記憶が2日で消えてしまう聖女様の傭兵は忘れられた数だけ愛の告白をすると誓った
──最近、婚約破棄をされた聖女様がいたらしい。
その女は、公爵家の令嬢である。
家柄も、その美しい容姿も、どれを取っても完璧な女。
底辺である俺の様な傭兵には、一生の人生を使ったて関わり合うこともないのだろう。
──とある、噂を聞いた。
──聖女様は、脳に障害がある。
まぁ、そんなものはデマだろう。
本当にそんなものがあるのなら、聖女なんてやっていられる訳がない。
ただの権利争いでその聖女を蹴落とす罠。
そんなところだろうさ。
他人ごとであるから、俺自身はどうでもよい話し。
毎日を平穏に暮らせればそれで良かった。
そうしたかったのに……。
「──ご依頼がありますの」
例の噂になっている聖女様が、汚い古民家風の我が家へやって来やがった。
ご依頼なんて言われたら、つまりそういうことだ。
俺は傭兵なんだから、仕事の依頼。
いつもなら泣いて喜ぶところだ。
現在、一文無しで明日のことさえ先が見えないからな。
だが、俺の出す答えは違う。
「──その依頼は受けられない」
聖女の依頼を一蹴した。
理由は、単純ゆえに明快。
めんどくさいからだ。
公爵家の令嬢なんだから、自分の屋敷の騎士でも何でも使い倒して、勝手にやればよい話し。
わざわざ、得体の知れない傭兵を頼るなんて、無駄だろうし、馬鹿げているだろう。
そして、貴族と一悶着を起こすのはごめんだ。
ここは、貧民街だぞ。
上級貴族が立ち入ってはいけない領域だ。
だからこそ、俺は聖女様の依頼を断った。
「嫌……でしたか?」
「嫌だね。他を当たれよ」
「でも私……あなたを雇いたいのです!」
「なんで俺なんだよ」
「あなたが傭兵の中で一番腕が立つのでしょ?」
「お前それ……どこで聞いたよ……」
たまにいるんだよな。
強いから雇いたいとかって言ってしまう、変態的な趣味を持った貴族がよ。
別に俺は特別に強い訳じゃない。
依頼通りに仕事をしているだけだ。
この女も結局そうだ。
ただの物好きのバカ女。
相手をする気力も無くなった。
会話するだけ無駄なんだろう。
「私は聖女アリシア。あなたの力がどうしても欲しいのです!」
「貴族なんかに手ェ貸すかよ」
「なんでそんなに意固地なんですか!」
「──二度と俺の前に現れるな。消え失せろ!」
「──ひっ──」
激しい憎悪を聖女にぶつけた。
それなりには、応えただろう。
少し怯んで涙ぐんでいた。
泣くのは勝手だが、他所でやって貰いたいものだ。
あまりにしつこいから、仕方なく脅しただけ。
俺が悪者みたいになるだろう。
これ以上の会話は必要ない。
俺は聖女を家から叩き出した。
これだけ厳しく当たれば今後も大丈夫だろう。
もう二度と出会うことがないように。
そう願いながら、出ていく聖女を自室の窓ガラス越しで見つめていた。
──あれから二日経つ。
仕事の依頼は無く、ただ呆然と自室に篭っていた。
そろそろ仕事をしなければ、明日の食糧だってもはや怪しいだろう。
どこかに魅力的な仕事はないだろうか。
魔獣殺しの方が手っ取り早いのだが……。
都合良く、依頼など来る訳がなかった。
「──誰かいらっしゃいますか?」
幻聴だろうか。
女の声がした。
この貧民街に若い女はいないはずなんだかな……。
とても嫌な予感がした。
この耳を刺す声は、ごく最近に聴いたことがある。
まさかな……。
玄関に向かい存在を確認した。
「──あなたが傭兵ですか?」
また来やがった。
あれだけ暴言を吐いた。
警告だって充分にした。
それなのに、あの聖女様はまた俺の前に現れたんだ。
「いい加減にしろよお前。どれだけしつこいんだ」
「……何のことですか?」
「はぁ?二日前もウチに来ただろうが」
「──私とあなたは今日が初対面ですよ?」
「──はぁっ?──」
何を言っているのかがサッパリだった。
高等な煽りで俺をバカにしているのか、あるいは、超ド天然のド阿呆なのか。
理解に苦しむ発言だった。
あながち、婚約破棄の噂は的を得ていて、本当のことだったのかも知れない。
こんなに頭が悪いのなら少し可哀想だなと、何故だか哀れんでしまった。
「傭兵ですよね?」
「あぁ……」
「──ご依頼がありますの」
このやり取りは二回目だぞ。
どんな神経をしてやがるんだ。
ハガネのメンタルじゃないか。
オリハルコンより硬いのかもしれない。
前回のやり取りを無かったことにしたいってことなんだろうか。
無理があるぞこの女。
呆れてどうでも良くなった。
「話しぐらいは聞いてやるよ」
追い返したところで、この女は諦めないのだろう。
この熱量で毎度毎度ウチに来られては、たまったもんじゃない。
なんで俺に固執するんだよ……。
愚痴を言う友達ぐらい、作れば良かったと後悔した。
「で、なんだよアリシア。そんなに傭兵がご所望か?」
「……どうして私の名前を知ってるんですか?」
「お前が言ったんじゃないか」
「そう……だったんですか……」
他人事の様な生返事だった。
悪いが俺は聖女に興味なんかないぞ。
ストーキングなんてしてないからな。
ていうか、ストーキングしてるのはお前だバカ聖女。
「傭兵の中であなたが一番腕が立つのでしょ?」
「……そうかもな」
もう突っ込まないことにした。
聖女様は出会いを一からやり直したいのだ。
無粋な真似はやめておこう。
「──私の傭兵になってください」
二日前と全く同じだった。
真剣な眼差しで、真っ直ぐ見つめて、それに堂々と、俺に依頼を出してきた。
何度言われても答えは同じ。
貴族の傭兵なぞ、やってられるか。
そう言ってやりたい。
この聖女は、何度断られても、また俺に会いにくるんだろうと考えると、胃が痛くなって仕方がない。
こうなったら、依頼を受けてしまおうか。
いざとなったら金を踏んだくってしまえばいい。
所詮は、貴族のお遊びの依頼だ。
軽く捻って依頼を終わらせれば、俺にも寄り付かなくなるだろうし、関係を断つには充分だ。
さっさと決断してしまおう。
それがきっと俺の為になる。
「あぁ、いいぞ。傭兵になってやる」
「本当……ですか!?」
「なんだ、不服か?」
「いや、そうじゃないんです。嬉しくって……」
嬉し泣きなのか。
