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04:私の好みを憶えていた七海くん



「……」


練習の休憩中、飲み物を買おうと自販機に向かうと先客がいた。

――七海くんだ。

何やら自販機の前で難しい顔をしている。


「どうしたの?」

「!」


少し気まずいけど声をかける。

私と目が合うと、七海くんの眉間の皺が和らいだ。


「スマホ決済と1万円しか持ってなくて」

「あー、ここ使えないんだよね」


どうやら小銭がなくて飲み物が買えないみたいだ。

残念ながらここの自販機はスマホ決済に対応していないうえに、1万円札を受け入れてくれない。


「私が買ってあげる」

「ありがとうございます」

「水だよね。ボルビークだっけ?」

「! はい」


500円玉を入れてボタンを押す。


「……あれ?」


しかし、いつまで経っても水が出てこない。

もう一度ボタンを押しても音沙汰はなし。


「故障してるのかな?」

「……釣り銭切れっぽいです」

「ほんとだ!」


斜め後ろから、七海くんの落ち着いた声が教えてくれた。

確かにお金の投入口の上に「釣り銭切れ」と赤い文字が浮かんでいる。

つまり、130円ぴったり入れないと買えないということだ。


財布の中に100円玉は入っていない。

先輩風を吹かせて「買ってあげる」と言ったのに、これは恥ずかしい……。


「何してるのー?」

「蒼さん飲み物買ってください〜」


結局は通りすがりの蒼さんに買ってもらうことになった。



***



「ほのか帰らないの?」

「あ、うん」


練習が終わり、駐車場に停めてある車の前でスマホをいじっていると、鈴が通りかかった。


「誰か待ってるの? もう誰も残ってないと思うけど」

「七海くんに待っててって言われて……」

「え……え!?」


正直に理由を伝えると、鈴の目が大きく見開かれる。

まん丸の瞳からは、期待が滲んで溢れ出ていた。


「そういう感じ??」

「違うよ」


冷静に否定する。

正直、練習後七海くんに「ちょっと待っててください」と言われた時はちょっとドキッとしてしまったけれど。


「なんかそこのコンビニ行っちゃった」

「ふーん……七海くん、ほのかに懐いてるよね」

「え、そうかな」


嫌われてはいないと思う。

でも、七海くん基本無表情だし、好かれてるとも思えないんだよなぁ……。


「うん。高校の時からそうだったの?」

「いや……あんまり話したことなかったよ」

「へーー」


鈴の頬は緩みっぱなしだ。

ふと、鈴の視線が私の後ろを向いたのがわかった。

振り向くと、コンビニから七海くんがこちらに向かってきていた。


「今度詳しく聞かせてね〜」


鈴はウインクをして去っていった。


「お待たせしました」

「あ、うん」


鈴と入れ違いに、今度は七海くんが私の目の前に立つ。

前髪が少し乱れて、普段は隠れてるおでこが見えている。


「これどうぞ」

「え……?」


手渡されたのは、ペットボトルのレモンティー。


「お返しです」

「お返しって……水の? 結局私奢れなかったよ?」


お返しなら、たまたま通りかかってお金を出してくれた蒼さんにすればいいのに。


「嬉しかったので」


七海くんがすっと目を細めた。

その言葉どおり、嬉しそうに見えなくもない。


「一宮先輩は、いつもリットンのレモンティーでしたよね」

「……!」


手元のレモンティーに視線を落とす。

昔から変わらない黄色のパッケージ――

高校の時、休み時間や練習終わりには決まってこれを飲んでいた。


(うわあぁ……)


じわじわと侵食してくる照れくささに、心の中で悲鳴を上げる。

七海くんが憶えていてくれたことはもちろんだし、私も七海くんがいつも飲んでいた水のメーカーを憶えていたことも含めて、恥ずかしい。


「ありがとう」


七海くんを直視できないうえに、声が小さくなってしまった。


「お疲れ様でした」

「うん、お疲れ様」


七海くんは穏やかに笑ったあと、駐輪場に向かった。

パンクしていた自転車は直ったようだ。


私も自分の車に乗り込み、エンジンボタンを押す。


「懐いては……くれている……かも」


七海くんは後輩として懐いてくれているだけ――

そう何度も自分に言い聞かせながら、熱を持った頬に冷たいレモンティーをあてた。



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