表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

別宮

維月は、食事を終えて着替えている最中だった。次の間で待っていると、着替えた維月が慌てたように出て来た。

「お待たせを。申し訳ありませぬ。」

頭を下げる維月に、維心は首を振った。

「主は我に頭を下げることはない。我が早くに来すぎたのだ。」

維月は、維心の姿に息を飲んだ。深い青の瞳と同じ色の袿に身を包んだ維心は、常よりずっと凛々しく、整った顔立ちも際立つようだった。維心様…いつも思っていたけれど、なんて美しいかた…。

維月が赤くなって下を向くと、維心は不思議そうに維月を見た。

「…維月?どうしたのだ。気分でも悪いのか?」と顔を覗き込む。「何やら顔が赤いの。まさか熱でも…。」

維心は、維月の額を触った。維月は首を振った。

「いいえ!大丈夫でありまする。昨夜もぐっすり休みましたし、とても元気ですわ。」

維心はまだ心配げに維月を見ている。

「ならば良いが…無理をするでないぞ。今日は、主の良い所へ連れて参ろうと思うて参った。どこか行きたい所はないか?」

維月は首を傾げた。

「では…宮を出て、領地の中をお連れ頂きたいですわ。私、空を飛ぶのがとても好きでありますので。」

維心は頷いた。そうか、空を飛ぶのが好きなのか。

「では、我が結界を張っている中を見せてやろうぞ。」維心は維月の手を取ると、抱き上げた。「では、参ろう。」

維月は少し赤くなった。お姫様抱っこだ…王様にお姫様抱っこされてる…。

そんな維月の気持ちに気付くはずもなく、維心は維月を抱き上げる手に力を入れて窓から飛び上がった。


東側からぐるりと回って、維心は結界の中を飛んだ。

海が見えた時には維月は大はしゃぎだった。そこでしばらく留まって話をし、そして鳥の宮との境界を横に見て回り込み、北の方へと飛んだ。

「本当にたくさんの宮をお持ちですのね。」維月は、眼下に通り過ぎて行く、もういくつ目かの維心所有の別宮を見て言った。「あれは全て、滞在なさるものですか?」

維心は首を振った。

「我が建てさせたものと、そうでないものがある。昔から歴代の王が所有しておったものを、譲位の際代々譲り受けて来たのだ。臣下達があれを維持するべく、侍女達を派遣しては定期的に清掃しておるので、中は荒れては居らぬがの。」

維月は興味を持った。

「まあ。では、そのうちの一つを見てみとうございます。」維月は、先に見えて来た宮を指した。「あれは?とても高い場所に、隠れるように建っておりまするが。」

維心はそれを見て、目を細めた。

「ああ、あれは北の宮。我が生まれた場所ぞ。」

維月は驚いて維心を見上げた。

「維心様が?宮でお生まれではないのですか?」

維心は頷いた。

「我は正妃との間の子ではないからの。母は人であって、我を生んで死んだ。父には我以外に子は居らず、我が王位に就いたがの。」

維月は北の宮を見た。

「北の宮が見とうございます。維心様…よろしいでしょうか?」

維心は頷いた。

「主の望みを断れると思うてか。」

維心は、すーっと北の宮へと降り立った。維月はそこに降ろされて、静かな佇まいに癒される気持ちだった。

誰もいない。しかし、中はきれいに掃除されてあった。維心と共に歩いて広い宮の中を下へと降りて行くと、そこには川を臨む露天風呂があった。維月は歓声を上げた。

「まあ!露天風呂だわ!」

維心が驚いていると、維月はそこまで駆けて行って檜のその浴槽に手を入れた。後ろから見ていて、落ちるのではないかと冷や冷やした維心は、慌てて維月に追い付いた。

「維月、主は風呂が好きか?」

維月は頷いた。

「はい、大好き。」維月は満面の笑みで答えた。「人の世にあった頃は、わざわざ泊りがけでこのような風呂のある旅館に参ったものですわ。なので月の宮にも、このような風呂がありまする。いいなあ、入りたい…。」

維月は浴槽の端にしゃがんで、手だけ突っ込んだままぱしゃぱしゃとかき回している。維心は言った。

「では、ここへ今夜参ろう。侍女達に申し付けておく。こちらに褥も全て準備させるゆえ、ここでゆっくり風呂に浸かるが良いぞ。」

維月は目を輝かせた。

「まあ、本当に?嬉しいですわ!」

維月があまりにも嬉しそうなので、維心まで嬉しくなった。維月の好きなものを見つけた…風呂もそうなのだ。


本宮へ戻った維心は、すぐに北の宮の準備を申し付け、そしてこの宮にも露天風呂を建設するよう言い渡した。軍神達が今の大浴場から庭に向けて大きく建設することを考え、女風呂は外部から見えないような造りにしようと設計に奮闘していた。