ただ、気が緩んだだけなのか。
その涙の理由が分からなかった。
俺も随分と涙を流す行為などしていない。
傭兵ゆえに、感情を失った機械も同然だ。
俺は聖女のことが尚更、分からなくなってしまった。
「さっさと依頼内容を話せ」
「ご依頼は……地下水道の浄化です」
「ほぅ……聖女らしいな。護衛をしろと?」
「そうです。どうやら、強い魔獣が地下水道に侵入したと報告を受けています」
「……容易い依頼だな。金はちゃんとあるんだろうな?」
「もちろん、たんまり用意してますよ」
目が眩むほどの大金だった。
たかが、魔獣一匹殺せば十年は遊んで暮らせる金額だ。
喉から手が出るほど欲しい。
前言撤回だ。
やはり、金が正義だ。
これならば、頭の少し弱い聖女様のお守りなんていくらだって出来る自身があるぞ。
甘い誘惑にまんまと、引き寄せられてしまった。
「で、場所はどこだよ」
「隣町のエレザードです」
「んっ……あそこは魔獣も出ない平和な街だろ?」
「そうなんです。最近、治安が悪くなっているみたいなんですが……不思議ですよね」
「水の綺麗な街だったよな……。なんで魔獣が……」
「私は聖女ですから、その謎の究明もしなくてはなりません」
「一筋縄じゃいかないって訳か」
「依頼の概要はこんなところです。やっぱり辞めたは無しですよ?」
「おい……誰に言ってるだ?」
「そうでしたね。あなたは腕の立つ傭兵さんですものね」
街の様子が何だか不気味らしい。
何かの陰謀が働いているのかもしれない。
だけど、俺には関係がない。
俺の仕事は魔獣を殺すだけ。
無駄なことは、一切しない。
後のことは、聖女がどうにかするんだろう。
──依頼の遂行。
ただ、それだけを考えていれば良い。
「これからよろしくお願いしますね。お名前は……何と呼んだらいいですか?」
「貧民街の住民にイチイチ名前なんかあるかよ。そうだな……傭兵とでも呼んでおけ」
「では、傭兵さん。今後もよろしくお願いしますね!」
照れ臭そうに、聖女様は俺に笑いかける。
何がそんなに嬉しいんだ。
こっちは、何一つ嬉しくない。
なんだか、少し悪くはない気分になった。
名前を聞かれるのはいつ振りだったか。
人としての当たり前を突きつけられている気分になった。
依頼を引き受け、明日には、エルザードに向かう約束を聖女様と交わした。
【DAY1】
観光みたいですねって戯けている聖女。
それを黙って見ている俺がいた。
水の街エレザード。
聖女と共にやって来た。
貧困街育ちであるからか、街並みの輝かしさや、水質の綺麗な生活水に満たされていて、とても眩しい。
生活の格差は、こんな些細な平穏の積み重ねなのだろう。
当たり前だと……人は言う。
その当たり前を知らずに生きていた俺は、やはり傭兵になる素質があったらしい。
少し感情に浸るも、聖女が俺の心を土足で踏み荒らすのである。
「楽しくありませんか?」
「楽しむ為に来た訳じゃないぞ」
「じゃあ、何しに来たんですか!」
「……護衛と討伐だ」
聖女様は、本来の目的を浮かれていて忘れているらしい。
貴族であるならば、物珍しい街ではないがな……。
一体、彼女のどんな好奇心を刺激しているのだろう。
少しだけ興味が湧いた。
今日するべき内容は、現地での宿探しと、地下水道の軽い点検らしい。
黙って着いて行くしかない。
敵は魔獣だけとは、限らないからな。
通りすがりの男、売店の商人、音楽を奏でる女。
全てが敵になる可能性も考慮して、聖女に眼を配った。
「目が怖いですよ傭兵さん」
「……生まれつきだ」
「そんなんじゃ、誰も近寄ってくれませんよ?」
「いま近寄られると迷惑だ。ていうか、近づくな」
「へへぇん。年頃の女の子にビビってるんですかぁ?」
「……依頼、受けなきゃ良かったな」
心からの言葉だった。
貴族の……ましては、聖女のお守りは、こんなにも大変だったのか。
機嫌の取り方も知らない。
エスコートなんてもってのほか。
少しイラつくんだけど、不思議と嫌な気はしていない。
この感情は、なんだろうか。
もしかしたら俺は、聖女に浄化されるべき、魔獣ような扱いを受けているのかもしれない。
変な魔力に吸い込まれてしまいそうだ。
調子が狂う。
「──お腹空きません?」
聖女様は、お食事をご所望だった。
弄ばれている内に、昼の時間が回っていたようだ。
もちろん、俺はいつだって空腹だ。
この女……それを分かっていて、わざわざ言ってきやがったんだ。
腹が減ったと言われれば、食堂に行くしかあるまい。
文無しだから、何も買えないから傭兵らしくしておこう。
「良い食事処でも知ってるのか?」
「それがですね……エレザードには始めて来たから知らないんですよ。おすすめはあります?」
「……知ってる訳ないだろ、聖女様」
そんなお店があるのなら是非とも行ってみたいね。
もちろん、プライベートでだ。
聖女はちゃんと、本来の目的を覚えているのだろうか。
これでは、ただの観光客ではないか。
この先もずっと振り回されると思うと、とてもじゃないが精神が持たないな……。
軽口を叩きたい気分をグッと堪えた。
♦︎
「──卵料理は人類を救うのよ」
訳の分からない言葉にそうですかと、雑な相槌を打った。
聖女様は、食事処を選ぶセンスがあるらしい。
現地民がこぞって通う名店を選び入店した。
大体の相場は、決まっている。
観光客目当てで、割高な粗悪品を現地特産品だと言って、儲けるやからも多い。
物ならまだ良い。
食べ物だともっと最悪だ。
不味すぎて、えんげするほど絶妙に臭い。
そんなものばかりだ。
それでいて、この食堂は良心的だった。
価格の安さ、客の満足度、どれを取っても素晴らしい。
聖女様には、こんな才能もあったのか。
心底、感心してしまう自分がいた。
「傭兵さんは、なんでテーブルにつかないの?」
「貴族様と同じテーブルにつけるかよ」
「私は気にしませんよ?」
「気にしないとかの話しじゃない。身分の話しだ」
何を言い出すのかと思えばこれだ。
この世界では、当たり前のことだからな。
底辺の人間が上級貴族と同じテーブルに着くことは許されない。
しようとしないし、する理由が無いからだ。
それは、貴族を愚弄する行為であって、品格を落とす、浅はかな行動である。
