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死神を食べた少女  作者: 七沢またり


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第二十八話 少佐から貰った豆は、苦くて渋い

 会戦二日目。前日のような大規模衝突は起こらず、お互いに矢を射掛ける程度の小競り合いに終始。

 三日目、戦況は完全に膠着。両軍共に手が出せない状況に陥る。戦列同士が睨み合い、そして無為に陽が暮れる。

 

 そして四日目。ヤルダー師団がカルナス高地近辺まで到着。その報せを受けたバルボラは、カルナス奪取作戦開始の号令を下す。

 オクタビオに対し、予定通りにシェラ、コンラート隊を切り込ませろと指示を出す。バルボラ、ブルボン隊は、敵を引き付ける為に戦列を前進させる。

 解放軍もそれに合わせるようにフィン、ベフルーズ、そしてアルツーラの本隊を展開。


 解放戦争において、最も多くの犠牲者を出すことになる悪夢の一日。

 春とは思えぬ程強く照り付ける太陽の下、戦いは始まった。

 

 


 カルナス高地西部側面に布陣したヤルダー師団。ヤルダーは高地に築かれた強固な陣地を見て、顔を顰める。

 

「まずいな、想定以上に堅固な陣を築いているぞ。この短期間で大した物だな。敵の指揮官も中々やりおるわ」


「閣下、感心している場合ではありません。迅速に攻め落とさねばなりません」


 シダモが注意すると、勿論だとヤルダーは強く頷く。


「分かっている! 狼煙を上げろ! 向かい側の別働隊に攻撃開始を知らせるのだッ!」


「はっ!」


 ヤルダーの命を受け、兵士が狼煙を上げる。展開している筈の、シェラ、コンラート、オクタビオ師団に合図を送ったのだ。

 作戦では、敵左翼分断後、カルナス高地を両側から圧迫、そして制圧する手筈となっている。タイミングを合わせる事が、この作戦の明暗を分けるといっても過言ではない。

 

「シダモッ! 歩兵隊を進軍させろ! 目標、カルナス高台陣地ッ! 長弓兵と連携して攻め立てろッ! 敵の防御陣地は投石機で粉砕するのだッ!」


「了解です。伝令、全歩兵隊を進軍させろ。工兵は投石器を構築後、彼らの援護に当れ。決して突出しないようにしろ。連携を取りながら前進するのだッ!」


「了解しましたッ!」


 伝令に命じると、シダモはカルナス高地を眺める。高台の陣地には、解放軍の旗が誇らしげに翻っている。

 ほぼ全ての守備兵がこちらに配備されているようだ。逆に言えば、中翼方面はがら空きになっているだろう。そこを衝けば、必ず動揺する。その瞬間を見逃してはならない。一瞬の隙を捉えることが、参謀である自分に課せられた役目である。

 

「全員奮起せよッ! この戦いに王国の命運が掛かっているのだ! 我々は必ず勝利するぞッ!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!』


 ヤルダーが鼓舞すると、アンティグア、ベルタから付き従っている古参兵達が指揮官の叱咤激励に応えて気勢を上げる。

 辛苦を共にしてきた兵達は、錬度、士気共に王国軍中では比較的高い水準にある。王国に見切りを付けた者は既にこの場には残っていない。

 

――カルナス高地西部、戦闘開始。







 敵右翼を引き付けているブルボン師団。率いているブルボン少将は非常に消極的で優柔不断な男だが、この任務にはむしろ最適であるとも言えた。

 何をするにも迷い、決断するまでに時間が掛かる。つまり、臨機応変に動くことが出来ないのだ。言葉を変えると、慎重とも言える。バルボラの言葉に追従し、その行動に従う事で出世してきたこの男は、自分の考えを持ってはいない。本来ならば、師団長などという地位に就けてはならない人間なのだが。

 

「ブルボン閣下! ご命令を!」


「う、うむ。バルボラ大将からは、敵を引き付けろと指示を受けているが。……果たして攻めれば良いのか、守れば良いのか。こんな事は習っておらんぞ。戦線を膠着させるには、まず――」


「閣下!」


「待て、今考える。私は少将まで上がってきた男だ。何事も慎重に動かねばならぬ。ここでの失敗は取り返しのつかぬ事態を招くからな。時間を掛けなければ。もう少し考えさせてくれ。かつての模擬演習では、果たしてどうだったか」


 呑気に演習内容を思い出すブルボン。参謀がいきり立って詰め寄るが、ブルボンは全く動じない。


「閣下、そんな時間はありませんぞ! 既に交戦を開始しているのです! 直ちに兵達に指示を与えなければなりませぬッ」


「うるさい! 私は今考えているのだ! 結論が出るまでは現場の判断に任せるっ!」


「か、閣下!」


 対峙している解放軍のベフルーズの先陣は、果敢に攻め立てて来ているが、ブルボン師団は正面から当ることなく、のらりくらりと躱している。積極的に攻め立てるのか、守勢に徹するのか。迷いに迷って部下達に指示できない。皮肉な事にそれが良い方向に働いていた。

 ブルボンが決断出来ない事は、必然的に、『現場の判断に一任する』指示になっている。

 一方のベフルーズは指揮力に長けている為、部下達は彼の指示に完全に従って行動する。ベフルーズに従えば、勝利に繋がると確信しているからだ。

 その依存が僅かにタイムラグを生み出し、現場の判断で勝手に動いている王国軍の、臨機応変な動きに追いつけないのだ。

 最前線の指揮官が一番に優先するのは、『死なない事』である。軍規に反しない程度に戦い、適当にあしらって後退する。そして付け入る隙があると判断すれば、適当に仕掛けて手柄を上げていく。

