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それぞれの苦悩

次の日、維心は、またいつなり気軽に来るがいいと維月に言い残して、龍達を連れて龍の宮へと飛び立って行った。十六夜は、見送りには出て来ていなかった。

表向きは、もう何でもないような顔をしていたが、やはりあの張維の記憶は重いはず。維月は、気になって仕方がなかった。

帰る前、十六夜が維心といざこざを起こしていたようなのは知ってたが、維月は深くは聞かなかった。十六夜は、神の考え方を理解出来ないので、だからだろうと思っていたからだ。

しかし、実際はそうではなかった。

「ええ?!」蒼は、十六夜に言ってしまってから、声を落とした。維月に聞かれるのではないかと思ったからだ。「…母さんを、貸して欲しいって?維心様、母さんのこと分かってるのかな。」

十六夜はため息を付いた。

「どんなつもりで言ったのか知らねぇが、子を生むまでとか言ってやがった。どうも、維心の跡取りが要るみたいなんだが、あいつはあの通りの堅物で、誰も嫁にして来なかったろう。しかも、あいつの気が半端なく強いから、誰でもいいって訳じゃないらしい。相手を殺してしまうこともあるんだとさ。維月は月だから、大丈夫なんだと。もちろん、にべもなく断ったがな。」

蒼は、考え込むような顔をした。そう言えば、瑤姫に聞いた。

「…十六夜。きっとそれは、特別なことだ。」十六夜が、怪訝な顔をする。蒼は続けた。「維心様は、神の王の中でも一番の力の持ち主で、引く手数多の縁談にも関わらず、何一つ首を縦に振ることもなく、それどころか、無理に縁付けようとした臣下を、その女のひと諸共斬り捨てたこともあるんだそうだ。そんなかたが、母さんをって言うのは、恐らく本気なんだよ。だって、別に母さんでなくても、別の女のひとでもたくさん居るんだもの。その中には、維心様の気を受け止められるひとだって絶対居るはずだからね。」

十六夜は、眉を寄せた。

「余計に、許せねぇじゃねぇか。維月を本気で想ってるってことだろうが。」

蒼は頷いた。

「でも、これを断ったら維心様はずっと一人なんだよ?」蒼は、ため息を付いた。「オレ、興味があって、瑤姫に維心様のことをいろいろ聞いたんだ。生まれた時に、母上を亡くしたのは、十六夜も知ってるだろう?父上を恨んで殺してから、維心様はまだ若いのにたった一人で龍族を背負って来た。誰にも心を開かなくて、逆らう者は容赦なく斬り捨ててね。本当に、ずっと一人だったんだ。この、1500年の間。」

十六夜は、絶句した。確かに、記憶を見てどんな生き方をして来たのかはある程度は分かっていたが…。あいつが、あれほどにオレ達の世話をするのは、維月が居るからなのか。だとしたら、あいつは、どんな想いでオレと維月を見ていたんだろう。この数年、ずっと、ただ維月の幸せを願って…その血族が、幸せであるのが維月の幸せであるならと、蒼を助け、オレを助け…。

「…ふん。」十六夜は、横を向いた。「何でぇ。神の王の王のくせに、気が小さい奴だ。」

十六夜は、そう言うと、すっとそこを出て行った。

蒼は、ため息を付いてそれを見送ったのだった。


それから一年ほど経ったある日、十六夜が、夜明けに維月を叩き起こしたかと思うと、言った。

「おい、維月。お前、しばらく龍の宮へ行って来い。」

維月は寝起きに突然にそんなことを言われて、驚いた。

「なに?突然に。ほんと、いつも急なのよね、十六夜は。こっちの都合も考えてよ。」

十六夜は首を振った。

「こっちの都合もあるんだよ。瑤姫が嫁に来るのに、大々的に改装もしなきゃならねぇし、蒼だってオレだって大忙しだ。お前の面倒まで見てられねぇ。だが、維心なら暇だからお前の面倒を見てくれるだろうよ。」

維月は、十六夜が冗談ではなく本気で言っているのを知って、慌てて手を振った。

「ちょっと、何を言ってるの?!維心様は龍王なのよ?暇な訳ないでしょう。そんな個人的なことで、龍の宮に迷惑掛ける訳には行かないわ。託児所じゃあるまいし。」

十六夜は、断固として譲らなかった。

「もう、蒼と決めたことなんだ。お前も月だから、オレの目が離れたら間違いなくさらわれたりするぞ?そんなことになったら、オレ達だけだとどうしようもないから、結局維心に助けてもらわなきゃならないだろうが。なら、最初からあっちに居た方が効率がいいんだよ。」と、紙と筆を渡した。「さ、自分で行っていいか維心に書状を書いて、あっちへ匿ってもらえ。じゃ、オレは忙しいからよ。こっちがひと段落ついたら、迎えに行く。」