自衛でもあるし、聖女様を少しばかりは、尊重してやっているつもりだ。
聖女の立場が悪くなるだけ。
何のメリットだってない。
「私は……そういう考え方は嫌いです!」
「事実、そうだろ。世の中はそういう風に出来ている」
「私は……私の大切な人と共に居たいだけなんです」
「そりゃ、良かったな」
「その中に、傭兵さんも入っているのですよ?」
「──はっ?──」
雷魔法を打たれたような衝撃だった。
この聖女は、一体なにを言っているんだ。
今時、珍しいこと言う。
差別をせず、好きなことは好き、嫌いなことは嫌い、堂々と語れるやつはなかなかいない。
貴族なんてのは、最下層の人間を見下してナンボの種族であって、それは普遍的なものなんだろうと、勝手に思ってた。
もっと理解出来なくなってしまった。
聖女にとって、ただのそこら辺の石ころみたいな傭兵が大切だなんて、本気で思っているのだろうか。
──そんな訳あるものか。
「だから、そんな寂しいことは言わないでください」
「……綺麗ごとだな」
「では、こうしましょう」
「まさかアリシア……」
「──依頼します。私と食事をして下さい」
「な、何言ってやがる!?」
「もちろん、同席ですよ?」
──無茶苦茶だ。
たかが、小汚い傭兵と食事をしたいってだけで、聖女は依頼しやがった。
何でも屋になった覚えはないんだがな。
「……この依頼は別料金だぞ」
「なんなら料理に隠し味をつけますよ?」
折れてやることにした。
物好きな聖女様だ。
いつも俺の想像をはるか先まで超えてきやがる。
変な汗が背中に流れてきて、身震いをしてしまった。
卵のスープが絶品らしい。
スープを頬張る聖女様は、クールな見た目と相反して、無邪気な子供のようだった。
そんな聖女を眺める内に、二杯目のスープがテーブルに運ばれてきた。
「さぁ、どうぞ」
やってやったと、したり顔をする聖女に呆れて、ため息をついてやった。
俺の出来る仕返しはこの程度。
黙って食事をすることにした。
「美味しいでしょ?」
「……そうだな」
「もっと美味しくなる隠し味を入れます!」
「……必要ない」
「絶対に美味しくなるのになぁー」
何か企んでいる様子だった。
俺は……もしかしたら殺されるのかもしれん。
毒殺……まさか。
一体、何を盛ろうというのか。
怪しさだけが滲みだしていた。
「てぇーいぃ!」
「──んっ!?──」
──隙を見せた瞬間のこと。
聖女様が咥えていたサジを俺の口に突っ込んできた。
隠し味とは、このことだった。
「どうかしら傭兵さん。私はこんなことも出来るのよ?」
「……悪ふざけなら他所の貴族にやりやがれ」
「ちょっと可愛いなって思ったでしょ」
「全く思わないな」
「いいじゃんケチィ〜。惚れてもいいんだぜ!」
「相手を選んで出直せよー」
出会って数日しか経たない女であることは間違いない。
この聖女様は、他人との距離感をあまり深く、分かっていないようだ。
多少なりとも、ドキッとした。
不覚にも、可愛いなとか、癒されるなとか、普通の男であるならば誰しもが思う感情。
美少女であることも認める。
だが……俺は傭兵だ。
不純な感情など……切り捨てなければならない。
強がって、何ともないフリをした。
「意外と傭兵さんはガードが固いのね」
「……もう少し、品性とやらを学んだ方がいいぞ」
「大切な人には、みんなこうするものよ?」
大切な人だと言っていれば、何でも誤魔化せると思っているらしい。
無邪気な聖女は、今回のイタズラで大変満足したようだ。
反応に困るから、もう二度とやらないで欲しい。
「もう出ましょうか傭兵さん」
「そうだな、たいがい疲れたぞ」
「焦ってる傭兵さんも素敵だね」
「からかいが過ぎるんじゃないか?」
「からかってなんかないよ。私はいつだって本気だよ?」
キョトンとしながら、当然かのような口調だった。
今でこれなら、先がおもいやられるぞ。
何人もの男をたぶらかす、魔女そのものではないか。
少女の好奇心は残酷なんだなと、つくづく思ってしまう。
スキャンダルを起こすような大人には、育って欲しくはないものだ。
食堂を出て、本日泊まる宿屋を探すことにした。
宿屋を探し回り、豪華な部屋を借りた。
もちろん金は聖女持ちだ。
俺なんかの身分では、とてもじゃないが借りられない。
こんな部屋を二つも借りてしまってよいのだろうか。
慣れない富豪っぷりに、少しだけ気分が高揚した。
「今日はここに泊まりましょうか」
「いいのか、これで」
「もちろん大丈夫ですよ。お金だけはありますから」
「そうか、じゃあ俺も部屋に行くよ。場所はどこだ?」
「……場所?ここですが?」
「お前……何の冗談だ!?」
聖女は部屋を借りていた。
ここまでは、嘘ではないし、何の問題もない。
あるとするならば、それは聖女が、部屋を一つしか借りていないということだった。
女と一つ屋根の下で二人きり。
俺はまた、聖女の罠に引っかかってしまった。
「おい、どうゆうことだ」
「だって二つも部屋を借りたら高くつくじゃない。節約は大事よこの時代ならね」
「だからって、ただの傭兵と寝れるのかよ」
「じゃあ、二人きりだと私を襲うの?」
「……舐めるなよ、俺は傭兵だ」
「でしょうね。なら安心よ」
貞操観念までこの聖女は狂っていたようだ。
なぜ、ここまで他人を信用出来る。
傭兵というやつは、他人を絶対に信用しない。
信用するって行為は、直接的な死を意味するからだ。
人を信用したやつから死んでいく。
そんな職業柄か、聖女のことが更に分からなくなった。
そして、そんな聖女から眼を離せない自分もいる。
「もういい、野宿する」
「えぇ〜、いいのかなぁ〜」
「……何がだ?」
「一人で部屋にいたら、野蛮な人や暴漢に襲われちゃうかもしれないなぁ〜」
「……いいだろう、俺は傭兵だ。その誘いに乗ってやる」
「いやぁ、折れてくれる傭兵さんも可愛いですなぁ!」
「今回だけだからな!?」
どうも聖女を相手にすると、調子が狂ってしまう。
馬鹿にされているのか。
言い得て妙だった。
気持ちを切り替えよう。
俺は傭兵であり、常に依頼人の側に居なければいけない存在なのである。
何も不思議なことじゃない。
