貴族令嬢は笑わない
「あはは!」
大きな笑い声が聞こえてきて、私はゾッとした。
ここは貴族が多く集まるステラ学院という学び舎だ。
平民だとて、そんな風に貴族が闊歩する学院で大声で笑う事はない。
女性ならば。
でも声の主は女性で、明るく表情がくるくると変わる可愛らしい令嬢と評判のモエ・シャンドン男爵令嬢だ。
私はと言えば、侯爵令嬢。
今あまりの衝撃で前世を思い出してしまった。
そして今世の名前が更に私を混乱させたのである。
コンスタンス・セルヴネイ。
その名前だけならカッコいい。
前世は年齢は定かではないが、おばちゃんだったまでは記憶がある。
小さい錦の力士に似ていたので、あだ名はコニーとかコニちゃんという安易なものだった。
まさか美少女に転生したのに、今世でもコニーと呼ばれるなんて。
元ネタを知ってしまった今、家でその名前を呼ばれたらどんな顔をすればいいのかもわからない。
侯爵家にしては私の家は家族仲が良いのだ。
兄は三人いるし、姉に弟妹までいる。
まあ、私の事はどうでもいい。
問題はあの、モエという令嬢だ。
確かに元気よく明るく活発に笑うのは良い事です。
前世基準ならね。
でもここは貴族の集まる学院であり、そのような無作法は許されない。
まあ令嬢だって爆笑したい事くらいあるかもしれないけれど、許されないったら許されないのである。
せめて扇で口元を隠しているのならいいけど、大口を開けて笑っていた。
そりゃあ周囲もそこまで感情表現してもらえたら話す甲斐もあって嬉しいだろう。
楽しんでもらえるなら、いっか。
なあんて思うからこそ、物語の世界ではもて囃されるのだろうね。
だが、現実として考えるならば断じて違う。
淑女は「あはは」「ははは」なんて笑い方はしない。
したら淑女ではない。
淑女教育を受けていない無作法者です、と自己紹介しているのと同じだ。
男爵令嬢だから?
ナイナイ、そんなの関係ない。
前世で読んだ物語の中では、色々な階級の女主人公が出て来るがよくそう笑っているのを見かけた。
男爵令嬢の作法がどうとか言う前にお前の作法を何とかしろ、である。
そんなはしたない笑い方が許されるのは子供の内だけだ。
現世でいうならば美少女が「ぐわっはっは!」とか「がはは!」と笑ったら驚くじゃない。
そんな感じ。
「オーッホッホ」なんて高笑いもそう。
頭の悪い分類にされると思うね。
おもしれー女ではあるかもしれないけれど、妻にしたい女では断じて無い。
注意をした方が良いのだろうけど、虐めだと言われるのは嫌だな……。
私の視線に気が付いた婚約者のポールが私の耳に囁いた。
「ああ、あの子有名だよね」
「ええ、あまりに大きなお声だったので驚いてしまいましたの」
それは本当だ。
びっくりし過ぎて前世迄思い出してしまうなんて。
モエは男性人気がそこそこ高い。
平民から王族まで、婚約者の有無は関係なく、万遍なく近寄ってくる。
「あ、ポール様、ちょうど良かったです。聞きたい事があって~」
大笑いしていたはずのモエが私の隣に立っているポールを見上げて甘い声を出した。
だが、ポールは少し困ったように微笑む。
「悪いけど、私は家族以外に名前を呼ばれるのは好きではないんだ。控えてくれるかな」
「え~だって、コンスタンス様は呼んでらっしゃいますよね?」
ちらと私を大きな目で見て来る。
退く気はないらしい。
私も友人でもない人に名前を呼ばれたくないんだけど……。
「コニーは私の婚約者だし、家族だよ」
モエへの否定の言葉を紡ぐ前に肩をグッと抱かれて、私は固まってしまった。
私はーーー!
前世も今世も!
恋愛偏差値低いんですううううううううう!
あとコニーはやめて……!
