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08:みんなの前で特大の爆弾発言をする七海くん



「えー、みなさん今年もお疲れ様でした。かんぱーい」

「「「かんぱーい!」」」


蒼さんのユルい音頭の後に、ジョッキのぶつかる音が景気良く鳴り響く。


クリスマスコンサートも無事終わり、待ちに待った打ち上げ兼忘年会。

会場は駅近くの貸会議室。

みんなでお酒やらつまみやらを持ち寄って、思う存分ワイワイする健全な会である。


「七海くんマジ入ってくれてありがとう……!」

「あのカチューシャ最高だったよ!」


奥のテーブルからそんな声が聞こえてきて、少しほっとした。

七海くんはしっかりトロンボーンパートの輪に入れているみたいだ。


「ほーのか!」


缶チューハイを片手に、鈴が私の隣に腰を下ろした。

顔色はいつもと変わらないけど、これはけっこう酔っ払ってるテンションだ。


「ねえ、私何も聞いてないけど??」


鈴は椅子をぴったりくっつけて、肘で私の腕を突ついてきた。

視線はちらちらと七海くんを見ている。


「だって何も言うようなこと……」


言いかけて止まってしまった。

何もなくは……ない。

いろいろあったし、私一人では消化しきれていないというのが、正直なところだった。


「ほら、言ってごらん」


鈴は頬杖をつき、私を見上げてきた。

こういうところが最高にかっこいいし、最高にいい女だと思う。


「もしかしたら聞き間違いかもしれないんだけど……」

「うん」

「七海くん、私がいるから職場をこっちに決めたって……」

「うはー!」


私が小声で言うと、鈴は楽しそうに缶チューハイを煽った。


「まだ付き合ってないの?」

「ないよ! 別に好きって言われたわけじゃないし」

「でも今日、お揃いのサンタ付けてたじゃん?」

「!」


ニヤリと、鈴の口角が意地悪く上がった。


「あれは……買い物してたら偶然会って成り行きで……」

「へー。もしかしてあのガチカチューシャ、ほのかが選んだの?」

「うん。強要はしてないよ? 嫌なら無理しなくていいって言ったんだけど……」



『先輩が笑ってくれたのでこれがいいです』



あの日のことを思い出したら、七海くんの爆弾発言が脳内で再生された。

途端に、耳に熱が集中する。


「……なに?」

「わ、私が笑ったからこれにするって……」

「何それ超絶可愛いんだけど!?」


机の下で鈴の足がバタバタと暴れて、私の紙コップに入っていたりんごジュースが波打った。


「いやでも、尊敬的なやつかもじゃん」

「ないね」


断言された。


「クールに見えてそんな健気なアプローチしてるんだ? 推せるわ〜」


そう言いながら、鈴は新しいチューハイの缶を開けた。

大丈夫かな……。鈴は顔色は変わらないけど、お酒にすごく強いわけではない。


「ねえ鈴ペース速くない? 2次会までもたないよ」

「肴がうますぎてね!」

「酒の肴にしないでよ……」

「で、ほのかはどうすんの? 告白されたら付き合う?」

「……」


私は逃げるように目を逸らし、紙皿に盛られたピスタチオを一粒摘んだ。

硬い殻を割ったら、変に力が入ったのか、バラバラと破片が散らばってしまった。


「ううん」


ピスタチオを口に含み、首を横に振る。

奥歯で噛むと、青っぽさの混じる独特な甘い香りが鼻から抜けた。


「好かれて嬉しい気持ちはあるよ、もちろん」

「うん。顔良いしな」

「でも……"だから付き合う"って、もうできなくない?」


もし、高校の時に七海くんに告白されてたら、付き合うって選択肢も持てたんだと思う。

でも……破局したばかりの26歳となると、どうしても慎重になってしまう。


「わッッかる……!」


鈴の全身全霊の共感に、肩の力が抜けた。


その時――

パンパン、と手を叩く音が鳴り響いた。


「今年入団した人ー、前来てー!」


喧騒の中、大きな声が通った。

ホワイトボードの前で仁王立ちしているのは、宴会長の東雲琴さん。鈴のお姉ちゃんだ。


「また2次会で話そ」

「うん」


鈴はそう言って、元の席へと戻っていった。


琴さんのもとに集まった新入団員は3人。

その中で頭一つ抜きん出た七海くんに、自然と視線が向く。


「……!」


七海くんと目が合い、私は思わず顔を背けた。

さっき付き合わないって断言したくせに、意識してしまっている自分がいて悔しい。


「ほのかさんっ! お隣失礼します!」

「はいよー」


私の隣に座ったこまちゃんに、慌てて笑顔を繕った。


「一人ずつ、名前と、パートと、入団理由と、あとなんか適当に言ってもらいます」


今から始まるのは自己紹介タイムだ。

新しく入った団員は、忘年会のタイミングで自己紹介するのが恒例になっている。


「トップバッターはきみです」


ほろ酔いの琴さんが、七海くんにたすきを手渡した。

七海くんは素直にそれを肩に掛けた。

たすきに書かれた文字は「期待の新人」。


「七海遥斗です。高校からトロンボーンやってます」


静まり返る中、七海くんはいつも通り、淡々と話し始めた。


「入団理由は……」

「!」


七海くんはそこで言葉を詰まらせ、私に目を向けた。

今度は何故か、その眼差しから逃げられなかった。


ほんの少しだけ、七海くんが目を細めたような気がした。


「一宮先輩がいるからです」


瞬間、ぴしゃりと室内の空気が固まる、

一拍分の休符のあと――


「「「!?」」」


みんなの視線が私に向いた。


「え、え、まじ!?」

「公開告白……!」


あちこちから浮ついた声が聞こえる。

視界の端では、鈴が机を叩いて爆笑していた。


「な、なんてヤツ……!」


隣のこまちゃんが震える声で呟いた。

私も、まったく同感である。


「あはは……」


私は引き攣った笑顔を浮かべることしかできなかった。


あの日、車の中で聞いた『就職先も合わせた』という言葉が、冗談でも勘違いでもないのだと、この公開処刑によって思い知らされたのだった。



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