同室に泊まる相手が、男か女か、あるいは、貴族であったとしても関係がない。
スッと、心を落ち着かせよう。
「宿の問題は解決したわね」
「……そうだな」
「これから図書館に行きましょう?」
「なんでだよ」
「図書館デートはお嫌いですか?」
「──なっ!?──」
よく考えてみたら、そうだったのかもしれない。
側から見たら、我々の行動は、もはやデートなのである。
この聖女は、こんなことも狙っていたらしい。
俺を貶める為の罠だったのだ。
全方位からの圧力により、貴様では聖女様とは釣り合わないと非難を受けさせようって魂胆なのだろう。
本当にその通りだ。
結局のところ、聖女様は俺に何をさせたいのか……。
腕を引っ張られて、無理やりに図書館へ連行された。
図書館で何をするのかって言うと、明日の仕込みのようなものだった。
地下下水道のマップを確認したくて、聖女様と共に資料を漁っている。
たまに、聖女が関係の無い絵本を読み始めて、作業が遅延する事態もあったが、大体の情報が揃っていく。
「少し、息抜きをしません?」
「ずっと抜きっぱなしだったじゃないか」
「そんなことありませんよ。資料は集まったじゃないですか」
「サボってなきゃ、こんなに外が暗くならずに済んだ」
「だって傭兵さんはサボり方を知らないじゃない」
「……そうだな」
核心を突く言葉であった。
あまり冗談を言うタイプでもないし、聖女はとても退屈であっただろう。
面白いことも、仕事として必要なのか。
それを理解させられそうな問いだった。
「傭兵さんの息抜きを手伝ってあげようか?」
「……断る」
「いいから、こっちに来てよ傭兵さん」
──嫌な予感がした。
食堂の時と、何だか空気感が似ている。
間違いない。
聖女様はまた、良からぬことを考えているのだ。
振り払おうとしたら、もう遅かった。
俺の耳元で……フゥーっと、吐息を吹きかけてきた。
「──ひぃっ!?──」
何でもない行動に性感帯が刺激され、少し力が抜けた。
また悪ふざけだ。
何度注意をしても、直りやしない。
注意しようとしたけど無駄だった。
「──どう……だったかな。気持ち良かった?」
「そういう行為も控えてくれると助かるのだがな」
「好きなくせに。顔はちゃんと感じてたじゃない」
「そういう問題じゃないんだがな……」
注意する気にもならなかった。
今日は一日中、こんな調子で弄ばれている。
聖女の気持ちを理解するのも、仕事の内かと、自分自身に言い聞かせておくことにした。
「もう宿に戻って明日に備えますか」
「朝は……早いのか?」
「そうね、起きてすぐには地下に降りますよ」
歩き回り、遊び疲れたのだろう。
ちらほらと、あくびをする。
俺も聖女の護衛をしなくてはならない。
早く就寝をしてくれた方がこちらも気が楽だ。
図書館から退出し、宿屋までの帰路に就いた。
聖女は、部屋に着いて早々に、風呂へ行った。
風呂は唯一、一人の時間になる。
回りに警戒しながら、入浴が終わるのを待つことにした。
しばらくして、風呂上がりの聖女様が自慢気に話しかけたのである。
「どう?……似合うかしら」
ナイトウェアは、白乳色のキャミソールにショートパンツを着用していた。
聖女らしく、それでいて、清楚だった。
可愛いだなんて口には出せないが、なんだか許せない気もしている。
こんな状況で体のラインがハッキリと分かる、色気のある服装をされたら、いろいろと誤解を生む可能性だってあるだろう。
というか、自慢して何になるというんだ。
俺は褒めてなんてやれないし、そんな資格を持った大層な人間ではない。
「……早く寝ろよ」
「傭兵さん酷いですよ。ちゃんと褒めて!」
「冗談よりも休息が先だ」
「つまんないの〜」
「面白くあってたまるか」
「ねぇ、傭兵さん。あなたも寝るんでしょ。同じベッドで寝ませんか?」
また、聖女様のからかいが始まった。
寝る訳ないだろうが。
ましては、貴族の女との添い寝なんて考えたくもない。
倫理観もそうだが、寝てしまっただけで死刑なんてことも……。
この聖女は、俺を社会的に抹殺しようとしている。
きっと、そうに違いない。
「依頼中は寝ないことにしている」
「へぇー、すごいのね。いいじゃない、今日だけ!」
「……万が一、襲われでもしたら誰が助けるんだ?」
「そうでした……忘れてました。じゃあ、後一つ。わがままを聞いて貰っていい?」
「いつもわがままだろ」
「そんなこと言わないでよ。いやね、ちょっとしたことなのよ。寝てる間は……手を握っていて欲しいの」
可愛いところ……っていうか、子供っぽい一面があるのだなと、意外性があった。
手を握ってやるだけなら問題はないか。
聖女の策に溺れているような気がしてならないが、踏ん張り所なので、優しく握っておいてやろう。
「手……温かいね傭兵さん」
「いいから早く寝ろよ」
「寝れないよ。今日は楽しかったもの。傭兵さんはどうだった?」
「──俺は……」
楽しかった、とは言いずらい。
なんというか、新鮮だった。
聖女と街を歩き、馬鹿みたいなことを言い合って、寝食を共にして……。
これまでの人生とは、比べ物にならないぐらい、充実な一日だったからだ。
楽しかったの一言では、簡単に収まってはくれないだろう。
強いてこの感情を言語化するのなら、聖女の言葉を借りるのなら、この回答が正しいはずだ。
「──温かかった」
この言葉しかなかっただろう。
「なにそれ、変なの」
聖女は、ニコッと戯けていた。
それ以上に、今日の中で一番と言ってよい程の柔らかい表情でもあったんだ。
「ねぇ、傭兵さん」
「……今度はどうした」
「今日のことは、ちゃんと覚えていてほしいの」
「からかってきたことをか?」
「まぁ、それでもいいかな」
「どういうことだよ。煮え切らないな」
「傭兵さんにだけは、忘れないでいて欲しいから」
「なんだよそれ。今日のことは、強烈に記憶に残ったぞ」
「惚れちゃってもいいんだぜ?」
「……外が冷えてきた。もう寝ろよ」
聖女は、まだ話し足りなかったのかもしれない。
誰がこんな女を忘れるものか。
振り回すだけ振り回して、かといって大人な言動も多く、たまには子供のような無邪気な……そんな聖女。
