03:真顔で爆弾を投下してくる七海くん
「ほのかちゃーん」
「はーい」
練習が終わり、楽器を片付け終えたところで蒼さんに呼ばれた。
蒼さんの前にいるのは七海くん。
「入ってくれるって!」
「おおー!」
私は小さく拍手をした。
今のトロンボーンのメンバーは腰痛持ちの菊田さん47歳に、バイトが忙しい大学生の花枝ちゃん、そして本当はバストロンボーンがやりたい笹原さん。絶対的エースの夏目ちゃんは仕事の海外研修で休団中。
七海くんのような名プレイヤーは是非とも確保しておきたいところだ。
「……」
七海くんに目を向けると、しっかりと視線が合った。
高校の時も背が大きかったけど、さらに大きくなったような気がする。
威圧感のあった鋭い眼光は、大人になって少しだけ柔らかくなったみたいだ。
「憶えてるかな……」
「一宮先輩、お久しぶりです」
名乗る前に、七海くんは私の名前を呼んで礼儀正しくお辞儀をしてくれた。
高校の1年間しか被っていない、特に目立たなかった私を憶えていたことに驚いて思わず口が開いた。
「定演聴きました。ソロ素晴らしかったです」
「あ……"夕暮れのトランペット"だったら私じゃなくて……」
「いえ、"ハリウッド・マイルストーン"の方です」
「!」
定演のトランペットソロといったら、誰しもが明里さんのソロ曲を思い浮かべるだろう。
まさか私が吹いたソロを取り立てられるとは思わなかった。
「わかる。あれめっちゃ良かった」
蒼さんまで深く頷いて便乗してきて、耳が火照ってきた。
明里さんや他の人たちのソロに比べたら音域も低いし、フレーズも短い。
七海くんのような上手な人に「素晴らしい」と言ってもらえる程のものじゃないのに。
「七海くん、こっちに住んでるの?」
これ以上話題の中心になりたくなくて質問した。
私も七海くんも出身は東部。同じ県内とはいえ通うにはしんどい距離だ。
「はい。黒十字病院の近くです」
「へー。じゃあ車?」
「いえ、昨日自転車パンクしたんで歩いて来ました」
「歩き!?」
「バスよくわからなかったので」
しれっと答える七海くんに、私と蒼さんは声を揃えて聞き返した。
ここから黒十字病院までは車で約20分……歩いたら多分1時間以上はかかると思う。
現在の時刻、夜の9時半。いくら成人男性とはいえ、今から楽器を背負って1時間歩くのはキツいんじゃないだろうか。
「私通り道だから送ってくよ」
この事実を知ってしまった以上、見て見ぬふりはできない。
私の提案に、七海くんの瞳が少し丸くなった。
私の記憶の中の七海くんは常に無表情だったから、なんだか新鮮だ。
「いいんですか?」
「うん」
「じゃあお願いします」
七海くんはまた深々と頭を下げた。
綺麗なつむじが、何故か可愛らしく見えた。
***
「窓開ける?」
「いえ、大丈夫です」
今日はやたらとハンドルを持つ手に汗を感じる。
助手席に七海くんが座っている……違和感が半端ない。
同じ高校出身とはいえ、部活以外で関わりはなかったし特別親しかったわけでもない。
家に着くまで、当たり障りのない質問をしてやり過ごそう。
「大学でも吹奏楽やってたの?」
「はい。東京の渋澤大学でトロンボーンやってました」
「名門じゃん!」
渋澤大学といえばコンクール全国大会の常連校。
音楽科もあるからプロの道に進む人も多いはずだ。
「一宮先輩が……『もっとレベル高いところでやった方がいい』って言ってくれたので」
「え……そんなこと言ったっけ?」
「はい。コンクールの日に」
「あ……」
高校最後のコンクールの日……思い出してみれば、確かにそんなことを言ったような気がする。
みんながいなくなった後の音楽室。
窓から吹き込む風と、野球部員の声。
そして、私を射抜く黒い眼光――
突然、鮮明に映像が浮かび上がった。
「七海くんの実力が、正統に評価されてほしいって思ったんだよね」
私自身、銀賞という結果に悔いはなかったけど、七海くんには金賞を狙える実力があった。
でも、一人だけが上手くても良い評価を貰えないのが吹奏楽の世界。
七海くんの努力を知っていたからこそ、申し訳なかった。
当時の私たちでは、七海くんの音を活かしてあげられなかったから。
「何でトロンボーンにしたの?」
「中学の時、一宮先輩に『トロンボーンが合う』って言ってもらえたのが嬉しかったからです」
「……え!?」
驚きのあまり信号に気づくのが遅れて、ブレーキを強めに踏んでしまった。
左を向くと、相変わらず姿勢の良い七海くんが私をまっすぐ見つめていた。
「中学も一緒だったの!?」
「はい。でも中学では野球部でした。楽器体験会だけ行きました」
「ほお……」
七海くんと中学も一緒だったなんて、今初めて知った。
楽器体験会に来ていたことさえ思い出せない。
「ごめん、全然憶えてなくて」
「いえ。その時以来喋ってませんし……俺、坊主だったんで」
「坊主……」
坊主の七海くん……。
高校の時から黒髪サラサラヘアーのイメージが強すぎて全然想像できない。
「青です」
「あ、ハイ」
思わず敬語が出てしまった。
七海くんの坊主頭に気を取られすぎた。
「でも……ずっと見てました」
「え?」
「水曜日と金曜日、朝練してましたよね」
「あ……うん。そうだったかも」
「上手くなっていく一宮先輩の音を聴いて、高校では絶対吹奏楽部に入ろうって決めたんです」
「へー……」
つまり、七海くんが吹奏楽を始めたのは私がきっかけだったってこと?
特に親しいわけでも楽器が上手いわけでもない私が、七海くんにきっかけを与えていたなんて、不思議な感じだ。
「こっちには仕事で来たの?」
「まあ……というか、一宮先輩がこっちにいるって聞いて職場を決め」
「あッ!!」
淡々と話す七海くんの言葉を、咄嗟に遮った。
「病院過ぎたけど大丈夫!?」
「あ、はい」
だって、今、七海くん、とんでもないことを言ったような……
「次の信号曲がったところのコンビニで降ろしてもらえれば」
「わかった」
必死に平静を取り繕い、前方に集中する。
手汗でハンドルが滑りそうになる。
今、本番でソロを吹いた時より緊張している。
バクバクと脈打つ心臓の音と、ウインカーの音が重なって聞こえた。