分かってます愛称を読んで親しさアピールしてるって事は、分かってます。
でもここは!
ポール様の顔を立てて、私もやるしかない!
「嬉しいですわ、ポール様」
はしたないかもしれないと思いつつ、私も彼の肩に頭を寄せて寄りかかるように見上げた。
驚いたようなポールと視線が絡み合い、自然と頬が熱くなる。
思ったより距離が近すぎて、逆に死にたくなった。
ごめんなさい。
力士が恋してごめんなさい。
今は美少女だけど、あまりに前世の記憶が強すぎて引きずられてしまう。
けれど、モエには効果があったようで、彼女は何よ!と言う捨て台詞を呟いてくるりと背を向けて去って行く。
その後ろ姿を見つめて、暫く呆然としてから私は慌てて姿勢を正した。
「も、申し訳有りませんでした。人前であんな風に甘えるなんて……はしたない真似を……」
力士なのに。
本当に申し訳ありません。
ああ、婚約者の肩を汚してしまったわ。
必死で謝る私を見て、ポールは口を手で覆って、言った。
「どうしよう。……君ってそんなに可愛かったっけ……?」
「えっ、あの……申し訳ありません……?」
冷静で高貴で知的な美少女をお求めでしたら大変申し訳ありませんが、品切れです。
あの笑い声を聞いた時に瞬時に在庫が消えました。
「いや、謝らなくていいよ。誰にも渡したくないなって思っただけだから」
「え……」
今なんて?
という耳悪い鉄板ネタをやってしまいたくなる位破壊力がある言葉に一瞬私も固まる。
でもしない。
難聴ではないので。
「あの……将来を共にするお約束をしていますから、大丈夫、でございますわ」
「うん、可愛い」
聞いて?!
今自分で言ってて可愛げないなって思ってたのに!?
ちょっと待って、どうしたらいいのこの状況。
顔が熱いんですけど??
そして、ポールのニヤニヤした笑みがかっこよくて美しくて悪魔的で殺傷力高い。
そりゃ力士だって恋するわ。
「おい、行ったか?」
「はい、殿下」
近くの柱の陰から出てきたのは、この国の王子リュイナール・ブランである。
付き従っているのは最年少騎士であり、騎士団長の息子であるベルナール・マグレ。
そして宰相候補と言われている側近の伯爵令息デュヴァル・ルロワだ。
「もしかして殿下、シャンドン嬢から隠れていたのですか?」
目の前のポールが背で庇うように私の前に立ち位置を変えて、殿下に話しかけた。
私も挨拶した方がと礼を執ろうとしたけれど、遮られていては挨拶は出来ない。
ポールの背中を見ながら話を聞いていた。
「ああ。中々に面白い生き物だったが、いかんせん話が通じんからな」
「淑女教育を受ける前の姪よりも野蛮な生き物ですけどね」
リュイナール王子の言葉に、デュヴァルの呆れたような冷たい声が重なる。
そして、ベルナールもそれに同調する。
「勝手に腕を絡ませようとするし、無理に振り解いたら大袈裟に転ぶから、迷惑だ。お前は大丈夫だったか?」
「ああ、私は可愛い婚約者が近くにいたからね。すぐに去って行ったよ」
そうですか。
可愛い婚約者がいると便利ですね。
……私の事なのかもしれないけれど、頭の中で力士と可愛いが喧嘩している。
可愛いって何だったっけ?