アリシアの手の温かさが、凍てつく心の氷を少しずつ溶かしてくれているような気がした。
【DAY2】
──朝日が昇ってきた。
それと同時に聖女は起床する。
起きるまで握っていた手をゆっくり離してやった。
「おはようございます。……傭兵さん、もしかしてずっと起きてたんですか?」
「……あぁ」
化け物を見るような眼だった。
依頼の数日ぐらい、不眠でいられるのだから仕方がない。
起きている分には、護衛に適しているから効率的だ。
俺の心配をしているようで申し訳ないが聖女様も大概だ。
寝癖で艶やかな長い銀髪が広がっている。
「……身支度は早めにしろよ」
「ちょっと見ないでよ傭兵さん。恥ずかしいよぉ……」
催促をしただけあって、出発の準備は整ったようだ。
昨日のナイトウェアと打って変わって、普段着にもなると子供っぽさは透けてなくなっていた。
少しだけ、残念だなとか思ってしまった。
昨日の夜から訳の分からないことを考えてばかりだ。
──反省しよう。
今は仕事に集中せねばならないからな。
「傭兵さん、眼が血走ってるよ?」
「……気にするな、元からだ」
軽口を叩かれてながら、予定していた現地に向かうことにした。
──マップを頼りに、聖女と地下下水道に降りた。
ジメジメと……それでいて、日光があまり届かないからか、周囲は薄暗い。
報告通り、下水道は魔獣の仕業なのか、汚染が拡大的に広まっていた。
これを放っておくと、魔獣が地下に生息を始め、縄張りになってしまう。
聖女の浄化を行うことで、魔獣が巣食うことなく、平穏な街にまた戻るのだ。
それだけ、聖女は特別であり、国に必要な人材とも言える。
「毒……ですかね……」
聖女が真剣な眼差しで水質を調べていた。
仕事モードのアリシアは、普段のような冗談を言う女性には到底見えないほど、澄ました顔つきだった。
普段からこれば、俺もやりやすいんだがな。
とんだ贅沢だった。
「毒だろうな。割と面倒な魔獣だろうよ」
「傭兵さんには、見当がついてるんですか?」
「……おそらく、コカトリスだな」
「そうですか、大型ですね……」
毒と強酸を吐く鳥型の魔獣だ。
沢山の羽、大量のフン、特有のキツイ匂い。
下水の様子で察するに、まず間違いないだろう。
他にも、分かることは沢山ある。
小さい魔獣が、この地下下水道をコロニーにしているってことだ。
小動物のようで少し違う。
特有の足跡がこれでもかと痕跡を残していた。
「……少しまずいな」
「何かありましたか?」
「……居るぞ、ちっこいのがよ。うじゃうじゃと」
「ちっこいのって、まさか別の魔獣!?」
「あぁ、ゴブリンだ。群れになってるな」
聖女様は、酷く落ち込んでいた。
あまり、ゴブリンは得意でないらしい。
まぁ……好むやつも少ないだろうがな。
「とりあえず、進むしかないようだぞ?」
「もちろん行きますよ。傭兵さん、ちゃんと守ってね」
いつもの表情に戻った。
ニカっと、戯けている。
なんだか、見慣れたはずなんだけどな。
その笑顔が当たり前であって、俺にとって、無くてはならないものに成り果てていた。
同時に、この依頼が終わってしまうと、この当たり前も無くなってしまうような気がして、寂しくなってしまった。
「……任せろ」
ごく普通の返事をした。
聖女に感情を悟らせない為に、平常心を装う。
私情は挟まない。
そこだけは、徹底することにした。
探索も終わり、いよいよ敵地に侵入を試みる。
この先の水路を渡れば、ゴブリンの巣窟に入るだろう。
聖女は心の準備が出来ていなかった。
怖がるところは、出会ってから初めてのこと。
ちゃんと女の子なんだなと、実感した。
「本当にここを突っ走るんですか!?」
「ダラダラしてたら先手を取られて終わるからな」
「だからってあそこに二十匹もいますよ!?」
「……大した数字じゃない。全部始末する」
聖女様は戦闘にあまり向いていないみたいだ。
場慣れ……というやつだろう。
浄化が仕事だからか、無理も無いが、こういう戦場を知らないのもどうかしているぞ。
少し呆れなからも、戦闘の準備をした。
「すぐ片付けるから、ちゃんと後ろで隠れてろよ?」
「大丈夫ですよ。傭兵さんの邪魔はしません」
聖女を説得して、一気に駆けた。
小型のナイフを取り出して、一匹ずつ、ゴブリンの急所を突き殺す。
最速で手際良く、坦々と。
同じ動作を二十回ほど繰り返す。
反撃の隙など与えずに、他のゴブリンが気づく頃には、もう巣ごと全滅させた。
残党のゴブリンもサクッと処理した。
これにて、ゴブリンの殲滅は完了した。
「……傭兵さんって、やっぱり強かったんですね」
「……強くないぞ。依頼だからやってるだけだ」
「いやいや、小型ナイフであの数のゴブリンは普通倒せませんよ!?」
「……普段からやってるんだがな」
どうやら最後の最後まで、実力を疑われていたらしい。
誰よりも強いとは言わないが、俺だってそれとなりには戦えるんだぞ。
腐っても、俺は傭兵だ。
これぐらい出来なくてどうするよ。
「もう傭兵さんのことが分からない!」
「……何がだ?」
「カッコイイし、可愛いし、優しいし、律儀だし、良いところ全部持ってるんだもの……」
色んな感情が爆発しているようだ。
聖女は今日に限って、偉く素直に気持ちを喋っていた。
言われて悪い気はしない。
実質、褒められているのだ。
浮かれて、ありがとうと言ってしまいそうになる。
俺も聖女のように、素直になれたなら……。
「……そうか」
感情を殺して、捻り出した言葉は、実に淡白だった。
残すところ、コカトリス討伐だけとなった。
ターゲットは、地下下水道の最深部。
狭い広間にいることが分かった。
今回の敵は手こずりそうだと、渋みを増してため息をついてしまった。
メンドーなんだよな、あのクソデカ鳥。
どうやって殺すかをイメージトレーニングしていた。
「物騒ですよ傭兵さん。殺すだのブツクサ言ってたら怖いじゃないですか」
「……すまん」
怒られてしまった。
最深部からは、まだそれなりに距離がある為、しばらくコカトリスのことは忘れるようにしておこう。
──それにしてもだ。
急にどうしたんだろうか。
聖女から急に褒められるのもなんだか、むず痒い。
裏があるんじゃないかと詮索してしまうじゃないか。