 士気が低下したとはいえ、今は亡きシャーロフが徹底的に鍛え上げた精兵達だ。下士官達には優秀な者が多い。

 恐らく、ブルボンがまともに指揮を出していたら、即座に潰走に追い込まれていただろう。一翼を率いて戦った経験など、この男にはないのだから。





「ええいっ、敵も中々やりおるわッ! 攻めると見せかけて引き、引くと見せかけて攻めるとは。深追いは避けよっ、伏兵がいる可能性があるッ! 決して引き込まれるなッ!」


 ベフルーズは指揮杖を叩きつけながら、激昂する。非常にやりにくい相手だ。上手く勢いを受け流されている。そのまま深追いして切り込んだら、敵の思う壺である。


「閣下、一度総攻撃を指示しては如何でしょうか。見る限り、敵は統率の取れた動きとは言い難いものがあります。圧力を掛けて様子を見ては? 案外、あっさりと崩壊するかもしれません」


 王国軍指揮官の能力に疑問を抱いている参謀は、このような采配を彼らが揮えるとは全く思っていない。恐らくは、現場指揮官が勝手に行動しているのだろうと察知している。勿論ベフルーズにも分かっている。敵に策などない。長年の経験、勘からそれは分かってはいるのだが。

 焦れた参謀の進言に、ベフルーズは首を横に振る。悔しそうな表情を浮かべながら。


「軍師殿から総攻撃は固く禁じられているッ。作戦発動までは決して総攻めを行ってはならぬとな! ……儂が見る限り、王国軍は指揮を現場に一任しているのだろう。敵の指揮官は、余程の天才か、類稀なる馬鹿のどちらかだ。とてもではないが、儂には出来ん。下手をすれば、全部隊に大混乱を招くのだからな。実にやりにくい相手だッ、忌々しい!」


 本来ならば、参謀の進言通り総攻撃を掛けて圧力を加えたいが、それは禁止されている。そして攻めかかっている先陣は、敵小隊に良い様にあしらわれている。

 現状では、このまま無様な戦いを続けざるを得ない。ベフルーズ本隊は命令により動けないのだから。右翼は完全に膠着してしまった。恐らく、敵の思惑通りに。

 

(作戦発動までの辛抱かッ! この戦の勝敗は軍師殿の采配に掛かっている。何としても成功してもらわねばならぬ。任せたぞ、ディーナー殿!)



――ベルトゥスベルク平原東部、戦線膠着。





 『敵左翼を分断せよ』。

 オクタビオの命を受けたシェラ隊とコンラート隊は、カルナス高地東部と平原の境目に切り込むように、猛烈果敢に攻め立てた。

 シェラの率いる騎兵は、解放軍の戦列を食い破り、コンラートと緊密に連携を取りながら突き進んでいく。

 

「大佐ッ、ここまでは計画通りです。オクタビオ少将に合図を送ります!」


 カタリナが狼煙を上げる為、下馬して準備を始める。


「よし、合図は任せるッ! 誰か、コンラートに連絡を送れ! オクタビオ閣下が到着するまでは、この地点を維持する! その後我らはカルナス高地に攻め入るぞッ!!」


「了解しました!!」


「コンラート隊と合流次第、騎兵は撹乱行動を取りながらこの戦線を維持する!決して動きを止めるな! 狙い撃ちにされるぞ!! 動き回って敵を蹂躙しろッ!!」


 シェラが大鎌を掲げて大声を張り上げる。騎兵達もそれに応えて士気を向上させる。


「了解ッ!」


 騎兵がコンラート隊へと駆け始める。当初の狙い通り分断に成功したが、これは一時的に水を掻き分けたような物だ。

 即座に堰を構築しなければ、再び飲み込まれてしまう。周囲には、重囲しようとする解放軍が戦列を再編し始めているのだから。

 オクタビオ師団の突入こそが、この地点の維持には不可欠であった。

 シェラ隊3000、コンラート隊5000。オクタビオ師団3万。左翼分断の為に投入された人員である。首尾よく行けばカルナス高地奪取のみならず、敵本陣への突入まで狙えるものだ。

 師団長のオクタビオに与えられた命令は単純明快。シェラ隊から狼煙が上がり次第、直ちに突撃命令を下せというものだ。

 この程度ならば、小心者のオクタビオにも成し遂げることが出来るだろうという、バルボラの判断だった。

 

 

 

 


「……オクタビオ閣下、シェラ隊より狼煙が上がっておりますが」


 遠眼鏡を覗き込みながら、副官がオクタビオに報告する。そんな物を用いずとも、肉眼で目視できる程の距離である。

 オクタビオは厭らしく笑いながら答える。

 

「ククッ、兵法を知らぬ新米将校の判断など当てにならぬ。師団投入の時期は、私が判断する。突撃はまだ早い。早すぎるわ。そうは思わんか?」


「はっ、時期尚早かと思われますな。功を焦る余り、シェラ大佐は判断を誤ったのでしょう。ここは、百戦錬磨のオクタビオ閣下の判断が優先されるかと」


「ふむ、ならば仕方あるまい。全隊に連絡だ、私の合図があるまで決して動くなと厳命しろ。何が起ころうと動いてはならぬ。反した者は軍規違反に問い、必ず厳罰を与えると伝えるように」


