7話目 気と意識と護衛対象
「……起きて」
眠い? あれ? 今日ってなんかあったっけ?
「えい」
「ぎゃふっ!?」
突然、腹部に派手な衝撃が来た。いや、痛くはないんだけど衝撃だけ来た感じがする。
「え? 一体なに!?」
目をしっかりと覚まして周りを見てみると、ベッドの横に無表情で立っているヴィーちゃんがいた。手には、ヴィーちゃんの身長ぐらいある槍がある。
「朝」
それだけ言うとヴィーちゃんは部屋から出て行った。うん。記憶もはっきりとしてきた。仕事で今日はテクノロイに来てたんだっけ。すっかり忘れてた。
「……よし!」
起きたばかりで半分ぐらいしか機能してない頭を一気に起こす。そして、ベッドから出ると体を伸ばし、仕事用の服にさっさと着替えて棒などが入ったかばんを持って部屋を出た。
「お待たせ!」
あたしが1階に下りたときにはソラくん、ヴィーちゃん、ハルテンさんがすでにいた。
「あれ、もしかして遅かった?」
「いやいや、むしろこの2人が早いんだよ。護衛対象は今日の10時くらいに到着予定だしね」
ハルテンさんがそう説明してくれた。
「じゃあ、なんで?」
「約束。『気』の使い方を教えてあげる」
「え!? ホント!?」
「うん。ハルテン、ちょっと屋上借りるね」
「間違って3階に入ったら鉄拳制裁だよ」
そう言ってハルテンさんが投げたカギをソラくんはうまくキャッチした。そして、ソラくんとヴィーちゃんが上にあがって行ったので、あたしもそれについて行った。
「さて、ここでやってもらうよ」
屋上に上がってみたが、思ったほど広くない。簡単な武術の練習ならできるかもしれないけど、あんまり鍛錬には向いていない場所な気がする。
「ここで何をやるの」
「ただの精神統一」
「え?」
正直、朝の瞑想と何が違うのか分からない。
「ただし、精神統一をしながら『気』の流れを感じて」
ソラくんはそういったが、あたしにはよくわからなかった。
「ためしに精神統一してみて」
「うん。わかった」
目を閉じて、体の力をできるだけ抜くようにした。できれば座るほうがいいのかもしれないけど、なんとなく立ったままでやってみる。
「そこから、血の流れを感じて血の動きを意識してみて」
?? 血の流れ? いや、血の流れを意識しても意識なんてできるわけないよね? 人間の体に血が流れてることぐらいは知ってるけど、それを意識なんてできるの?
ただ、ソラくんがそれ以上の指示をしないので、とりあえずやってみることにしてみる。体の中で血がどんな感じに流れているかをなんとなくイメージする。……よくわからないけど、赤い液体が体中を流れてるイメージを持ってみる。あとは、なんとなくイメージを体に合わせてみる。……あ、なんかわかったような? いや、やっぱりわからない?
「じゃあ、そのままその血をよくわからないままでいいから『気』ってものに置き換えてみて」
???? よくわからないけど、血のイメージを『気』に変えればいいのかな? でも、『気』ってどんなのだろう? 体から変な色の何かが出た記憶なんてないし、空気みたいな感じなのかな?
とりあえず、体中にそんな感じのものが流れてる感じをイメージする。……あれ? なんか体に流れてる? いや、でもこれって『気』? 体中を何かが循環してるのがわかる。
「何となく感じれたら、それを外に出すイメージをしてみて」
「うん」
そいつを体の外に出すイメージをしてみる。そのとき、体が浮くような感じがした。
「え?」
「成功だね」
ソラくんはそう言ってくれたが、あたしには意味がわからなかった。いきなり体が軽くなる感じがした。体の中から不思議なエネルギーが出てくる感じがした。これが『気』。
「……なんかイメージと違う」
「しょうがないよ。シャムが今まで使っていた『気』はほとんど暴走状態で大量の『気』を発してたから。それに比べたらまだまだ少ないけど、毎日練習したらもっと良くなるよ」
なるほど。つまり、今は意図的に出してるから慣れるまでそんな大量の『気』を同時に使用できないんだ。
「……よくわからない」
ずっと無言で見ていたヴィーちゃんが口を開いた。
「シャムは特殊な才能があっただけだから。普通の人には何も見えないよ。もともと『気』は感じることはできても見えないし」
たしかに、あたしも感じることはできるけど、だからといって『気』がどれくらい出てるのか目視できるわけではない。本当になんとなくこんなものかなって感じだ。
「……私には無理そう」
ヴィーちゃんは参考にするために出てきたみたいだけど、ヴィーちゃんは使うのをあきらめたみたいだ。
なんかレオやソラくんは武術を極めた人間が使えるようになるものだって言ってたし難しいよね。ヴィーちゃんが筋肉ムキムキで武術を極めているというイメージはないし。……あれ? それはあたしがそうだってこと? いや、あたしのは才能だから関係ない……はず。
「? どうしたの、シャム」
「……なんでもない」
ソラくんを見てみたけど、そんなに筋肉ムキムキではない。だから、大丈夫。
「やっほー! みんな、依頼主が来たよ!」
ハルテンさんが下から上がってきた。もうそんな時間らしい。
「それじゃあ、明日から毎朝これをやってね」
「わかった」
ソラくんから『気』の練習方法を教えてもらった。
「お待たせしてごめんねー!」
「いえ、私どもも予定より早く着いてしまいましたし、問題ありません」