維月は北の宮の露天風呂が楽しみで仕方がないようで、部屋で侍女相手にはしゃいでいるらしい。洪達臣下は万事粗相がないようにと、必死に準備を進めていた。それに、北の宮はこの宮ほど大きくはない。王の休むお部屋と維月様のお部屋を隣に配置すれば、もしかして何か期待出来るかもしれない。

臣下達は水面下で考えていた。


維月は維心に抱き上げられて、北の宮へ到着した。まるで旅行にでも来たかのようなワクワクした感じに、維月はとにかくはしゃいでいた。

そしてたっぷり一時間は風呂に居た維月は、のぼせるのではないかと気が気ではなく待つ維心の前に、スッキリとした顔で嬉しそうに出て来て立った。

「維心様…良い湯でありましたわ。景色も良くて。何度も出たり入ったりしてしまいました。」

心なしかいつもより生き生きとしている。維心はホッとして微笑んだ。

「のぼせるのではと案じたが、元気なようでよかった。さあ、食事の支度が出来ておるぞ。こちらへ。」

維心に手を取られて、維月は庭を眺めることの出来る座敷へといざなわれて行った。

そこには、ずらりと山海の幸が並んでいた。維月は感嘆の声を上げた。

「すごいわ…。でも、毎回これでは大変でしょう。私は普通のお料理で良いので、宮へ帰ったらそのように申してくださいませ。でも、時にこのようにたくさんのご馳走に囲まれると嬉しいものですわ。」

維心は苦笑した。

「では、そのように。しかし本日はこれを楽しもうぞ。」

維月は頷いて、箸を取り上げた。

「いただきます」

やはり、ぱくぱくと気持ちがいいほど維月は楽しげに食べる。維心はそれを横目に見ながら、杯を傾けていた。維月がはたと気付いて酒瓶を手にした。

「まあ、気が付きませず…お注ぎします。」

維心は頭を振った。

「良い。食べ終わってからでの。」

維月はそれでもチラチラと気にしながら、箸を進めていた。維心が干したらサッと注ぐ。

今、北の宮には臣下達も大挙して来ていた。だが、ここがそう大きくもないので、多いと言っても宮ほどではない。宮よりも落ち着いた雰囲気に、維月も維心とより近くに居ても、そう気にならないようだった。

維心は維月をまるで抱くように、背後から腕を回して肩を包んでいた。それでも維月は身を退く事もなく、おとなしく腕の中におさまっていた。

料理は片付けられ、酒だけが残る。気が付くと臣下達は、いつの間にか傍に居なかった。

「…夜も更けましたわね。臣下達も休みに参ったのかしら。」

維心は頷いた。

「本宮へ帰った者も居ろう。ここにはそれだけの部屋数はないゆえの。」

維心は、腕の中の維月に胸が高鳴った。こんなにも近くに、維月が居た試しはない。風呂上がりの髪の香りが漂う。維月の体温まで伝わって、維心は我を忘れそうだった。

「…そろそろ休みませぬか…?維心様も、お酒を過ごされてはいけませぬし。」

維心は、まだ離れたくなかった。維月…共に休めるのなら、今すぐにでも主を連れて褥に参るのに。

維月は、黙っている維心を見上げた。

「維心様?」

維心は、酒の力も手伝って、維月のその唇に吸い込まれるように唇を寄せた。唇が触れ、その柔らかさ、甘さに維心は夢中になった。軽く触れるだけのつもりだったのに、気が付くと維心は、維月をしっかりと抱き寄せてその唇に激しく深く口づけていた。ああ、愛している…。愛している、維月…!

一瞬、維月はためらいがちにその口づけに答えた。そして、そんな自分に驚いたように身を退くと、顔を伏せた。

「維心様…お許しくださいませ。もう、休まねば…。」

維心は、ハッと我に返った。我は…。

「…そうよの。では、侍女に案内させよう。」

二人は立ち上がった。それぞれの侍女が、頭を下げる。二人は侍女に先導されて、部屋へと案内された。そこは、襖を一枚隔てただけの座敷に、それぞれの褥が用意され、その回りに几帳が立てられてあった。侍女が言う。

「左を王、右を維月様にお使い頂くように設えましてございます。」そして、維月がためらいがちに右の部屋へ入ると、侍女は維心に頭を下げた。「では、おやすみなさいませ。」

するすると、間の襖を閉じる。侍女が、袿を取りに来るが、維心はそれどころではなかった。隣に、しかも畳の続き間に、維月が居る。こんな戸板一枚しか、隔てていない向こうに…。維月の息遣いさえ、聞き取れそうな距離に…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