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目覚めし者

時計のアラーム音が耳元で鳴り響いた。


『ピピッ、ピピッ』という高い電子音に恒一は時計のスイッチを切ると静かに起き上がる。


朝食をトーストしたパンで済ませると、仏壇の前に座り静かに手を合わせた。


正面には父、母、そして当時赤ん坊だった妹、幸の写真。


六年前のロスト・ユニバーサル・デイと呼ばれる日に三人は亡くなった。



あの日、星の虹が空を覆ったとき、自分を含め日本にいた全ての者が意識を失った。皆の意識が回復したのは翌日の正午だった。皆がこの異常に騒ぎ出した。



そしてその日、人々は世界が失われた事が分かった。





あの日、求史に連れられ、町へと帰った恒一は町が大変な騒ぎとなっているのに気付いた。


騒ぎの一番の原因はテレビやパソコンが繋がらなくなったということであった。


すれ違う人々の中には昨夜の星が関係しているのではないかと話しているものもいた。


求史の家へと連れてこられた恒一はなんとなしにテレビを付けたが、電波が届かないときに見られる黒と白の映像しか映らなかった。


恒一はBS、デジタル全てのチャンネルを試してみたが結果は同じだった。


求史は慌ただしく何が起こったのかと探っていたが、恒一はそんな叔父の様子から何か途方もないことが起きたのだと感じ、ただただ背中を丸め、


テレビの近くの床でうずくまっていた。



その次の日、朝刊でこの異常事態に関する政府の正式発表が為された。


それによると衛星による通信が途絶したこと、そして海外から情報が全く入らず、早急に人員を派遣したとのこと。


そして数日が経つと更なる凶報が届いた。



それは大陸から人が消えたということであった。

新聞には人が消え静まり返ったニューヨーク、ロンドン、モスクワ、ペキンなど、各主要都市の写真が一面に大々的に貼られていた。


大変な事になった、と呟く叔父の求史にまだ幼く、事態を把握しきれない恒一は、何が起こったの、と叔父に聞くことしか出来なかった。




ロスト・ユニバーサル・デイ。


失われた世界の日。恒一が家族を失った日であり、世界が変わった瞬間であった。










「えーー、であるからして、天神総理は外国との関係が途絶えた日本の食糧難を解決すべく、生産改革を行い、自給率の底上げを実施し、エネルギー問題にも・・・・・・」


老教師の長々とした話を恒一はほおづえをしながら聞いていた。


恒一が高校生になると同時に導入された『時事社会』という科目は文系、理系を問わず必修であった。


現総理、天神高三郎が文部科学省に命じて作成した科目でロスト・ユニバーサル・デイに関する世界と日本の現状を覚え、今後どう向きあうかを考察する内容の科目である。


しかし、授業の内容はニュースでもやっているような既知の事実ばかりで、ただそれを聞かされるだけの退屈な授業であった。


音のない大きなあくびを一つすると、教科書を立て、教師の声を子守歌に恒一は静かに眠りの世界へと旅立った。










体が不規則に揺れる。耳元での、恒一、恒一、という声に恒一はゆっくりとと起き上がった。


「また時事の時間寝たの?」


揺らぐ視界の中、ぼんやりと浮かんだ顔は幼なじみの明美だった。


「うん?なんだ明美かぁ」


「なんだじゃないでしょ、なんだじゃ。早く起きなさいよ!」頭に『ペシッ』と軽く小突かれ、恒一はようやく現実へと戻った。


「人がせっかく心地よい睡眠を享受していたのにそんなに乱暴に起こさなくてもいいだろう」


「今の授業で学校終わりなんだから私が恒一を起こさないと誰も起こしてくれないでしょ。

学校に泊まらずにすんだんだから感謝しなさいよ!」



明美の説教に恒一はハイ、ハイと顔をしかめて答える。すると後ろから『ポン』と肩を叩かれた。


「なんだ、またいつもの痴話ゲンカか?

