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別れ

維心と維月は、将維を中にしてそれは仲睦まじくあった。まるで、二人はきちんとした夫婦で、一年なのどとは言わず、ずっと共に居るかのようだった。

維月も、出産よりこちら、維心に寄り添って幸せそうにしていた。維心も、それがどうしてなのか分からなかったが、維月が自分を乞うような様子を見せる時があって、それに何とも言えぬ幸福を感じ、嬉しくて仕方がなかった。維月の想いが、もしも我にあるのなら。少しでも良い。維月が我を愛している気持ちがあるのなら…。

維心は、期待を込めて維月を見ていた。だが、依然として維月の心を聞く勇気はなかった。


そんなある日、維心と維月は、二人で居間に座って、夜の庭を眺めていた。もう、将維も一か月になった…。いつ、十六夜が来てもおかしくはない。

維心が痛む胸を抑えて月を見上げていると、維月は維心に、そっと身を擦り寄せた。維心はハッとして、維月を見た。維月は、微笑んで維心を見上げている。維心はそれに微笑み返しながら、今聞かなければと思った。

「維月…我は主を愛している。」

維月は、少し頬を染めて下を向いた。

「維心様…。私も…。」

聞くまでもなく、維月はさらりと言った。維心は、耳を疑った。今、なんと…?

維心は、維月を自分のほうへ向かせた。

「今、なんと言った?」

維月は戸惑った顔をした。

「あの、私も、愛しておりますると…。」

維心は絶句した。維月が、我を愛していると。そのような…そんなことがあるなんて!

「おお。」維心は、維月をいきなり抱き締めて言った。「おお維月…!主も我を…!」

維月は驚いていた。維心が、それを知らなかったからだ。

「維心様…ご存知なかったのでありまするか?」

維心は頷いた。

「我が、主を無理に乞うてここに置いておったので…。」

維月は首を振った。

「嫌なら子を生んですぐにここには居りませぬ。未だ十六夜が迎えに来ぬのは、私が無理を言ってここに留めてもらえるように言っておるからでありまする。」

維心は、維月を見た。

「…では、主はここに留まりたいと望むか?」

維月は頷いたが、下を向いた。

「ですが、私が十六夜を愛していることもまた事実でありまする。なので、いつまでもこのままではいけないことは分かっておるのですが…。」

維心が何か言おうとしたとき、月がキラリと光った。そして、光の玉がこちらに向けて降りて来た…みるみる十六夜の人型に変わって来る。維心は固唾を飲んだ。来たか…!

目の前に浮いた十六夜は、維心に、向かって言った。

「そろそろカタを付けようや、維心。維月は子を産んだ。それに、しばらく待ってやった。オレは何か約束を違えたか?」

維心は言葉に詰まった。確かにそうだ…そう言われてしまうと、どうしようもない。十六夜は何も悪くはないのだ。

「十六夜…。」

維月は、何も言わない維心を気遣いながらも、立ち上がって言った。十六夜は手を差し出した。

「全くわがままなやつだ。だが、お前のわがままには慣れてるよ。さ、行こう。子供にはまた会いにくればいい。」

維月は、その手を取った。維心が、維月に呼び掛けた。

「維月…!」

維月は振り返った。

「維心様…ありがとうございました。離れておっても、思っておりまするわ。」

維心は、込み上げて来る感情に飲まれそうだった。維月が、帰ってしまう…!

「維月…!愛している!本当に、主だけを…!」

「維心様…。」

維月は涙ぐんだ。

「維心様…。愛しておりますわ…!」

維月は、十六夜に抱かれて飛び立って行った。維心は、その後を追うように庭へ走り出て去って行くその姿をいつまでも見つめ続けた。維月…離れても、我を想うてくれておると思って、我は主を想うておるゆえ…!


維心は、維月の居ない宮が、これほどに暗く冷たいものであったのかと今更ながらに思った。維月が来て、まだ一年にしかならなかったのに。自分は、ここで千数百年をたった一人で過ごして来たのだ。それなのに、その一年があっただけで、これほどに宮に居ることがつらい…。

将維は、自分そっくりの皇子だった。月を重ねて顔つきもしっかりとして来て、それは余計に顕著だった。将維を抱くたび、維心は維月を想った。これほどにしっかりと、我の顔を見るようにもなったのに。主が居れば、どれほどに喜んでいたことか…。

維心は、たった一人の奥の間が、辛くてならなかった。毎日共に居て、共に休み共に庭を眺めて、同じ物を愛で、語り合い…。

慣れていたはずの一人が、維心には辛くてならなかった。維月に会いたい。声を聞くだけでもいい。維月を感じたい…!

維心が暗く沈んだ様子であることは、洪も気が付いていた。だが、どうしようもなかった。月が己の妃を維心に許したことだけでも、大きなことであったのに。こうして皇子まで生まれて、これ以上どうして望めようか…。

洪はせめてもと、将維の誕生祝いと合わせて、七夕の祭りに月の宮の蒼、それに母の維月を宮へ招待する形で宮へ呼ぼうと思った。

蒼が、宮に降り立った。

「維心様、お招きありがとうございます。」蒼は頭を下げた。「今日は、たくさんの方々が来られておりますね。」

維心は頷いた。蒼は、維月に目元が良く似ている。

「七夕は毎年恒例であるからの。将維が誕生して一年になり、皆に広めるためでもある。なので、例年よりも多いのだ。」

維月が、蒼の後ろでベールに覆われて頭を下げて控えていた。それは、維心も知っていた。だが、十六夜からは維月と公に話してはならぬと言われている…なので、将維の母としても何も公表されていなかった。維心は、その慕わしい気に溺れた。維月…そこに居るのに。

「それでは、また後ほど。」

蒼は、頭を下げて席へと案内する侍女について歩き出した。維月も、それについて何も言わずに歩き去って行った。


宴が始まり、維月はまだベールをかぶったままだった。維心は、維月の姿が見えずとも、その気を感じて身が震えた。このように離れて座っておるのに、身の内を震えが走る…抑え切れない…。

維心は、ずっと維月を見ていた。話す事も、触れることも叶わない。だが、せめてあの気を感じていたい。

しかし、維月は早々に立ち上がった。元々、維月はあまり宴の席に長居するタチではない。わかっていたが、維心はそれを留めたくて必死に見続けた。維月…まだここに…!

しかし、そんな維心の願いも虚しく、維月はそこを出て行った。維心は宮の中を維月の気配を追って見続けた。結界の中は、見ることが出来る。維月を見ていたい。

維月は、侍女達と離れて客間へ帰った。そして、大きなベールを取ると、その姿が現れた。維心はその慕わしい久しぶりに見る姿に、胸を掴まれるように思った。なんと美しいのだ…。維月、主は少しも変わらぬ。いや、記憶よりも美しくなった…。

維月は、さくさくと簪を抜き、頚連を外した。そして結い上げていた髪を解くと、軽く頭を振った。そして、袿を軽いものに換えると、窓から外を見た。庭を見ている…維月が好きだった、宮の庭。いつも共に歩いた。

そう思っていると、維月はつと進み出て窓を開け、庭へと出た。サクサクと芝を踏みしめて歩いて行く。あれは、我の居間の向こうにある、池の方向…。

維心は、迷った。今、維月に会うのは反則だ。十六夜とは、一切関係がないようにしろと言われていた。だが、今維月は庭に居る。ずっと二人で歩いた、あの庭に一人で居るのだ。

「…戻る。」

維心は、傍の臣下にそう言い置いて、宴の場を出て行った。

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