「了解しました。……しかし、閣下の読み通りですな。ご慧眼に感服いたす所存です」


 副官が追従すると、オクタビオは愉快そうに笑い声を上げる。


「星神も私に味方しているようだ。バルボラ閣下が元帥へ出世すれば、私も必然的に昇進する。反乱軍は壊滅し、邪魔者はここで死ぬ。我が行く手を邪魔する者は何もなくなるという訳だ。勿論貴官もついてきてもらうぞ? 私は忠勤を忘れるような男ではないからな」


「はっ、どこまでも閣下にお供いたします!」


「それでは、身の程を弁えぬ小娘の最期を共に見届けようではないか。噂の死神の武名が潰える所をな。どのような死に方をするのやら。クハハッ! 実に愉快だ!」


 腰につけた遠眼鏡を取り出すと、嘲笑を浮かべてシェラ隊が戦闘している場所を覗き込む。解放軍はシェラ達を包囲しようと忙しなく戦列を動かしている。彼らが命を賭してこじ開けた隙間は、何の抵抗もなく閉じられようとしている。

 

(愚かな小娘が。下賎な輩が、この私に肩を並べようなどと思い上がるからこうなる。ククッ、己の愚かさを悔いながら、泣き喚いて死ぬが良いっ!)



――オクタビオ師団、突入せず。







 オクタビオ師団の後詰を得られず、完全に孤立したシェラとコンラート隊。一時間も経たないうちに完全に囲まれ、袋の口を閉めるように、解放軍に圧迫され始めていた。カタリナは何度も狼煙を上げるが、オクタビオが動く気配はない。遠方より、こちらの様子を眺めるだけで、進軍しようとはしないのだ。

 

「な、何故動かないのッ!? このままでは、折角の好機が――」


 カタリナが煙を出し切った発煙筒を叩きつける。シェラは苦笑しながら宥める。


「それはね、カタリナ。私達は見捨てられたのよ。分かりやすくて助かるわね」


「どうしてですかッ!? 今突入しなければ、この作戦は完全に失敗するというのにッ!」


「オクタビオ閣下にとって、私は反乱軍よりも邪魔で目障りだったということでしょう。その為に、勝機を逃し、8000人の兵士を見殺しにする事を選んだ。ただそれだけじゃない?」


 大鎌を肩で小刻みに揺らして、己の考えを述べる。

 新しい乗馬となった、まだ乗りなれない馬体を軽く撫でながら。

 帰還次第、オクタビオは必ず殺す。シェラは心に刻み込む。


「そ、そんな」


 震える手で眼鏡を触りながら、カタリナが呆然と立ち尽くす。そのような理不尽な考えで、勝機をみすみす逸するなど、有り得ない。そんな愚か者が、何故師団長などという地位にいるのか。まるで理解できない。

 しかし、現実はシェラの言う通り。オクタビオ師団は動かない。

 

「……大佐。このままでは、何も出来ずに全滅します。ここは一隊がこの場に残り死守、残りは作戦通りにカルナス高地へ攻め入るべきです。ヤルダー師団は、現在も攻勢を掛けています。側面より援護をしなければなりません」


 土埃に塗れ汗だくになったコンラートが、息を切らしながらシェラに提案する。

 方陣を組んだ歩兵たちが、懸命に敵を近づけまいと弓を取り、槍を繰り出している。

 騎兵達は、動きを止めまいと、円周を描きながら敵と交戦している。だが、それもそろそろ限界だ。敵の密度が濃くなっている。

 間もなく、堰は決壊するだろう。数が違いすぎる。


「し、しかし、援護も何も、我々が――」


 カタリナが疑問を口にする。コンラートの提案は、一隊が捨石になれという事だ。


「無論全滅する覚悟がいる。確実に死ぬだろう。だが、カルナス高地を奪えばこの戦いはまだ分からない。ここで高地を奪えず、我々が全滅すればこの戦は負ける。だから、何としても攻勢を仕掛けなければならん」


「それじゃあ、私と騎兵隊が残るわ。ここから東方向に、反乱軍総大将の旗印を見つけたの。多分アルツーラがいると思う。あれを殺せば、この戦いは終わるでしょう? 陽動ついでに狗の親玉を討ち取ってくるから」


 シェラが遠くに布陣している一隊を指差す。解放軍の旗に、王家の紋章が記されている。アルツーラの隊旗である。

 しかし、そこに辿りつくのはどう考えても無理である。目的地は、幾重にも張り巡らされた戦列を突破し、防御陣地を崩した先なのだから。しかも増援が来る事を考えれば、天地がひっくり返っても不可能だ。

 

 シェラが幾ら奮戦しても、矢の雨を防ぐことは出来ないだろう。シェラが防げても、馬はそうはいかない。足を失った所を歩兵に囲まれて、いずれは討ち取られる。コンラートは首を横に振ってシェラの意見に反対する。

 

「大佐。貴方の騎兵隊ならば、この包囲を突破してカルナス高地へ攻勢を掛けることが出来ます。そして、我ら歩兵隊は、残念ながらその機動力がありません。残るのは我らにお任せを」


「コンラート少佐。軍隊では階級が絶対だったわよね。先日、貴方が言ったのだから。上官の命令は絶対よ。それが軍隊というものでしょう。私の命令に従いなさい。貴官の隊は、直ちにカルナス高地へ突撃を開始しろ」


 シェラが飛来してくる矢を叩き落しながら命令する。腰から小鎌を抜き、遠くで弓隊を指揮している男へと投げつける。鎌は鎧の胸部に突き刺さり、標的は息絶えた。解放軍の弓兵達が動揺し、一瞬攻撃が止む。

 

 シェラはもう話すことはないと、アルツーラ陣目掛けて突撃命令を下そうとしている。

 コンラートは深い溜息を吐いた後、ある物を取り出す。この女には話すよりも、こちらの方が早い。

 