仲が良いのは結構だが、あんまり見せつけないでほしいな」


恒一が振り向くと、後ろで親友の神川翔が恒一に向かって笑いかけていた。


「痴話ゲンカでもないし、見せつけてるわけでもねえよ」


翔の笑みに恒一は、フンッ、と鼻を鳴らす。


「あっ、翔君。恒一ったら酷いのよ。私が親切に起こしてあげているのにうるさい呼ばわりして」


「別にそこまで言ってない。それと親切には疑わしいぞ!」


明美の少々誇張を含めた物言いに、恒一は顔をこわばらせる。

すると翔が、ハッハッ、と笑い出した。


「翔、何だよ?」


「いや、昔から見てるけど君たちは面白いね。恒一と明美ちゃんを見てると何だかこっちも楽しくなってくるよ」


笑い続ける翔に恒一は眉をひそめ、そんなに笑うな、と翔を止める。




翔と明美は幼稚園からの付き合いである。


明美とは家が隣同士だったこともあり、よく互いの家を行ったり来たりして遊んだ。


明美は何かと恒一にお節介をやくきらいがあり、そんなとき恒一は明美とよく口論になる。


その様子を翔はいつも笑って眺めていた。


翔とは親友であるが、この時の翔は10年以上付き合った今でも未だに好きにはなれなかった。




話の端が折られた事で明美もこれ以上突っかかることもなく、恒一達は静かに教室を後にした。










帰宅した恒一はリビングに入ると通学バックをほっぽり投げ、中央にある茶色のソファーにどっかりと座った。


目の前のテーブルからリモコンを取り上げるとテレビを付ける。




テレビではちょうどニュースが行われていた。


大学生くらいの女性キャスターが今日の外国調査の様子や、近々大規模な移民計画を政府が考案していると話すと内閣の様子が映像で映し出される。

中央には天神首相。先程の女性キャスターの移民計画に関する詳細を説明している。


恒一が首相の報告に暫く見入っていると『ドダッドダッ』と大きな足音をたてながら明美がリビングへと入ってきた。


「明美!来るならインターホン押せっていつも言ってるだろ!」


「別にいいじゃん、そんなの。あーー、またバックこんな所に置いてー」

明美は床に置かれた紺のバックを拾うと恒一の座っているソファーの横へと添える。


「じゃあ、今から夕飯作るからね」


そう言って、どこか嬉しそうな表情で明美はキッチンへと向かった。


「あっ、俺も手伝うよ。何すればいい?」


ソファーから急いで立ち上がると冷蔵庫から食品を出し終えた明美に恒一は声をかける。


「うーーん、じゃあ恒一は湯を沸かして。そしたらこの麺を入れてね。今日はうどんにするから」


すると明美はキッチンのテーブルから麺のバックを二つ恒一に手渡した。

恒一は鍋に水を入れ、備え付けのIHのスイッチを付けると静かに湯が沸くのを待った。




明美が夕飯を作りに来るようになったのはロスト・ユニバーサル・デイで恒一が家族を失ってからである。


経緯は不明だが、叔父の求史から恒一の家の合い鍵を渡された明美は、その日から六年間毎日甲斐甲斐しく夕飯を作りに恒一の家にくる。


自分と違い家族が健在な明美が家族と夕食を共にせず、自分の家まで作りにくるのが恒一には不思議で仕方がなかった。


「なあ、明美、どうしていっつもこんな事してくれんの?」


さり気ない口調で尋ねた恒一に明美はピクリと反応した。


「たっ、頼まれたからよ。恒一の叔父さんに」


歯切れの悪い返答と急にあたふたし出した明美に恒一は首を傾げる。


「だっ、だからそんな・・・・・・痛っ」



野菜を切っていた明美が包丁で自分の指を切った。


「あっ、大変だ。今すぐばんそうこう持ってくるから」


明美の指から流れる血を見て、恒一は急ぎキッチンから出た。


「もうっ・・・・・・」


指を抑えた明美がそんな恒一に口をへの字に曲げ、顔をしかめた。










「B3からB1へ報告。目標はリビングにて食事をとっている模様。同世代と思われる少女も隣にいます」


黒い帽子、黒いコートと夜の風景に溶け込んだ黒服の男がリビングのガラス戸のすぐ横に張り付き、コートの襟の裏の小型通信機に向かい、小さな声で誰かに報告をする。