可愛いがゲシュタルト崩壊。
私は思考を一旦放棄して王子達の声に耳を澄ませた。
「ああ、咄嗟に私達から隠したのはそれか」
「ええ。見初められたら困りますので」
「おい、私にも婚約者はいるぞ」
存じ上げております。
大変優秀で美しい方でございます。
カティア・ルネサンス公爵令嬢。
昔から私とも交流の深い方でございますもの。
「婚約者がいたとしても、ほら、私の婚約者は世界一可愛いので」
「分かった分かった」
笑いながら殿下はそのままの状態で声をかけてきた。
「ではポール・レジェの婚約者殿、嫉妬深い婚約者にはご用心あれ」
気障な舞台役者のような台詞を最後に、カツカツと歩き去る音がして、やっとポールが振り向いた。
その顔はにこやかだ。
「やあ、私の婚約者殿。良い子にしていたね」
「私は何も見ていないし、何も聞いておりませんもの」
とりあえず存在を抹消していた。
スカートの裾は見えていただろうけれど。
「でもお陰で良い事を思いつきましたわ、ポール様」
「ん?何だい?」
「殿下方が困っていらっしゃるのでしたら……」
私は早速カティア様に相談して、お茶会を開いて頂いた。
現在高位令息達と婚約中の令嬢方が揃い踏みである。
大変眼福でございます。
「今日はお集まりいただいて感謝いたしますわ。わたくしの信頼する友であるコンスタンス・セルヴネイ侯爵令嬢から大事なお話がありますの」
水の入ったグラスをスプーンで叩いて注目を集めたカティアが令嬢達にそう前振りをする。
私は立ち上がって、優雅に淑女の礼を執った。
「カティア様にご紹介に与りましたコンスタンスでございます。皆様ごきげんよう。さて、本日は学院に舞い降りた妖精のお話をしとうございます。彼女には貴族社会の何たるかが分かっておりません。婚約は結婚の約束だから、その約束を破っても良いのだと認識されているご様子ですの」
これで自分達の呼ばれた意味も、私の言葉が誰を指しているのかも伝わっただろう。
令嬢達はゆっくりと頷いた。
「でも先日、婚約者のポール様と廊下でその妖精に会ったのです。ポール様はわたくしの肩を抱いて下さったので、わたくしも……少しはしたなくはありますが、その肩に頭を預けましたところ、見事退ける事が出来ました」
令嬢達はまあ、と顔を赤くしたり扇をせわしなく動かしたりと様々な反応を示す。
興味津々のようなので、私も力強く伝えた。
「本来ならば妖精を人間にするのが正しい道筋かもしれませんが、逆恨みをされる恐れを考えれば、将来の為に婚約者様との友好を深める方が宜しいと存じますの。ですから……ほんの少し、婚約者様との触れ合いをお勧め致しますわ」
私が令嬢達を見回すと、一人の令嬢がおずおずと疑問を口にした。
「触れ合い、とは……」
「ええ、妖精のように抱きついたり、腕を搦めて胸を押し付けるようなはしたない真似はお勧めしません。例えば、そうですね……皆様、卓の上に手を置いてくださいませ」
私の指示に、令嬢達は怪訝ながらも素直に従う。
戸惑う令嬢達が可愛らしい。
「左にいる方の手の上に、自分の手をお重ねになって」
はにかみあう令嬢達が罪深いほど愛らしい。
百合好きの人間がいたら悶死したかもしれないな!