「……ベルタから変わらないな、シェラ大佐。死の間際だというのに、よくも飄々としていられるものだ」


「敬語より、その喋り方の方が似合ってるわね。それで、納得してくれたなら、とっとと行ってくれる? 私達は、これから賊将の首を取りに行くから。無駄話をしている時間はないわ」


 手綱を握るシェラを引きとめ、コンラートは二粒の豆を取り出す。片方には×印が入っている煎り豆。

 戦いの前に、シェラが貪っていたベルタ産の煎り豆。


「……これで決めよう。ベルタでもそうだったように。印のついている方が当りだ。当ったらカルナスへ進軍、外れはここに残り時間を稼ぐ。良いな?」


「……断ると言いたいけれど、貴方は納得しないのでしょう?」


 呆れ顔でシェラが問い掛ける。コンラートが頷く。


「そういうことだ。年長者の意見は聞くものだ」


「……良いわ。それじゃあ、さっさとやりましょう。もう時間がないから」


 コンラートが手を合わせ、右と左に豆を握りこむ。シェラは左を選択した。

 ささくれ立ち、血糊が付着した左手が開くと、×印のついた豆が現れた。

 

「……運が良いな、シェラ大佐。この通り、貴方が当りだ。大佐にはカルナス高地へ行ってもらいます。……後は任せました」


 コンラートが印のついた豆をシェラに放ると、もう片方を隠そうとする。


「右手を見せてみなさい。右手を開けて見せろ、少佐」


 シェラの言葉に従わず、右手に握りこんだ豆を口に放り込み、豪快に噛み砕く。

 

「時間がありません、大佐。一刻も早くカルナス高地へ!」


 コンラートが叫ぶと、シェラは無言で馬首を返す。約束は約束。自分は当り、コンラートは外れた。それだけだ。

 そこにどんな作為があろうとも。

 

「……カタリナッ、騎兵を縦列に組め!! カルナス高地へ突貫するぞッ!!」


「は、はいッ!! 了解しました!!」


「コンラート、後は任せるわ。また、会いましょう」


「お任せ下さいッ!! いずれ、また!」


 コンラートは隊を三隊に分け、一隊を北方面への囮、もう一隊を敵総大将アルツーラ陣目掛けて進軍させる。

 もう一隊は、シェラの突撃を最期まで支援するという役目だ。どれも生還は望めない。

 敵は撤退を阻止しつつ、アルツーラを守り、更にシェラ隊の突破を阻止する必要がある。戦列は大いに乱れるはずだ。

 コンラートはアルツーラ陣への突撃に参加。死力を尽くして槍を振るう事を決断する。

 シェラは、騎兵を再編してカルナス方面へと突撃を開始。コンラートの歩兵が、それを援護するように敵陣に切りかかっていく。

疲弊している兵士達は、次々に討ち取られていくが、シェラの騎兵は確実に前進している。

 これが死神の見納めとばかりに、コンラートはしっかりと目に焼き付ける。

 小娘の癖に、お伽噺の豪傑のような女だった。その癖食い意地が張っている。英雄には似つかわしくない態度と表情。思わず苦笑する。

 隣に控えていた古参兵が、思わせぶりにコンラートへ話しかける。

 

「少佐、良い物を持っているのですが、掲げる許可を頂けませんか? 少佐もきっとお気に召しますよ」


「……何だ?」


「これです」


 古参兵が取り出したのは、壊滅した第4軍の軍旗。今は亡きダーヴィトの紋章の入ったものだ。

 

「許可しよう。全く、物持ちの良い奴だ」


「ダーヴィト大将はそんなに好きじゃなかったが、少佐は自分達に良くしてくれました。ここまでご一緒できて、光栄でした」


 周囲の兵士が、コンラートをちらりと見て、同意するように頷く。そして、遠くアルツーラ陣目掛けて槍を構えた。

 皆覚悟は出来ている。


「……すまんな。悪いが最後まで付き合ってもらうぞ」


「ご命令をッ!!」


「ユーズ王国第4軍、ベルタ歩兵大隊突撃開始ッ!! 我らの意地を見せ付けろッ!! 賊将アルツーラの首を上げるのだッ!! 進めッ」


 第4軍旗が高らかに翻る。コンラートは槍を翳して、先陣を切って駆け始めた。

 兵士達がその後に続く。全員疲れきって、呼吸が乱れている。降り注ぐ矢が屍を多数作り出していく。

 それでも彼らは怒声を上げながら敵戦列へと恐れることなく突撃した。


『第4軍万歳! コンラート隊万歳!!』

『王国軍万歳ッ!!』

『突撃ッ!!』


「いくぞッ!!」


 コンラートの槍が、解放軍兵士の喉下を貫く。即座に引き抜き、横でうろたえている若者の胴体を薙ぎ払う。


『うおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!』



「王国の奴らが来るぞっ! 備えろッ!」

「こいつら、死ぬのが怖くないのかっ!?」

「突破されるな! この先はアルツーラ姫の本陣だぞ!」

「敵は三方向に分かれましたッ! つ、追撃のご命令をッ!!」

「寡兵の敵に何を慌てているのだっ! 落ち着かんか!!」 


 死を恐れぬ王国軍の最後の突撃に、包囲していた解放軍は混乱する。三方向に散った軍勢、誰がどのように追撃するのか。

 指揮官の指示が遅れてしまう。このまま包囲して潰せると確信していたから。彼が迷った分だけ犠牲者は増える。


 コンラート隊は勇敢に戦った。戦列を三層突破し、防御陣地までたどり着いた所で彼らは力尽きた。

 

