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神の名の下に

「いい、恒一、叔父さんの言うことはしっかりと聞くのよ」


「うん!」


目の前に幼い自分に向かって話す母、塚沢圭子の姿が見える。母の言葉に幼い自分が力強く頷く姿を恒一はすぐ近くで見ていた。


「恒一、少ししたら帰ってくるからそれまでちゃんとしてろよ」


幸を抱いている父、塚沢広史も幼い自分に笑いかける。


「じゃ、もう行くね。求史さん、後のことはよろしくお願いします」


恒一にニコリと笑いかけると、圭子はぺこりと求史に頭を下げ、静かに恒一から離れていく。

それを幼い恒一は服の裾をギュッと握り締めながら両親の後ろ姿をずっと見つめていた。



その様子を隣りで見ていた恒一ははたと気がついた。


これは六年前の自分が家族といた最後の日だ、っと。



「まっ、待ってくれ!!」


恒一が大声で呼びかけるも二人の歩みは変わらない。恒一は三人を引き止めようと走るも、三人はどんどん自分から遠ざかっていく。


「行かないでくれ!!」


次第に辺りが真っ暗となり、三人は闇夜に紛れ薄れていく。


「あっ、・・・・・・あっ、・・・・・・あ・・・・・・」


完全に三人の姿が消えると恒一は地面に膝をつく。


「うっ、・・・・・・うっ、うっ」


恒一は闇夜の中、ひとり、静かに泣いていた。










「う・・・・・・ん」


目をあけると視界に入ったのは真っ白い天井に半球型の電灯。

恒一はゆっくりと起き上がった。


「そうか、夢だよな・・・・・・」


そうして恒一は額に手をあてた。


長らく思い出すことのなかった家族との思い出。

恒一はこれまでの六年間で自分の心の整理は出来ていたと思っていた。

しかし、自分は未だに引きづっていた。

フゥー、っと一つ恒一はため息をつく。


ふと、恒一はここがどこなのかということに気づいた。


随分とこじんまりとした部屋に自分はいる。辺りには小さなデスクとロッカーのみ。正面にはドアがある。


すると、『ガチャリ』という音とともに正面のドアが開いた。

ドアを開けた人物は、ショートの黒髪に灰色のパーカーと赤のキャロットスカートをはいた、恒一と同世代の少女だった。


「あっ、気が付いたんだ」


少女は恒一を見ると少し驚いたような表情をする。


「えっと・・・・・・君は?」

「あっ、やっぱり日本人だったんだ。私は篠原祥子。昨日浜辺を散歩してたら偶然君が倒れているのを発見して家までつれてきたの」


目の前の少女、祥子は穏やかな口調で話す。しかし、恒一は祥子の発言の所々に違和感を覚えた。



「あの、いろいろ聞きたいところがあるんだけど、・・・・・・とりあえずここはどこ?」


「えっ!?ここはニュージャージー州だけど」


祥子の言葉に恒一は目を丸くした。


「ニュ、ニュージャージー州!?

そこってアメリカの州だよね。アメリカはとっくの昔になくなったんじゃ・・・・・・」


「えっ?何を言ってるの」


恒一の言葉に祥子は首を傾ける。祥子は目の前の恒一が何をわけのわからないことを言っているのだという風な顔をしていた。


「ほっ、本当にここがニュージャージー州なのか?

