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美月の里で

20畳ほどの広い居間では、広い座卓を二つ合わせた状態で、その上にはたくさんの料理が乗っていた。

刺身やらフライもの、それに煮物や炒め物、それにサラダが大皿に盛られて置いてある。

キッチンというより台所と言ったほうがしっくり来る土間の場所で、こちらを振り返った維月が言った。

「すぐにご飯とみそ汁持って行くわ。どこでもいいから座っていて。」

蒼は頷いた。

昔の家の作りであるここは、引き違い戸の玄関を開けるとすぐ目の前に土間の台所があって、そこから横に、なんの仕切りもなく、居間が続く。もちろんのこと居間は段違いになっていて、畳敷きだ。最初ここに来た時は居間が広すぎて落ち着かなかったが、ここは普段、食堂として使っている。隣りの本来の寛ぐための第二の居間は30畳ある。広すぎて寛ぐ感じではないので、蒼は普段は自分の部屋に居た。皆も同じ感覚のようで、母でさえも自分の部屋に篭っているぐらいだった。

代々受け継がれて来た敷地内には、神社があった。

この大きな屋敷にも関わらず塀はなく、隣りにまるで離れでもあるかのように神社の社が建っていた。それでも、この裏の山までの大きな平地も、全て美月の持っていたもので、それは維月に受け継がれてここにあった。あくまでも神社の敷地であるという認識な上、これほどに田舎なので、固定資産税はそれほどでもないのだと維月は言っていた。いずれ、蒼が継ぐことになるのだ。蒼は、それが月の力の継承者に受け継がれて来たものだと知り、余計に肩の荷が重かった。

目の前のごちそうに、誰かの誕生日を忘れていないかと蒼は考えをめぐらせたがそうではないらしい。維月が、有と共に大きな盆に茶碗とみそ汁の入った椀を乗せて持って来た。裕馬は、茶の入ったコップを持たされて来た。

「なんだ裕馬、手伝ってたのか?」

裕馬は渋い顔をした。

「腹が減ってさ、ちょっと見に来たら手伝えって。」

維月が皆の前に茶碗を置きながら言う。

「当然でしょ?働かざるもの食うべからずよ。蒼、あなたご飯終わったら洗物手伝いなさい。」

「えー?!」蒼は思わず声を上げたが、母に反論して通った試しがない。仕方なく頷いた。「わかった…。」

維月は、十六夜の横に座った。

「さあ、食べましょう。月、どう?箸使える?」

十六夜は、緊張気味に維月を見た。

「箸は問題ねぇ。だが、どうしても食わなきゃならないのか。」

涼が向こう側から言った。

「ちょっと、一体誰の為にこんなごちそう作ったと思ってるの?母さんが、月が初めて物を食べるから、何でも食べられるようにって作ったんじゃないのよ。」

維月はためらいがちに涼を見た。

「涼、いいのよ。月が嫌なら、無理強いするつもりもないし。でも、試してみてもいいかと思って。」

十六夜は、目の前のごちそうの数々を見つめた。

「…維月が作ったのか。」

維月は少し恥ずかしげに頷いた。

「あの、大丈夫よ?そりゃ、昔はへたくそだったけど、ご飯作りももう長いんだから。」

それを聞いて、十六夜は維月と子供の頃から話して来て知っているのだと蒼は思った。確かにこうして並んでいるのを見ることはなかったかも知れないが、自分達よりずっと長い間見て来たのだ。それこそ、赤ん坊の時から知っているのだろう。

蒼が今更にそんなことを思っていると、十六夜は箸を取り上げた。

「ものを食べなくても、オレはエネルギーに困っちゃいねぇのにな。」

十六夜は皆の視線にあがらう事が出来ず、おそるおそる刺身に手をつけた。口には、入った。

「噛むんだよ十六夜。」

蒼は見かねて口を出した。

「わかってらぁ」

十六夜はモグモグと口を動かしている。

「まるで離乳食始めた感じね。」

維月もハラハラしているように見守っている。

「はい、飲む!」

と言う誰かの掛け声で、十六夜はゴクリと刺身を飲み込んだ。蒼はどきどきしながら聞いた。

「…どう…?」

十六夜は考え込んでいる。しばらくして、少しオーラのような光が大きくなった。

「そうか」と頷く。「わかった。」

「何がわかったのよ。」と涼。

「飲み込んだ食物はすぐエネルギーに変えてるようだ。この体を維持するのに、蒼から力が来ている訳だが、元はオレの本体から蒼へ送られたものだろ?食べると、維持の力を言うなれば自家発電出来る訳だ。」