「ハアッ、ハアッ!」


 ただ1人、満身創痍で槍を振るうコンラートの前に、解放軍副将アランが現れる。兵卒に討ち取らせるには惜しいと思ったのだ。


「名のある将とお見受けする。私は解放軍副将、アラン・キーランド。手合わせをお願いする」


「……王国軍少佐コンラートだ! いざッ!!」


 コンラートの最後の力を振り絞った突きは、アランの頬を掠める。そして、上段から剣が振り下ろされると、コンラートは全身から血を噴き出す。

 

「……ダ、ダーヴィト閣下、も、申し訳、ありませ、ん。大佐、後は――」


 アランはコンラートに止めを刺すと、丁重に葬るように命令する。王国軍には珍しい堂々たる武人であった。

 コンラートが討ち取られると、孤立していた兵達も後を追うように死んでいった。

 北に向かった囮部隊も、同じく壊滅。シェラの援護を行っていた部隊は矢が尽きた所で各自が斬りこみ、力尽きていった。

 

 



 シェラの横を並走するカタリナが、後ろを一瞬振り返る。コンラート隊が大群に飲み込まれ、全滅するのを目視で確認した。

 それと同時に、後方に配置した死体を爆破し、煙幕を張る。


「大佐、コンラート隊が壊滅しました」


「……そう。残念ね。でも、きっとそのうちに会えるわ」


 シェラは、片手一本で大鎌を振るいながら、コンラートが細工した豆を取り出し、口に入れた。

 とても苦く、渋い。シェラは顔を顰める。手に血がついていたため、鉄の味まで混ざっている。


「大佐?」


「何でもないわ、ちょっと苦かっただけ」


 後方から、敵の騎兵が追撃を掛けて来ている。敵を正面突破しながら進むシェラ隊は、どうしても速度が遅れてしまう。カタリナは視線で騎兵の1人に合図を送る。決してシェラに気付かれないように。知られてはならない。

 『死兵となり時間を稼げ』。カタリナが予め彼らに伝えておいた命令である。最後には自分も死兵となるつもりだ。

 最後尾の300騎が無言で反転し、敵追撃部隊へと突撃を開始する。彼らは捨て駒だ。上官を前に進ませる為の、ただの時間稼ぎ。

 カタリナは生贄を用意しなければ、たどり着けないと判断した。シェラの武勇をもってしてもだ。

 カルナス高地を睨みつけているシェラは、気付かない。また、カタリナ達も気付かせないように囲みながら進軍する。

 

「やはりこちらは手薄です。敵の守備隊はヤルダー師団へと主戦力を当てています。このまま高台陣地に切り込みましょう。コンラート少佐が作ってくれた貴重な時間を、無駄には出来ません」


「そうね。予定通り、カルナス高地を落としましょう。絶対に落すわ」


 シェラと2000騎は、散発的な抵抗を強引に噛み破りながら、一路高台へと攻めあがる。西方面からはヤルダーが猛攻をかけている。カルナス高地を、図らずも作戦通りに挟撃する形となった。無論、シェラ達が挟撃されているとも表現出来る。

 足止めの300騎がどれだけ食い止められるか。絶望的な死闘が始まる。

 

 




「我らはシェラ騎兵隊」

「ここは決して通さぬ」

「シェラ大佐万歳。大佐に勝利を」


 槍を振るい、鮮血を振り払うシェラの騎兵達。鎧には矢が何本も突き刺さり、中には顔面に突き刺さっている者もいる。

 それでも、戦意を失うことなく、騎兵達はカルナス高地の中腹で足止めを続けていた。稼いだ時間は30分余り。体力は限界に近づいているが、主の為に最期のその時まで槍を振るい続ける。

――残存200騎。

 

「……お、恐れるなっ! 敵は手負いだぞ! 槍隊、前進しろっ!!」


「し、しかしッ! あいつら、化け物です! もう動けるはずがないのに!」


「黙れっ、命令だ! 進めっ!!」


 解放軍隊長の命を受け、500人からなる槍隊が恐る恐る繰り出していく。

 それを見ていたヴァンダーは、とある条件を提示して兵士達を鼓舞する。

 彼は軍師ディーナーから命を受け、一隊を率いてこの場所にやって来ていた。

 

「あの騎兵を討ち取った者には、首一つにつき金貨一枚を与える! 全員奮起せよっ!!」


「き、金貨一枚ッ!?」

「く、首一個につきか!」


「そうだ! ディーナー軍師のお墨付きだ! 解放軍勝利の為に、進めッ!」


 兵士達の目の色が変わる。金貨一枚あれば、数ヶ月は遊んで暮らせる。相手は強いとはいえ、既に瀕死の兵士達。一気に行けば押しつぶせる。

 

 ヴァンダーは右手を挙げ、後方に麾下の兵士を待機させる。手には、機械仕掛けの弓、『強弩』を手にしている。

 錬度に左右されず、誰でも一定の戦果を挙げることが出来る兵器だ。装填に時間は掛かるが、威力は期待できる。

 槍隊に気付かれないように、隊列を組み、矢を番えさせる。

 