「こちらB1、目標の家の周囲に目立った人影はなし。B2は既に内部に潜り込ませた。それと『足』は用意した。

現在18時55分。作戦は今から5分後に決行する。B3はそこにて作戦時間まで待機せよ」


「こちらB3、了解」


すると男はチラリとリビングを見ると、左腕の腕時計の針を確認した。










「ねえ、ちょっと聞いて良い?」


ずずっ、とうどんを啜りながらニュースを見ていた恒一は明美の問いに、何、と言って振り向く。

「恒一って、・・・・・・好きになった娘とかいるの?」


明美の問いに恒一は目を丸くする。


「いないよ。何で?」


恒一の即答に明美は、そっか、と一言言うと複雑な顔をする。


「だってそういう話、恒一から全然聞いたことないんだもん」


すると明美が俯いた。


「ねえ、恒一、さっき私にどうして夕飯をいつも作りに来るのか、って聞いたけど、恒一は迷惑だったりする?」


明美の弱々しい口調の問いに恒一は、ガタッと箸をテーブルへと置く。


「そんなことないよ!俺は明美がこうして一緒に夕食を作って、食べてくれることで独りの寂しさを感じずに済んだんだ。

感謝こそあれ迷惑に思ったことなんか一度もないよ!」


身を乗り出す恒一に、明美はぷるぷると体を震わせると、ゆっくりと顔を上げた。


「わたし、私ね、恒一を支えてあげようと思っていつもこうしてきたの。独りぼっちになった恒一に悲しい顔をさせたくないって。

でもね、本当は私、本当は・・・・・・」


少し涙目になっていた明美がその次の言葉を発しようとした瞬間、『パリーーン』とガラスが割れる音と共に後ろのガラス戸から黒服の男がリビングへと飛び込んできた。


「なっ、何だ!?」


突然の出来事に恒一と明美は椅子から立ち上がる。

すると男はコートの裏から黒いゴツゴツした銃を取り出すと恒一にその照準を向けた。



「ふふっ、二人ともお楽しみの時間は終わりだ」


近付いてくる男に、恒一は明美を庇うように手をやるとゆっくりと後退りさる。


「キャッ・・・・・・」


後ろにいた明美から短い悲鳴が聞こえ、恒一は振り向いた。すると、正面の男とは別の黒服にサングラスを掛けた男が明美の首を掴み、明美の頭に銀色の銃を向けている。



「塚沢恒一君だね。我々と御同行願えるかな?」


サングラスの男はカチャリと明美に向けている銃のホルスターを鳴らす。明美はカチカチと歯を鳴らし足を震わせていた。


「わっ、分かった。その代わり、明美には手を出すな!」


「ふっ、宜しい。では玄関から外へ出てもらおうか」


すると正面の男が銃を突きつけ、早く歩けと命令する。恒一がゆっくりと歩き出すと、黒服の男とサングラスの男が明美を連れ恒一の後へとついてきた。


恒一が玄関のドアを開くと、黒いワゴンとその隣りに黒服の小柄な糸目の男が立っていた。


「塚沢恒一君、車に乗ってもらおうか」


糸目の男が後部座席をあけると、恒一に乗るように催促する。


「まだ、明美を放してもらってません」


恒一はそれに微動だにせず、後ろの明美に目をやる。


「ふっ、彼女が報告の少女だね。B2放してやれ」


すると、サングラスの男は静かに明美の首から手を放す。そしてコートの裏からスプレーのようなものを取り出すと、明美にそれを吹きかけた。すると明美はぐったりと倒れた。


「心配するな。眠らせただけだ」


慌てて駆け寄ろうとした恒一に男は恒一の肩を掴む。


「彼女は玄関に寝せておく。君が素直に来るならば彼女には何もしない」

男の強い口調に、暫く明美を見つめていた恒一はやがて男に振り向く。


「絶対に何もするなよ」


そう言って恒一が車に乗ると黒服の男、サングラスの男が順次後部座席へと入る。

最後、糸目の男が運転席へと座ると車を走らせた。

左右を囲まれ、身動きの出来ない恒一は首を回し後ろの窓へと振り向く。遠ざかっていく自分の家を恒一は静かに見つめていた。










「降りろ」


糸目の男が低い声で言う。一時間とたたずして車が止まった。


「ここは・・・・・・」


恒一は正面にある木々に囲まれた屋敷を見て絶句した。

この屋敷を恒一は見た事があった。福岡の郊外の山に三年前新設された現首相、天神高三郎の別荘。

つまり、自分が住んでいる福岡県博多市から殆ど移動していない事になる。