「では重ねた手の方の人差し指で、お相手の手の甲をなぞってみてくださいまし」
「きゃ」
「ひゃ」
という声があちこちであがる。
「ここここれは何ですの……っ」
顔を真っ赤にした令嬢に問われて、私はにっこりと微笑み返す。
「過度でない触れ合いの一部ですわ。言葉で伝えるのも宜しいでしょう。何か物で気持ちを表すのも悪くはございません。でも、親しみを込めてほんの少し触れ合うだけでも、親密さを持って頂けるとそう思いますのよ」
ドキドキが冷めやらない様子の令嬢達がそわそわしたり、お互い会釈を交わしているのも可愛い。
私は彼女達が新しい扉を開けない内に、妖精の話に戻った。
「ちなみに妖精に対しては単独で挑むのはお勧めいたしません。もしどうしても注意をしたい事がある場合は、先生方にお願いしてくださいませね」
一応冤罪対策もしておく。
ここは別に乙女ゲーの世界でも何かの悪役令嬢モノの世界でもない。
私が知らないだけかもしれないけれど、その辺はどうでも良かった。
私にとってこの世界は現実で、大事な家族と婚約者がいる世界なのだ。
それから一週間もしない内に、私の家に感謝の手紙が舞い込むようになった。
実践した令嬢達からの御礼の手紙だ。
以前より距離が近づいただの、愛の言葉を捧げて貰っただの、微笑ましいエピソードが満載である。
たったそれだけの小さな触れ合いでも、温もりや行為で愛情は伝わるものだ。
勿論すべての人に有効というわけではないだろうが、余程の朴念仁以外には割と効果があると思う。
まだ娼館遊びを知らない令息達なら、なおさら。
そして、愛を示して貰った令嬢達は更に愛らしくなるだろう。
恋する女の子は可愛いのです。
本来なら婚約者は親が決める。
小さい内に纏まってしまう者も多い。
我が家は侯爵家という身分の高さながら両親ともに気さくで夜会好きな夫婦なうえ、恋愛結婚である。
大変珍しい。
未だに夫婦仲が良いので、お互いに愛人もいない。
父が現役で侯爵としてバリバリ働いているので、兄三人は放蕩息子である。
だが、姉二人はもう結婚して他家に嫁いで夫婦円満だ。
我が家はそんな事情なので割と引く手数多なのである。
初心者となってからが通常、婚約市場に出荷される形なのだが、出荷する前に買い手が決まるのが我が侯爵家の娘達だ。
だから、学院に入って驚いたのはまだ婚約者が決まっていない人々が結構いた事である。
ちょうど学院の一年目に初心者となるので、夜会や茶会よりもこの国では学院で婚約者が決まる事も多いという。
だからまあ「人の婚約者に近づくんじゃねーわよ!」というのは分かるんだけど、そうも言ってられない人々がいるのも事実なのである。
出来るだけ高位貴族の嫡男様を狙うんじゃあ……と亡者のようになってしまう人が現れるのは。
低位貴族の令嬢達は、後妻だったり年の離れた相手……というかもう老人じゃんお前……みたいな相手との婚姻まで、様々である。
だったらもう金持ち平民に嫁いだ方が良くね?って舵切りする令嬢達もいるのは理解の範疇。
平民でも商人や役人の妻ならそれなりの社交は必要だが、貴族の社交に比べて色々と楽な部分は多いと思う。
別に横取りを推奨する訳ではない。
ただ、婚約していると胡坐をかくよりは、距離を詰める努力をした方が自分の為にもなる。
これは恋愛偏差値とは関係なく、歩み寄りや思いやりの問題だ。
淑女教育や夫人としての教育くらい、大事な要素だと思っている。
そう思うのは両親がいつも、相手を誉めているからだ。
そこまで赤裸々に出来るかどうかはわからないけれど、なるべく努力はしようと思っている。
そして学園内でもぼちぼちと婚約話が決まり続けているが、妖精ことモエの側には低位貴族の令息しかいない。
別にこう……全員が全員婚約者とラブラブになったから、というわけでもない。
勿論それも理由の一端にはある。
私の婚約者のポールを中心に、殿下や側近達が「我が婚約者は世界一ィィィィ!!」とどこかの狂人みたいな勢いで婚約者自慢を始めてマウントの取り合いになってる部分があったり。
