09:ペアチケットを引き当ててしまった私
「だからね? あれは、尊敬的な意味なんだよ」
これで何回目だろうか。
七海くんのせいで弁明するのに忙しい。
あの後、話す人全員が七海くんと私の関係を尋ねてきては、私の説明を聞いてニヤニヤして去っていく。
「ねえねえ、ほのかちゃん」
ようやく一息ついたところで、蒼さんに声をかけられた。
「次の定演、アンフォゲッタブルやんない?」
反射的に身構えていたのに、肩透かしをくらった気分だった。
安定の蒼さんである。でも、今日ばかりはそのマイペースさに救われた。
「フリューゲルとトロンボーンのデュエットのやつですか?」
「そーそー。僕ほのかちゃんのフリューゲル好きなんだよね」
「ありがとうございます」
アンフォゲッタブル――落ち着いたジャズの曲で、吹奏楽ではフリューゲルホルンとトロンボーンがデュエットする編曲が有名だ。
もしやるとなったら、曲が始まる前から前に出てがっつり吹く感じになるだろう。
「アンフォゲッタブルですか?」
突然聞こえた凛とした声に、身体が硬直した。
「一緒に吹きたいです」
七海くんが、私と蒼さんの間を割くようにして入ってきた。
あれだけのことをしておいて――このおすまし顔である。
私ばかりが振り回されてたまるかと、必死に平静を繕った。
「うんうん、好きな人とデュエットソロ吹きたいよねー」
しかし、蒼さんのKY発言によって、私のポーカーフェイスはいとも簡単に崩れ去った。
ギリリと奥歯を噛んで蒼さんを睨みつける。
蒼さんは全く気づく気配もなく、にこにこと笑みを浮かべている。
視界の端で七海くんがうんうんと頷いてるような気がしたけど、必死に見ないようにした。
「でも、年明けからは夏目ちゃんが復帰するからね」
「誰ですか?」
「トロンボーンのパートリーダーだよ」
確かに……絶対的エースの夏目ちゃんが帰ってきたら、どうなるかはわからない。
夏目ちゃんも前に、この曲を吹きたいって言ってたような気がする。
「その人より俺が上手ければいいですか?」
「!」
七海くんのその言葉に、心臓がひやりとざわついた。
高校の時のことが脳裏によぎる。
夏目ちゃんは七海くんと張り合えるほどの実力者だけど……七海くんの宣戦布告によって、パート内の空気が悪くなってしまわないか、心配だ。
「ま、まだ決まってないからね……」
「ビンゴ大会始めるよー!」
再び琴さんの声が響き渡る。
一刻も早くこの場から逃げ出したかった私にとっては、救世主だった。
「椅子の上にビンゴカード配ったから、適当に座ってねー」
いそいそと近くの椅子に座ったら、七海くんがナチュラルに右隣に座ってきた。
「……ダメですか?」
驚きのあまり目を向けたら、懇願するように見つめられた。
さっきまで自信に満ちていた瞳が不安げに揺れている。
「ご、ご自由に……」
……断れるわけがなかった。
「ほのかさーん! お隣失礼しますねっ」
七海くんを直視できないでいると、左の席にこまちゃんが座った。
こまちゃんは座ったままガタガタッと椅子を動かし、私の椅子にぴったりとくっつけた。
私は無意識にこまちゃんの方に寄って座り直し、手元のビンゴカードに視線を落とす。
――この時、頭上でこまちゃんと七海くんが火花を散らせていたとは、つゆ知らず。
「私がデズニー当てたら一緒に行きましょうね!」
こまちゃんが私の肩に頭を乗せてきた。
その瞬間、右隣の空気がスッと冷たくなったような気がした。
このビンゴ大会、毎年大賞にはデズニーのペアチケットが用意されている。
ビンゴになった人から前に出てくじを引くから、たとえビンゴが遅くてもチャンスはある。
「私でいいの?」
「もちろんです! お揃いのカチューシャ買いたいです!」
"お揃い"という単語に、ドキリと心臓が跳ねる。
サンタの人形に飛んでいった意識を呼び戻そうと、ビンゴカードの真ん中をプツンと押し開けた。
***
「一等賞〜〜〜!!」
琴さんの大きな声とともに、大きな歓声があがる。
(嘘でしょ……)
今日一番の盛り上がりの中、血の気が引く音が聞こえたような気がした。
「デズニーペアチケットを贈りますぅー」
さっきよりも顔が赤い琴さんから、ネズミのキャラクターが描かれた封筒を両手で受け取る。
誰もが羨むチケット2枚のはずなのに、何故か重たく感じた。
「誰と行くのかなぁ〜〜??」
琴さんが私の口元にマイクを向ける。
瞬間、引き寄せられるように、七海くんと目が合った。
心なしかその瞳は期待で輝いてるように見えた。
さらに、空席を挟んだその隣では、こまちゃんがこれでもかというほど高く挙手している。
みんなの視線が私に突き刺さった。
「お、お母さんと行きまーす」
私のか細い声を、しっかりとマイクが拾ってくれた。