じゃあさっきの、やっぱり日本人だったんだ、ってのは・・・・・・」


「ええ。あなたが日本人っぽく見えたから日本語で話したのよ。

今この州は在米日本人が多いからね」


しっかりと頷き言葉を返す祥子に、恒一は唖然とする。


現在、恒一の頭の中では今までの自分の常識と祥子の話したことが激しくぶつかり合い、混乱していた。



アメリカは既になくなったはず。

しかし、目の前の少女はここがアメリカだと言い放つ。



「それより、あなたは誰?どこから来たの?」


「・・・・・・塚沢恒一。信じられないと思うけど、ここにくるついちょっと前まで日本にいたよ」


「日本!?」


すると、祥子はかっと目を見開いた。


「あなた、本当に言ってるの、それ」


祥子はおそるおそるといった様子で恒一に尋ねてくる。


「うん。まあ、驚くのも無理ないよ。

俺はつい先日まで日本に居たんだけどどうしてこんな所にいるのか俺自身まだ分からないし」


「いえ、そうじゃないの。私が驚いているのはあなたが日本にちょっと前までいたってことよ。

だって、今日本は誰一人行き来できないんだから」


「えっ!?」


祥子の放った言葉に恒一は口を僅かに開いたまま固まる。


しかしそれは目の前の祥子も同じであった。










「嘘だろ・・・・・・。信じられないよ、こんなこと」

「私こそ信じられないわよ。あなたの言ったことが」



頭を抱えた恒一に祥子はハァー、っとため息をつく。


祥子から聞いた話は恒一にとって驚くべきものだった。


まず、自分がいる場所は紛れもなくアメリカのニュージャージー州であり、他にもなくなったと思っていた世界の国々は無事であること。


そして現在2115年であること。


これはつい先程まで2105年だと思っていた恒一にとっては信じられないことだった。

十年間もの間自分は眠っていたのか。はたまたマンガや小説によく出るタイムスリップとやらをしたのか・・・・・・。


そして、恒一を最も驚かしたものは2099年、いや2100年になった瞬間に起きたあの忌まわしきロスト・ユニバーサル・デイが他の国では起こっていないということだ。



日本で起きたそれは日本を方形の黒い不可思議な空間で覆い、現在に到るまで日本との接触が断たれているとのこと。



「俺には君の言っていることが嘘としか思えないよ」


ハァーとため息をつくと恒一はゆっくりと手を下ろす。

恒一にとって祥子の話したことは嘘の一言で片付ける方がよっぽどしっくりしていた。


「私の方こそそう言いたいわ。だって十年前の日本から来ました、なんて誰も信じないわよ」


そこで祥子はふと何かを思いついたような表情をする。


「あっ、でも仮にあなたの言うことが本当だとしたら、あなた凄いわよ。

だってこの十六年間、一人もあの中からこっちに来た人はいないんだもの。

隔絶された今の日本から来た唯一の日本人ってことになるね。


きっと政府の人達がこぞって尋問してくるでしょうね」



「なっ!?」


恒一は目を見開いた。すると祥子はそんな恒一の様子にクスクスと笑う。


「大丈夫よ。私があなたの事を話しても誰も信じないわ。

あっ、でも、とりあえずパパには言っておくね。私のパパ、今の日本に関する研究者だから。

きっとあなたの助けになってくれる。それに何かわかるかも・・・・・・」



「えっ、あっ、うん。それならぜひ頼むよ。どうせ頼れるのは君だけだし、今は君に任せるよ」


すると、祥子は恒一に、任せて、と笑いかける。

恒一も祥子にぎこちない笑みを返した。










「高三郎様、皆がお待ちです」


「うむ、ご苦労、十次。ではいくとするか」


準備室に入ってきた糸目の男、摂津十次に呼ばれた高三郎は身につけている上物のスーツを正すと部屋の外へと出る。


そして廊下を少し歩き、やがて金のとってがついた上品なドアの前へと着くと、コホン、っと喉を鳴らしてゆっくりとドアを開ける。


部屋の中では中央の円のテーブルにすでに六人の男等が座っている。


高三郎は静かに自身の席へと座った。


「皆、なぜ私が皆を召集したのかは周知のことと思う。前々から取り上げていた純血の『神の適格者』塚沢恒一が遂に目覚めた」


高三郎は皆の反応を伺うかのように話す。


「ですが、その塚沢恒一は『神』の覚醒と共に『外』へと出たようですが、それはいかように」


高三郎の言葉に、高三郎の正面に位置する男、神坂壬郎が反論する。


「うむ、だがまだ恒一は目覚めたばかり。言うなれば卵からかえった雛鳥のようなもの。