当然、悪気はない。
職業柄、そうなだけだ。
「どうせ、まだコカトリスまでは先ですし、少しお話ししませんか?」
どうせ、歩くことしかすることがない。
会話しながらであれば、時間も経つだろう。
また、俺はからかわれてしまうのか……。
最近、ちょっとだけ慣れてきた。
「──傭兵さんは彼女はいるんですか?」
ド直球過ぎやしないか。
今日のヤケに素直な態度を察するに、いまだに尾を引いているのかもしれない。
「傭兵なんてやってるやつに女がいる訳ないだろ」
「何か……理由でも?」
「……いつ死ぬか分からないからだ」
危なっかしい商売だからな。
伴侶を持つ理由も、その甲斐性だって持ち合わせがない。
一番人間に向いていない仕事をしている自負がある。
「そっか、彼女いないのか……」
小馬鹿にしているのか、笑われてしまった。
「どんな女の子が好きなの?」
「……さっきから何なんだ」
「だって、気になるじゃない?」
「……全く気にならないが」
「まさか……男が好きとかあるの?」
「……笑えない冗談だ」
「じゃあ、どんな人が好きなのよ」
「一緒にいて、疲れないやつだ」
「当てつけで言ってる?」
「……そうかもな」
慣れない冗談を言ってしまった。
ちゃんと面白くて、お互いに笑い合った。
このやり取りが、なんだがとても重要なことのはずなのに、緊張の糸でも切れてしまったのか。
仕返しついでに、少しだけ意地悪をしてみた。
「……どんな男が好きなんだ?」
「それを私に聞きますか!?」
「別に興味はないんだけどな」
「酷い!興味を持ってください傭兵さん!」
「……そう言われてもな」
「私……温かい人が好きですよ?」
「悪ふざけだな。人はみんな温かい」
「そうですね。傭兵さんの手は温かいです」
「……おい、それを持ち出すのは違うだろ!」
お互いに軽口を叩かれて、ふざけて、笑い合って。
こんな聖女との生活がずっと続けばいいのにと、心底思う俺がいた。
楽しい時間も終わりを告げようとしていた。
最深部に辿り着いたからだ。
奥の様子を察するに、コカトリスは、今はぐっすりと眠っている。
そのまま眠ってくれているなら、始末も楽になるのだが、攻撃をすると今にでも起きそうだ。
聖女様といえば、隅っこで膝を抱えてガクブルと震えていた。
これからだというのに、締まりが無いなとつくづく思う。
「めっちゃ怖いですよ!?」
「……魔獣だからな」
「傭兵さんはあれを本当に倒せるんですか?」
「……倒せなきゃこの仕事やってないだろ」
確かに魔獣との戦いには慣れている。
問題は、聖女だ。
聖女は、自分の身を守る術を持っていない。
コカトリスの攻撃に気を取られていたら、呆気なく殺されてしまうだろう。
ここまで苦戦しないんだけどな。
聖女を抱えたままの、命がけの戦闘が始まる。
「一人にさせられないから、抱えたまま戦うぞ」
「えっ、ちょ……何でお姫様抱っこなんですか!?」
「首に手を回せ。体は左腕一本で支えてやる」
「方法を聞いてる訳じゃないです!」
「……そんなに死にたがりだったのか?」
「はいはい、そうですね。一人は危ないですもんね!」
安全に戦う為には、必要だからな。
手でも握らせておいて、落ち着いてもらうことにした。
「……ずるいですよ傭兵さん」
「……案外楽しいかもしれないぞ?」
軽口を叩たいてやった。
緊張を和らげるためだったけど、このやり取りも、もはや普段通りだったから必要なかったのかもな。
意を決して、俺はコカトリスに立ち向かった。
「──ギェェェェ!」
殺気に反応して、鳴き声を放ちながら、目を覚ましたらしい。
寝ぼけているなら助かったが、起床してすぐに、コカトリスの強酸が襲いかかる。
初撃を軽快かつ、容易く回避した。
攻撃をするモーションが単純だ。
強い魔物だが、知能があまり高くない。
向かってくる外敵に、毒やら、強酸やらを、雑にぶつけてくるだけだ。
そして、戦闘をしている場所にも助けられていた。
大型の鳥の魔獣であるから飛ばれるのが、それなりに厄介でもある。
この地下下水道ならば、話しは別だ。
狭い通路であり、最深部は天井が低い。
行動を制限させるには、うってつけだった。
「──傭兵さん、攻撃が来ます!」
死角の攻撃は、聖女の指示を貰って攻撃を回避する。
上手く連携が取れていた。
「なんで傭兵さんは、死角からの追撃三連発攻撃が避けられるんですか!?」
「……避けなきゃ死ぬだろ。アリシアが」
「方法じゃないってば!」
「……山勘だ」
「戦闘センスの化け物ですね傭兵さん」
若干、聖女が引いていた。
当たり前のことをしているだけなのに、そこまで言わなくてもいいだろう。
攻撃が来るタイミングが分かっているから避けられる。
それだけのことだった。
ゆっくりと、回避しては前進。
焦ることなく、じわじわとコカトリスとの、距離を詰めていく。
そうして、コカトリスとの間は、ゼロ距離に達して擦り寄ることに成功した。
「──ギェェェェ!?」
魔獣もなんでこんなにも接近されているのかが、理解出来ていないらしい。
驚きのあまり、ジタバタしていた。
「──先に目を潰さなきゃな」
コカトリスの能力は別にある。
見た者を石化させる呪いだ。
近寄っただけでは、何も解決しない。
小型ナイフを取り出して、逆手にクルッと持ち替えた。
そのまま、魔獣の目玉を一突き。
右と左の順で手際良く、えぐり出す。
視界を奪われた魔獣は、もうただのデカい鳥同然だった。
始末するのが楽になってしまったな。
ケリをつけるのなら今だろう。
コカトリスの頸動脈をナイフで一閃した。
そして、意識を失い、大量の出血のうち、絶命させた。
「……ふぅ……」
大仕事を終えて、呼吸も落ち着いた。
下手な仕事をしていたら、もしかしたら死んでいたかもしれなかったからな。
あるいは……聖女を……。
あまり考えたくはなかった。
「どちらが化け物か分かりませんね!」
聖女様は、驚きはしつつも、ずっと眼をキラキラさせながら、戦闘を眺めていた。
最前線の特等席だったからな。
さぞ、スリルのある体験が出来たであろう。
「戦う傭兵さんは素敵だった」
一切の曇りない眼で聖女が呟く。
慣れないツラで少し吹き出してしまった。
