07:ライバル視してくる女子高生
【七海視点】
コンサートで吹くクリスマスソングを聴きながら、窓の外に目を向ける。
3連休の初日だからか、しとしとと雨が降る中でも人通りは多かった。
『まもなく、竜胆館前。竜胆館前。降車のお客様は――』
車内アナウンスが流れると、二つ前に座っていた女子高生がびくりと肩を揺らした。
彼女は外を確認すると、慌ただしく立ち上がった。
黄色い楽器ケースにつけられたぬいぐるみやキーホルダーが、じゃらじゃらと揺れている。
多分、同じ楽団のトランペットパートの人だ。
先にバスを降りた女子高生は、謎のキャラクターが描かれたタオルを頭に被り、「あ!」と声をあげた。
そして、練習会場に向かって走り出す。
「ほのかさーん!」
彼女が向かった先には、一宮先輩がいた。
「入れてくださーい!」
「はいよー」
女子高生は一宮先輩がさした傘の中に入り込んだ。
「私が傘持ちます! でかいんで!」
「ありがとー」
思わず、折り畳み傘の柄を持つ手に力が入る。
……羨ましい。
身長なら俺の方が高いし、一宮先輩を濡らさずに傘をさせるのに。
「あれはねー、こまちゃん。ほのかのファンなのよ」
突然、隣から声をかけられた。
一宮先輩と仲がいい、テナーサックスの人だ。
「……ファン、すか」
「そ。ほのかの音に惚れて入団したんだってさ。七海くんもそんな感じなのかな?」
テナーの人はにこにこと人当たりの良い笑みを向けつつも、その視線はしっかりと俺の挙動を探っているようだった。
「俺は、音だけじゃないです」
「あっは! 素直でよろしい!」
隠すつもりもない事実を伝えると、テナーの人はバシバシと背中を叩いてきた。
「協力はできるかわかんないけど、情報は提供できるよ? プライバシーを侵害しない程度にね」
「……一宮先輩、恋人いないんですよね」
「うん。5年付き合った人と別れたばかり」
テナーの人は余計な情報を付け足して、意地悪く口角を上げてみせた。
別れたばかりだろうと、前の人との交際期間が長くても、俺が怯む理由にはならない。
「それだけ聞ければ充分です」
「かっけーな七海くん!?」
テナーの人の楽しげな笑い声を背に、湿ったコンクリートを踏み歩いた。
***
練習が終わって出口まで来ると、大粒の雨が地面を叩く音が鳴り響いていた。
「雨やばいね」
背後から一宮先輩の声が聞こえて、反射的に背筋を伸ばした。
「こまちゃんバスでしょ? 送ってくよ」
「エッいいんですか!? お願いします!」
振り向くと、またあの女子高生が一宮先輩の隣に立っていた。
「!」
先輩と目が合う。
気まずそうに逸らされた先輩の視線が、俺の手元の折り畳み傘を捉えた。
「七海くんも、今日はバス?」
「はい」
「……乗ってく?」
「はい。ありがとうございます」
俺は食い気味に頷く。
正直、先輩ならそう言ってくれるんじゃないかと期待していた。
「じゃあ、前に車つけるからちょっと待ってて」
先輩は水色の傘を手に、外に出ていった。
その姿を見送りながら、開きかけた傘を折りたたむ。
「……」
視界の端で、突き刺すような視線を感じた。
横目を向けると、女子高生が眉間に皺を寄せて俺をガン見していた。
確かに女子高生にしては背が高い方なのかもしれないが、俺の方が10センチくらい高い。
「あの、言っときますけど……譲りませんから」
女子高生は腕を組み、高圧的に言ってきた。
「ほのかさんに可愛がられる後輩の座は渡しません……!!」
「……」
一瞬身構えたけど、拍子抜けした。
「別にそこは狙ってないんでどうぞ」
「え!?」
折り畳み傘をカバンの中に仕舞いながら言うと、女子高生は甲高い声を上げた。
「じゃあいったい何を……ま、まさか……」
「まずは恋人で、そのあとは夫です」
「お、お、おっ……と……!?」
女子高生が大きく目を見開き、後ずさる。
そこに、ヘッドライトの明かりが差し込んできた。
白い軽自動車を確認した途端、女子高生は我先にと走り出した。
「私が助手席に乗ります! 七海さんは後ろの上座にどうぞ!!」
「……」
必死な形相で言われた。
別に、助手席くらいで張り合ったりはしないのに。
俺は小さく息をついて、後ろの席に乗り込んだ。
「お願いします」
「うん」
バックミラー越しに、余裕のない女子高生と目が合う。
「先にこまちゃんの家行くね」
「ダ、ダメですッ後にしてください!」
「でも、遠回りになっちゃうし……」
「一宮先輩が楽な方にしてください」
「じゃあ、こまちゃんが先かなー」
「うぐぐ……!」
小さく鼻で笑ってやると、女子高生は悔しそうに肩を振るわせた。
「あ、寒い? 暖房入れるね」
暖房の風に乗って、清涼剤のにおいが漂ってきた。
***
「……」
うるさい女子高生を降ろして、ようやく車内が静かになった。
音量を下げてくれていた音楽が耳に入ってくる。
クリスマスコンサートで演奏する、冬を代表する童謡の原曲だ。
俺のプレイリストにも、同じものが入っている。
「七海くんは免許持ってないの?」
「そうですね。今まで必要性を感じなかったので」
「東京だったもんね」
大学の頃は自転車さえあれば移動には困らなかった。
こっちに来てからも、そこまで不便を感じているわけじゃないけど、"俺の車に先輩を乗せる未来"には憧れる。
でも……車を運転できるようになったら、こうして一宮先輩の車に乗せてもらう口実がなくなってしまう。
「取らないの?」
「……悩ましいです」
「ふふ、七海くんでも迷うことあるんだね」
ハンドルを握りながら、一宮先輩が柔らかく笑った。
その笑顔をバックミラー越しに凝視していたら、ふと、先輩と目が合う。
先輩の視線はすぐに前を向いてしまった。
再び静寂が訪れ、クリスマスバラードが車内を支配した。
俺はその歌詞に共感しつつ、一宮先輩の赤みを帯びた耳と頬を記憶に焼き付けた。