ならば『外』での放し飼いも一興。恒一が世界を知るほど真なる覚醒は早まるやもしれん。

『外』の世界では我々の世界よりも約三倍、時の流れが速いわけであるしな」



高三郎は壬郎に諭すように語る。


そうかもしれませんね、っと一言言うと壬郎は素直に引き下がった。


すると、高三郎の左隣の男、神川総一郎がゆっくりと口を開く。



「ということは我らが計画の始動の時ですね」


「うむ、我らが悲願、『神聖ヤマト国』の創世の時だ。既に『神徒生産』計画は始動している。

『外』に試作『神徒』を送る手筈は整えた。

神田、頼むぞ!」


それに高三郎の右隣の男、神田剛が、はっ、っと力強く頷く。


「以上だ。それでは皆、各自持ち場に。

神の名の下に」


そして高三郎は不適な笑みを浮かべた。










戸田明美は教室のドアの前まで来ると立ち止まり深くため息をついた。


しばらくした後、ゆっくりとドアをあける。


ちょうど学校は二限目が終わった頃なのでクラスメート達はペチャクチャと何かを話したりと少し騒がしかったが明美の姿を見た途端、皆が静まり返った。



「あれって明美さんよね。少しやつれない?」


「ええ、もう体調は宜しいのかしら」


クラスメートのひそひそと話し合う声を耳にしながら明美は自分の席へと戻った。


「明美、大丈夫なの?」


後ろから呼びかけられ、振り向くと、そこには友達の遠藤美佳が心配そうな顔で明美を見ている。


「うん・・・・・・大丈夫だよ」



明美はそれにゆっくりとと微笑む。


「だっておかしいよ。明美が学校に何の連絡もなしに一週間も休むなんて。

・・・・・・何があったの?」


「何にもないよ。ただ体調を崩しただけ・・・・・・」


「違うよ。だったらなんでそんな泣きそうな顔してるの?」


「・・・・・・」


美佳の言葉に明美は俯く。美佳は本当に自分を心配しているのだろう。実際、美佳は明美にとって数少ない気が置けない友人の一人である。


だが、だからこそ明美はら美佳には話せなかった。


自分のせいで恒一は怪しい人達に連れ去られてしまったこと。


そしてもし美佳にそれを話してしまったら、今度は美香に危害が及ぶかもしれない。




恒一が連れ去られてから明美は家に引きこもっていた。


悔しかった。


そして情けなかった。


恒一が連れ去られるのをただ指をくわえて見ていることしかできない自分が。


挙げ句、自分自身が恒一の足手まといになってしまった自分が。


明美は食事もまともに取れず、ただただ枕を濡らすのみだった。


三日が過ぎ、涙も枯れ果てたころ、明美の携帯に非通知でメールが送られてきた。




『四日後、通常通り学校へと登校しろ。そしてあの日のことは誰にも話すな

学校では何事もなかったように振る舞え。

我々は君を監視している。

もしもこれを一つでも破ったら君の大切な人が1人ずつ消えていく。

逆にもし命令通りに動けば、いずれ君の下に恒一君と再会する機会が訪れるだろう。


あの日の黒服の男』




明美は驚きのあまりもう一度読み返した。


一字一句正確に。


もし自分がこの通りに動けば恒一は戻ってくる。

そう思うと明美は自分を奮い立たせ、恒一のことが心配ながらも三日間何事もなく過ごした。

そして今に至る。



明美はゆっくりと顔を上へ上げ、しっかりと首を横に振った。


「本当に何でもないのよ。ただ風邪を引いて寝込んでただけなの」


「そう、ならいいんだけど・・・・・・」


すると、ようやく美佳も引き下がった。


「でも、私心配なの。なんか良くないことが起こり始めているんじゃないかって。

恒一君も休んでるし、それに翔君も休んでいるの」


美佳の言葉に明美は驚いた。



「えっ、翔君も来てないの?」


「ええ、一週間もね。だから心配なのよ。あなたと仲がいい二人も同時に休んだから何かあったんじゃないかって・・・・・・明美?」



明美は翔も休んだということにある言葉が脳裏に浮かび、頭を抱えた。



『破ったら君の大切な人が1人ずつ消えていく』


メールの言葉が何度も何度も反芻する。


(もしかして、私、破った?

両親にも話してないのに・・・・・・何で?)


明美の頭の中で翔も恒一と同じように黒服の男達に連れて行かれるヴィジョンが浮かぶ。


明美は机の上に上に顔を伏せ、どうして、っとぼそりと呟いた。

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