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龍の居る滝

その日は、とても晴れていた。

前の日の夜から、さすがに無理かと思っていた蒼だったが、無理矢理十六夜を朝まで引き止めた結果、エネルギー体は月が沈んでも存在可能な事が証明出来た。

昼間は十六夜本体である月からの力の補充が行われないので、蒼の溜め込んだ力が尽きれば終わりかと思われたが、昨日判明した、食物による自家発電システムの利用が可能ではないか!と皆で考えた結果、結論が出たのだ。

まあ、無理でも恒と遙が居る限り、月の力はいくらでも蒼に充電出来るし、というのが蒼の考えだった。

かくして十六夜は、朝食をたらふく食べさせられるはめになったのだった。

しかし、このエネルギー摂取は、十六夜も気に入り始めていた。味覚というものを認識し始めて、それがとても面白い。今は特に「甘味」というのがよく分かるようになっていた。

一行は、いつもの古いワゴンに乗せられて、運転する維月、助手席に蒼、二列目に有、十六夜、涼、三列目に遙、恒、裕馬と定員いっぱいで美月の里を出発した。向かうのは、ここより南西の方角にある海辺の温泉宿だった。

「まるで人間の味覚発達を縮小したようね」

と維月は言った。子供はまず甘味から感じるようになるからだ。

十六夜は蒼からもらったあめ玉を食べながら、後部座席に有と涼に挟まれて座っている。

「これは気に入った。色もオレの目の色に近いし。」

「べっこう飴よ。」

涼が呆れたように言う。さっきからひっきりなしに何か口に入れている。

維月がそれをバックミラー越しに見て苦笑しながら、アクセルを踏み込んだ。車は、途端にスイスイと走り始めた。

十六夜は一瞬体を強ばらせた。

「オレがこんなものに乗って移動するなんてな。」

蒼は後ろを振り返った。

「まあいいじゃん。始めての日の下だろ、十六夜?」

「アレはほんとに暑ぃな。眩しすぎて見れねぇ。」

十六夜は太陽を指して言った。

「え、月から見えるだろ?」

十六夜は首を傾げた。「見えるだろうが、見たことねぇな。人の言うところの見るとは、オレ達はまた違った感じだからな。」

そして今度は有に渡されたイチゴミルクの飴を口に入れた。「これもいい。」

バリボリ音がする。涼が慌てて言った。

「ちょっと十六夜、噛まないでよ。すぐなくなるじゃないの。」

十六夜は眉を寄せた。

「なんだよ、噛めと言ったり噛むなと言ったり。」

蒼は苦笑して前を見た。

母は高速道路の入り口に向かって突っ込んで行く最中だった。


サービスエリアで何度か休憩を挟んで、いつも何か食べ物を常備して十六夜の自家発電システムが上手く行くようにしながら進む車の中では、そのうちにぴりりとした空気を感じ取った。

「この先の、観光地の滝へ行こうと思ってるんだけど。」

維月は、皆を振り返った。

山の入り口で、皆が一様に結界を感じたのだ。間違いない。ここは誰かの守りの中にある。ということは、誰かが入って来て欲しくない者はここで弾き、入ってもいい者は通すという選別をしているということになる。

「…まあ、おそらく土地神だろう。オレは神に知り合いはいない。あいつらとは関わらないようにしてるんだ。」

蒼は振り返った。

「え、じゃあその神様には、オレ達がここに来てるのが見えてるの?」

十六夜は頷いた。

「おそらくな。」

「行かないほうがいい?」

維月が訊くのに、十六夜は少し考えたが、首を振った。

「いや。行くぐらいなら問題ねぇよ。悪さするなってことさ。何を言って来ても相手にするなよ。お前らの中には聞こえるやつも見えるヤツも居るだろうが、放っておけ。オレは今一神ってのは信用出来ねぇ。」

維月はどうしようか迷ったが、結局そのまま、他の車と同様に、道なりにその結界の中に入る。結界手前にある道の駅では、無意識のうちに結界に弾かれた人々が、何人か見てとれた。ロードサービスが来ていたり、トイレの順番をものすごく並んで待っていたり、おそらくあの人々のうち何人かは、戻ることを決断するだろう。

蒼は今まで知らずに過ごして来たことの中で、こんなことが起こっていたのかと、通り過ぎる窓越しに思いながら見た。

「まだあるんだね、黒い霧って。」

蒼は何気なく呟く。十六夜が答えた。

「闇が居なくなったって、人の心はあれを生み出すからな。闇はそれを増幅して強化する性質があっただけで、人がいなけりゃあんなものは、そもそも生まれなかったんだとも思うぜ。」

蒼は複雑だった。きっと何百年も、もしかしたら千年以上前から、人は心の闇を出し続けて来たのだろう。その闇で自分たち自身を毒し、また、病んで行く。

そんなことの繰り返しだったのかもしれない。そして、また、あんな巨大な闇を作り出してしまうのかもしれない。蒼はここを守る結界の中を走り抜けながら、身の引き締まる思いがした。