維月は出て行く十六夜の背に叫んだ。

「え、え、ちょっと!しばらくってどれぐらい?維心様に、なんて言えばいいのよー!」

維月は必死に言ったが、十六夜は出て行ってしまった。維月は途方にくれながらも、仕方なく筆をとった。そして、維心に向けて書状を書いた。ああ、こんなこと急に言って、どれほど不作法なヤツだと思われることか…。


その知らせは、早朝の龍の宮に突然に届けられた。

維心は元より夜明けと共に起きているので、とうに着替えを済ませて居間で座っていたが、そこへ洪が、ためらいがちに入って来て頭を下げた。

「王。月の宮、維月様と申されるかたはご存知であられますか?」

維心は顔色を変えた。

「知っておる。維月が何ぞ?」

洪は懐から巻物を出した。

「このようなものがその維月様からとたった今届けられ…軍神が結界外で受け取って参りました。」

維心はすぐにその巻物を開くと、中を確認した。

…何分突然の事で申し訳ございませんが、本日よりしばらく、そちらの宮の端にでも私を置いて頂けませんでしょうか…。

維心は突然にすっくと立ち上がった。洪は何事かと維心を見上げた。

「…東、一階の最奥南側の部屋を急ぎ準備させよ!」

貴賓室の最上級の部屋だ。洪は仰天した。

「え、お、王族でいらっしゃいまするか?」

維心は苛立たしげに言った。

「王族のようなものぞ!仕切り布も全て新しく変えよ!大至急ぞ!」と、歩き出した。「宮の清掃を急げ!」

洪は慌てて言った。

「では、お返事はどの様にしておきましょう?」

維心は首を振った。

「我が書く。紙を!」洪が、慌てて懐から懐紙を出すと、手を振った。「そのような紙で出せるか!奥より香料付きの物を出せ!」

宮が大忙しになった。洪はただ驚くしかなかった。王が自ら返事をお書きになるなど前例のないこと。どれ程の地位のかたなのか。名で女と思っていたが、男の方なのだ。何しろ、王が女に興味を示される事はない。

瞬く間に準備された美しい塗りの文箱に納められた書は、月の宮へと送られた。

これでしばらく、維月様というかたはこちらへ来られる!

洪はただ失礼のないようにと、必死に準備を進めた。


龍の宮から、維心の返事が驚くほど早く返って来た。

維月は、急いで中を見た…すると、あの美しい文字で、返事が書かれてあった。

…すぐにでも来るが良い。こちらは、全て準備出来ておるゆえ。

維月は、ホッとした。ああ、怒っていらっしゃる訳ではないわ。急にあんなことを言って、礼儀知らずだと思われたらと心配したけど。

その書状を文箱に戻してせっせと着物の準備をしていると、蒼が入って来て、維月に言った。

「…母さん?なんでも、龍の宮の義心とかいう軍神が、維心様の命だと言って、迎えに来てるけど。」

維月は仰天した。お迎えまで来てくれてるの?!

「ちょ、ちょっと待ってもらって!着物詰めるの手伝って、蒼!」

「ええー?オレがあ?」

そう言いながらも、他に人が居ないので、二人で汗をかきながら必死に箱に着物を詰めると、屋敷の前に待つ軍神達の元へと駆け出して行ったのだった。


一方、一刻ほど、維心はうろうろと居間を歩き回っていた。洪は入って来て頭を下げた。

「お申し付けの通り、お部屋整いましてございます。宮の清掃も常より念入りに済ませました。」

維心は頷いた。

「ご苦労だった。」

そしてまた歩き回ろうとした時、何かを結界に感じたらしい維心はピタリと止まって空を見上げた。

「…来る。」維心は言うと、歩き出した。「迎えに参る。」

洪はまた驚いた。王が出迎えなど…余程の神でなければあり得ないのに。まして、義心達を迎えにやっている。それだけでも特別扱いなのだ。

そんな洪の気持ちなど気付かぬように、維心は急いで到着口に出た。すると、義心達に先導された輿は舞い降りて来た。洪も、固唾を飲んで見守った…王の、大切なお客様なのだ。

維心が、進み出た。

「維月?」

維心が、輿の中に手を差し出す。すると、中から白く美しい手がスッと伸びてきてその手を取った。洪は仰天した。まさか、女?!