「槍隊、突撃ッ!! 敵を討ち取れ!!」


 歩兵隊長以下500人が突撃を開始。シェラ隊の騎兵は動ずる事なく、得物を繰り出し、死をばら撒いていく。たちまち乱戦となる。

 信じられないことに、数に勝る槍兵が完全に押されている。死兵となった騎兵達は、傷を負う事を恐れていない。生に執着のある解放軍兵士とは、戦意が全く違うのだ。


「く、くそっ!」

「た、助けてっ! やっぱり無理だ!!」


「シェラ大佐に勝利ヲッ!!」


 助けを請う兵士の頭を逆手に構えた槍で突き刺す。腹部に横から槍が突き出され、騎兵は血を吐く。槍を叩き折ると、顔を青くした男の顔面に、倒れこみながら穂先を抉りこませた。歩兵は絶命し、騎兵はまだ生きている。

 


 その様子を見ていたヴァンダーは、内心戦慄しながらも、ディーナーから下された命令の一つを実行する。

『死神と、その騎兵を確実に殺せ。どのような犠牲を払っても構わない』。

 右手を振り下ろし、弩兵に矢を放たせる。騎兵、そして味方の歩兵にも矢は突き刺さる。

 

「た、大尉ッ! なんてことを! 正気ですかッ!?」


 包囲していた別の歩兵隊長が怒鳴り声を上げる。味方を巻き添えにして矢を放つなど正気の沙汰ではない。


「黙れ。あいつらはこうしなければ討ち取れない。ならば、これはやむを得ない犠牲だ。彼らはその身を投げ打って、死神の騎兵と刺し違えたのだ。――次、放てっ!!」


 第二射が放たれる。騎兵達は道連れとばかりに、槍兵と刺し違えて死んでいく。


「な、なにを言っているのか分かりません! とにかく止めて下さいッ!」


「中尉。ここは戦場だ。これは犠牲を少なくする為に必要なのだ。仕方がない事なんだ。納得してくれないか?」


 ヴァンダーは面倒くさそうな顔を浮かべて、歳若い中尉を諭すように告げる。

 

「――で、でも、味方を巻き添えにして良い事にはなりません! 彼らは私達の仲間なんですよ!?」


「奴らは、普通に矢を放っても、軽々と跳ね返す。死神の騎兵だからな。だから、食い止めるためには生きた囮が必要なんだ。彼らは自分から突撃していった。解放軍の大義の為に、勇猛果敢に。俺はその意志を尊重しただけだ。だから、何も問題ないだろう?」


「お金で釣ったのは貴方でしょう!!」


「彼らの死を冒涜するのか? 彼らは『大義』の為に突撃した。そうだろう? 解放軍同志に、金で動く様な輩は1人もいないはずだ。彼らの死は、誇り高きものだ」


「――ッ!」


「とどめだ。1人残らず楽にしてやれ。どの道、助からん」


 ヴァンダーが指を鳴らすと、第三斉射が行われる。この攻撃で、身動きする者は1人もいなくなった。瀕死のシェラ隊兵士は、包囲していた兵士達の手により止めを刺される。矢には毒が塗られていた。戦意がいくらあろうとも、身体が動かなければ意味がない。

 死兵を確実に殺すために用意された装備。それがこの強弩なのだ。

 

「こんなの、こんな事は間違っているっ!」


 若い中尉は、剣を叩きつけて憤る。指揮下の兵が宥めるが、振り払い激昂している。


「…………中尉、発言には気をつけろ。それ以上の暴言は軍規違反に問うぞ。

今回は見逃してやる。これからは、良く考えてから発言するように」


「――ッ。これより追撃を開始します! 私は失礼しますッ!」


 顔を歪めながら、若い中尉は部隊へと戻っていく。

 ヴァンダーは、その後姿にかつての自分を見た。


「…………」

 

(……大義の為だ。俺は間違っていない。子供を殺したあの人とは違う。俺は民の為に戦っているのだから。だから、俺は間違っていない。そう、間違っていない。俺は正しい筈だ)


 ヴァンダーは、心の中で繰り返しながら、拳を握り締める。目の前には、かつての同僚の死体、現在の同志の死体が散らばっている。自分は正しい。そう思わなければ、戦場で生き抜くことなどできない。だから、自分は間違っていない。

 

「俺は、間違ってはいないッ!」


 高台を駆け抜けて行く、呪われた黒旗を掲げた騎兵を眺めながら、ヴァンダーは呟いた。

 彼には、もう一つの任務がある。ある命令書を携えた伝令は、既に高地守備隊の元に向かっているだろう。





――王国軍、バルボラ隊本陣。

 バルボラは、未だに動く様子を見せないオクタビオに激怒していた。シェラ、コンラートが既に突撃している事は報告を受けている。何故本隊が突撃を開始しないのか。あの男は、この作戦内容を理解しているのか。このままでは、頓挫するのは時間の問題だった。

 否、既に遅いかもしれない。バルボラは机を乱暴に蹴飛ばして、伝令に命じる。

 

「オクタビオに再度伝令を送れっ!! 直ちに進軍しろと厳命しろッ! あの男は兵を進軍させる事すら出来んのかっ!! 嫌だとぬかしたら、憲兵に拘束させろ!!」


「か、かしこまりました!」


「…………」


 伝令が走り去ると、傍に控えていたラルス少将が遠眼鏡を使って戦況を観察する。シェラ大佐が突入して命がけで構築した隙間は、既に埋まってしまっている。突入した兵達は、包囲を受け壊滅している可能性が高い。あれでは無駄死にだ。

 ヤルダー師団はカルナス西部から攻め上がっている時間帯だ。今更作戦を変更することは出来ない。オクタビオの愚かな判断の為に、王国軍には敗退の危機が迫っていた。高地奪取の為に、大軍を割いているのだ。それが無為に終われば、この戦の趨勢は敵に傾いてしまう。

 