「ついて来い」


糸目の男に合図され、恒一は男についていく。


屋敷の中は随分ときらびやかであった。天井には太陽のように光り輝くシャンデリア、床には真っ赤な絨毯が奥へと続いており、左右には男女の彫刻が置かれている。


男に暫くついていくと、木製の扉の前で男は立ち止まった。


「高三郎様、つれて参りました」


「うむ、入れ」


男の声にドアからバスのきいた低い声が帰ってくる。

男はゆっくりとドアを開けた。

部屋には中年の男が立っていた。上下ともに上物のスーツを着こなし、髪は所々白いものが混じっており、口には立派な口ひげを生やしている。

それはよくテレビに映る天神高三郎そのものだった。


恒一は何故目の前にこのような大人物がいるのかよく分からず言葉を失っていた。



「恒一君だね。待っていたよ、君がここにくるのを」



恒一が部屋に入ったのを確認すると高三郎は壁のスイッチを押した。


『ガコン』と部屋全体が大きく揺れた。ドアがどんどん上へと移動する。それは部屋全体が下へ降りているのだと恒一は気づいた。


「恒一君、君はロスト・ユニバーサル・デイが何だったのかを知っているかい?」


高三郎がゆっくりと語り始める。


「ふふっ、まだ君には分からないだろうねえ。あの日が何だったのか。なぜあれが起こったのか。虚飾にまみれたメディアによって思考を誘導された君には」


『ガコン』と再び部屋が揺れた。そして恒一は部屋の下降が止まったことに気づいた。

目の前の壁が左右へと開く。するとそこには天井がドーム状の大きな空間があり、その中央にダイヤモンドのように光り輝く大きな半球があった。

その半球の美しさに恒一が暫く魅入っていると、突然高三郎から腕を掴まれ、半球の前へと連れてこられた。


「しかし、知るときが来たのだ!君に定められ運命と共に。

君はこれから私が作った神話の中で他の者のように平凡に生きることから解放され、自らが神話の創造主となるのだ!!」

すると高三郎は恒一から手を放すと、ドンッ、と背中を押した。


「さあ、触るのだ!それに!『神晶石じんしょうせき』に!!」


ゴクリと恒一は唾を飲み込む。恒一は目の前にあるダイヤモンドのような半球『神晶石』から目が離せなくなっていた。『神晶石』が放つ白い光は美しいだけでなく、どこか神々しかった。


その後も高三郎はあれこれと何かを言っていたが『神晶石』に魅入られた恒一にはもはや何も聞こえなかった。


『神晶石』に引き寄せられるように恒一は『神晶石』へと近付いていく。

そして恒一はそのまま『神晶石』へと両手を合わせた。『神晶石』の光が一層強まる。恒一はその光がとても暖かく感じられた。

全身が何かに優しく包まれるような心地よさを感じた。


そして恒一はゆっくりと意識を手放した。










「なっ、・・・・・・何だ!?」


高三郎が『神晶石』から出る強烈な光に目を手で覆う。


「『神晶石』の暴走!?いや、違う」



『神晶石』の出す白い光とは別に恒一からも金色の光が出てくるのを見て、高三郎は薄く笑った。


「恒一が目覚め始めている。『神晶石』には分かっているのだ!

恒一が単なる『じん』の適格者ではないことが!」




しだいに恒一の輝きが増していく。そして次には恒一が放つ金色の輝きが消え、『神晶石』もその輝きを弱めていった。


高三郎が目を覆っていた手をどけると、すでに恒一の姿は消えていた。


「高三郎様、塚沢恒一が消えました」


糸目の男が慌てて高三郎に駆け寄る。


「すでに此処にはいない。もしかしたら『外』へと出だのかもしれん」


「まさか!ですがそれは・・・・・・」


「あくまで可能性の話だが有り得ないわけではない。すでに恒一は『神』に目覚めている。

『万能の神』にな」


高三郎はそう言うと小さく笑った。そして糸目の男へと目を移す。


「国内での恒一の探索をすぐに始めろ!どんな手段を使っても構わん!」

はっ、と頷く男たちに、行け、と短く命令すると男らを下がらせる。


ひとりになった高三郎は、恒一、と静かに呟いた。

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