しばらく走ると、山の中腹に鳥居が見えて来た。

その近くの駐車場に運良く車を停めることが出来、一向は車を降りて鳥居をくぐった。

階段が下の方までなだらかに続いて行く。石や岩で作られたその階段は、気を抜くと下まで転げ落ちるのではないかと思うほどでこぼことして危うかった。両側を背の高い杉や檜に囲まれていて、体感気温は下界のそれよりかなり低かった。

「きっと、何か居るよね。」裕馬が言った。「オレ、あの闇に憑かれてから時々ぼんやり変な物が見えるようになったんだけど。蒼、何か見えたら教えてくれよな。オレ、ほんとはっきり見えないから。」

蒼は裕馬が異常に怖がるので、自分まで緊張して来るのを感じた。

「おい、裕馬!そんなくっつくなよ。オレまで怖くなるだろうが。十六夜、何かに遭遇したら、どうしたらいいか教えてくれよな。」

十六夜は面倒そうに手を振って先を歩いた。

「さっきも言っただろ。無視すりゃいいのさ。いちいち聞くんじゃねぇ。」と、回りを見回した。「維月はどこだ?」

蒼は十六夜が母の名を呼ぶ回数が、他より多いような気がして来た。

「え?その辺に居るんじゃないの?母さんは子供じゃないんだから、いつでも見える位置に居るとは限らないよ。」

十六夜は首を振った。

「何を言ってる。涼も有も恒も遙も、お前達もここに見えてるのに維月だけ居ねぇ。」

有が笑いながら十六夜に歩み寄って来た。

「母さんはトイレ。あっちの裏にあるから見えないのよ。蒼達は大丈夫?宿はここから30分ほどらしいけど、行っといたほうがいいんじゃない?」

蒼は裕馬を振り返って頷いた。

「念のため行っとこう。母さんのことだ、もしかして思い付きで他にも寄るとか言い出すかもしれないし。」

裕馬も頷いて、蒼と共に社の裏側を抜けて、トイレの表示の通りに歩いて向かって行った。


その頃、維月もトイレから出て手を洗っていた。ここの水は清々しい上にとても冷たくて気持ちいい。いつまでも触っていたいような水…。

いっそその水に体ごと浸かってしまいたいような衝動に駆られたが、いくらなんでも子供の頃じゃあるまいし我慢した。

ハンカチで名残惜しげにその水を拭っていると、裏側に何か水の音が聞こえた。

小さな川か何かが流れているのかしら?それとも湧水?

居ても立っても居られなくなり、維月は突然に走ってそこの茂みの間に飛び込んだ。ここに何かあるような気配!

「!!」

維月は固まった。

そこには、確かに岩肌からちろちろと流れ出る湧水の流れがあって、それがキラキラと光りながら流れて行っている場所があった。

しかし、それより驚いたのは、そこに黒髪に深い青い瞳の、物凄く整った顔立ちの体格のいい着物姿の男が立っていたからだ。30代後半ぐらいだろうか。ここの神主か何かかしらと維月がひたすら驚いていると、あちらも驚いたようだったが、それでも無表情にこちらを見て立ちつくしていた。

「あ、あの、すみません。」維月は、どぎまぎしながら声を詰まらせて言った。「湧水の音が聞こえたので…見てみたくて。」

すると、相手は今度こそ息を飲んだ。

「…そうか。主、我が見えるか。」

維月は一瞬耳を疑った。見えるか、ですって?じゃあ、これは人…ではないわね…。月が、何を言って来ても相手にするなと言っていた…。

維月はくるりと背を向けた。

「み、見えません!」維月は一目散に駆け出した。「失礼します!」

慌てて方向が分からなくなったが必死に走っていると、その相手はふわりと浮き上がった。そして、事もなげに維月の目の前に、その進路を塞ぐように舞い降りた。

「見えておるではないか。それに聞こえてもおる。そのような偽りを申すのは、人の悪い所よな。」

維月はそんな様すら何ていい男なんだろうと思ったが、慌てて目を反らした。いい男でも、これはきっと神様なのよ。神様はいろいろややこしいのよ。だから、相手にしてはいけないのよ。

「あの、私ただの観光客ですから。ここにあの滝を見て、お参りに来ただけですから。」

相手はじっと維月を見た。

「ただの観光客は我と話したりせぬ。主、月の力を使う女であろう。」

維月はどうしようと思った。知ってるんじゃないの!

「私、何もしません。だから、帰っていいですか?」

相手は首を振った。

「ならぬ。我は主に頼みがあるのだ。」

「無理です!」維月は言った。「私、何も出来ませんから!」


蒼は、トイレから出て手を洗っていて、母の声を聞いたような気がした。

「…母さん?」と、空を見上げた。「十六夜、母さんの声が聞こえた気がする!」

十六夜は、維月の気を読んで素早く脇の茂みを抜けて行った。

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