「糞がっ!! どいつもこいつも使えぬ奴らだっ!! 何故まともに指揮を執る事が出来んのかっ! 将官にまで上がっておきながら、一体何を学んできたのだあの馬鹿者はっ!! オクタビオめ、ただでは済まさんぞっ!!」


 バルボラの怒声が、空しく響き渡る。ラルスはそれには応えずに無言で自分の隊へと戻っていった。やはり、バルボラは指揮官の器ではないとラルスは実感させられる。シャーロフならば、果たしてどうだっただろうか。今は亡き上官を思い浮かべ、ラルスは深く嘆息した。

 

(まだ勝負は決まってはいない。厳しいが、何とか挽回しなければ。例え腐りきっていても、シャーロフ閣下の守ろうとした国だ。閣下から受けた恩は、この命に代えても返さねばならん)



 バルボラから矢のような催促を受け、オクタビオ師団はようやく進軍を決定。角笛を高らかに鳴らしながら、意気揚々と戦列を前へと押し出していく。前面の隊は、シェラ、コンラートと一戦交えた後で激しく疲弊している。この大軍で正面から突入すれば、必ず押し破れるとオクタビオは確信しているのだ。

 

「奮戦空しく壊滅したシェラ、コンラート隊の仇を取るのだ! 栄光ある第1軍の勇士達よ、前へ進めいっ! 遅れをとるなっ! ひたすら蹂躙するのだ!! 手柄を上げれば、褒美は望みのままだっ! 全軍、突撃!」


 白々しい言葉を吐きながら、オクタビオは剣を掲げる。傷一つない豪華な鎧を身に纏い、得意満面の笑みを浮かべている。この男の中では、勝利は既に決定していた。





 カルナス高地、解放軍高台陣地。ガムゼフ師団は厳しい戦いを強いられていた。

 西部から攻め寄せる王国軍の攻勢は苛烈であり、与えられた2万の兵のうち半分以上を防衛の為に割かれていた。

 高地だけあって地形は険しく、部隊を配置転換するには時間が掛かる。

 切り込んできた敵部隊は完全に包囲し、壊滅は時間の問題という伝令は受け取っている。東部からの圧力がなくなったガムゼフは、捨て身で攻勢を掛けてくるヤルダー師団を全力で迎え撃つ事を決断。高台より逆落としを喰らわせようと意気込んでいた。

 

「敵兵に向かい、逆落しを喰らわせるぞっ! 全守備隊に伝令、勢いのまま高地を下れと伝えよっ! 手柄は挙げ放題だっ! 数は同数、士気、地の利に勝る我らに負ける要素はないっ!」


「了解しました!」


「ここで、ゴルバハール峠の恥辱を雪ぐのだっ!」


(手柄を上げなければ、ベルタ派に後はない。何としても敵師団を壊滅させなければ。高地防衛だけでは全く足りぬ。ディーナーの思い通りにさせてなるものかっ!)


 編成を終えた守備隊が、攻めあがるヤルダー師団に対していよいよ総攻撃を仕掛けようとしたその時。

 

「が、ガムゼフ閣下!! て、敵襲です!」


「落ち着けっ! 敵は西部の師団のみだ! 完全に捉えておるわっ!」


「ち、違いますっ! カルナス東部より、敵騎兵が凄まじい勢いで殺到しておりますッ!! く、黒地に白カラスの紋章! 死神です! 死神シェラが現れました!!」


「ふざけるな! 彼奴らは完全に重囲していたではないかっ! 何を血迷った事を――」


 爆破により防御陣地を破壊しながら、敵の騎兵隊が現れる。先頭を走るのは血に染まった死神。鎌の穂先に死体を下げながら、こちらへと駆け寄ってくる。後方の騎兵達が、散開しながら守備兵を蹂躙していく。

 おかしい。東部の兵を動かしたとはいえ、何故こうも容易く突破されるのか。5000は守備に割いていたはずなのに。

 ガムゼフの脳裏に疑念がよぎる。

 

(待てよ、先程ディーナーの部下が、何やら高地近辺を動き回っていると報告があった。……まさか、これはディーナーの)


 考えに耽っていたガムゼフの顔に、生温い鮮血が付着する。ふと気が付けば、目の前に、死神が、いる。

 ガムゼフの親衛隊は、既に全員討ち取られていた。この僅かな短時間で、見るも無残な光景が高台陣地に展開されている。

 

「戦闘中に余所見とは随分と余裕ね。それじゃあ、とっとと死ね」


「――くっ!」


 上段から振り下ろされた凶刃が、ガムゼフの上半身を引き裂かんと唸りをあげた。反射的に後ろに下がった為、致命傷を受けることは回避したが、次の一撃を避けることは最早不可能だろう。

 飛び散る赤い液体を他人事のように眺めながら、ガムゼフは己の死を確信した。そして、何故自分が死ぬのかも理解した。

 自分は、ディーナーに嵌められたのだ。いくら死神でも、あれだけの重囲を突破できるとは思えない。あの男が、死神の手助けをしたのだ。いや、死神の鎌を利用したというべきか。

 このカルナス高地は、自分に用意された処刑台だったのだ。戦後、確実に政敵になるであろうこのガムゼフの処刑台。死刑執行人は目の前のこの女士官。

 ガムゼフは顔を歪ませながらも、最後の抵抗をする為に剣を抜こうとする。

 

(……ディーナー。貴様、まともに死ねると思うな。先に地獄で待っているぞッ!)


