表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

10:新年早々風邪をひいた私



年明け、三が日を過ぎた金曜日。

私は――風邪をひいた。

お正月で集まった親戚の子どもが鼻水垂らしてたから、多分そこでもらったに違いない。


(明日は練習行けないな……)


処方箋を手に、薬局へ向かう。

その足取りが重く感じるのは、風邪のせいだけじゃないだろう。


明日はおそらく夏目ちゃんが練習に来る。


"その人より俺が上手ければいいですか?"


――七海くんの言葉を思い出して、胃がキリリと痛んだ。

胃薬は処方されてないのにな……。


「カードをこちらにかざしてください」


薬局で受付を済まし、待合スペースの椅子に腰を下ろす。


(夏目ちゃんは……多分、負けない)


七海くんの武器が正確無比な音程とリズムだとしたら、夏目ちゃんの武器は圧倒的なセンスと牽引力。

夏目ちゃんの音を聞いた時、七海くんはどうするんだろう……


「……」


そんなことを考えていたら、奥の調剤室にいる男の人と目が合った。

マスクをしていて口元は見えないけど、目の形が七海くんにそっくりだ。背も高い。


(幻覚かな……)


七海くんを意識しすぎて、黒髪の長身はすべて七海くんに見えるようになってしまったのかな。

熱に浮かされた目でぼんやりと見つめる。

彼は作業をしながらもチラチラとこちらを気にしているようだった。


「ゴホッ……」


喉元で痰が絡んで気持ち悪い。

冷蔵庫、何もなかったけどスーパーまで寄る気力はないなぁ……

カップ麺……うどんなら、食べられるかな……


「一宮先輩、大丈夫ですか?」

「……え!?」


七海くんだ。

白衣を着た七海くんが、私の横に膝をついて、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

似ている人じゃなくて、七海くん本人だった。


「こ、ここで働いてるの?」

「はい。インフルですか?」

「ううん、ただの風邪だった」


七海くん、薬剤師だったんだ……。


「こっちが解熱薬で、こっちが喉や鼻の炎症を抑える薬です。朝昼晩、食後に飲んでください」

「はい」


七海くんは手元の薬を一つずつ説明してくれた。

普段と変わらない、淡々とした口調が何故か心地よかった。


「……食欲はあります?」

「多分……」

「ゼリーでもアイスでもいいんで、少しでも食べてください」

「わかった」


頷くと、七海くんにじっと見つめられた。

そういえば、髪は適当にまとめただけだし、化粧もしてない。

急に恥ずかしくなって、私は視線を逸らした。


「……1500円です。ここで預かりますね」

「あ、ありがとう」


七海くんの綺麗な手のひらに、千円と硬貨を置く。

一瞬触れた指先は、私よりも冷たかった。



***



「……ケホッ」


夕方のチャイムで目を覚ました。

昼過ぎに薬を飲んで寝たら、だいぶよくなったみたいだ。

ペラペラになった冷えピタを剥がして、ゴミ箱に投げ捨てる。


……外れた。

のっそりと起き上がって、サイドテーブルのペットボトルに手を伸ばす。

その隣に置いたスマホが、メッセージの通知を知らせた。


私はペットボトルではなく、スマホを手に取った。

一瞬だけデズニーランドのペアチケットが視界に入ったけど、見て見ぬふりをした。


"もし良かったら、食べ物とか買って届けましょうか?"


――七海くんからだ。

正月明けで冷蔵庫はほぼ空。インスタント麺は、お昼に食べたうどんが最後だった。

正直、とても助かる提案だけど……


「いいのかな……」


スマホを手に、もう一度ベッドに寝転がる。

明らかな好意を示されているこの状況で甘えてしまうのは……七海くんの気持ちを利用してるみたいで気が引ける。


「!」


悩んでいたら、またメッセージがぽんと飛んできた。


"ヘンなことはしないので"

"絶対に"

"玄関前に置いて帰ります"


弁明の言葉が立て続く。


「ふふっ」


画面越しに伝わってくる必死さに、思わず笑みが溢れた。

これ、どんな顔して打ってるんだろう。


(今度、お礼に何か買ってあげよう)


私は寝転がったまま感謝の言葉と、家の住所を送った。


スマホを枕元に置き、カウンターキッチンに目を向ける。

観葉植物の隣の、サンタの人形――

クリスマスはとっくに過ぎたのに、異様な存在感を放っている。


片付けようとする度に、七海くんの優しい顔が思い浮かんで、どうしても箱にしまえなかった。


トクトクと心臓が高鳴るのは、風邪のせいじゃない。

そのくらいわかってる。


「ズルいなー……」


枕に顔を埋めて呟いた。


七海くんが来るまで、もう少しだけ寝ようと目を閉じる。

――その時だった。


ピンポーン


インターホンが鳴った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