何より、割と高位貴族の令息達が真面な感性を持っていたからという理由が大きい。
触れ合う触れ合わない以前に、礼儀がなっていないのはやはり妻として迎えたいとは思えないのだそう。
学院は社交界の縮図みたいなもので、女性同士男性同士の身分を超えた交流は学院でしか出来ない。
ここでなるべく人脈を育てる手腕が無いと、そもそも夜会への招待状が来ないのだ。
こればかりは貴族夫人の裁量だから、当主の意向はほとんど関係ない。
夫人だって気を使って当主の友人や知り合い、派閥の人間も呼ぶだろうが基本的にはその位の配慮であとは簡単。
嫌いな人は呼ばない。
おかしな人間を呼べば、その家門の開く夜会の質が下がったと揶揄されるのだ。
茶会もそうである。
屋敷で開催される正式な茶会はその家の夫人が開くものだから、呼ばれてない!仲間外れだ!と令嬢達で揉めるなんて話にはならない。
もし万が一モエが転生者だとして、この世界が何らかの物語の中だとしても詰んでいる、と思う。
虐めや嫌がらせは起きていないし、遠巻きにはされているが仲間外れではない。
やんわりと距離をとっているので。
まあ私が男として転生してたとして「あはは!」なんて笑う令嬢が婚約者だとしたら、そっと解消に向けて動くと思う。
常識は世界や社会通念によって変わるけど、貴族社会では恥でしかない。
結局妖精は妖精のまま、卒業の祝宴を迎えた。
卒業間近にもなると、問題のある子女でもなければ売れ残りは少ない。
その少ない中にモエもいる。
残った人々は結婚する気のない人や、次男坊三男坊といった婿入りが必要な人。
寧ろ今は卒業後の結婚ラッシュに皆備えていた。
「婚約者?うーんまだ、学生の内は遊びたい」
なあんて言っていた令息達も、何とか学生の内に結婚できないか、我が婚約者が最高過ぎて結婚しないと奪われてしまうかもしれない!などと焦り出す人々もいたという。
かくいうポールもその一人だ。
そんな事にはならないのに。
足入れ婚じゃないけど、早目に夫人教育をとポールが持ちかけたけれど、兄達による鉄壁の防御で撃沈したらしい。
だったら卒業したら次の日には結婚したいと言い出して。
大司教にも予約済み。
大聖堂も押さえてしまった。
お陰で大聖堂は連日結婚式みたいです。
他の高位貴族カップルも「殿下に合わせて結婚して子供を作らないと!」と親を急かしたせいで予定が大変なことになっている。
普通は結婚式をあげたら新婚旅行に行くんだけど、行けない。
「結婚したらもう、他の結婚式なんて出ないで君と旅行に行きたい」
「駄目ですわよ。分かっていらっしゃるでしょう?」
卒業の祝宴でまで、ポールは我儘を言っている。
少し唇を尖らせるように突き出して拗ねる姿も可愛いと思ってしまうのだから私も大概だけど。
「それに…お式が終わったら、一緒に住むのですから……」
窘めるように言えば、ポールはニヤリと笑った。
「ほう、大胆な事を言うようになったな」
「それは……その、そういう意味ではございません……!」
恋愛偏差値が低いと言ってるでしょうぅうぅ!?
心の叫びも力士の地団太も届かない。
表情を取り繕う事が出来ても、顔に熱が集まっていくのだけはどうしようもなくて、私は扇を広げてその影に隠れる。
片目で愛しの婚約者を見れば、満足げな悪魔の笑み。
そんな風に今後の事を話していると、会場がざわりと揺れた。
扉の方を見れば、同行もないままのモエが、新品とは思い難い意匠の衣装で入ってきて、私を指さした。
「貴方のせいよ、コンスタンス・セルヴネイ!!」
えっ?
何が私のせいなのかしら。
「何かございまして?失礼ですが、身に覚えがございませんので、詳しい説明をお願いいたします」
隣に立つポールから、何とも言えない怒気を感じるが、一応理由は知っておきたい。
何もしていない、はずなんだけど。
「私の陰口を言っていたでしょう!?妖怪には近づかないようにって!!!」
よ、妖怪。
え?
妖怪!?