蒼は感心して言った。

「へえ~すごいじゃないか。でも固形のこんなのからすぐエネルギー作るなんて、考えられない。」

十六夜は箸を置いた。

「お前なぁ、オレがエネルギー作ってる訳じゃねぇんだよ。これは全部命なんだぞ。切られようがなんだろうが、そこには生命エネルギーが残ってる。お前達は他の命を摂取して生きてるんだ。そんなことも知らねぇのかよ。」

蒼はハッとした。そういえばそうだ。

「十六夜はつまり、それをダイレクトに取ってるってこと?」

十六夜は頷いた。

「そうだな。そうなるな。オレの本体がどこからエネルギーを得てるのかは知らねぇが、自分の意思で摂取するのは初めてだよ。」

そう言うと十六夜は、他のものもモグモグと食べ始めた。蒼も安心して、自分のエネルギー摂取を始めたのだった。


食事も終わって後片付けも済み、蒼は十六夜を風呂に誘った。ここの風呂はとても大きくて檜で出来ている。ちょっとした旅館の大浴場といったところだった。恒と裕馬は先に行っていた。

「風呂だって?そんなもん、オレはいい。」

蒼は食い下がった。

「あのね、旅館では大浴場に行くんだよ。その前にここでお風呂に慣れておかないと、あっちでもたついたらいやだろう?」

十六夜は眉を寄せた。

「だからその旅行とやらに、なんでオレまでこの姿でついて行く必要があるんだよ。いつも通り上から見てらぁな。」

蒼はブンブンと頭を振った。

「わかってないな。人がすることを体験して置いて損はないと思うからじゃないか。オレが死ぬまでしか降りて来れないかもしれないんだぞ?オレがもし結婚したとしても、子供がオレと同じ力を持ってるなんて限らないし。」

十六夜はぶすっとして横を向いていたが、蒼からタオルをひったくって歩き出した。

「わかったよ。水になんか触れたこともねぇのに。ったくよ。」

ぶつぶつと文句を言いながら、十六夜は浴室へと向かって行った。

蒼は、ずっと月で一人きりでいた十六夜に、人の生活というものを体験してほしかった。いつも見ているだけだったことが、一体どういう風だったのか、知って欲しかったのだ。そして、もしも自分が死んだ後でも、思い出として心の中に残して置いてくれたら…。

そう思って、十六夜を無理にでも旅行に連れて行こうと思ったのだから。

その考えには、維月も賛成してくれた。月にとって、人の生き死になど一瞬のことだ。だが、こうして特別な記憶と一緒に、忘れないでいてくれたならと。

しかし、もしかしたら十六夜には迷惑なだけなのかもしれない。そう思いながらも、蒼は十六夜に水道の使い方を教え、石鹸の使いかた、髪の洗い方などまで丁寧に教えた。

蒼が驚いたことに、自分が作り出した月の思念のエネルギー体である十六夜は、しっかりとした実体を持っていた。

もしかしたら突き抜けてしまうかもと懸念していた水は、しっかりと十六夜の体の上を滑り下りた。十六夜は最初「気持悪ぃ」と後ろ向きだったが、すぐに慣れたようで最後には落ち着いて湯に浸かり、無事、風呂研修は終了した。

「あれが風呂か。」十六夜は、濡れた髪を拭きながら言った。「面白いな。維月が旅行っていうと風呂ばっか入ってて、何がそんなにいいのかといつも思ってたんだがな。あいつ、独身の頃から旅行が好きであちこち一人で出掛けてたんだ。お前達は知らねぇな…まだ生まれてなかったしよ。」

蒼は十六夜を見た。

「母さん、今でも旅行好きだもんね。でも、父さんが出て行く前は、いくら父さんが誘っても行かなかったじゃないか。」

十六夜は、遠い目になった。

「…維月には、維月の考えがあるんだ。お前にゃ分からないだろうよ。」

「ふーん?」

蒼は気のない返事をした。母の気まぐれは今に始まったことではない。母が突然に家を空けることなどしょっちゅうだったあの頃、なんの事情も知らなかった自分は、仕事の方が大事なのかとよく思った。しかし、母はいつも戦っていたのだ。襲い掛かって来る黒い霧を相手に、月に力を借りて…。

父さんも、普通の人じゃなかったらきっと理解出来たのに。

蒼は、そう思っていた。

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