下に下りてみると、受付にも来ていた美人騎士さんがいた。
「おはよー!」
挨拶は大事なことなのでしておく。
「おはようございます。今回依頼を請けてもらえるのはあなたと……」
「そうだよ。今回依頼を請けさせてもらうシャムリア・スフィアライトです」
「どうも。ソラ・アリスガワです」
「……ヴィライエ・ミランデルト」
ソラくんはいつも通り静かに、ヴィーちゃんはなんか警戒してるみたい。レオのことで気にしてるのもあるだろうけど、もともと人見知りがひどいのかも。
「えっと、ソラさんがシャムリアさんと組んでいるというAランクのジーズで、ヴィライエさんはBランクのジーズで間違いないでしょうか」
ちなみにジーズっていうのはギルドに所属している人の呼び方。いつも大きくGの書いたメダルを出すからジーズって呼ばれてる。まぁ、ギルドをよく使う人ばっかりが使う呼び方で、たいていはギルドの人だけど。
「そうですね」
「そう」
2人は肯定で返す。
「わかりました。私は王族近衛部隊3番隊に所属をしていますノエル・エリントン。階級は少尉です。以後お見知りおきを……とは、いかないんでしたね」
もともとギルドとの仲はあまりよくない。そういう意味で言ったんだろう。
「そうでもないと思いますよ。実際、そのことを気にしているのは騎士試験で落ちた一部の人間だけで、ギルドに務めている人間もほとんど気にしてませんから」
ソラくんがそうフォローする。たしかにノエルさんが来たときにぴりぴりしていたのは一部の人間だけだったような気がする。
「いえ、そちらのせいではなく、こちらの上層部がギルドと関わるのをよくないと思う人間が多く、そういう意味で言っただけです」
「そっか。それならしょうがないね」
「……さっきの発言」
ずっと口を閉じてノエルさんの体を見ていたヴィーちゃんが口を開いた。
「報告したら騎士規律違反に取られかねないけど大丈夫なの?」
「え?」
騎士規律違反?
「騎士規律違反っていうのは、王国に所属する騎士たちのルールだよ。これがかなり細かくて厳しいからって理由でギルドに来る人間が多いくらい厳しいらしい」
ソラくんがそう耳打ちしてくれた。
「……わかりませんが、おそらくないでしょう。上層部への不満をプライベートで発言した程度で罰せられるものではありませんから」
「……そう」
なんかヴィーちゃん、ちょっと残念そう? そういえば、ノエルさんってレオと親しげに話してたし、もしかして弱み握ろうとしてた? ……まさかね。
「心配掛けて申し訳ありません」
「心配なんかしてない」
敵意むき出しのヴィーちゃんを見たら、やっぱりそんな気がしだした。
「とりあえず、依頼人のところへ行ってきなさい。護衛なんだし、細かい話はそこでできるでしょ」
ハルテンさんにそう言われ、ヴィーちゃんは敵意をおさめた。
「それでは行きましょう」
ノエルさんがそう言って出たので、あたしたちもそのあとを追いかけた。
「ここです」
そう言われてきたのは街から少し離れた場所。そこには10人ほどの兵士と、きれいな馬車があった。兵士たちはなんか視線が険しい。というか、見下してる感じ。
これだけでギルドと国の騎士にはかなりの確執があるのがわかる。ノエルさんが普通だからそこまでじゃないのかと思ったけど、やっぱりかなりひどいみたいだ。
「部下がすみません」
「いえ」
小声で謝るノエルさんにソラくんも小さな声で答えた。
「それでは、シャムリアさんとヴィライエさんは私といっしょに馬車に乗ってください。ソラさんはすみませんが、外で兵士たちと歩いて護衛をお願いします」
「はい」
護衛だし、護衛する人間の近くに行くのはわかるけど、ソラくんはだめ。ってことは、今回の護衛の相手は女の人なのかな? 国の騎士が出るってことはかなりの大物なのかな? ……あれ? 何かを忘れている気がする。
「では、どうぞ」
「失礼しまーす」
「よくいらっしゃいました」
中にいた人を見て、あたしは固まった。そこにいたのは、ティファニー様。
「どうかされましたか?」
「あ……あ……」
今になってやっと思い出した。レオが言ってたことを。ティファニー様は、歌手だけど王女でもある。そして、ティファニー様は近々、ミスレイアでライブを行う。
「早く入って」
ヴィーちゃんが隙間から頭を出す。
「……ティファニー姫?」
「はい」
ヴィーちゃんの言葉に笑顔で頷いた。それを見ただけであたしは昇天しそうな気持ちになる。
どうやらあたしはティファニー様の護衛をするらしいです。
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「なるほど。ティファニー姫か」
僕は外でそんなことをつぶやいた。シャムの横からちらっと見えたけど、たぶんティファニー・シュトレゼウム第3王女で間違いないだろう。
「おい、貴様」
そんなことを考えていると兵士の1人から声をかけられた。
「お前は遊撃をやってもらう」
「遊撃、ですか?」
「そうだ。近くに怪しい奴がいたらすぐに報告しろ」
「報告だけでいいのんですか?」
「そうだ。何があっても手を出すな」
どう考えても報告して逃がしたらこっちのせいにして、捕まえたら文句を言ってくるんだろうなぁ。
「わかりました」
とりあえず頷いておいて、後は何も起こらないことを期待しよう。
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