「急にどうした。様子が変だぞ」
「見惚れてたんですよ。なかなか見られる戦いじゃないですからね」
「……物好きなんだな」
「そうですよ。私は物好きな女なんです」
「そりゃ、結構。戦闘も終わったんだ。早く降りてもらえないな?」
「いや……もう少し……このまま……」
聖女が服にしがみついて離れてくれなかった。
少し俯いていて、名残り惜しそうにしている。
聖女がそんな顔しないでくれよ。
俺自身も今の時間が少し、名残り惜しくなった。
どうして離れてくれないんだよ、とはちょっと言いづらかった。
聖女もそれを望んでいないことを知っているから。
聖女が喋り出すまで、待ってやることにした。
喋り出すのには、時間がかかったけど、喋り出してからは止まらない。
俺もそれに応えることにした。
「この2日間、本当に楽しかったですよ」
「……そうだな」
「傭兵さんってもしかして最強の人だったんですか?」
「……俺はただの傭兵だ」
「まぁ、いいですよ。笑っちゃうぐらい強かったですもの。この出会いも、出来事も、全部私の宝物です」
「……俺も、少しは楽しかった」
柄にも無いことを言ってしまった。
この場の空気が、そうさせているのかもしれない。
「冗談も言い合ったし、握る手はとても優しくて温かい。戦闘中はハラハラしてちょっと怖かったけど……」
「悪かったな、あれが限界なんだよ」
「だけど……傭兵さんが一番輝いていて、とても……かっこよかったです」
「……そうか」
「なので、頑張った傭兵さんにはご褒美があります!」
「──ご褒美……だと!?」
また嫌な予感だ。
聖女の悪ふざけが始まろうとしている。
次は何をしてくるのだろう。
期待している自分がいる。
「傭兵さん、もっと顔を近づけて」
「……こうか?」
聖女と眼を合わせている。
なんだか、こっちが恥ずかしい。
聖女は、恥ずかしくないのかと疑問にも思った。
心臓が強い鼓動を打ち、頭に血が昇ったように、酷く熱かった。
「……ご褒美です」
「──んぐっ!?──」
聖女が唇を重ねてきた。
頭の回転が悪いせいか、この行為に対して、正しく理解するのが遅くなったしまった。
男女で唇を重ねる行動を世間一般的には『キス』と呼ぶ。
そのキスを聖女様が、やりやがった。
今回だけは、冗談なんかじゃ収まりきらない。
どうしてしまったんだ聖女様は……。
「どう……だったかしら。私……初めてだったから」
「……どうしてこんなことをしたんだ」
「私を忘れて欲しくなかったのよ」
「忘れる?なんの話しだ?」
「いいのよ、こっちの話しだから」
「だからってだなぁ……」
「まだ足りない?もう一回キスしとく?」
「冗談言ってる場合か!」
「冗談じゃないのよ。私は本気で傭兵さんと向き合っているつもりだから」
もう一度、キスをされた。
今度は長く、それでいて痺れるようなキスだった。
時間を忘れるような、二人だけのこの場所で、聖女の感情の爆発を受け止めていた。
「もうお終いです」
キスの終わりを聖女が告げた。
「私と過ごした時間、思い出、その全てを傭兵さんだけは忘れないでね」
俺は何も言えなかった。
喉が枯れるぐらい、叫びたい何かがある。
ただし、そんなことは俺の口から告げることなんか出来やしない。
ハッキリと分かった。
この感情は、きっとそうなのだ。
分かっているが、分からないフリをしている。
言葉に出来ない聖女への感情を無かったことにはしたくない。
だけどもし、身分も、立場も、そんなものを度外視して気持ちに素直になれるのなら……。
それはきっと、幸せならことなんだろう。
「……忘れたくても忘れられねぇよ」
感情を押し殺して、聖女への想いに蓋をした。
「……まだ降りないつもりか?」
「まだ……もうちょっとだけ」
「聖女の仕事に支障が出るだろ?」
「別にこのまま出来ますよ」
「俺まで浄化するつもりか?」
「傭兵さんには効かないでしょ。それに……多分このままの方が都合が良いはずですよ?」
「……そうなのか」
聖女が言うのだから、きっとそうなのであろう。
黙って指示に従うことにした。
「──浄化を始めましょう」
聖女は眼を瞑り、詠唱を始める。
その瞬間、神聖な光に包まれたのである。
──神の心は邪を祓う。
──人の心は悪を討つ。
──汝、世の理にあらず者。
──我は神の代行者。
──闇に惑し陰の者よ、神の威光にさらされて、全てを正へと導かん。
──第1節『ホーリーライト』
聖女の詠唱が終わった。
その刹那、網膜が焼けるほどの輝かしい光の衝撃波のようなものが地下下水道を走りだした。
同然、攻撃魔法ではないし、人体にはこれと言って被害もない。
光が落ち着くと、下水の水質は、劇的に変化していた。
あれだけの汚染だったんだ。
毒や強酸は垂れ流し、ゴブリンの汚物だってあった。
この街中の地下にある広い範囲、恐らくは、街全体であっただろう。
その規模を一人で聖女は浄化したんだ。
「すごいじゃないか。これほどの──」
話しかけようとしたが、俺は言葉を呑んだ。
聖女が激しく苦しんでいたからだ。
状況が飲み込めないが、只事でないことぐらい、魔法に疎い俺でも容易に想像はついた。
「──あた……頭が……」
「おい、しっかりしろ!」
頭を抱えて悶えている様は、とても見ていられない。
──どうにかしなければ。
どう対処したら良いかなんて知らん。
俺に出来ることは、聖女を丁重に抱えて、全力で地下下水道を駆け抜け、地上に上がることだけだった。
──闇雲に走るしかなかった。
地下下水道のマップを持っているのは聖女だし、今はそんな余裕がないからだ。
山勘で来た道を引き返すしか方法がない。
急に体調がおかしくなるのは不自然だ。
何としてもでも、早く地上に上がらないといけない。
「……俺は足が速いんだ。すぐに医者を呼んでやる」
「無駄だよ……お医者さんにはどうにもならないから」
まだ意識はあったようだ。
しかし、聖女の言葉は意味深だった。
これは、病気ではない。
そう言いた気だ。
じゃあ、今聖女を蝕んでいる症状は何なのか。
その問いをする勇気も度胸だって何もなかった。
「ごめんね傭兵さん。私……今日で死んじゃうんだ」
「──はぁ!?──」
──今日で死ぬ?