「維心様」降りて来たのは、黒髪に濃い茶色の瞳の女だった。「急にご無理を申しまして、申し訳ございません…。」

維心はうっすらと微笑むと、首を振った。

「良い。部屋はいくらでもある。いつでも来れば良いと申したであろう?」

維月は微笑み返した。

「ありがとうございます。ですが、維心様の結界内に置いて頂ければ、宮でなくとも良いのですけれど。お邪魔ではありませぬか?」

維心は首を振って歩き出した。

「そのような。部屋を準備させたゆえ。ゆっくりすれば良いぞ。それから、主は食すのだったな。」と洪を見た。「料理を準備させよ。」

維月は苦笑した。

「まあ、そのような事にまでお気遣いを。よろしいのです。食さずとも死ぬことはないので…。」

維心はまた首を振った。

「何を申す。ここで不自由はさせぬゆえ。何でも望みの物を申せ。」

維月は微笑んだ。

「まあ、そのようにお気遣いはよろしいのですよ。結界内で守って頂けるだけでもありがたく思っておりまするのに。」

維心はため息を付いた。

「…ほんに主は欲のないことぞ。何でも申せと言うておるのに。せめて何か望みはないか?」

維月は困ったように首をかしげた。

「そうですわね…では、お庭や宮を見せてくださいませ。侍女にでも案内させて頂きましたら。」

維心は言った。

「我が案内する。」維心は歩き出した。「まずは部屋へ案内しようぞ。」

維月は慌てて首を振った。

「そのような。維心様はお忙しいかたでありましょう。私は気にしませぬので、どうかお仕事にお戻りを。」

維心は断固として聞かなかった。

「良い。我が行く。さあ、部屋へ。こちらぞ。」

維月はためらいがちに維心に手を引かれて歩き去った。こちらでは、臣下と軍神がそれを呆然と見送った。王が…王が女の手を取って歩いて行った。しかも、宮を案内すると。

「これは…洪、もしや…。」

兆加が洪に言う。洪はハッとして兆加を見た。

「…やはり主もそう思うか?」

兆加は頷いた。

「王はあの方を望まれておるのだ。だが、維月様はそのようなおつもりはないご様子…。」

洪は立ち上がった。

「ならばその気になって頂かねばならぬ。王があのようになさるなど全く前例のないこと。ここは宮を上げて維月様をここにおとどめするぞ!」と、皆に向かい合った。「聞け!月の宮、維月様を王の妃にお迎えするため、皆一丸となって努めるのだ!知恵を出せ!維月様の事を詳しく調べて報告せよ!ますは早急に維月様付き侍女を選別してお付けする!王の侍女から数人身繕い、後は優秀な者を集めよ!急げ!」

皆が一斉に大騒ぎになった。王の御ために、何としてもあの方を妃に!


まさかそんなことになっていようとは思ってもいない維月は、維心に伴われて宮の中を歩いていた。本当に大きな宮で、とても一日では回り切れそうになかった。

「とても美しくて、大きな宮ですこと。」維月は言った。「いつまでも飽きないように思いますわ。」

維心は微笑んだ。

「どこなり好きに出入りして良いぞ。」と、顔を上げた。「この先が我の奥宮、この回廊を抜けた突き当たりが我の居間になる。」

維月は、ためらいがちに足を止めた。

「まあ…ではここまでで。妃の皆様には、またご挨拶に参りまするので。」

維心は維月を見た。

「何を申す。我には妃など一人も居らぬ。そのような気遣いは要らぬ。」

維月は驚いたように維心を見上げた。

「え?龍王であられる維心様が?」

維心は頷いた。

「そのようなものは要らぬと言うて来たゆえの。なので、侍女しか女の出入りはない。それにあやつらは、裏の通用口しか使わせておらぬ。」

維月はただただ驚いていた。

「そうですの…ならば余計にお邪魔は出来ませぬ。」

維心は首を振った。

「主なら良い。何か用のあるときは遠慮なくここへ参れ。気を使う必要はないのだ。」

維月は戸惑いながら下を向いた。でも…そんなプライベートな場に軽々しく入るなんて、良くないわよね。

「そのようにお気遣い頂いてありがとうございます。何かの折りには、参りまする。今はお庭へ出とうございます。」

維心は少しためらったが、頷いて回廊の横から庭へと維月と共に出て行った。

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