 柄を握り締めた瞬間、怨嗟の声を上げる歪んだ白刃が、ガムゼフの首を抉り取った。

 

 

 

 高台を制圧したシェラは下馬し、刈り取ったガムゼフの首を手に取る。その首は無念の形相を浮かべている。

 

「……勝ち鬨を上げなさい。ヤルダー師団に伝わるように全力で。私達は、カルナス高地を陥落させた。敵指揮官の首も上げた。作戦は、依然順調であると、全軍に伝わるように」


 コンラートから貰った煎り豆を、赤く染まった地面に数粒だけばら撒く。特に何かを思ったわけではない。ただ、こうするのが良い気がしたのだ。袋の口を閉め、再び腰に縛り付ける。食べ物を粗末にしてはいけない。


「――はっ、お任せくださいっ!!」


 カタリナが、陣地にシェラ隊の旗を備え付ける。そして、叫んだ。

 

「カルナス高地は我らシェラ隊が攻め落とした!! 勝ち鬨を挙げろ!! シェラ大佐万歳ッ!!」


『シェラ大佐万歳!』

『シェラ騎兵隊万歳ッ!!』

『万歳! 万歳ッ!!』


 騎兵隊員が誇らしげに、軍旗を振り続ける。見捨てられようとも、自分達はシェラの下、カルナス高地を攻略して見せた。

 オクタビオ師団を見下ろしながら、シェラ隊の兵士はいつまでも得物を天に掲げ、鬨の声を挙げ続けた。


 死屍累々たる高台に、響き渡る鬨の声。高台が制圧された事に動揺したカルナス西部の解放軍は、たちまち潰走を始める。ヤルダーはそれを撃破しながら高地を上がり、シェラとの合流に成功した。カルナス高地は完全に王国軍の勢力下に落ちた事になる。

 

 

 

 

 

――解放軍陣地、ディーナーの天幕。


「ディーナー様。カルナス高地が陥落、ガムゼフは戦死した模様。死神はカルナスにて勝ち鬨を上げております」


「そうか。手筈通り、特務牛車隊を前面へと出せ。合図があるまで待機しろ」


「了解しました」


「…………」


 密偵の報告を受けたディーナーは、冷徹な視線でカルナス高地を睨む。黒い旗が高台には翻っている。

 

(ほぼ計画通りだ。後の障害となるであろうガムゼフには死んでもらい、死神は高地へと追いやった。王国軍が無能すぎた為、多少の誤差は生じたが、全く問題はない)


「前方より敵師団が接近しております!」


「こちらからは手を出すな。限界まで引き付ける様に伝えろ。弓兵にも待機させろ。私が指示を出すまで、決して動くな。乱した者は厳罰に処すと伝えよ」


「はっ!」


 周囲の兵士が退出した後、ディーナーは卓上にある地図の一点をナイフで突き刺す。王都ブランカの位置へと鋭利な刃が突き立てられる。

 

(……いよいよだ。後は、私が合図するだけ。ただそれだけで、この戦は片がつく。全てが私の掌の上と言う訳だ)


「王国軍の終末、この目でとくと見届けるとしよう。ククッ」


 漏れそうになる笑みを押し殺し、ナイフで地図を引き裂いた後、ディーナーは前線へと向かう。王国軍が無残に壊滅する様。苦悶の声を挙げて死んでいく王国軍の兵士達。それをこの目で見なければならない。

 その愉快極まりない喜劇を彼は特等席で見届けなければならない。彼を飼い、利用し、そして見捨てた者達への罰。まだまだ終わらせない。宰相ファルザームと国王クリストフ。奴らに地獄を与えるまで、ディーナーの復讐は終わらない。決して終わらせない。

 





 荷車を着けたコロン牛が、頭部に装着された拘束具の一部を解除される。視界が前方に広がる王国軍の戦列のみとなるように。

 鼻息荒く、敵対心剥きだしで威嚇を開始するが、思うように顔が動かせない。苛々が増しているようだ。目の色が攻撃的な赤へと変わっていく。


「特務魔道師の配置が終わりました」 


「いつでもいけます。ご命令を!」


「特務牛車隊、第一陣突撃開始せよ」


 連絡を受けたディーナーが、淡々と命令を下す。兵士達が牛の後方に移動し、拷問用の得物を構える。返しのついた短槍だ。


「牛車隊突撃開始っ!」


「突撃開始っ! 目標、敵最前線、歩兵戦列!」


「よしっ、突き刺せっ!」


 兵士達が、牛の尻に槍を突き刺していく。劈かんばかりの奇声を上げて、コロン牛が突進を開始する。猪突猛進という言葉が相応しい勢いで。獣の目には、前方の王国軍しか入らない。火薬と魔道地雷を搭載した荷車を引きながら、コロン牛の群れはただ突き進む。 激痛で我を忘れたコロン牛は、とにかく前へ、前へと突進する。矢を受けようとも怯むことはない。

 

「来るぞ! 第1戦列は盾を構えろっ! 最初の突進さえ抑えれば恐れるに足らんっ! 弓兵、出来る限り射殺せよっ!」


「盾構えっ!! 戦列を崩すなっ!!」


 受け止める王国軍の戦列。予め解放軍が牛を利用するだろうという情報を得ているため、盾を構えて防御態勢に入る。

 虫一匹すら入らないように、歩兵達が身を寄せ合い、牛の突進を阻止せんと腰を落とし踏ん張る。 


 

 

――勢いを付けた牛車と、大盾を構える歩兵の戦列が接触した瞬間、戦場に爆音が轟いた。




今日の標語:外道が一杯楽しい戦場。


敢闘将:無能な怠け者 ブルボン少将

舐めてる奴で将:無能な働き者 オクタビオ少将

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