮いていた。

《当主》彼女は本当にうれしそうに笑った。《我は解放された。このようなこと、可能だとは思いもせなんだ。ああ、お礼を申し上げまする。》

彼女は地に正座して深々とお辞儀をした。蒼はそんな大したことをしたとは思えなくて、恥ずかしがりながら、彼女を促した。

「さあ、十六夜と話すんだろ?行こう。」

彼女は頷いて立ち上がり、恒や遙にも笑いかけた。そして蒼に言った。

《光の君は十六夜と申されまするか?我は若月と申しまする。》

「オレが勝手にそう呼んでるんだ。初めて話した日の月が、十六夜だったから。若月は、三日月のこと?」

若月は頷いた。

《奇異なこと。我の名も、最初に話した人が、その日の月だと言って我をそう呼んで…。》

若月は口をつぐんだ。

「もう亡くなったんだね。」

蒼は、自分が死んだ後の十六夜を思った。ま、でも十六夜なら、オレの子供とかの面倒見て、そんな悲しまないかな。

《…我の、この身がそうじゃ。》若月は下を向いたまま言った。《我が降りて、老いもせず、病もなく…。》

車の所に到着していた。十六夜がいい放った。

「体を奪ったのかよ。」

蒼は振り返った。え、奪う?でも、この体はエネルギー体だ。十六夜よりも不完全な。

《あの時はそのようにするより、他に策は…》

「ハッ」十六夜は車に乗り込んだ。「もう話すことはねぇ。行くぞ蒼。」

ああ、こうなったらもう無理だ。

「若月、また必ず十六夜を説得するから、待っていてくれ。オレ達今夜も対岸の旅館に泊まるから、困ったことあったら、話し掛けて。もうオレ達にも声は届くと思うよ。」

イライラした十六夜の声がまた呼ぶ。

「蒼!オレは腹が減ってんだ!」

「はいはい」

蒼はぽんっと若月の肩を軽く叩いて、助手席に乗り込んだ。

去って行く車を、若月は見送っていた。

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