──なんでそうなるんだよ。
ただ、聖女の魔法を使っただけじゃないか。
衝撃の告白に走る足が止まる。
そんな様子は微塵も無かったはずだ。
いや、あったのかもな。
この二日でしか判断は出来ないが、聖女の行動はあまりに積極的というか、ごく普通の女の子の思考とはかけ離れている。
だとするならば、不治の病の類なのかもしれない。
噂になってた婚約破棄も、この症状が起因しているのか。
考えるだけ、無駄だった。
「──死ぬなァァァァ!!」
止めた足を再び前に出して、地上に上がる為に駆け出した。
この時、俺の強固に蓋をした、表に出してはいけない心の中の『本物』を爆発させた。
「──好きだ、アリシア!!」
こんなにも、感情を揺さぶられるなんて思ってなかった。
声を荒げることなんて、普段の俺なら絶対にしない。
もう心の制御なんて出来ないし、洗いざらいブチ撒けることしか考えられなかったんだ。
意識が薄れいく聖女に、ありったけの心のうちを明かした。
──サラサラの銀髪が好きだ。
──見つめてくるその紅い瞳が好きだ。
──照れた時に、少し赤くなる頬が好きだ。
──からかってくるところも好きだ。
──無邪気で子供のような笑顔も好きだ。
──真剣な横顔も好きだ。
──ちょっと、拗ねるのも可愛いくて好きだ。
──小さく柔らかくて、凍りついた俺の心を溶かすぐらい温かい、そんなアリシアの手も大好きだ。
聖女の全て、ありとあらゆる、仕草と声が、俺は大好きなんだ。
「──あり……がとう。宝物がまた増えちゃった」
「この気持ちに嘘はない。俺は今日まで誤魔化してたんだ。気持ちだけ伝わればそれでいい!」
「……うん、こんなに嬉しいことはないよ。名前をもっと呼んでくれる?なんか……眠くって……」
──何度も叫んだ。
喉が裂けそうに、焼き付きそうになるまで、アリシアと。
死んで欲しくない。
まだ、これからも君と笑いあっていたい。
君を失うことは、酷く心が痛いことだから。
なんでこうなるんだよ。
やっとだったんだ。
俺にとって、とても大事な『大切な人』がいる。
それが君なんだ。
いなくなるなんて……。
そんなの……許せる訳がない。
「──アリシア、好きだ。俺のそばにずっといてくれ」
苦し紛れの言葉だった。
顔をしわくちゃにして言ったところで、説得力は皆無なのかもしれない。
それでも、言わなきゃならない言葉だった。
「私も……傭兵さんのそばに……ずっといたいよ」
「──アリシア!?」
──意識が無くなった。
気絶か……もう手遅れなのか。
脈の確認をしたら、確かな鼓動を感じた。
まだ、アリシアは生きている。
俺の一世一代の愛の告白は、確かに彼女の心に響いていた。
俺は、しっかりと聞きたいのだ。
この告白の結末を──。
必死に駆けて、地上の入り口にまで辿り着く。
恥じらいも、悔いも、後悔も、そんなものを残しても何にもならない。
伝えなければ伝わらない。
また、俺は聞きたいのだ。
ニカっと戯けながら『傭兵さん』と喋る声を──。
地上に上がってこれた。
目指すは医者である。
もう深夜になっていたがお構いなしだ。
街中の病院を周り、まだ診察をしている医師を探す。
数件周り、ようやく診察が出来る場所を見つけた。
「──連れが意思を失った」
それだけ伝えて、医師に見てもらうこと数時間。
意外な結果だった。
「どこも悪くないけどねぇ〜。なぜか全然起きないけどそんなに疲れてたの?魔力切れ?」
「──はいっ!?──」
俺はまた、からかわれていたのかもしれない。
聖女は至って健康であり、死ぬだとか、そんなことはないとのことだった。
──騙したな、アリシア!
起きたら、またからかわれるんだろうな。
考えただけで、胃が痛い。
今回の依頼はこれで終わりだろう。
俺の最後の仕事だ。
聖女を宿屋まで連れて帰り、ベッドへ寝かせた。
寂しくならないように、日が明けるまで、ずっと聖女の手を握っておくことにしよう。
──アリシアの手が温かい。
好きな気持ちをもっと早く伝えておけば、聖女のことをもっと知ることが出来たのではないかと後悔した。
朝日が昇り、次第に聖女が眼を覚ます。
眠いのか、唸り声をあげながら、あくびをして、精一杯の伸びをしていた。
それを見ているだけで、可愛いなと思ってしまう。
小動物のような愛くるしさだ。
聖女の全ての行動に、今はなぜかときめいている。
──やっぱり、間違ってなんかいない。
──俺は、アリシアに恋をした。
起きたので、慌てて手を解いた。
続けても良かったが、なんだか照れ臭くて手を引っ込めてしまったんだ。
すると、聖女が声をかけてきた。
「──おはようございます。……あの、あなたは誰ですか?」
「──はっ!?──」
第一声の言葉で聖女の行動全てを理解した。
思えば、聖女は、出会った時からおかしい行動をしていたんだ。
まるで、初めましてかのように、自宅に訪ねて来ていたし、会話が噛み合っていなかった。
聖女の死ぬって言葉は直接的でなく、この二日の私は消えてしまう。
そういう意味だったんだ。
俺が聞きたいのは、そんな言葉じゃない。
だけど、そんなものは、もう後の祭りである。
聖女からは、俺と出会ってからと、この二日に渡る濃密な交流と思い出さえも、忘れてしまっている訳だ。
俺の告白は、聖女には届かなかった。
心臓を抉るぐらい、鋭い痛みが走る。
過呼吸になるほど苦しい。
落ち着かせるために、何度も、何度も、胸を拳で叩きつけた。
このやるせない思いは言葉に出来ない。
聖女の前では、してはいけない。
それは、彼女を酷く傷つける行為だ。
記憶が残っている俺だからこそ、残酷なことを聖女には強いたくはない。
聖女は俺に何度も言っていた。
『傭兵さんだけは、この思い出を忘れないていて』
だから、あんな大袈裟に体を張ってキスまでしていたんだ。
理解しろよ、この愚か者。
これは、聖女なりに俺へ向き合ってきた記録なんだ。
証だったんだ。
だとするならば、聖女への言葉に回答する言葉は、たった一つしか無いだろう。
「──どちら様ですか?」
「──俺は傭兵だ」
その言葉に尽きる。
何度だって言ってやる。
──俺は傭兵だ。
──君はどうあっても聖女アリシアだ。
何度、記憶が無くなったって構わない。
その度に、俺は聖女にまた恋をするんだろう。
告白の返事が返ってくるまで、聖女の為にまた声が枯れるまで叫び続けるだろうさ。
次からは、もう出し惜しみをしない。
二日で記憶が無くなってしまうのは、分かっているからな。
この先から、俺が出来る誓いを一つ決めた。
何度忘れてもいい。
君が忘れるなら、俺が何度だって思い出させてやるよ。
『忘れられた数だけ愛の告白をする』
自身に課した誓いだ。
何度だって、聖女を笑顔にしてみせる。
俺が折れることだけは許さない。
苦しいのは、きっと俺だけじゃない。
聖女もきっとそうなんだ。
いつか、言葉にして聞いてみたいものだな。
──聖女からの『愛してる』を──。
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