「ヨーカイとは何だ?」
形の良い眉を顰めたポールの問いかけに、私は扇の陰でこっそり答える。
「多分、魔物の一種だと思われますわ」
「何だ、それならあながち間違いでもないな」
そうね、と納得しかけて、いやいやいけないと思い直す。
反論しようと思った時に闖入者がいた。
カティアだ。
「宜しくて?」
光り輝く王子の婚約者であり、もうすぐ王族に名を連ねるカティアにそう言われて、モエは頷き、私は淑女の礼を執る。
それを確認して、にっこりとカティアは微笑んだ。
「その場にわたくしも同席していたけれど、コンスタンス嬢は貴女を『妖精』と呼んでおられましたわ」
「えっ?本当ですか?なあんだ」
嬉しそうにチラッチラッとモエが視線を送るのは男性陣で、くねくねと身体を捻って感情表現を怠らない。
まるで『私、妖精ですよ?可愛いでしょう』とでも言いたげに。
「汚れなき『妖精』である貴女をわたくし達の独断からその魅力を失わせない方が良いのではという問題提起でしたのよ?今まで貴方が誰かに意地悪な事を言われなかったのは、コンスタンス嬢が居たからなの。特にその明るい笑い声は貴族女性らしくない貴重なものでしたもの」
うん。
遠回しに卑下しているけれど、モエは気付かないで照れている。
だがカティアの言葉はそれでは終わらなかった。
「それにその集まりで一番有意義だったのは、コンスタンス嬢による愛についての指導ですわ。巷では愛の伝道師とも呼ばれるほどの、とても有意義かつ実践的な教えでしたのよ」
ほう、と頬に手を当てて溜息をつくカティアは美しい。
その美しい溜息に、居並ぶ令嬢達が首を縦に振る。
うん?
でも愛の伝道師なんていう二つ名、聞いてない……。
喜んでいいものか、どうなのか。
恋愛偏差値0の私には似つかわしくない。
「えっ!酷いっ!何で私には教えてくれないんですかあ!」
ぷんぷん!と怒っていますよっていう表現なのか、小さな握り拳を作って妙な動きをする。
カティアは嫣然と微笑んだ。
「あら、仲間外れも何も貴女は条件を満たしておりませんのよ。何せ『婚約者と愛を深める方法』ですもの。おかげでわたくし達、円満な婚約生活を経て、もうすぐ名実ともに素晴らしい伴侶を得られますの」
うっとりとリュイナールにカティアが視線を送り、リュイナール王子もカティアの腰をぐっと引き寄せるように抱きしめる。
それだけで、二人の熱愛ぶりが伝わってくる様だ。
そう。
大袈裟でなくて良いんです。
笑顔も仕草も愛も。
それは愛する者に伝える手段であって、見せびらかすものでは無いから。
「良い所を取られてしまったな。まったくルネサンス嬢が女性で良かった」
「あら、どうしてでございますの?」
「私には及ばないが君の魅力を知っているし、切れ者だからね。彼女が男だったら君の奪い合いになってしまったかもしれない」
言いながら好戦的な目で、私の手を掬いあげて指先に口づける。
卒倒させる気ですか!?
これが世に言う乙女ゲーのスチルってやつですかぁぁ!?
破壊力が凄すぎて私はふいと目をそらした。
「奪い合いにはなりませんわ。わたくしは貴方だから、明日結婚するのです」
「今すぐ結婚したい」
「もう、無理ばかり仰らないで」
視線を逸らした先にモエがいて、彼女は真っ赤になってこちらを睨んで来た。
と思えば別の方を見て誰かを睨んでいる。
あちこちで婚約者同士がいちゃいちゃしているのだから、それも仕方ないかもしれない。
そう言えば、昨今の乙女ゲームは女子が女主人公しかいない気がするので、来世はそういう世界に生まれる事が出来ると良いですね。
私は心の中でモエに声援を送った。
私達貴族令嬢は微笑みながら生きていく。
家と家の繋がりが結婚なのは確かだけど、心を繋ぐ努力は令嬢側にも必要だと思うのです。無理なら無理で仕方ないけど、家に頼って婚約解消したとしてもその後に用意される婚約者が今より良いとは限らないし、十中八九質が落ちてしまう気が。あと「あはは」って笑い方ってマナー違反だよなぁってずっと思ってたので。心の声は自由だけど、声に出したら駄目ですね。言葉遣いもマナーですし。力士頑張りました!




